第2話 過去の成功は現在のトラウマ





 ゴミの山を掃除しだすと、意外な物が埋もれている事に気がつく。

 過去の遺物ともいえる写真とか。

「あ、また」ベルは面白そうに写真をゴミの中から引きずり出した。

 魔法王女・ローズのブロマイドだ。四角く区切られた枠の中で可憐な美少女が微笑んでいる。魔法のステッキを斜めに構え、カメラ目線でウィンクなんぞかまして。

 この部屋の持ち主がただの二次元性愛者ならまだ納得が行くのかもしれないが……。

「可愛いデショ?」ポロンがぬいぐるみみたいな愛くるしい瞳でベルを見上げた。

「すごく、可愛い~」ベルは悦に浸りながら、「この人の成長した姿があんなオッサンだとは思えない」という言葉をのどの奥まで押し込めた。

 この写真の少女は、今は見る影も無いオッサン(ベル視点)と成り果て、掃除をサボって菓子パンの袋を開けていた。ベルと出会った時と同じ、あの汚いパジャマ姿で髪も寝癖が付いたままだ。

「なんでブロマイドがこんなに大量に散らばっているのかな?」

 かさ張るゴミを拾って片付ける度に魔法王女関連のアイテムが大量に発掘されるのだ。

「これネ、ご主人様がたまに発狂して散らかした跡ナの」

 妖精は無邪気に微笑み、頭の大きさより長い犬耳を使って写真を拾い上げた。

「何回もやるし、いい加減掃除するのも疲れたんだよ」ポロンらしからぬ低い疲れきった声が丸くてふわふわの体から発せられる。

「発狂って」

「過去の罪悪感とか恥とか、リリアさんに対する憎悪とか複雑に絡み合っててね」ぬいぐるみの外見からは程遠い台詞。

 ポロンはどこから引っ張り出したのか、タバコに火をつけた。煙を吐き出す仕草がオヤジ臭く、愛くるしい外見にはとても似合わない。

 ぼこん。と食べ掛けの豆パンがポロンに投げつけられた。

「あうっ」

 軌跡の先でロザリオが壊れた眼鏡の端をあげて睨んでいた。

「サボってないで仕事しなさい。仕事」にこりと不自然につくり笑顔を見せる。

 サボっていた張本人はさも忙しそうにゴミを片付け始める。

「引退したこの十年やってらんないっすよ、な、嬢ちゃんよ」主人が食べ残したパンを両手に、長い耳でタバコを持ちながらポロンがやさぐれていた。

 同意を求められたベルはただ頷くしかなかった。


 十年ほど前に活躍した魔法王女・ローズの末路は、双子の姉のリリアの人生とは対照的に、暗く日の当たらない人生を過ごしていた。

 一時期、バトルヒロインとして頂点まで上り詰め、マスコミに騒がれてとうとう正体を明かす事ができなかったのだ。魔法を使う美少女が本当は男だという事を。

 ロザリオは代々魔法使いの家系に生まれたルーン家の長男である。幼い人生何をどう転がったのか、双子の姉の悪ふざけで魔法少女として魔物や悪と戦う羽目になったのだった。

双子の美少女ヒロインとして大人相手に売り出す。魔法の才能があまり無かった姉リリアを前衛に置き、ロザリオはローズと名前を名乗り、強大な魔力を操りながら後方支援として戦闘をする。

 当時、子供が魔物と戦う事例は無かった為、人気を博し仕事の依頼が増えた。

 リリアの悪ふざけから始まった商売は大ヒットし、玩具会社と提携して作られた魔法王女グッズは飛ぶように売れた。更に、子供達の夢を抱かせる重要な役割も果たした。

 しかし、悪ふざけに乗せられた本人は、「引退」という名目を立て、第二次成長を前にマスコミ、戦闘から身を引いたのだ。

 現実と向き合う事を恐れ、社会生活を放棄して現在に至る。

 パジャマ姿で団子虫のように身を丸め。部屋の隅で数時間もいじけている。

 現在置かれている状況と、過去の自分を見つめる作業に本気で嫌気が差したのだ。

 ローズは死んだ事にして心の隅にしまって置こうと何度も決意した事なのに、突然やって来た学生服の少女が阻止させる。

「師匠、そこ退いて下さい」

 掃除機のノズルを持ったベルが声をかけるが、ロザリオは動かない。

 パジャマの裾を掃除機で吸い込まれようと、動きたくないのだ。

「いい加減にして下さいよ~」雑巾バケツをロザリオの傍に置いた。

 染みの広がった床を拭き掃除し始めても、団子虫状態は変わらなかった。むしろ、眉間に皴を寄せたまま寝息を立てている。

 こんな駄目男が元、スーパーヒロインだとは考えるだけで泣けてくる。

 十年寄り添った妖精のポロンは「すまないデスの」と感謝の気持ちを込めて、ベルの掃除を手伝っている。

「あっ」

 ベルが寝転んでいるロザリオの背中に躓いた。

 派手な音を立てて雑巾バケツがひっくり返る。並々と入っていた汚れた水がベルとロザリオの背中にぶちまけられた。

「うはっ!」ロザリオは瞬時に覚醒し、何事かと振り返った。

 散らばっていたゴミは綺麗に片付けられたが、代わりに家具がそこら中を荒らしていた。フローリングの床はめり込み、カーテンが引きちぎられ、タンスの引き出しが壁に突き刺さっていた。

「ああああああああああ!」パジャマから泥水を滴らせながら狼狽して立ち上がる。

 まるで爆心地の跡の様な状態に呆然と立ち尽くすしかなかった。壊れた眼鏡が鼻からずり落ちる。

「ごめんなさい」全身を水浸しにしたベルが起き上がった。

 髪の毛から泥水を滴らせ、ロザリオの目の前に立ち、自分のおでこを小突く。

「お掃除は昔から大好きなんですが、才能に恵まれてなくて」

 それはもう、才能どころの問題では無いだろう。

 ロザリオの顔が泣きそうに歪む。昔から慣れ親しんだ家具が台無しにされた怒りの感情よりも愛惜が強い。

「もう止めてくれ。頼むから俺の城をこれ以上荒らさないで」

 鼻の奥がつんとする。久しく嗅いだ山葵のように。

「ああっ、ごめんなさい。その格好じゃ風邪引いちゃいますよね」

 ベルはロザリオの言葉を聴かなかったのか、すぐに行動に移る。

「先にお洗濯しましょう」

 ロザリオのパジャマを必死で脱がせようとする。

「いい、自分で脱ぐ」唇を噛み締めて涙を堪える。

 汚れたパジャマの上を脱ぎ捨て、下も脱いでトランクス一枚になる。

「……私、着替え持ってきますね」

 思春期を迎えたばかりであろうベルは急に恥ずかしそうに下を向いてタンスの転がった位置に駆けていった。

「あんたこそ水浸しじゃないか」

 ロザリオがぺたぺたと後を付いてきて、ベルの足元に落ちていたジャージを拾い上げた。男の裸の胸がベルの視界に入る。

 ベルは頬を赤らめてそっぽを向いた。男子校を辞めた理由はもう一つありそうだ。

「着替え位持ってきたんでしょ? 風邪引くぞ」ぶっきらぼうに言う。

「そ、そうですよね。アハ」ベルは恥ずかしそうに答え、いそいそと自分のトランクに着替えを取りに行った。

 校章入りのYシャツしか出てこない。制服と同じようにやはり男物だ。

「後ろ向いててください」野暮ったい上着を脱ぐ。

濡れて汚れたYシャツから肌が透けて見える様だ。年頃だというのにブラの影は見えない。ロザリオが後ろを向かずについ見入ってしまいそうになる。

 かなり危ない光景に、傍観していたポロンがロザリオの脛に蹴りを入れた。

「ご主人様が昔、着ていたお洋服着ると良いデスの」

「可哀想に、服持って無いのか」裸同然でベルに向かって哀れむロザリオだが、全く説得力が無い。

 ベルが赤面しながら小さく頷いた。

「俺が風呂に入ってる間に、好きなの選んで着ていなさい」

 何もかも諦めた様子でロザリオがバスルームに消えていく。

 残された衣類は、通常の成人男子なら趣味を疑う代物だ。

 洗濯してよれた下着数枚の他は、すべて女児用の衣服が散乱していた。



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