代理決闘・五



    *



「またやってるよ、あいつら」


 瞳子と剣太郎のじゃれ合いを横目にしているとそんな台詞がため息と共に漏れてくる。大抵は剣術談義からの小競り合いが原因だが、今回もその例に漏れず発展したようだ。


 お互いすんなり引くような性格ではないが、その頻度が割合高め──少なくとも俺はそう感じる──なのは、それに加えてあの二人が実は親戚だという事実も大きいだろう。


 時宮を長きにわたり治めてきた当真家は受け入れた異能者同族の血を入れることも珍しくない。その為か時宮で暮らす家のうち、半分近くが何代か遡れば当真家と地続きになっているのも地方の豪族や大地主なら割とよくある話だろう。


 そんな中、詳しい家系は知らないが、刀山となる前の姓が当真だったらしいので世間一般が思う親戚関係くらいは近いのだと思う。剣太郎の当真流剣術における師匠が瞳子の母親なのも無関係ではないはず。


「(……まぁ、そんなことはどうでもいいか)」


 しょせんどこまでいってもただの口喧嘩と大差がないので剣に関して門外漢である俺が間に入っても無粋なだけだ。あのまま気の済むまでやらせておけばいい。一方、俺は俺とて立会いに付き合ってる以上、ただの観客としてこのまま帰るわけにもいかない。あってないような天乃原での役割ではあるが、全うせんと当真瞳呼側の代理である月ヶ丘朧と顔を突き合わせにいく。


「よう、とりあえず今日のところは解散でいいよな」


「あぁ。今日……いや今月はそちらの勝ちでいい」


「なんだ、えらく素直に認めるもんだな。負け惜しみの一つくらい聞いてやろうと思ったんだが」


「他にある聞きたいことのついでに……か? あいにくだが、そこまで見苦しく振る舞えるほど気位は高くなくてね──それに今回の負けは予定のうちだ」


「あん?」


 それが負け惜しみでなくてなんだというのだ、と言いたいところだが、どうやら本心らしい。


「十番勝負を持ちかけたが、何も全て勝つ必要はないという話だ。負けをどこでつけるかをコントロールするくらい、戦略としては初歩中の初歩だろう?」


「つまり騎士峰は当真瞳呼にとっては数合わせ同然だったってわけか。敵ながら同情するな」


「序列認定に代わる称号として新設した手前、当真瞳呼が見込んだ人材に与えたのは嘘ではないだろう。そうでなければ格に傷がつく。ただ、今回は泥を被ってもらう必要があっただけのこと──むしろ、自らの誇りすら質にして戦い、主君と定めた者が望んだ結果を出したんだ、騎士峰も本望に違いない」


「……騎士峰が目を覚ましたら聞いてみたいもんだ。噛ませ役ご苦労さん、なんて言われたらさ」


 と、言ってはみたが、月ヶ丘朧の推測はあながち外れていないかもしれない。個人的な悔しさは残りはするが、裏切られただの、いいように振り回されただのとは思わないような気さえする。


 いったい何がそうさせるのか、現代の日本でわざわざ『騎士の極み』などと自称するくらいだ。幸不幸をはじめとした価値観の“ものさし”は他人がどういう言えるものではない。未だに何かしらを言い合っている瞳子と剣太郎のやり取りに割り込むように、これまた無粋なのだ。……っていうか、二人とも寮に戻ってからやれよ。人目の、それも月ヶ丘朧の見えるところで言い争いをされるのは身内の恥を晒すようでいたたまれないし、話をもっていきにくい。


「……騎士峰についてはもういいだろう。そちらの本題に付き合うとしようか」


 こちらの意図を察して、月ヶ丘朧がそう水を向ける。ありがたいはありがたいが、イニシアチブを取られている感は否めない。鉄火場ならともかく、こういう場で矢面に立つのはあまり向いていないと自覚はしている。とはいえ、なけなしの責任感を無駄にしないよう望みの流れに乗ることにする。


「まずは次の予定だな。六月となると十日は空くわけだが、いつにするか決めてるのか?」


 ──もちろん、その日で確定するかどうかは俺達次第だけどな。そう釘を刺すのも忘れない。


「いや、まだ決まっていない。外様である月ヶ丘の人間としては当真瞳呼の要望を聞く必要があるのでね。それに双方、当真の本家に報告する義務もあれば、日程についても無断で進めるわけにはいかないはず」


 たしか、今日の決闘の日にちは初顔合わせから一日で決まったはず。瞳子に報告したのが初顔合わせの晩だったことを考えるとずいぶんと早い決定である。しかも決行日が週末にもかかわらず通るのだから瞳子の携帯一本でも済んでしまいそうだ。


 そう考えると次期当主の選定の一環という重大さの割にどうにも当事者達に丸投げし過ぎではないかと本家の関係各所に突っ込みを入れたくなる。いや、そもそも本家側が本当に機能しているのか──当真瞳呼の息が掛かっているのでは? というのはいき過ぎた発想だろうか。


「(……だとしたら、そこは瞳子の領分だな)」


 とすると、役割がどうであれ──鉄火場であろうが、調整の場であろうが──最前線に立つのは変わらないらしい。割合、シンプルな結論に落ち着いたものだと思いながら話題を変える。


「なら、次の対戦カードはどうする? うちの剣太郎と騎士峰とは成り行きで決まったが、次もあんなグダグダな進め方ではいかんだろ」


「こちらの思惑通りに対戦相手を決められるのは業腹だろうしな」


「わかってるじゃないか。野球の予告先発ってわけじゃないが、誰を出すかはもう少し両陣営の総意を絡ませたい」


「こちらの希望に沿った組み合わせだったのは認めるが、刀山も──そちらも合意の上で決まったことを蒸し返されても困るな」


「別に今日の結果如何にどうこう言ってるのとは違うだろ。あくまで、これから先の話をしている。……そもそも、『当真十槍』とやらは?」


「それは天乃宮家が確認したはずだが?」


「あくまで潜入した数だけ、な。正体はおろか、『当真十槍』に数えていいのかは手付かずのままだ」


「後出しを懸念するなら、こちらにも疑義があるぞ? 当真瞳子──そちらの陣営で学園に所属しているのは刀山を入れても五人だ。『当真十槍』の存在を明らかにしようと思えば不可能ではないのに対し、存在しない五人を調査できるはずがない」


 よくもまぁ、言えたものだ。『当真十槍』の正体を探ろうにも編入の手続きが完了しているにもかかわらず、授業はおろか割り振られた学生寮の部屋にも居たためしがない。学園──もしかすると高原にすら所在しているか怪しいものだ。月ヶ丘朧の言ではないが、存在しない連中を調査できるはずがない。


 編入を知ってから数日、仮にこの先も在籍の確認が取れないとすると当然ながら会長は問題に思うだろうし、処分なり放逐したいはず。しかし、当真から派遣された人材に便宜を図れとから言われているようで、いかな天乃宮本家の令嬢とはいえ手出しは難しいらしい。


 たしかに俺をはじめとした当真や月ヶ丘の人間からすれば、学園の調査や次期当主選定といった本来の目的を優先させる為なら出席日数や素行がどうなろうと気にする必要はない。だが、学園自治の最高責任者にして天乃宮の人間である会長にすら秘密でそのくせ学園に籍だけはあるなんて、どんな任務だというのだ。


「……当主選定の代理戦を持ちかけたのも、数を十人と設定したのもお前らだろ。、いくらか融通を利かせるくらいはしてみせろよ」


 そう凄んでみせると、月ヶ丘朧もふむ、と納得した様子で首肯する。そこから数分、懐から携帯を取り出し、どこぞへお伺い──たぶん、当真瞳呼──を立てたかと思えば、特に揉めた感じもなく協議を済ませ、改めてこちらへ向き直る。


「却下だそうだ」


「……そいつ、ここに連れてこいよ。どうせ当真瞳呼だろ?」


「冗談だ。天乃宮姫子への顔見せも兼ねてこの場で紹介しよう」


 ……喧嘩売ってんのか、月ヶ丘朧こいつ。思いの外、いい性格をしている──まぁ、それくらいクセがなければ異能者なんてやってないだろう──窓口役は戯言をほざいたとは思えない平坦な調子でこちらの提案を受け入れる。


 会話の手ごたえから察するにさほど正体を隠す事情などなかったのではないか? と疑ぐりたくなるが、手の内を晒さずに済むならそれに越したことはないし、こちらの要求をコントロールしようとわざと焦らした可能性すらある。だとしたら、向こうの手のひらでいいように踊っていたというわけになる。どうにもしてやられた感が強い。


「(……やっぱ、こういう腹芸が必要なのは性に合わんな)」


 それでも役割を受け持つと決めた以上、嘆いてばかりもいられない。気がつけば、話が落ち着くのを待っていたと思しき会長達、反対に言い合いにひと段落をつけた瞳子と剣太郎、それぞれの視線がこちらを結んでいる。いつまで待たせるつもりかと言いたげな瞳子と会長の圧を感じながら、話はついたと手招きの形で返答する。

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