代理決闘・四

 騎士峰がブラックレイ黒き光と例えたそれは皮肉にも『調停者』の“影”に酷似していた。元々が『調停者』の異能なので酷似もなにもないけれど、それでも似て非なるところはあるもので、うまく言えないが騎士峰の重量制御には指向性があるように思う。おそらくは騎士峰自身の念動力異能が関係している。


 そんな私の想像通りなのか騎士峰のブラックレイは狙いを過たず刀山に殺到する。その光景はかつて『調停者』の“影”が篠崎空也を飲み込んだのを連想させるには充分で、あの時と同じく私の喉から悲鳴がせり上がろうとする。


 しかし、喉元から出かかりつつも無様を晒さずに済んだのは以前の場合は結果的に篠崎が無傷で防いだこと、そして──


「……んな大技に頼るより、動きを封じた方がまだ芽はあったんだがなぁ」


 ──そして、この状況においても御村が一切の動揺を見せないからかもしれない。それを認めるのはほんの少し悔しくはあるけれど。


 そんな内心のしこりはさておき、確信めいた御村の言葉の意味を知るのにそう時間はかからなかった。剣道における一足一刀の間合い──つまり、刀山の切っ先が届くそばから騎士峰の放つ重力を真っ二つに割っていったからだ。


「(凛華の愛刀を掃除用具の柄で切断したのを見たことはあるけれど、まさか形のない重力まで斬れるとはね)」


 闇夜の、それも遠目からでもくっきり見える黒い線とある一点から二つに割かれていく光景。思えば、重力制御能力の本来の使い手である『調停者』が負荷をかけて動きを阻害するという小技じみた選択肢を自らの戦術に組み込んでいたのも、その対象が刀山だったのも、あんな真似が可能というなら納得できる。


「これすら斬り伏せるのか、刀山剣太郎! だが、まだだ! まだ私は敗北を──」


 魂削らんばかりの騎士峰の叫びが不意に途切れる。同時に体が傾ぎかけ、すぐに持ち直すが対戦相手である刀山は元よりこの場にいる誰の仕掛けでもない。騎士峰に何かしらの限界が近いようだ。


「……先輩が複数の異能を持ちながら同時に発動しなかったのはあれが理由だな。国彦以上に燃費が悪そうだ」


 ──先輩というのは先日の潜入者のことかしら? なんてことのない目上への呼び名一つになぜだか胸がざわつくのを感じる。『調停者他人』の異能を付与できることといい、私と御村の間にはまだまだ前提となる認識に開きがあるらしい。


 どう問い詰めようかは後にするとして、もはや趨勢は決したと言えるだろう。刀山は終始危なげなく立ち回り、対する騎士峰は攻めの数こそ刀山を圧倒しているものの、ことごとくあしらわれては底を晒してしまっている。いくら私が戦闘や異能に詳しくなくてもここから逆転はないだろうとわかる。


「──れでも、……それでも……だ!」


 もはや目の焦点が怪しく、うわ言すら漏れ出した状態の騎士峰だが、自ら吐いた言葉通りそれでも両の足を踏みしめ、長大な刺突剣を構える。刀山に異能と比べて未熟だとこき下ろされた剣の腕をこの局面においても用いようとするのは曲がりなりにも剣士としての意地がそうさせたのか、単に異能を使おうにもすでに限界に達したからなのか。いずれにしても相当な執念と言えるだろう。


「この土壇場で開き直ったな」


 同じ印象を受けたのか、御村の声色に感心が混じる。ただ、呟いた中身までは同じとはいかず、その台詞の意味を測りかねる。その口ぶりはまるで決着にはもう少しかかると言わんばかりだ。


「騎士峰がこれ以上戦えるようには見えないが?」


 桐条さんが私の疑問を代弁するように──もちろんそんなわけはないけれど──御村に真意を尋ねる。


「たしかに満身創痍には違いないんだが、念動力で強引に体を支えている。意識を失うか絶たれない限り、異能で間接的に自分の肉体を操作する──身体能力強化と並んであのタイプの異能者がよくやる手だ」


 特にもったいつけず解説する御村の言からなんとなくホラー物によくあるゾンビを連想する。御村は平然としているが、いくら痛めつけても意識がある限り止まらない相手なんて相当に厄介ではないのか? 私のそんな疑問などお見通しとばかりに当真瞳子が続きを引き継ぐ。


「苦肉の策には違いないわよ。開始から派手に動き回るわ、大技を無駄に使うわであれしかできることがないだけ。……あと数分もつかどうかってところかしらね」


 ──そもそもどうにかできるならあんなに追い詰められるわけがないでしょ、と辛辣に締めくくる。その執念に感じ入る部分はあっても両者の力量を読みきったからこそ余裕が崩れることがない。そんな様を見せつけられてはいちいち一喜一憂している私が小物に思えて仕方がない。


 腹立ちまぎれに御村の脇腹に肘でも入れてやろうか──そんな算段は、かろうじて立てているだけのはずの騎士峰が最後の攻勢に出たことで頓挫する。


 跳ねる脚が増えているように錯覚しそうなほどの高速ステップから両手用サイズの刺突剣を駆使した中〜遠距離からの急襲。騎士峰が自らの手札を最大限に引き出そうとしたその選択は無難な安全策ともとれるが、刀山に切っ先の届く端から付け入れられないようフェイントが念入りに折り込まれている。ひとたび隙を見せればフェイントから遠間からの狙撃──剣のリーチを考えるとそう言い換えていい──となって刀山を貫くだろう。その速度、精度共に今まで以上なのは私の視点からでも一目瞭然だ。


「一太刀に賭けているな。もっとも、それしか逆転の手がないのはわかりきった話だが」


 桐条さんの呟きが騎士峰の吐息と踏み込む音に紛れて聞こえる。いかに異能と剣の腕が際立っているとはいえ、刀山の身体能力自体は一般人と変わらないらしいので、桐条さんの言う通りに騎士峰の攻撃が決まれば可能性が皆無ではないだろう。


「刀山と実際に戦った身からするとどうなのかしら? 凛華」


「私達が戦った時は構えらしい構えをとらなかったのであまり参考には。ただ、刀山の技量なら相手の攻撃を見切り、そのまま反撃するのは難しくないでしょう」


 暗に刀山の本気を引き出せなかったと自虐を込めながら私の聞きたいことを十全に答える凛華。無意識なのか、その発端となった自身の得物に手をかけ握りしめる姿は因縁がまだ続いているのだとわかる。


「……潮目が変わった。そろそろよ」


 無駄話はこれまでとばかりに当真瞳子がピシャリと言い放つ。ここまでの間、騎士峰は一度も──といっても勝負の如何がその一度きりにかかっているのだが──刀山に仕掛けることができず、土壇場で高めた速度、精度はもはや見る影もなく衰えていた。当真瞳子の見立てである数分で本当の限界がきてしまったらしい。あっけないを通り越して締まらない結末だ。


「(──なっ!?)」


 そんな肩透かしを覚えて緩んだ心が騎士峰の顔を何気なく見た瞬間、一転して警鐘を鳴らすのを自覚する──騎士峰はまだ勝負を捨てていない、そう告げるように。




 人ひとりが崩れ落ちる音を聞いて、弛緩していた思考と体が平常運転へと復帰する。騎士峰の顔を見てから遅ればせながら気づくまで十秒と経っていない。体感時間はともかく、本当にあっという間の出来事だった。


 けれど正直、いったい何が起こったのかよくわからない。もう限界とばかりに力なく脚を止め、死に体となった騎士峰が動作も何もかも省略して刀山に突進したかと思えば、からだ。


「……いったい何が?」


 私の考えをそのままにしたような桐条さんの台詞も無言のまま困惑しているとわかる凛華も一様に同じ感想なのだろう。仮に私なら気づけない“何か”があったとしても、この二人が揃ってみすみす見逃すとも思えない。おそらく私の見たそのものが全てだ。


「騎士峰の自爆──というわけではなさそうね。御村、解説」


「頼みごとにしてはえらく雑な言い様だな」


 なんか、本当に瞳子が二人になったみたいだ、などと失礼なことを口走りながら──横の当真瞳子に蹴りを入れられている──渋々といった様子で凛華と桐条さんに向き直る。


「あー、二人は剣太郎と戦った時のことを覚えているか? っても、俺も空也についてたから細かい戦況までは二人の記憶頼りになるんだけど」


「……あぁ、憶えている」


「私もだ、優之助。それで?」


「嫌な思い出になるだろうが、斬られた時のことは?」


「っ! まさか!」


 ここで思い当たる節があるのか、凛華の驚いた声が本人の内心そのままに大きく響く。その反応を見た御村もそれが正解とばかりに頷き、未だ要領に得ない私に向けて核心を語る。


「剣太郎が──時宮の序列三位が『剣聖』と呼ばれる、あいつの剣はあらゆるものを断つだけではなく、その有無すらも操ることができる」


「……もう少し詳しくお願い」


「私と桐条が刀山と対峙した際──その最終局面で桐条が倒れた後、私は逆転への賭けに打って出ました。ちょうど今の騎士峰のように」


 焦らされた割に答えを聞いてもあまりピンとこない私にヒントだけで理解した凛華が補足をいれる。そうだ、騎士峰が限界に達したと見せかけて刀山に突進したのは知っている。念動力を使い、リモコンか操り人形よろしく意識だけで自らの体を動かせるなら、筋力や予備動作といったものを無視して不意をつけるだろう。


 わからないのはその後、『騎士の極みナイトマスター』などと自称するほどプライドの高い騎士峰が無様を演じてまで行った奇襲を刀山はいかにして返り討ちにしたのか。明らかに剣が届かない距離にもかかわらず、刀山が仕掛けた様子もない、そんな状況から。


「『火龍』──当真流の突き技を繰り出そうとした瞬間、手足の自由が利かなくなりあえなく失敗しました。あの時も何が起こったのかわからない私に向けて刀山が告げたのが、手足の腱を一瞬だけ斬った、でした」


「一瞬だけ……斬った?」


 まるで子供の言い訳みたいに聞こえるが、人体を一度斬っておいてそうやすやすと繋がるものでもないだろう。おそらく怪訝な顔をしている私を見て、凛華が首を横に振る。


「細胞を傷つけないほど滑らかな切断面は何事もなかったかのように癒着することも不可能ではありません。ですが、私の言いたいことはそこではなく、がわからないという部分です」


 そこまで言われてようやく理解する。そもそも、騎士峰がなぜ倒れたのかが最初の疑問だったはず。同じ経験をした凛華ですら素人である私と大差ない感想はつまり、刀山が何か──何かといっても斬った以外に答えはないが──したのは間違いないが、単純にカウンターの類で返り討ちに、といったわけではないことを指している。


 そこへきての刀山の一瞬だけ斬った発言と凛華の言う切断の状態次第ではすぐに癒着できるという現象の話。それらを総合し飛躍させると御村の台詞は疑問の答えとして当てはまる──刀山あいつの剣はあらゆるものを断つだけではなく、その有無すらも操ることができる。


「……そのままの意味だったというわけね」


 どんなものでも斬れるなら、その反対に斬らずに済ませる──峰打ちうんぬんのレベルではなく、正真正銘の無傷で──ことも可能。まさしく活殺自在の域だ。


「もちろん無制限に、ってわけじゃない。当たり前だがかわされたり防がれたりしたら発動しないし、攻撃成功はあくまで剣太郎の意図したものでなければ──例えば、偶然や相手のミスで想定外に与えたダメージだと成功に含まれない。斬った斬らないの事象をひっくり返せるのは一度きりの上、斬った事実を後回しにできても威力が増幅することはない。凄いは凄いがどうせることにかわりないならその場で斬って捨てる方が手っ取り早いわな」


 たしかに凛華の刀を掃除用具の柄を用いて寸足らずにした場面で斬った事実を“なかった”ことにしていたら切断の憂き目にあったのはもしかすると刀山の方だったかもしれない。たらればでひっくり返るような単純な話ではないけれど、御村の言うように難易度に比して意味があるのか悩ましい。それに──


「ちょっと待って、刀山の異能はともかくとして、その説明だと騎士峰を止められた辻褄が合わないわよ?」


 騎士峰自身の念動力異能によって身体強化・状態無視を付加された最後の突進は仮に手足を切り落としたところで止められるものではないはず。けれど結果を見れば騎士峰は今も地に伏せたままだ。刀山がいつ攻撃を成立させたのか、なにを斬って騎士峰を沈黙せしめたのか、御村の言い分ではまだ不足だ。


「それについては、から推測が入るんだが、異能者が異能を使おうとすると一種の信号みたいなものを発生するんだそうだ。つまり、異能によって起こる超常現象はリモコンを操作するように世界に干渉した結果らしい」


「……それで?」


「空き教室で騎士峰が剣太郎の攻撃を止めたことがあったろ? 『聖騎士の鎧アーマード・セイント』だったかで受けたのもあった。


 今度こそ、御村の言わんとしたことが、それに付随する驚愕が私の全身に行き渡る。あらゆるものを斬れるというならたしかに可能だろう。姿かたちがないものも、見えないものも、刀山が斬ったと確信したのなら概念ですら刀身が届く内に入るのだろう。


「少なくとも、高校時……ここ最近まではそんな芸当ができるなんて俺も知らなかったよ。たぶん、できるようになったのは信号の存在を──異能の仕組みがある程度判明したのを聞いてからだな。瞳子とは別の意味で認識すればするほど斬れる対象が増えるやつだ。『剣聖』というより斬り裂き魔の方がしっくりくるかもしれん」


 冗談めいてはいるが、度合いは違えど驚いたのは御村も同様だったらしい。呆れ混じりの声色は友人を自慢しているようにも、自分が知らなかったことに対する自嘲ややっかみを含んでいるようにもとれる。そんな混ぜこぜの感情を互いに持ち合わせているからこそ癖のある異能者同士が曲がりなりにも人間関係を成立できる──そんな風に見えたのは私の考え過ぎだろうか。


「(……別にどうでもいいわね)」


 不意によぎった想像を振り払っているといつの間にか、刀山が当真瞳子と隣り合うまで近づいていたことに気づく。騎士峰が戦闘不能になっているのは明らかなのでいつまでも手持ち無沙汰で棒立ちするわけがないのは当たり前の話。騎士峰の介抱を月ヶ丘朧同行者に任せ──いなかったとしても放っておいたと思うけれど──二人して帰り支度がてらの報告といったところだろう。結果が結果とはいえ、一切眼中になかった騎士峰が気の毒に思えてくる。そんな私の密かな同情など気づくこともなく、時宮の異能者二人は決闘後とは思えないほどいつも通りの様子で言葉を交わす。


「これでいいか、瞳子雇い主


「あら? どんな心境の変化なのか珍しく嫌味に聞こえるわね、剣太郎社畜


「聞こえてないと思ったか。誰が誰の剣をパクったと?」


「……あぁ、そのこと。まったく、普段は細かいことを気にしないくせに変なところはうるさいんだから」


「すでにだが、剣を握ったのは俺が先だ。『昇竜』も受け太刀しながら教えたのは誰だったか忘れたか?」


「そういえばそうだったわね。──でも、いつまでも格上とは思わないで。私は騎士峰のように容易く斬られはしないし、『殺刃』であらゆるものを斬ってみせる。当然、あなたもその範疇に入るのを覚悟してなさいな、


「……了解だ、当真瞳子従姉妹殿

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