解任要求当日・二



      *



 ──時は遡り、当真瞳子と御村優之助の通話。


『──報告だけはしたから』


「お、おい、瞳──」


 大慌てで口の中に残る握り飯を飲み込み瞳子を呼び止めるも、時すでに遅く通話が遮断される。おそらく遭遇した『皇帝』との戦端が開いたのだろう。チャンネルを空也、剣太郎に合わせてみるも、瞳子と一緒にいた空也に繋がるはずもなく、同じく襲撃を受けたのか、剣太郎も応じる気配がない。


「行くか──いや、ダメだ。ここを空ける訳にはいかない」


 学園側へ踏み出した足が一歩で止まる。向かいたいのは山々だが、相手が何人いるかわからない以上、下手にここを離れられない。せめてハルとカナの居場所さえわかれば──


「──いやいや、なんでわかんねぇんだ?」


 自分で口走ってみて初めて気づく。そもそもハル達はおろか、帝の襲撃をむざむざ許してしまっている。


 『優しい手』は今この瞬間も運動エネルギーを放出し続けている。放った力は水面に立てた波のように大気を揺らし、拡散していく。仮に異能が封じられたとしたら、それに気づかないはずなどない。『制空圏』を使いながら、まったく気配を捉えられないという事が問題なのだ。"異能無効化能力"を持つ異能者はいるが、それとは別種の脅威。この場において、俺一人で解決するのは困難といえるだろう。


 ならば、知っていそうな奴から聞くべきだ。


「──いるのはわかってる。とっとと、出て来いよ」


 睨んだ先は生い茂り日も入らない林の中。人が通れるか以前に踏み込む事さえためらいそうな暗がりへ挨拶代わりの『銭型兵器指弾』を撃つ。


 小銭をちまちま持つ必要のあったこの間と違い、道路にはそこらじゅうに小石が転がっているのでそのあたりの心配はない。遠慮なく次々と石を弾き飛ばしていく。


「──探査能力を封じられている割には鋭いな」


「『制空圏』があてにできなくても、そんな異様な空気出されて気づかないわけあるか──というか暑くないのか、それ」


 手近にあった小石をあらかた撃ち終わったのを待っていたのか、林の奥にいる影が初めて口を開く。もとより指弾で終わるとは思っていない俺は、ようやく出てきた影に憎まれ口──後のは純粋な疑問だったが──を叩く。


「暑くないと言えば嘘になるが、これでないといろいろ不便でな。そうそう替えの利くものでもないのさ」


 憎まれ口に応じたのは軽口。もはや完全に春となった陽射しを受けて表したのは、黒のコートならぬ、ローブを着込んだ男。フード付きの頭から目深に覆ったいかにも怪しいその姿は魔法使いを連想させる。


 一見して様相がわからなくとも男だとわかったのは隠しようもない肩幅のせい。見た目も異様なら、ひと月前、俺が薄着で滝のような汗をかきながら登った山道を"それ"でいこうと思える頭も相当のものだ。俺でなくとも首を傾げる、そんな風体。


 だがしかし、その特徴的な恰好のおかげか、俺の『制空圏』が役に立たないのを知っている事といい、確信する──こいつは


「──まぁ、、意外に通気性がいいのかもな」


「存外、人が悪いな」


 やれやれと、ため息交じりにローブを脱いで正体中身を晒す。俺に正体が知られているとわかると、あっさり脱いだあたり、やはりというか着込んだままではキツいようだ。特注の外套を丁寧に折りたたむその素顔は、曲者ぞろいの異能者の中にあって、いっそ地味と言っていい目鼻立ちをしている。


 だが、その身に包む、ローブと同様に加工された黒揃えの衣装は同じく異様さを醸し出している。──どうでもいいが、黒のコーディネートが多いのはどういうつもりだろうか? 夜ならともかく、中天からやや外れた陽射しの下ではやたら目立つ。


「そんな珍妙な恰好した奴、そうそうとは思えんだろうがよ! ──。逆崎が世話になったんだってな、『ドッペルゲンガー』」


創家そうや操兵そうへいだ──、よろしく」


 過日における逆崎襲撃犯。月ケ丘の地で序列四位に数えられていた男は、他の誰か告げたかのよう、俺ではないどこか遠くを見据えて名乗りを上げる。こそこそと俺を回避しようとしたくせに、律儀に名乗られては仕方がない。名乗った時とは違い、眼前の敵である俺の方へ戦意の矛先を向ける『ドッペルゲンガー』に名乗りを返す。


「──天乃原学園三年C組『優しい手』、御村優之助だ」


 かくして、瞳子達に続き、俺、御村優之助も戦端を開く事になった。



 『ドッペルゲンガー』の足元の地面が徐々に陥没していく。絵面だけでいえば、蟻地獄に取り込まれた獲物に見える光景。だが、実際に取り込んでいるのは、すでに腰の位置まで沈み込んでいる『ドッペルゲンガー』の方だ。


 その異能は"物質変異プラス生体操作"。周囲の物質を取り込み(ただし、鉱物に代表される無機物限定)、変異・再構成できる異能。欠点は変異・再構成できるのは自分の体の一部分、しかも短時間しか持たないところ。


 要は新たに腕や脚を生み出したり、怪我で欠損した部分を補ったりと、自らの体を望むままに改造できるということ。しかも、元々あった部分の欠損を埋める分には短時間という縛りはないらしく、俺の知る異能の中でもかなり規格外の能力。しかし、それより脅威なのは"生体操作"を実現させる為に必要な質量を確保する"無機物を吸収する"能力の方だ。


 基本、異能者は大食いだ。本人の意向を反映させる為に生まれた──という説のある──異能がその様々な奇跡を起こす過程で大量のカロリーが必要であるからだ。


 その異能がカロリーを消費するという前提を、"生体操作自前"で吸収・消化器官を作る事で解消してしまう存在など反則に近い。例えるなら、常時飯を食いながら暴れる『王国国彦』を相手にする感じだろう。


 地味な顔立ちのくせに、異様な空気を醸し出すのも道理といえる。手当たり次第に捕食し続けるような奴を前に警戒するのはもはや本能によるもの。普段なら戦り合うなど遠慮したい手合い。それでも──


「一応聞いておくが、『ドッペルゲンガー』創家操兵はハルとカナの側についている──その認識で間違いないんだな?」


「? ──あぁ、の事か。お互いにとって都合がいいから多少足並みを揃えた程度だがな──俺は俺の目的で動いている。大して教えられるものなどないぞ?」


「あぁ、別にそれはいいんだ。知りたい事は本人達に直接聞くから」


「なら、なぜわざわざ確認した?」


「お前を倒せば、二人の計画に支障が出る──それがわかれば充分なんだよ」


「──上等だ、『優しい手』」


 俺の宣戦布告に地味顔が笑い、併せて地面の陥没が止まる──戦闘準備完了ということだろう。間を置かず『ドッペルゲンガー』の肩甲骨あたりが膨らみ、本来のとは比べ物にならないほど太く、長い一対の腕がせり出していく。


「『猿の手マシラハンド』」


 生み出したマシラハンドを近くにある──といっても明らかに3mは離れている──木の枝に手を掛け、自らの体を引き上げる。たかだか腰回り程度の深さから這い出るだけで大層な事だ。跨げば出れないわけじゃないのに随分と大げさだなと、実際に口に出してみる。


「そう思うのは少し早いぞ」


 意味深に言い捨て、雲てい(学校にあるはしご式の遊具)の要領で掴んだ枝から隣にある別の枝へ。それこそ本物のましらのごとく軽やかに飛び移っていく。


 何の意味が? その疑問はすぐに解消される。立ち並ぶ木々の中へ潜っていったからだ。葉と枝をかき分ける音をそこら中に立てて身を隠す『ドッペルゲンガー』を前にどういうわけか『制空圏』をアテに出来ない今の俺には正確な位置を特定するのは困難。そして、向こうはそんな俺を尻目に攻撃することが出来る。


「──っ!」


 木々の合間から飛び出した"長柄の何か"を横っ飛びでかわす。肌色で統一されたそれが、まじまじと見るまでもなく能力で生み出された新たな腕なのだと理解する。俺は伸ばされた腕を掴み、本体を引き上げようとする。しかし、


「そりゃ、こうなるわな!」


 手の中で元の土塊に還っていく『ドッペルゲンガー』の腕。とかげの尻尾切りに代表される自切機能というやつだろう。腹立たしいが恐ろしく有効な手段だ。触れてさえいればと、『優しい手』を応用した運動エネルギーの遠当て中国拳法の浸透剄を試みても、本体に衝撃が伝わる前に切り離されては意味がない。


 今のところ有効なのは『銭型兵器』──といっても弾は小石だが──くらいか。それもまぐれ当たりを期待するのが精々、しかも、直撃したとして、どれだけダメージが与えられるか疑問だ。ならば、どうする?


「──リスクを承知で近づくしかないだろ!」


 迷いを振り払い、森へと走る。そんな俺に向かって、再び伸ばされる腕。


 愚かだ、そういわんばかりに打ち据えんとする腕を『優しい手』で受け止める。当然、切り捨てられ、崩れさる腕。先ほどと同じやり取りだが、今度は収穫があった。それは──


「──、大して速くない」


 冷静に考えれば、そう難しい話ではなかった。木々に隠れて攻撃する『ドッペルゲンガー』の腕をからだ。それはつまり、見て反応してからでも充分に対応が可能という事実を指している。敵の懐に飛び込む以上、タイミングはシビアになる覚悟をして、結果、その読みは確信に変わった。そして収穫はもう一つ。


「──そこか」


 森の中まで踏み込んだおかげで、表の道路からでは見えなかった『ドッペルゲンガー』の位置がおおよそではあるものの絞りやすくなったという事だ。かすかに見えた『ドッペルゲンガー』の本体に追いすがらんと運動エネルギーを増幅し、脚部に集中させる──運動エネルギーの完全制御優しい手による瞬間的な身体強化。


「逃がすかよ!」


 その一歩は当真流一本指歩法が生み出す、速さ・高さを実現する。『マシラハンド』で森を身軽に動けても、所詮は素の状態の俺にすらかわされる程度の身体能力と反射神経。『生体操作異能』である程度は筋力を強化しているだろうが、一歩も二歩もこちらが上回る。そして──


 バシュ!


 ──空也と戦った時に見せた運動エネルギーを推進力にした加速。による大気が歪む音を残し、木々の間を飛び跳ね、『ドッペルゲンガー』が木と木を二つほど移動する間に追いつく。


『三面六臂』アシュラスタンス


 もはや逃げに意味はないと判断した『ドッペルゲンガー』が『猿の手』を放棄、新たに二対の腕と二つの顔を生み出す。先ほどとは違い、腕の大きさ、長さは普通だが、二つの顔と合わせて近接で迎え撃つに適した構えスタンスといったところか。


「(たしかに厄介だよ──、な)」


 三対、六本の腕が向かってくる。その動きは別々の生き物が獲物に喰らいつかんとするようだ。それに対して俺は右手に握り拳を作り、殴りつける──何もない横を。


 当然、殴った方向とは逆に体は吹き飛び、結果、『ドッペルゲンガー』の腕から逃れる。『猿の手』なら届いていたであろう間合いをもう一度空を殴りつける事で詰める。──三面六臂彼方立てれば猿の手此方が立たぬ、だな『ドッペルゲンガー』。


「さて、胴体そこならどうかな!」


 再び近づいた俺の狙いは胴体──それも六本の腕を生やした事で構造上、締めるのが難しくなった腋。空を切った腕を掻い潜り、『優しい手』が『ドッペルゲンガー』に命中した。


 ──


 手から伝わる感触で決着を確信する。以前、攻撃の反動を異能で消そうと考えて威力そのものも無効化させてしまったという間抜け話を挙げたが、後に攻撃の反動を消そうとするのではなく、自分に返らないようにするだけではいいのではないかと思い直し試してみた。その結果生み出されたのは、完全制御により、本来こちらが受けるはずの反動すらまるまる放つノーリスクの打撃。


 なまじ空中にいたせいか『ドッペルゲンガー』の吹っ飛ぶ様は凄まじく、自分でやっておきながら『優しい手』の威力に他人事の体で戦慄する。


「──飛んだなぁ」


 意識がないのか、吸収した無機物を吐き出しながら、『ドッペルゲンガー』の体が比較的太めの木にぶつかる事でようやく止まる。いくら『ドッペルゲンガー』でも100m以上、吹き飛ばされるほどの攻撃を受けて、戦闘を続行はできない。ひとまず決着はついたと言っていいだろう。となると、早く車道本筋に戻る必要はあるわけだが──


「──重くないといいんだけどな」


 いくら屈指の実力を持つ序列持ちでも意識のないまま、森に放置は気が引ける。いかようにして『ドッペルゲンガー』を運ぼうか悩みながら、心なしか斜めに傾いた木の根元まで歩み寄る。『ドッペルゲンガー』は変わらず微動だにしない。


 ──俺が『ドッペルゲンガー』の肩に触れる瞬間までは。


「──なぜ気づいた」


「なんとなく」


 首から生やした腕で貫手を放つ『ドッペルゲンガー』に表面上平静を装いながら油断なく距離を取る。危なかった、と言うのが正直なところ。それでも気づけたのは『制空圏』が不調でも能力の大元である“超触覚”は変わらず機能していたからだ。


 『制空圏』は“運動エネルギーの完全制御”と“超触覚”とによって成立する能力。いつもなら500m圏内の大気を通じて情報を体感していた“超触覚”は待ち構えていた『ドッペルゲンガー』の罠を体に触れることでいち早く察知出来た。『ドッペルゲンガー』は『制空圏』の仕組みなど詳しくは知らないだろうし、俺も『制空圏』の不調の理由を“超触覚”にまで求めていた。お互い『制空圏』が使用不能になったという思い込みが生んだ幸不幸。


「まさか直撃して無傷とは思わなかったぞ。間違いなく手ごたえはあったんだがな」


「手ごたえがあるのは当然だ。あれも俺の肉体には違いないからな」


「そうか、あれも自切か」


 首から伸びた仮初の腕が崩れるのを見て理解する。俺が攻撃した時、『ドッペルゲンガー』は直撃箇所付近に異能で一回り大きい胴体を生み出したのだ。生み出した肉壁の鎧は、当たった瞬間、繋がりを断ち、本体に衝撃がいかないように切り捨てた。通ったと錯覚したのはその外側の胴体だったというわけだ。


「ちょっとした『変わり身の術』だな。二つ名を『忍者』に変えた方がいいんじゃないのか?」


「いや、やはり二つ名は『ドッペルゲンガー怪物』の方がふさわしいさ」


 どこか自嘲気味に言うや否や、今度は腰の周りが膨れ上がり、複数の足が生え出す。本来の足を囲うように外向けに生えた足は蜘蛛のそれを連想させる。


「『蜘蛛足クモアシ』」


「──も少し、捻れよ」


 『蜘蛛足』は見た目からして、転がせるのは難しく、また、いくつもある足で蹴られそうだ。おそらく地上戦に特化させた形態だろう。


「まぁ、って話だけどな」


 手足が生えようが、肉壁の身代わりを立てようが、そんな事は関係がない。要は取り込んだ無機物以上に消費させてしまえばいいし、今度は呑気に取り込む暇など与えるつもりもない。こちらはハルとカナ妹達を探さなければならない。これ以上、時間を食っている場合ではないのだ。


「とっとと続きを──」


「──悪いな、御村。続きはだ」


 そう俺を呼び止めたのは、『ドッペルベンガー』とは別の男の声。遅れて背後──俺達がもと来た道──から気配を感じ取り、『制空圏』の使えない現状を嘆息する。乱入者の目的は不明だが、車道から大きく外れた森の奥で人が迷いこむような場所ではない以上、俺か『ドッペルベンガー』に用があるのは明らか。


 、一番気になることを聞いてみる。


「怪我はもういいのか?」


「当真からどう聞いていたかは知らないが、襲撃されたのは一週間も前の話だ。今日合流できる手筈だったんだよ。それが始発に乗って着いても寄越すといった迎えが居なくてな。待ちくたびれて山登りと洒落混んだら、森の方から聞き慣れた音がしたもんで、来てみれば──これだ」


「おそらく『皇帝』に情報が漏れるのを危惧したんだろうな。迎えが来なかったのは知らんけど、気にするな。よくある話だから」


 同じ目にあった先輩として、フォロー(しきれていないが)してみる。それでも通じるものがあるのか、乱入者の薄く吐いたため息に若干の疲れが見える。多分、で誘われた経緯も似たようなものだったんだろうな、と同情しなくもない。


「何にせよ間に合ってよかった。そいつとは俺が先約なんだ──譲ってもらうぞ、御村」


 ため息から一転、元序列十一位『スロウハンド』逆崎縁は、そう犬歯を覗かせながら笑った。



「──よう、世話になったな」


「あぁ、こちらこそ。無粋な真似ですまなかった」


「(すっかり蚊帳の外だな)」


 ほんの数分前にはなかった疎外感をひしひしと身に受けつつ──ついでに盛り上がった戦意テンションもだだ下がりになりながら──二人のやり取りを見守る。


「"あの女"はどうした? 来ているはずだろ」


「さてな。正直、何を考えているか皆目見当がつかん。俺はあくまで前座に過ぎない──いや、どちらかと言えば、間に合わなかった時の繋ぎ兼、賑やかしといったところか」


「そうか──まぁいいさ。"あの女"に思うところはあるが、別の奴に任せるのがいいようだ」


 と、そこで意味がありげにこちらを見る逆崎。思い当たる節があるのか、『ドッペルゲンガー』の目にも同様に理解の光が見て取れる。訳知り顔を二つ並べられた俺は困惑するが、こちらが口を開く前にお互いの方へ向き直ってしまい、聞けずじまいになる。いや、説明しろよ。


「さて、そろそろいいか──時宮高校元序列十一位、『過程を置き去りにするスロウ・ハンド手』逆崎縁だ」


「月ケ丘高校元序列四位、『多重幻肢ドッペルゲンガー』創家操兵」


 おそらくそれは二人が言うところの"この前"の仕切り直し。そこで二人の会話は途切れ、一週間前の続きが始まり──そして、決着する。


「――シャア!」


 先手は『ドッペルゲンガー』。『蜘蛛足』のつま先が鋭角に尖り、逆崎を襲う。対する逆崎は両の拳をあごの前に置き、何の変哲もないファイティングポーズを構えて相対する。そして何の変哲もないモーションのジャブを『ドッペルゲンガー』に放つ。


 パン! と弾けるような音は『蜘蛛足』のふくらはぎ辺りから。『ドッペルゲンガー』に届かないとは言ったが、両者が戦う以上、お互い近付かないわけにはいかない。そして、『蜘蛛足』は本体よりいち早く入っていた、逆崎の射程である180m弱──逆崎の身長と同じ──圏内に。


 『スロウハンド』の異能は『因果の逆転』。巷で噂されるような運命操作能力──。そんな能力があるのなら、十一位どころか、ぶっちぎりで一位だろう。その正体、というかトリック駆け引きのタネは瞬間移動テレポート──それも自分の身長が最大射程の極短距離テレポートだ。


 射程は身長と同程度という瞬間移動能力としては明らかな欠点があるものの、触れていれば他者にも作用できる上、連続使用も可能という意外に広い応用範囲を最大限活用する事で序列持ちの中でも屈指の近接戦闘力を誇る異能者。それが時宮高校元序列十一位、『スロウハンド』逆崎縁だ。


「『スロウハンド』!」


 代名詞にもなった"ノーモーションの拳"が『ドッペルゲンガー』の『蜘蛛足』を次々と撃ち落とす。使用者当人のみ可能な体の一部分を任意の位置に転移できる部分テレポート(もちろん射程は据え置き)による攻撃を回避するのは難しい。思いのほか脆く、本体からぽろぽろと崩れ去る『蜘蛛足』。間を置かず、追撃せんと逆崎は異能テレポートで距離を詰める。近接戦闘において、射程の短さはさしたるデメリットにはならず、たやすく絶好の位置へ。


「これで、貸し借りなしだ」


 逆崎の拳が掻き消える。スピードで手元が見えないのではなく、部分テレポートの連続使用によってだろう。その間、打ち据える音が断続的に響き、『ドッペルゲンガー』の体が前後左右に揺れる──『スロウハンド』による無呼吸連撃『見えない弾幕インビジブルブリット』。


「──あぁ、お前の勝ちだ」


 膝から倒れ、戦闘不能を認める『ドッペルゲンガー』。身代わりで防ぐ事ができなかったのか、それとも身代わりを作るのか、今度こそ指一本動かすのも無理らしい。寝心地の悪い地面の上でのうつ伏せは少々苦しそうだ。


「いやいや、違うだろ」


 負けを認める『ドッペルゲンガー』を仰向けにしてながら逆崎が否定する。何がどう違うのか? 困惑する『ドッペルゲンガー』を諭すように続ける。


「この前のは横槍で負けて、今日のは御村にさんざん削らせた後でのおこぼれで勝った。これで貸し借りなしで戦れるって意味だよ──気づかないとでも思ったか? 見た目と違って手ごたえがスカスカだったぞ」


 言われてみれば、崩れ落ちた『蜘蛛足』の音は『猿の手』を自切した時より軽く響き、わずかに覗く中身断面は、まるでレンコンみたいにところどころ空白があった気がする。


 そういうものだとさほど気にも留めていなかったが、逆崎の言う通りだとすれば、俺の一撃はそれなりに通っていたらしい。


「──次は負けないぞ? 『スロウハンド』」


 呆れ半分、感心半分の表情で逆崎を見る『ドッペルゲンガー』。しばらくして、絞り出した一言に、それだよ、といわんばかりに逆崎は指をさした。


 ──現在、十二時四十三分。


 当真側

 

 当真瞳子、篠崎空也、刀山剣太郎──『皇帝』を追跡中。

 

 御村優之助、逆崎縁──『ドッペルゲンガー』に勝利。


 月ケ丘側


 月ケ丘帝──ロイヤルガードと共に戦闘離脱。


 王崎国彦──『空駆ける足』によって、戦場から強制離脱。


 創家操兵──『優しい手』、『スロウハンド』に敗退。


 海東遥、彼方──???

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る