顔合わせ

「──ん……ん?」


 寝返りを伴って漏れ出た自分の声で目が覚める。目覚めといってもそれは意識の上での話で、まぶたの方は開く気がなかなか起きない。かといって、そのまま二度寝を決め込めるかといえば、瞑ったままでもわかる寝室を照らす朝日が許してくれそうにない。どうやら室内のカーテンが充分に締め切れていなかったようで、隙間から差し込む光の進路が俺の顔を通過している。一度気づいてしまうと顔を背けてみても明るさを感じてしまって落ち着くのは無理そうだ。


「……起きますとも」


 いったい誰に許可を求めようとしたのか、自分でもよくわからない独り言を口にしながら、ベッドから出る。起きる原因となったカーテンのたわみを整え、寝室からリビングへ。ほぼ毎日誰かしらが居座っているテーブル回りだが、さすがにともなるとその限りではなく、家主の迷惑ガン無視の喧騒とは無縁だ。


「(……メシどうすっかな?)」


 時計を見て登校に余裕があるのを確認してからそう思案する。この場合、学園の食堂を利用するという選択肢は俺の中にはない。大半が帰省していた春休みとは違い、普段の利用率が八、九割を超えるところへ顔を出すのはいらぬトラブルを引き起こしそうで敬遠しているからだ。仮に何もなかったとしても他生徒が警戒するど真ん中で食事ができるほど神経が太くないというのもあるが。


 結局──というか他にないわけだが、常備しているありものでまかなうことにする。オーブントースターに毎度おなじみのパック餅を二つ、電子ケトルのスイッチを入れてインスタントのコーンスープの準備、冷蔵庫から飛鳥が用意してくれたおかずを適当に取り出す。


 調理という概念のないそんな献立が揃うと餅や湯ができるまで洗面所で顔を洗い、制服をゆるく着こなして食べる側の準備も完了させる。リビングに戻ると丁度いいタイミングで餅が焼けたとトースターが知らせが入り、ケトルの方もすでに湯ができていた。


「……よし、焦げてないな」


 もはや習慣になりつつある主食の餅は多少目を離しても程良いきつね色をキープできるようになった。高原にきたばかりの頃は油断すると表面が煎餅みたいになるか、それこそ炭になるかだったがそれを考えると手慣れたものだと自画自賛したくなる。


 そんな出来の餅に海苔を巻き、手近にあったお椀──マグカップでもよかったが最初にふれたそれにした──にコーンスープの素と湯を混ぜる。飛鳥が詰めてくれたタッパーには俺の食事状況を察してか根菜と青物が同時に摂れるよう、それぞれをラップに包んでくれていた。中身はきんぴらごぼうとほうれん草のお浸しだ。


「……あぁ、そうか」


 どこかで見たような組み合わせだと記憶を探ると飛鳥の手料理──手弁当か──を初めて見た時のメニューだったと思い出す。あれから二ヶ月弱、まさか夜の公園で決闘した相手に胃袋を掴まれるなどと誰が予想できただろう。海東心先輩が予知関係の異能を得ているなら話は別かもしれないが。


 そんな益体もない想像を膨らませながら朝食の席につく。時間に余裕があるといっても編入初日の醜態と比べてであって、優雅に振舞えるほど暇ではない。手早く、しかし胃に負担がかからないようしっかり噛み含めながら食事を済ませ、食器を片す時間を作る。シンクから洗い物がなくなってから時計を見ると始業まであと三十分ほど。充分に間に合う時間だ。


 何気なくベランダを見ると五月の日差しが晴れをこれ以上なく主張している。汗ばむほどではないだろうが、今から夏服に切り替えてもおかしくない陽気には違いない。山の方が避暑に向いているらしいが、それは都市部と比べて緑が多く、アスファルトが少なく、風の通りが良好だからではないか?


 あいにく天乃宮学園高等部の敷地は施設の充実させる為に森を切り開いているし、車道・歩道共に整備されている。風の通りがいいのは間違いないが、都市部並みに開発されている環境の中で、はたして山の恩恵に加えていいのか悩ましい。


「っと、んなこと考えても仕方ないか」


 これも週の頭特有の逃避なのか、過ぎった数々の感慨や疑問を隅にやり、今度こそ出る支度を済ませる。といっても教材の類は教室の机に入れっぱなしで、入りきれない分は空き教室溜まり場に保管している。これも最低限の体裁さえ整っていれば基本口出しされない校風のおかげか、ノート数冊──板書を写す用と自主用。生徒によっては中身が空でも珍しくないらしい──と弁当分だけ増した鞄を手に部屋を出る。


 剣太郎と騎士峰が決闘した土曜の夜から日曜をまたいだ月曜日、週のはじまりはそんな風に流れていった。




 月曜日



「よう、優之助。ちょいと面かせや」


 午前中の授業を終え、昼食を兼ねた昼休みの時間。いつもの溜まり場で弁当を広げに行こうとした俺を時宮高校元序列五位『王国』、王崎国彦が珍しくもそう呼び止める。


 珍しくも、と表したが国彦の何がそんなに珍しいかというと、天乃原学園に潜入した異能者の中で最も出席率が低く、日中のそれも校舎で見かけるのは滅多にないからだ。二度目の高校生活をそれなりに満喫している俺とは違い、国彦にとって高原での生活は自らの夢と居場所『王国』を完成させる為の肥やしでしかない。それがどういうわけか、わざわざ教室に出向いてまでのお誘い──いや、どういうわけもなにも国彦の用件は一つだろう。しかし、


「……これから昼メシなんだが、食いながらでもいいか?」


「なんだ、まだ食ってねえのかよ」


 空腹ゆえの申し出に国彦の声から咎める成分がこもる。まるで重要な話を俺の食い意地が妨げたように聞こえるが、昼前の授業が終わってから三分も経ってない。ならなぜ俺以上の食欲と燃費の悪さを持つ国彦が食事より用件を優先できたのかといえば、ここへ来るまでに済ませたからだろう。授業中に。


 おそらく国彦のクラスでは“昼食”として平らげた容器が山となって積んだままに違いない。普通なら苦情なりお叱りなりがいくはずだが国彦を前にそれは難しいのは明白で、今もかかわりになるのを避けたがるクラスメイトとそんな連中の態度など歯牙にもかけない国彦とを見比べるに想像は容易だ。もっとも、避けられているのは俺も同じなわけだが。


「(未だにこの距離感は正直ヘコむなぁ。現役高校生とそう簡単に打ち解けるとは思わなかったけど、まさか二ヶ月かそこら経っても誰一人近寄ってこないとは……)」


 そんな避けられまくりの俺達に絡める数少ない例外として、同じクラスに在籍している瞳子なら皮肉の一つでも飛ぶだろうが、本家の用事なのかただのサボりなのか、あいにく今日のところは見ていない。仮にこの場にいたとして、それはそれで揉める可能性が高い──国彦が瞳子の勧誘を蹴ったという背景もあるが、そもそもお互いにぶつかりそうな性格なのが大きい──のを考えるとこの場にいなくて正解かもしれない。


「──まぁ、いいや。どの道ここでする話じゃねえから連れ出しに来たんだ。行った先で弁当をつつくくらいは許してやるよ。とりあえず、ついてきな」


 はたして俺の想像どおりなのか、国彦が渋い顔をしつつも顎を動かすだけで外出を指示する。さすがに教室でするような話題ではないと判断する程度にはTPOをわきまえているらしく、教室ここで密談にならない密談をしかねないと思いかけた分、少し安堵する。


「(まぁ、だったらこんな衆人環視の中で誘われんでも、とは思うけどな)」


 台詞も相まってまるでヤンキーの“それ”を連想させるお誘い──いまどき「面かせや」はないだろう──に案の定、周囲はドン引いている。なかばいないもの扱いは珍しくないが、さらに深刻になりそうな周囲との関係を思うと、弁当を片手に席を立ちながら知らず溜め息が出た。



 広大な敷地を持つ天乃原学園高等部において、内緒話ができそうな場所は事欠かない。もちろん学園や生徒会側が風紀や環境の乱れを防ぐために小まめに手入れはされているが、数十分程度なら人目から逃れることはとても簡単だ。──


「──なんで屋上なんだよ」


 そう、国彦が数ある候補からわざわざ選んだのは生徒会が一般生徒の立ち入りを制限している屋上だった。たしかに人がめったに立ち寄らず、出入り口が一つで、ひらけたスペースは聞き耳を挟める余地がない。理想といえば理想だ。会長から後で何言われるかわかったものではないというデメリットに目を瞑ればだが。


 当然、国彦はそんなことを気にするわけがない。たとえ誰と出くわしても平気であろう態度のまま、ここへ来る道中で合流した数人の生徒を引き連れている。


 いや、さらっと言及したが、面識のない本当に初対面の人間だ。雇い主である帝の差配か、国彦の『王国自前』の部下かとも考えたが、そのわりには全員修羅場慣れしている様子はない。どことなく浮き足立っているところを見るに間違いなく学園の生徒だろう。


「──とりあえず、俺達の話が終わるまで階段あたりで張ってろ。何かあったら……ま、適当にあしらえ」


「わかりました! 存分にご用件を果たせるよう、こちらには誰も通しません。ご安心ください」


 それでは失礼します、集団の代表らしき男子生徒がやや堅苦しげにそう声を上げると一斉に屋上からはけていく。ご安心もなにもそもそも心配ごとなんてねぇよ、と言葉尻を捕まえながら国彦が手で追い払うようなジェスチャーを二度三度繰り返す頃には屋上には俺と国彦以外誰もいなくなった。


「……なに、あいつら」


「あ? 知らね。なんか気づいたら周りでうろちょろ寄ってきたからほどほどにパシらせてんだ」


 こともなげな国彦の発言にマジかよ、と絶句する。どう控えめに表しても物騒な印象しかない国彦にわざわざこき使われにいく物好きがいるなんて実際に見ているにもかかわらず信じられない。それも複数で。


「(だったら俺や瞳子にだってもう少し打ち解けてもいいじゃねぇか)」


「んで、土曜はどうだったよ」


 ショックを受けている俺の内心を知ってか知らずか──いや、そもそもどうでもいいであろう国彦が本題に入る。自分から連れ出しておいてこちらの弁当都合を差し置くあたりらしいといえばらしいので腹も立たない。先程の連中のこといい得な性格をしているもんだ、とは口には出さず、代わりに国彦の望み通り“土曜の結果”を告げる。


「剣太郎が勝った」


「んなこた、端っからわかってんだよ。騎士峰が剣太郎に勝てるわけねぇだろ」


 せめてもの反抗で腰掛けたベンチの上で弁当を広げながら答えた内容がお気に召さないのか、わざわざ聞くまでもないと国彦が煩わしそうに手を振る。わざとはぐらかしてみたわけだが、リアクションはともかく妙に断定的なのが引っかかる。


「その口ぶりだと騎士峰と面識があるのか?」


「んな、大したもんでもねぇよ。けっこう前に一発かましてやった程度だ」


 だいぶ端折っているが、国彦のことだから自ら立ち上げた『王国組織』絡みだろう。時宮を卒業してから荒事にはご無沙汰だったからそのあたりの事情にはとんと疎いが、かなり手広く暴れているようだ。


「けっこう前の、それも大した知り合いでもないならいろいろ変わっていてもおかしくない──というか、実際に変わっていたわけだがな。海東心先輩が騎士峰に異能を追加したのは知ってるだろ」


 しかも追加したのは俺らの世代、序列一位の異能だ。『調停者』個人の心証は別にして“重力制御能力”

自体は掛け値なしに強力な代物であるのは疑うまでもない。しかし、そう言い募った俺を国彦は鼻で笑う。とばかりに。


「その実際とやらを見たおまえが脅威に感じなかったのが全てじゃねぇか──昼飯を邪魔した嫌みかよ」


「……俺、飯時を台なしにされたのを理由に暴れ回ったおまえを見たことあるんだけど? 第一、弁当なら今済ませるつもりだしな」


 言いながら、広げた弁当から濃いめのだしが効いた玉子焼きを摘む。中身は個人的に嬉しい鶏そぼろご飯と、今摘んだ玉子焼き、残りはきんぴらごぼうとほうれん草のお浸しといった朝食からの流用──ではなく、ひじきと油揚げの煮物と塩揉みされた白菜が添えられている。いつか見た弁当の献立とまる被りするのを防ぎたかったのか。そんなことで文句を言うほど無神経でも恩知らずでもないつもりなんだが、変に気を使わせたようで申し訳なくなる。


 それはそれとして、国彦が感じている恨み節うんぬんにしても前々から一度屋上で食事をしてみたかったので、それが成り行きながら実現したのは悪い気はしない。どの道会長に詰められるのは避けられないので諦めてもいる。なので国彦の強引さ自体には辟易すれど、逆恨みを勘繰られるのは心外というものなのだ。


「たしかに剣太郎が負けるとは思ってなかったが、勝負ごとで絶対はないだろ。……まぁ、絶対はないにしても場面場面で勝ち負けが動くかどうかもわからないようだと話にならないってのはあるが、それを差し引いてもえらく言い切ったな」


 合間合間で弁当の中身を片付けながら騎士峰の話題で食い下がる俺を国彦が心底面倒くさいものを見るように目を細める。国彦が望む本題から離れているのは承知の上だが、気になった以上仕方がない。不機嫌そうに頭をかいてしばらく、根負けした形で渋々話し始める。


「──さっきも言ったけどよ、一応、序列持ちクラスの異能者だから『王国』チームに誘うか潰すかの事前調査しただけで誰それの仇みたいな因縁なんざ欠片もねぇって」


「じゃあ、何をもって敵じゃないと判断したんだ?」


「決まってるだろ、事前調査で知った背景ってやつよ」


 言いながら国彦の1tある体が身じろぎしたことで対面に座っていたベンチが悲鳴を上げる。本来なら無造作に腰を下ろせばたちまちへし折れるところをその程度で済んでいるのだからさすがだが、油断すると尻もちをつく羽目になりそうだ。国彦自身、同じことを考えていたらしく、舌打ちを一つしながら地べたに座り直して話を再開させる。


「騎士峰な、あいつの母親か父親のどっちかが外国の血が流れてるんだと」


「どっちなんだよ」


「うるせえな! んなもん、いちいち憶えてられっか」


 開き直り、しまいにはどっちでも変わりゃしねぇよ、とまで言いだす国彦。随分と乱暴で騎士峰にとっては失礼な言い草だが、一方で俺や国彦にとっては話の筋が一緒なら母方だろうが父方だろうがたしかにどうでもいい部分ではある。だからといって素直に頷く気にはなれないが。


「ったく……あーなんだ、そのどっちかが代々騎士をつとめた家系だとかなんとかで──どんだけ遡ったら行きつくのかは知らんが──『ナイトマスター』とかいう何を極めたか知らん二つ名の由来はそこからきてるって話だ」


 国彦の注釈は暗に騎士峰の家系が身分としての騎士から離れて久しいことを示している。現在でも存在する騎士という称号は日本における武士のそれとは違って世襲ではないはずなので貴族階級だったのか、代々叙任を受けられる理由があったのか、仮に騎士峰の異能のルーツが海外由来だとしたら後者である可能性が高い。


「んで、その騎士がどうたらってか、キャラ設定? の影響を与えたのが騎士峰のじーさんなんだとよ」


 キャラ設定などと普段言い慣れない単語に戸惑いながら騎士峰の核を語る。核──つまり異能者の証明とも言うべき異能を発現させるほどの強烈な執着。先輩によってどう物理現象に介入するかは判明したが、その“信号”を発信させる仕組みについては手足を動かす延長線上の代物だとしか聞いていない。


 なので偏執的なまでに求めた結果、なぜそうなるのかは未だ推測の範疇だ。しかし、異能についての核心はその執着がかかわっているのは間違いないはず。そして国彦が騎士峰の評価を低く見積もった理由もそこにあるのだろう。


「……剣太郎に絶対勝てない根拠がその爺さんにあると?」


「ああ、そうだ。なんでも近所でも有名な──悪い意味でな──のジジイらしくてな。あいつのやら、なんかよーわからん動きやらはそのジジイの仕込みらしいぜ」


「なんで孫にそんな教育したんだ?」


「そりゃあ、そのジジイ自身が騎士ってやつにこだわってたからだろ。言わなかったか、悪い意味で有名だとな」


「騎士への妄執に取り憑かれた爺さん──まるでドン・キホーテだな」


 件のドン・キホーテは自分自身を騎士と思い込んでいたが、それを孫に押し付けるとは迷惑な話である。もっともドン・キホーテにしても周りを従者や姫として接していたのを考えると大差はないのかもしれない。


は知らんが、多分おまえの想像通りだろうさ。ガキの頃からあんな感じで他の奴らはドン引きだったのもセットでな──いくらどいつもこいつも変人だっつても、キ◯ガイに歪まされた奴なんて痛ましくて見てられるかよ」


 そう締めくくった国彦を珍しく思う。いつもはガラの悪さと威圧感で重々しく響く声が、今はどこか陰鬱そうに聞こえるからだ。


「(……案外、他人事とは思えなかったのかもな)」


 基本的にマイペースな異能者の中にあって国彦や騎士峰──あと、関係ないが『調停者』も──は珍しいタイプだ。一見、主義主張を曲げないという点は同じでも自己で完結するのとは違い、国彦や騎士峰は他者がいて初めて成り立つからだろう。


 だが、国彦のに対して、騎士峰の核であろう“騎士として生きる”のは、前言に矛盾するようだが自分がそうあれと思えるなら他者など不要のはずだ。かのドン・キホーテも周囲を巻き込んでいるわけだが、それは自分を徹頭徹尾思い込んだ結果そうなっただけで、よしあしはともかくとして自己完結の産物だと言える。


 しかし、騎士峰は他人の目があってしか騎士として振る舞えなかったように思う。誰が言ったか、他人のための生き方──騎士峰の祖父に見せたかったのか、あるいはのか。もはや当真瞳呼に誓った忠誠すら信念に基づいていたか怪しい。


 今さらながら、剣太郎が負ける気がしなかったのも、国彦が痛ましそうに断言した理由もわかる。いくら強力な異能を持っていても、さらに『調停者』の異能すら上乗せしても、どちらもでは勝てるわけがないのだ。いかな名刀でも使い手次第でなまくらにも劣る。騎士峰自身、異能にかまけて剣技を磨くことを怠ったと述懐したが、それ以前に己であるための原動力すらものになっていなければ差はつくのは当然である。


 瞳子のように狂気ですら引き金になり得るのだから、たとえ他者の偏執によって歪まされたとしても異能は発現するのだろう。おそらくそこに純粋、不純の境界はない。しかし、仮に騎士峰の祖父が真っ当に騎士としての生き方を体現し、騎士峰がそうありたいと願っていたなら、果たして俺は無条件に剣太郎の勝利を信じられただろうか? 無意味と知りつつ、頭に過ぎるのを止められない。


「──騎士峰の話はもう充分だろ。そろそろに入るぞ」


 やはり騎士峰に思うところがあったのか、はぐらかす前よりやや盛り下がった口調で話題に区切りをつける国彦。同時に弁当の方もかなり食べ進んでいてほとんど空だということにも気づく。考え込みながらで味が思い出せないのが残念だが、昼食が済んで脱線ぎみに膨らんだ話題も落ちがついた。これ以上先延ばしにすると国彦の我慢も限界だろう。


「『』──向こうが俺達の相手として誰を用意したのか。……まさか聞いてない、わからなかったとか言わねぇだろうな」


 二メートルを超える巨体が覆い被さるように凄みを入れる。普通なら漏らしかねない迫力に押されながら土曜の夜に何があったのか、あまり説明がうまくないのを自覚しつつも──教師を目指しておいてそればないだろうが──順を追って話すことにする。


「──その心配はない。なにせ、わざわざ俺達の前に姿を見せたくらいだからな」

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