再会
時宮高校元序列二十位、『サイコダイバー』海東心。その能力はサイコメトリー。漫画やドラマのおかげ(?)か数ある超能力の中では世間一般での認知が比較的高いと思うので説明は省くが、まぁ、触れた対象物の記憶を読み取る能力とわかっていれば差し支えないだろう。
時宮高校元序列二十位、『サイコダイバー』海東心。その能力はサイコメトリー。漫画やドラマのおかげ(?)か数ある超能力の中では世間一般での認知が比較的高いと思うので説明は省くが、まぁ、触れた対象物の記憶を読み取る能力とわかっていれば差し支えないだろう。
序列認定において評価が
まず、その名前──というより
当真家に連なる異能者でありながら名前に“目”の一字が入っていないのは前述の理由から本家とは距離を置いているので、そのあたりのしきたりや当主候補の選定から除外され無縁だからだ。
時宮高校に在籍していたのも発現してしまった異能に悩まされず現代社会で生きていけるよう最低限の制御を身につける為であり、本来ならば進学は県外にある実家から近い、あるいは本人の学力に合わせた時宮とは無関係のところを選ぶはずだった、と聞いている。離れて暮らす両親は異能が発現しておらずその事で親子関係は持て余していた、とも。
と、ここまで訳知り顔で語ってはみたが、実のところ、先輩との付き合いは俺の高校入学から程なく出会い、先輩が卒業するまでの一年いくかいかないかのあたり。しかし、上級生というだけならそれこそ数百いる中にあって、それでも俺にとって先輩と指すのはこの人しかいない。
憧れであり、先達であり、返しきれない恩と取り返しのつかない罪の返済相手。俺にとって、目の前の人はそんな存在なのである。
「この三年間、何してたんです?」
「異能の研究よ」
「月ヶ丘で、ですか?」
この状況においてそれ以外ないだろう、と思いつつ、質問を掘り下げる。再会の挨拶をして定型ともいえる問答からはやや脱線しかねないのだが、時宮の序列持ちであった先輩と研究の実在は疑いようもないが外部の人間にやすやすと開放するはずのない月ヶ丘。両者との接点が微妙に見出せない。
「当真瞳呼よ。彼女経由で月ヶ丘清臣──異能研究の責任者に渡りをつけてもらったの」
一瞬、
「それにしても、よく信用されましたね。聞いた話じゃあ、かなり用心深い性格のようでしたけど?」
「それは月ヶ丘清臣の話? それとも当真瞳呼の方かしら? 私からするとどちらもそう難しい話ではなかったわよ。
「……なるほど、嘘ではないですからね」
「勘違いないで頂戴。敵討ちってのは単なる方便よ。異能を研究する為には月ヶ丘に近づく必要があったけど、その研究部門の長が当真瞳呼と組んでいたから仕方なくそう吹いただけ」
「でも嘘じゃない」
「……えぇ、たしかに嘘じゃない──でもね」
言うや否や、即席で作られた机を乗り越え顔をこちらに寄せる先輩。突然の行動にあっけを取られた俺は反応らしい反応が出来ず、少し遅れて伸びた手に制服のタイを掴まれると、なすがままに目線を揺らされ、そして先輩の高さまで引き落とされる。
「──でもね、事実と真実は似ているようで全然違う。あの場に居た人間──いいえ、私
牧歌的な名前と見た目にそぐわない苛烈さに思わず首が縦に揺れる。自力か他力か、その反応の元は自分ではわからなかったが、先輩としては満足するものだったらしく、よろしい、とばかりに力強く握っていたタイをようやく離す。
首回りの圧迫がなくなった事で滞りがちだった酸素が送られて若干むせるが、先輩も俺もそれ以上この方面での話題を蒸し返そうとはしなかった。
「──それで、研究とやらの収穫はあったんですか?」
締められた喉の調子を整えるのに苦心しながら、引きつりの残る声で話を戻す。これも間抜けな質問か。収穫もないのにこの三年音沙汰のなかった先輩が行動を起こすはずがないだろうに。
というか、そもそもの話、随一ではあるがただの一サイコメトラーだった先輩が何をどうしたら他者の異能を使ったり、第三者に移譲出来るというのだ。
「あったわよ。それなりに、だけどね」
「それなりに、ですか。謙遜も過ぎればただの嫌みですよ」
「実証はこれから先の話だもの。本音を言えば、準備にもう少し時間を掛けたかったところよ」
推測をどれだけ重ねても想像の域を出る事はない、というわけか。どうやら手放しの本意ではないというのは本当らしい。当真瞳呼か、月ヶ丘清臣か、あるいはその両方か。そちらの都合が優先されたようだ。
「それで、そのそれなりの成果というのは?」
「まずわかったのは異能者も体のつくりは人間とそう大差がないという事、かしら」
「こんな真似が出来るのにですか?」
ノックをするように間を挟む机を小突いてみせる。異能によって手も触れず形作られた家具用品は中身も敷き詰められているのか手ごたえはがらんどうのそれではない。それを一瞬で生み出す事が果たしてただの人間に出来るというのか。
「まぁ、たしかにただの人間では出来ない事をやってみせてるわね。でも、別に一から十まで全てを己の力でやっているわけではないの」
「?」
「例えるなら、リモコンかな。赤外線とか電波とかそういうのを使った信号を送って本体に命令を下すじゃない? あ、人体も一緒か。脳からの信号を受けて体を動かしている」
「って事は、炎の異能者が炎を出すとしたら、その信号とやらを炎かその元に送っていると? それこそ手足を動かすように」
「そう。『ジアース』という能力が珪素に信号を送る事で土や石を操った様に、私達異能者はその信号を送ることが出来るから異能を操れるの。より正確に言うと、ただの人間が気づいていない能力を発揮している」
「じゃあ、ただの人間も実は同じ事が出来ると?」
「絶対音感や共感覚に代表される知覚現象。火事場のなんたらに由来されるリミットカット。これらだって、信号によってそれぞれの身体にもたらされる生体活動。一種の異能よ。異能者はそれより一歩先、つまり自らの肉体だけではなく、他者、そして世界にもその影響を及ぼす事が出来るというだけ。そしてその信号の強弱は信念や執着、欲望といった精神的なもの。自我が形成される前後の時期に発現するのは、その時期が最も獲得しやすいからでしょうね。絶対音感を人為的に育てる試みでも幼児期が一番重要とされているようだし」
「だから、ヒトと大差がないという結論に繋がるというわけですか。遺伝子がほんのわずか違っているだけでヒトとオランウータンとなるって話を聞いた事がありますが……」
言われてみれば思い当たる節がないわけではない。『怪腕』である真田さんの筋力や『
瞳子にはじまり、空也と剣太郎、帝に逆崎、それに創家。ここ一ヶ月あまりで出会った異能者の能力にしても似通った現象、エピソードなんて探せば古今東西、枚挙に暇がない。実在に関する真贋はともかくとして与太話と乱暴に片付けるには無視出来ないほどに。
そんな中で先輩が控え目ながら断言したヒトと異能者にさしたる違いはないという結論。類まれなるサイコメトラーである海東心が三年もの間、異能研究の為にその能力を振るってきたのだ。月ヶ丘の研究主任である月ヶ丘清臣とやらが差し伸べられた協力を拒まなかったのも道理。
記憶や思考は言うに及ばず本人の与り知らぬあらゆる生体情報を暴き我が物とする、それをいったいどれだけの異能者に触れて得た──いや、どれだけ犠牲にして得た回答なのか、積み重なったものの中に含まれていただろう創家の姿が頭をよぎる。
「──軽蔑する?」
そう問いかける先輩の声と表情には先ほど感じた苛烈さは微塵も残らず消え失せ、姿形に相まった怯えを見せる。
その怯えの根源は一介の読心能力では感じ取れない奥底へと潜り込める事にある。学問では心や精神はしばしば海や水に例えられるという。
それに起因する二つ名を持つ目の前の小柄な先輩は深く潜れてしまうがゆえにそれに比する見たくもないものを見てきた。俺に見せた強気は自分を奮い立たせ続けた内に身に付けた後付けの性分、本来の性質はカナのそれに近い。
「──嬉々として聞ける話じゃないのは間違いないですがね。だからと言って先輩を毛嫌いするのとは話が別でしょ?」
人に自分を責めるなと言っておいて、いったいどう飛躍させれば先輩を軽蔑するという話になるのだろうか。
ほんの少し憤りすら覚えながら先輩の言葉を否定する。そんな俺の内心を触れるが本領の能力を使わずとも察したらしく、
「──そう」
先輩が短く頷いて見せる。こころなしか少しほっとしたように。
序列認定において評価が
まず、その名前――というより
当真家に連なる異能者でありながら名前に“目”の一字が入っていないのは前述の理由から本家とは距離を置いているので、そのあたりのしきたりや当主候補の選定から除外され無縁だからだ。
時宮高校に在籍していたのも発現してしまった異能に悩まされず現代社会で生きていけるよう最低限の制御を身につける為であり、本来ならば進学は県外にある実家から近い、あるいは本人の学力に合わせた時宮とは無関係のところを選ぶはずだった、と聞いている。離れて暮らす両親は異能が発現しておらずその事で親子関係は持て余していた、とも。
と、ここまで訳知り顔で語ってはみたが、実のところ、先輩との付き合いは俺の高校入学から程なく出会い、先輩が卒業するまでの一年いくかいかないかのあたり。しかし、上級生というだけならそれこそ数百いる中にあって、それでも俺にとって先輩と指すのはこの人しかいない。
憧れであり、先達であり、返しきれない恩と取り返しのつかない罪の返済相手。俺にとって、目の前の人はそんな存在なのである。
「この三年間、何してたんです?」
「異能の研究よ」
「月ヶ丘で、ですか?」
この状況においてそれ以外ないだろう、と思いつつ、質問を掘り下げる。再会の挨拶をして定型ともいえる問答からはやや脱線しかねないのだが、時宮の序列持ちであった先輩と研究の実在は疑いようもないが外部の人間にやすやすと開放するはずのない月ヶ丘。両者との接点が微妙に見出せない。
「当真瞳呼よ。彼女経由で月ヶ丘清臣ーー異能研究の責任者に渡りをつけてもらったの」
一瞬、
「それにしても、よく信用されましたね。聞いた話じゃあ、かなり用心深い性格のようでしたけど?」
「それは月ヶ丘清臣の話? それとも当真瞳呼の方かしら? 私からするとどちらもそう難しい話ではなかったわよ。
「・・・なるほど、嘘ではないですからね」
「勘違いないで。敵討ちってのは単なる方便よ。異能を研究する為には月ヶ丘に近づく必要があったけど、その研究部門の長が当真瞳呼と組んでいたから仕方なくそう吹いただけ」
「でも嘘じゃない」
「・・・えぇ、たしかに嘘じゃないーーでもね」
言うや否や、即席で作られた机を乗り越え顔をこちらに寄せる先輩。突然の行動にあっけを取られた俺は反応らしい反応が出来ず、少し遅れて伸びた手に制服のタイを掴まれると、なすがままに目線を揺らされ、そして先輩の高さまで引き落とされる。
「ーーでもね、事実と真実は似ているようで全然違う。あの場に居た人間――いいえ、私
牧歌的な名前と見た目にそぐわない苛烈さに思わず首が縦に揺れる。自力か他力か、その反応の元は自分ではわからなかったが、先輩としては満足するものだったらしく、よろしい、とばかりに力強く握っていたタイをようやく離す。
首回りの圧迫がなくなった事で滞りがちだった酸素が送られて若干むせるが、先輩も俺もそれ以上この方面での話題を蒸し返そうとはしなかった。
「ーーそれで、研究とやらの収穫はあったんですか?」
締められた喉の調子を整えるのに苦心しながら、引きつりの残る声で話を戻す。これも間抜けな質問か。収穫もないのにこの三年音沙汰のなかった先輩が行動を起こすはずがないだろうに。
というか、そもそもの話、随一ではあるがただの一サイコメトラーだった先輩が何をどうしたら他者の異能を使ったり、第三者に移譲出来るというのだ。
「あったわよ。それなりに、だけどね」
「それなりに、ですか。謙遜も過ぎればただの嫌みですよ」
「実証はこれから先の話だもの。本音を言えば、準備にもう少し時間を掛けたかったところよ」
推測をどれだけ重ねても想像の域を出る事はない、というわけか。どうやら手放しの本意ではないというのは本当らしい。当真瞳呼か、月ヶ丘清臣か、あるいはその両方か。そちらの都合が優先された様だ。
「それで、そのそれなりの成果というのは?」
「まずわかったのは異能者も体のつくりは人間とそう大差がないという事、かしら」
「こんな真似が出来るのにですか?」
ノックをする様に間を挟む机を小突いてみせる。異能によって手も触れず形作られた家具用品は中身も敷き詰められているのか手ごたえはがらんどうのそれではない。それを一瞬で生み出す事が果たしてただの人間に出来るというのか。
「まぁ、たしかにただの人間では出来ない事をやってみせてるわね。でも、別に一から十まで全てを己の力でやっているわけではないの」
「?」
「例えるなら、リモコンかな。赤外線とか電波とかそういうのを使った信号を送って本体に命令を下すじゃない? あ、人体も一緒か。脳からの信号を受けて体を動かしている」
「って事は、炎の異能者が炎を出すとしたら、その信号とやらを炎かその元に送っていると? それこそ手足を動かすように」
「そう。『ジアース』という能力が珪素に信号を送る事で土や石を操った様に、私達異能者はその信号を送ることが出来るから異能を操れるの。より正確に言うと、ただの人間が気づいていない能力を発揮している」
「じゃあ、ただの人間も実は同じ事が出来ると?」
「絶対音感や共感覚に代表される知覚現象。火事場のなんたらに由来されるリミットカット。これらだって、信号によってそれぞれの身体にもたらされる生体活動。一種の異能よ。異能者はそれより一歩先、つまり自らの肉体だけではなく、他者、そして世界にもその影響を及ぼす事が出来るというだけ。そしてその信号の強弱は信念や執着、欲望といった精神的なもの。自我が形成される前後の時期に発現するのは、その時期が最も獲得しやすいからでしょうね。絶対音感を人為的に育てる試みでも幼児期が一番重要とされているようだし」
「だから、ヒトと大差がないという結論に繋がるというわけですか。遺伝子がほんのわずか違っているだけでヒトとオランウータンとなる様に」
言われてみれば思い当たる節がないわけではない。『怪腕』である真田さんの筋力や『
瞳子にはじまり空也と剣太郎、帝に逆崎、それに創家。ここ一ヶ月あまりで出会った異能者の能力にしても似通った現象、エピソードなんて探せば古今東西、枚挙に暇がない。実在に関する真贋はともかくとして与太話と乱暴に片付けるには無視出来ないほどに。
そんな中で先輩が控え目ながら断言したヒトと異能者にさしたる違いはないという結論。類まれなるサイコメトラーである海東心が三年もの間、異能研究の為にその能力を振るってきたのだ。月ヶ丘の研究主任である月ヶ丘清臣とやらが差し伸べられた協力を拒まなかったのも道理。
記憶や思考は言うに及ばず本人の与り知らぬあらゆる生体情報を暴き我が物とする、それをいったいどれだけの異能者に触れて得た――いや、どれだけ犠牲にして得た回答なのか、積み重なったものの中に含まれていただろう創家の姿が頭をよぎる。
「――軽蔑する?」
そう問いかける先輩の声と表情には先ほど感じた苛烈さは微塵も残らず消え失せ、姿形に相まった怯えを見せる。
その怯えの根源は一介の読心能力では感じ取れない奥底へと潜り込める事にある。学問では心や精神はしばしば海や水に例えられるという。
それに起因する二つ名を持つ目の前の小柄な先輩は深く潜れてしまうがゆえにそれに比する見たくもないものを見てきた。
俺に見せた強気は自分を奮い立たせ続けた内に身に付けた後付けの性分、本来の性質はカナのそれに近い。
「ーー嬉々として聞ける話じゃないのは間違いないですがね。だからと言って先輩を毛嫌いするのとは話が別でしょ?」
人に自分を責めるなと言っておいて、いったいどう飛躍させれば先輩を軽蔑するという話になるのだろうか。
ほんの少し憤りすら覚えながら先輩の言葉を否定する。そんな俺の内心を触れるが本領の能力を使わずとも察したらしく、
「そう」
先輩が短く頷いて見せた。
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