解任要求当日・八
*
「──なぁ、ホントに譲ってよかったのか?」
その唐突な物言いに月ケ丘学園元序列四位『ドッペルゲンガー』創家操兵は自他共に認める平凡な造りをした顔に怪訝さを含みつつ問いかけた張本人を見る。
集団に紛れ込みやすくさせる為、装いを天乃原学園の制服で固めた──昼を過ぎ午後の授業に入ってしまった今となってはむしろ逆に怪しいのだが、自らも黒のコートという季節感度外視の格好なので言えた義理はない──傍らの男、時宮高校元序列十一位『スロウハンド』逆崎縁はそのけだるさをまとわせた口ぶりと雰囲気を隠さない。
しかし、どうでもよさげな
「別に構わない。たしかに俺の手で始末をつけられるならそれがベストだが、俺自身が一切絡まないどこかで潰えてもらってもいいとすら思っている。誰が、どこで、も問わない。極論、自滅してくれてもいい──確実に無くせるのなら、な」
そうは言ったものの、容易く譲れなかったのもまた確か。創家操兵が一連の騒動に関わった理由、それは自らの異能を研究し、それを元に生み出された存在、後天的異能者『新世代』を一人残らず始末する事にあったからだ。
異能の本質や成り立ちについて諸説あるが、異能者にとって自らの異能がアイデンティティの一部──いや、そのものだと信じて疑う者はまずいない。普通の人間が逆立ちしても成し得る事は無く、類似・同一が皆無でないとはいえ千差万別の個性だ。言い方は悪いが、容易くかつ、明確に自己を証明する事が可能なのだから当然といえば当然だろう。
そのアイデンティティを研究所のモルモットよろしく測られ、暴かれ、そして有象無象に切り売りされたのだ。当然、望んだわけもなく強制されての事。
「──俺の個人的な感傷とあいつの“それ”。比べるのも馬鹿馬鹿しい。譲るのは当たり前の話だ」
創家の言葉に苦笑が混じる。個人的に──異能者にとって己こそが全てではなかったか。それ以外があるという事、そして創家自身がそれを酌み譲った事が苦笑の原因だ。
「(なるほど、
今まで“それ以外”を必要に感じた事はなかった。いや、今でも創家は無意味だと考える。この一連の騒動──その手段、目的
だが、それは創家が知らないだけで、必要な事だったのかもしれない。そう思えば、横にいる逆崎の気遣いも、月ヶ丘帝の
ゆえに、なるほど、と創家操兵は納得する。逆崎に御村、王崎、そして
だが、やはり彼らは“そう”なのだ。強さはもとより、同じ異能者から見ても一線を画す面倒くさい精神性。仮にも月ヶ丘の序列上位に名を連ねた創家ですら無意味と判ずる行動原理。
例えば、今回の一件。創家の参戦理由は己の異能を切り売りした月ヶ丘家への意趣返しと元の持ち主の許可無く異能を振るう『新世代』達の始末にあるのはすでに述べたとおり。これは誇りを他人に汚されたと同義、許せはしないし、落とし前をつけさせにいく。
しかし、相手が世界の裏側にいたら? それが最近ではなく古い話だったとしたら? おそらく創家は追わない。人の恨みが消え去らないのは、それを奪われ、失い、なにより取り戻せないからだ。だから時間も距離もその大小も関係なくしこりは残る。
だが、創家──総じて異能者にとって、己たる信念こそがただ一つの譲れないもので替えはきかないが、己が己である限り失うものではない。現に今も『
自分の中で消化出来るならどんな運命も宿命も自分にとっては些事でしかない。いくら異能者の本質が己の信念を曲げない事にあると言っても、その我を示す事自体にさほど執着はない。極論ではあるが、異能が発現したルーツに基づいての一貫した言動や我を通す為の闘争、それらですら、自分が自分で在り続けられるのなら──まずありえないが、異能を失いさえしなければ──必要が無い、自己完結に振り切れた存在。それが異能者というものだ。
異能者をマイペースや自己中心的だと見えたとしたなら、それは誤解の余地すらない真実だ。なぜなら本当に自分自身以外の興味が薄いのだから。今回、創家が参戦をよしとしたのも単に距離と時間が“落とし前”をつけさせる事を許す範囲にあったに過ぎず、それ以外の理由など欠片もない。創家操兵はそんな典型的な異能者の一人だった。
だからこそ、創家操兵は思う。戦闘力で及ばないとは思わない、しかし、
余談になるが、異能者はほぼ全てが自らを人間であると自覚している。異能はあれど、別種の生物であるとなどと認識した事は無い。
だから、遠い先祖が迫害を恐れて隠れ住んだ事も、現代においてもそうなる可能性も頭ではわかっていたが、その根の部分までは理解していなかったのかもしれない。
つまり事実はどうあれ、姿かたちは似通っていながら自分とは違う生き物の存在と相対した時になって頭をよぎるもの。しかし恐怖やそれに類する忌避ではない、もう少しシンプルで原初といえるもの──自分とは違うという
まったく同じ生物などいるわけがない。人は誰も違っている。生物学上の視点で見ればヒトとオランウータンの差異などほんのわずかでしかないらしい。ならば、いまさら誰それとの存在の違いなど大した問題ではないのだろう。
だが、それでも──その言の葉に込められた感情はいかほどか、初めての扱いかね、戸惑いながらも“それ”を止める事は決してなかった。
「──“黄金”と呼ばれる世代、か」
それは
*
『ロイヤルガード』と『シャドウエッジ』の戦い──と呼ぶにはいささか一方的だけれど──は目まぐるしくお互いの体を入れ替え立ち替えの乱戦となっていた。
調整によって該当する対象者への攻撃を禁止されている『ロイヤルガード』達は『シャドウエッジ』の前に動く的と化していて、決着は時間の問題といったところだろう。ただし、その時間は意外とかかるのかもしれない。
攻撃はともかく防御や回避は禁止事項から外れているらしく、はじめに見せていたぎこちなさは欠片も見受けられない(それでも『シャドウエッジ』からすれば反撃される心配のない標的には違いなく、攻撃のみに集中出来る為、全てを防ぐのは無理だが)。
その上十人近く──何せ高速で入り乱れているので何人いるのか把握は難しい──いる『ロイヤルガード』が二人の『シャドウエッジ』から与えられるダメージを交代交代で分散させているので、消耗する進度は極めて緩やかなものだ。その意味においては見事な連携だけれど、打開策がなければいずれは──
「──そうだ、凜華と桐条さんが加勢に入れば、この膠着を打破出来るわよね?」
月ヶ丘帝に打開策がないのなら、生徒会で作ればいい。当真瞳呼や『調停者』が相手ならともかく、目の前の戦闘に限れば桐条さんの実力が見劣りする事はありえないし、成田を私が抱えれば凜華も参戦は可能。十人単位で高度に動く『ロイヤルガード』達もこの二人なら連携を乱す事はないはず。
「いえ、やはり手出しは無用かと」
凜華が私の案に否と返す。隣の桐条さんも同様に反応は芳しくない。反りが合わないとまではいわなくとも意見が一致するのは珍しい(考え方や性格が違い過ぎるだけで好悪で意見を曲げているわけではない)二人が結論を同じくするという事は反対に明確な理由があるという事。なぜを問おうとする私に先んじて凜華が口を開く。
「まず第一に桐条が言った様に不利とわかっていながら無策で挑む人間を御村が意識するとは思えない点」
「そんなあてにならない──」
「第二に、月ヶ丘帝自身の言葉です」
「──判断材料で……言葉?」
「“隅で固まって動かず、黙っていろ”──私達への邪険にしてもどこか念押しで具体的です。手助けを望まないなら邪魔の一言でいい。人間関係が煩わしそうなタイプでしょうし、そちらの方がより自然です」
「(言いきったわね。そう見えたのは同感だけれど)」
「策があるとすれば、援軍待ちの持久戦。しかし、私達の加勢を拒んだ以上それも考えにくい。仮に『シャドウエッジ』の疲弊を目的としても、手助けが必要でしょう」
「単にあなたや桐条さんと組む価値を見出だせないだけという可能性は?」
「それはないでしょう。転入から数日、王崎国彦との不仲は確認済みです。本人が目立たないのを徹底しているにもかかわらず無神経に絡むのは一度や二度の事ではないらしく、相性はどう好意的に解釈しても良好ではないのは確実です」
「つまり?」
「目的の為なら、どんなに気にくわない相手とも協力出来るという事です。そんな人物がここで手を借りない理由はありません」
実力の面で加勢を拒まれた可能性をはじめから除外しているあたり、なんというか、相変わらず凜華はさすがだ。こんな時に意地の悪い質問をする私も我ながらどうかしているのだけれど。
「ではなぜか。持久戦、時間稼ぎは“当たり”として、別の目的──なんらかの準備の為だとしたら。それで加勢が必要ないのだとしたら。私達はたしかに“固まって動かない”方がいい──そう思うだろう? 桐条」
最後の部分で水を向けられた桐条さんは視線を月ヶ丘帝と『ロイヤルガード』達の方へ固定させたまま短く、あぁ、と返す。まるで手品を見破ろうと、あるいはただ種明かしを待つ様にその結末を見守っていた。そしてその推察の果てを知る時は否が応でもやってくる。
「ようやくだ」
その一言にいったいどのような感情がどれだけ込められているのだろう。強く握りしめた手の力を抜き、『ロイヤルガード』と『シャドウエッジ』とが生み出す嵐へと足を踏み入れていく。およそ荒事に向いていそうにない月ヶ丘帝が、である。戦闘向きの異能だったのか? そうでなければ明らかに無謀、正気の沙汰とは思えない。
「らしくないな、帝。期待するだけ無駄なのは君が一番よくわかっているはずだ」
その言葉の真意は不明だけれど、思うところは同じ。月ヶ丘清臣のどこか憐れむ態度は差し向けた刃の無情さと月ヶ丘帝の無力を知っているからだ。
『シャドウエッジ』、読み替えれば、懐刀というところだろうか。腹心の部下、側近の意味。時に主を諫める事を求められる重要な役割──それが例え主の命を奪う事になったとしても。ゆえに懐刀。護身とは別に自決としても用いられる不退転の覚悟を示す最小単位の武装の一つ。
どうやら『
「──まずいな。あの位置では月ヶ丘が完全に無防備だ」
桐条さんの呟き通り、月ヶ丘帝の手足として交戦の矢面に立っていた『ロイヤルガード』達は一人残らず主の元から離れ、今や『シャドウエッジ』の二人の方が距離的に近くなっている。攻撃出来ないという制限がある中で防戦一方の結果としては無理からぬ話ではあるが、その上、月ヶ丘帝本人から近寄っているのだからなおさらだ。
一足飛びで触れ合えそうな距離間にを挟む月ヶ丘と『シャドウエッジ』を中心に四方八方に追いやられた『ロイヤルガード』達が外周を形成する。見方によっては包囲しているともとれるが、抑え込む事すら禁じられては無意味。当然、敵に対してその様な好機を躊躇する理由はない。遮るもののない空間をあっけなく渡り、月ヶ丘帝に肉薄する『シャドウエッジ』。
「ようやく、解放してやれるよ──
はじめて見せる月ヶ丘帝の柔らかな笑み。しかし、笑顔に込められた親愛を『シャドウエッジ』には──姉と呼ばれた二人の女性には──届かない。
その言葉の意味するところなど理解が追いつく間もなく、鋭角に握った四つの手先が月ヶ丘を貫こうと構え、やはり何の感慨も浮かべず、その貫手を目の前の家族に突き出した。
「──突き出した、わよね?」
遠目かつ、薄暗がりが私の主観を誤らせる。だが、実際には『シャドウエッジ』が繰り出した貫手は月ヶ丘帝に当たる前に止まっていた。まさか、弟? の一言で正気を取り戻したというのか?
「まさか、本当に止まったというの?」
「……いや、どうやら月ヶ丘の声で止めたわけでも、まして月ヶ丘を害するのを迷ったわけでもないようだ」
桐条さんが私のロマンスに溢れた見立てを否定する。端から見れば『シャドウエッジ』の二人は葛藤するように体をわななかせている理由は感情に起因したものではなく、なにかしらの外的要因にあると踏んでいるらしい。
「なら、月ヶ丘帝の異能の仕業かしら? どういったものかは知らないけれど」
「──しっ」
いち早く、何かに気づいたのは凜華。人差し指をいずこかに伸ばす──事をせず、自らの唇にやり、もう一方の手を耳に当てる。要は声をたてず耳を済ませろ、というジェスチャーだ。ただ、聞き耳を立てようにもよそでは当真達も思うままに暴れている。そんな中で何が──
「(──聞こえないわけでもないようね)」
自問自答で前言を翻す私の耳にそこかしこで響く、破壊音の合間を縫って聞こえる硬質かつ高い、例えるなら楽器を爪弾く様な唸りを伴う音の波。ややあって、淡い照明でかすかに見える細い線が『シャドウエッジ』を絡めとっているのが辛うじてわかる。
なるほど、それはたしかに当真達の異能に負けず劣らず存在を主張している──使い手の想いを。
「鋼線──違う、『アラクネ』か」
「それは?」
「当真の兵器開発で見た事があります。糸を生み出す異能を使って蜘蛛の糸を再現、研究して生み出された特殊繊維。どのような経緯でわたったのか不明ですが、間違いありません」
「なるほど、あれならたしかに直接攻撃しているわけではなく、禁則事項にもかからないというわけだ。月ヶ丘帝主に従って糸を中継しているだけだからな」
桐条さんの指摘はまさにその通りだった。真偽のほどはわからないけれど、月ヶ丘帝が『|シャドウエッジ(家族)』を助け出す為に持ち得る全てと横たわる障害とを突き合わせて結実した一つの冴えた手段やりかた。
月ヶ丘帝自身で手繰る糸は使用した得物の特性上、どうしてももう一端を何かで補わなければならないが、その問題は『ロイヤルガード』達と繋がる事で解消している。
ロイヤルガード彼女達といったいどうやってコミュニケーションを維持しているのかはさておき、細かく複雑な動きをさせながら張り巡らせた糸に変化を与える事でまるで大規模かつ複数で編み物かあや取りをするようにも見える。
『シャドウエッジ』側も棒立ちでいるわけではなく、糸から逃れようと身じろぎをするが、それでもやはり月ヶ丘帝の方が一歩も二歩も上手だ。動こうとする先々の空間が特殊な糸によって塞がれていき、瞬きする間も無く全身が『アラクネ』とやらで覆われてしまった。あれでは脱出は不可能だろう。
「──まさか、そこまでするとはな」
呆れが多分に混じる声は月ヶ丘清臣のもの。月ヶ丘帝が『シャドウエッジ』を無傷で取り押さえた事がよほど意外だったらしい。たしかに断片的にではあるものの伝え聞いた素性から見るに月ヶ丘帝に他者を省みるなど想像するのは難しい。
しかし──
「むざむざ出し抜かれたわりには余裕だな──この糸が貴様に届かないとどうしてそう思う?」
手繰る糸から奏でられる音は、使い手の剣呑な雰囲気も相まって、まるで抜き放つ刃が鞘を擦るのと似ていた。というより、そのものだろう。あの糸は月ヶ丘帝にとっての刃、一片の誤解も無く得物を突きつけている。
外野である私ですら間違いようがないのなら当事者である月ヶ丘清臣が気づかないはずがない。にもかかわらず、特に取り乱す様子はなく──そもそも『シャドウエッジ』を無力化された事自体、痛痒を感じていないようにも取れる──その場に佇む、月ヶ丘清臣。
「たしかに、君がそこまで執着していたとは私の
緩やかな口調から一転、月ヶ丘清臣の声量は踏み込みと共に講堂内に反響しながら強く耳を叩く。
何かに気づいた月ヶ丘帝が素早く手を動かすが、時すでに遅く手繰り寄せた糸が月ヶ丘清臣のいた空間をむなしくなぎ払うにとどまる。完全に虚を突かれた形の月ヶ丘帝の歯軋りすら聞こえそうな顔つきは、それでも相手を見逃すという失態までは犯さず、その一点に向けて迷わず視線を滑られる。
「──ロイヤルガード用の強化術式。まさか施術を受けていたとはな」
「帝、私がした反省をそのまま君に返そう。なぜ私の執着が自らの命と天秤にかけないと思った? なぜ武家の末裔たる私が強さを求めないと思った? ──君と『ロイヤルガード』に包囲される想定も、それに対する準備をしないと、どうしてそう思った?」
含むような言い回しは言葉通り先ほどのお返しといったところか。口ぶりはともかく、その姿はほんの数秒前の上背ばかりの針金じみた体躯ではなく、身長に比して肉の厚みが機能性を損なう事無く足されている。『新世代』の身体強化はどこか不自然で筋力の強化具合はともかく、どうにも小回りがきかなそうな見た目をしていたが、完全に別物だ。
「たかが身体能力を底上げした程度で随分な言い様だな、清臣。──そこから下りろ。勘違いを訂正させてやろう」
「安い挑発だな。その位置からでは糸が十全に使えない事に気づかないとでも思ったか? 抜け目の無い君の事だ、一応の警戒に奥まで踏み込みはしなかったが、『ロイヤルガード』の数からして誘いの可能性はないようだな」
月ヶ丘清臣の立ち位置は私と凛華や当真瞳子達、遡れば桐条さんが通った講堂の出入り口にある。中心にある舞台と観客席を区切った欄干から出入り口までは当真瞳子ですら二・三歩かかっている(しかも舞台へは下りになっていたからこその歩数)。大雑把に見積もっても一階層分の高低差を一足で埋めたのだ、驚異的な脚力といえる。逃げに徹された場合、追うのは無理だろう。
「察するにあの“糸”を用いた技術は自身と『ロイヤルガード』という両辺があって、はじめて成立するのだろう。月ヶ丘清臣の体が通路まで入ってしまっている以上、講堂内からでは絡めとるのは無理だ。通路側に人数を裂いていたなら話は別のようだが」
そう推察する桐条さんの言が正しかったのかどうか、それは月ヶ丘清臣が拘束される様子が無い事が答えだ。
しばらくの間、黒地の手袋から見え隠れする糸を揺らしていたがそれ以上は無意味とばかりに構えを解く月ヶ丘帝。月ヶ丘清臣が見せた先ほどの瞬発力と『ロイヤルガード』を回り込ませるのとを計算した上で分が悪いという結論に至ったらしく、その刺々しさは変わらぬものの、投げかけるのは話をたたもうとする定型じみた会話だった。
「──ここでの目的は果たしたというわけか」
「その通りだよ、帝。当真瞳呼には月ヶ丘の実情をあらかじめ話していたからね。君がどう出るのかもある程度承知の上さ」
──もっとも、結果までは読みきれなかったけどね。幼子を包み込む繭となった特殊繊維の塊を横目にしながら月ヶ丘清臣は言う。その態度はしてやられたと認めながらも、痛痒のほどはあくまで手駒が減ったという域を出ていない。彼にとって『シャドウエッジ』はその程度の存在でしかないようだ。
「まぁ、もとよりそろそろ引き下がる予定でね。方々への義理も果たせたことだし、私はお暇させてもらう」
その口調は自らの心境を表すように、どこか重石が消えて身軽さを感じさせる。『シャドウエッジ』への感情も含め、ここで起きたあらゆる物事にさほど執着を見せない月ヶ丘清臣と自らの体を囮にしてまで助け出した月ヶ丘帝、その対比が私の目を映す。
いっそ挑発ともとれる気安さに月ヶ丘帝の剣呑さがさらに増すのではないか──激発を予想して固唾を呑む。しかし、そんな私の警戒に反して、月ヶ丘帝は解いた構えを直す事はせず(といっても友好的な空気に変ずるとは当然ならなかったが)、追撃はしないという判断を翻す様子は無い。その口ぶりも変わらず締めに入るスタンスを変えるつもりが無いらしく、
「好きにするがいい。僕の方も目的はあらかた片付いた。貴様が邪魔をしないのであれば、別に止めはしないぞ、清臣」
「──なるほど、君の目的は彼女達だけではなかったという事か」
いったいどの言葉が琴線に触れたのか、その面と声色に初めて本音感情を貼り付ける月ヶ丘清臣。さすが親戚というべきか、ほんの数秒前の対比が嘘の様に険が混じるその表情は向かい合う月ヶ丘帝と印象がダブる──
「貴様が僕がどう立ち回るのか承知していたと同様に、僕も貴様の目的──その執着を理解している。助け出すだけならもう少し早い段階でも実行出来たし、
──まさか包囲網を破る方法が力技とは思わなかったがな、と月ヶ丘帝が皮肉げにまぜっかえす。その言葉には月ヶ丘清臣をどうこうする事などはじめからどうでもよかったのだと、にじませている。
おそらく『シャドウエッジ』を助け出す為に確実性をとった──月ヶ丘清臣がこの場から離脱する段になり警戒していた待ち伏せがなかった理由はそこにあるのだろう。
そうなると、いくら目的とは外とはいえ、むざむざ突破される可能性を許してまで助け出したかった『シャドウエッジ』を、なぜ今日、この日まで先延ばしにしていたのか?
「『神算』は伊達ではないという訳か。そう、私には私の執着目的がある──異能のルーツを探る。それも誰それの成り立ちといった個人の範疇ではない、
頭の隅で疼いた違和感がようやく符合する。月ヶ丘帝が『シャドウエッジ』に見せた親愛と同じく、桐条さんが忍ばせた通信機器から漏れ聞こえた唯一の激情。異能を語ってみせた際の熱。
その正体は探求者と呼ばれる人種が持ちえる好奇心や知識欲に類するもの、しかし同時にその為ならば狂気に身を投じるのを厭わない魂。御村や当真瞳子達とはまったく似ていない。けれど、確信する──月ヶ丘清臣、彼もまた異能者だ。
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