第4話 採寸にセクハラの意味は無い




 成人を過ぎた男が昼間から布団の中に篭りきりだ。

「ご主人様~、いつまでも拗ねてないで手伝って欲しいデスの」

 泣きたいのはこっちの方だと言いたげなのは、妖精のポロンだった。

 ぬいぐるみの肉体の半分が壊れ、スプラッタ状態で動いている。自分の肉体を針と糸を使用して器用に修復している姿が痛ましい。千切れた耳からは綿のような物体がはみ出してシュールな姿を晒していた。

 魔法王女がマジカルな必殺技を出せるのは、彼(彼女?)の成せる力である。自らを衣装に変える事で、術者の身を守り、召還術の媒体にも役立てている。

 ポロンがこうしてスプラッタ状態になりながら生きているのは、ベルには謎に思えて仕方がない。片方の耳からはみ出した綿を見て、何か不吉な事を思い出した。

「最低」何が彼女をそうさせたのか、一人で憤慨しながら恥ずかしそうに赤面している。父親と一緒に風呂に入らなくなって久しい少女は、大変難しい年頃のようだ。

「買ってきたプリンがそんなに美味しく無かったデスの?」裂けた腹を縫い合わせながら訊ねる。痛々しく、健気だが姿が気味悪い。

「何でもないの」ため息をつく。

 ベルの方は一人百面相を堪能している。時折、自分の頭をポカポカ叩いたり、顔を赤らめたり、怒ったりと面白い行動を見せる。

 両者とも違った意味で気持ち悪く、お互いにこれ以上詮索し合わない様に勤めた。

 結局警察に呼び止められて、小一時間職務質問されたロザリオは、本日の恥を一生の不覚と決めつけて不貞寝している。窓から差し込む西日に頭を向け、微かに悲しげな鼻歌を歌いながら。

 突然、何か閃いた。繭状に丸めた布団から這い出し、神妙な顔つきでポロンの元へ向かっていく。とうとう眼鏡が全壊して使えなり、裸眼で目を細めているだけなのかも知れないが、鬼気迫るものがあった。

「ご、ご主人様!」

 気色悪い姿を晒しているポロンの短い手から針を奪い取る。

「ベル、虫眼鏡だ」虫眼鏡を所望。

 しばらくぼけっとロザリオを見つめていたベルが落雷に打たれたように反応したのは数秒過ぎた後だった。「大至急」ロザリオの厳しい一声でようやく虫眼鏡を探した。

 虫眼鏡が差し出される前に、ロザリオはポロンの大手術に取り掛かり始めた。

 意外と慣れた手つきで、裂けた部分を補修していく。視力が低い所為で縫い目は綺麗な方では無いが、手先の器用さが窺える。

「…………」ベルが探し当てた虫眼鏡を恐る恐る差し出した。

「ありがとう、それ、そのままでかざして置いて」

 今まで腐りきっていた人間から感謝の気持ちを言われるのも意外だった。

 ポロンを修復するロザリオの表情は真剣そのものだ。死んだ瞳は一時的に活性化され、無駄に整った容姿をやっと引き立たせた。

 擦り切れたジャージ姿なのがちと切ないが、身近な人物達は彼の一心不乱な姿に心を奪われて頬をほんのり桜色に染める。この男がこういう場面以外で光らないのが本当に悔やまれる。

「睫毛、長いんですね」ベルの熱っぽい感嘆に、

 完全無視。雑念が入らぬよう、裁縫に専念している。

 ポロンの耳から出ている綿を詰め直し、手早くかがり付けて仕上げる。

 糸を噛み切る流し目の仕草が妖艶で、禁断の色香を放った。長年の従者であるポロンが思わず失神しかけた程だ。さすが元・マジカルプリンセスの風格。

 ベルは惚けたまま、口元から涎が垂れている事に気が付かなかった。

「よし」完全修復されたポロンをテーブルに座らせる。

 ロザリオの瞳は、いつの間にか濁った物に戻ってしまった。残念だ。

 その濁った瞳でベルを見つめた。

「な、何でしょう?」

 一瞬躊躇ったが、ロザリオは師匠らしく威厳を放ちながら言う事にした。

「服を全部脱ぎなさい」と。

 言われたベルの顔は一気に赤くなった。

「なっ……!」

 次の瞬間にロザリオの顔面に飛び出したのは右の拳だった。

 ポロンとテーブルごと吹っ飛ばされ、彼はしばらく動かなくなった。

「セクハラで訴えますよ」憤怒の形相でベルが拳を固めている。

 ポロンはすくみ上がってベルを涙目で見上げた。

「採寸だよ。ポロンはお前に貸してやるから脱げと言ったんだ」

 ロザリオは強気だ。殴られて鼻血が出ようとも、凶暴な少女に怯まない。

「脱ぐのは嫌です」即答。

「変身する時に、現在着ている衣服が解除される秘密を朝、知っただろう?」

「う……」ベルの表情が恥ずかしそうに歪む。瞳を逸らす。

「体のサイズを測っておかなければ…………さっきみたいに悲惨な事件が起こる」

 今朝の最悪な話を自ら蒸し返す勇気が今のロザリオにはあった。

 卑猥な願望ではなく、世間の敗北者としての恥辱を拭う為だけに動いている。

「ポロンのサイズの記憶を、この呪文を込めた糸で縫い直して変更する」

 ベルは口腔に溜まった唾を飲み下し、油が切れた機械のように首を下げた。

「承知しました。でも、師匠の子供時代の服が着れていますから、私にはぴったりだと思いますけど」

 確かに、ローズのお下がりが着られるベルに採寸は必要無いかに見える。

「ウエストは大丈夫?」

 失礼な質問に、ぎくりと肩を竦める。「大、丈夫です」

 不安げに見上げるポロンを乱暴に拾い上げた。

「念のため試着してきます」意地になったベルは脱衣所に一目散に駆け込み、カーテンを閉めた。

「いいか、変身は二人で息を合わせるんだぞ」

 巻き尺を首に下げ、糸を通した針を持ったロザリオは生き生きとしている。

 数分後、カーテンから眩い光が一瞬だけ漏れた。

 沈黙。

 また眩い光が漏れる。

 カーテンがやる気無く開き、重苦しい空気が先に広がってきた。

 ポロンを抱えたベルがうなだれて戻ってくる。

 コスチュームのサイズが合わなかったのは言わなくても解った。

「どうだった?」聞くのも野暮だが、今後の為だ。

 軽く首を横に振った。「胸が……胸がきついです」引きつった表情でベルが返答した。

「自分で測るからメジャー貸してください」

 いくら師匠でも、男性に体のサイズを測定されるのは屈辱。乙女として絶対に嫌だった。

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