春休み・三
「──遅い」
息も絶え絶えになるほど必死に管理棟まで戻ると、怒りを通り越して無表情になっている会長を先頭に生徒会の面々が入り口で待ち構えていた。理事長と会っていた事を言う訳にもいかず──そもそも時間を気にしなかった時点で問題だ──ただただ謝るしかできない。
「いや、本当に悪かった。言い訳にもならないが時間潰しに川を辿っていったら戻る時間を計算してなくて遅くなったんだ」
「だとしたら、連絡を入れるものよね? 間に合わないと判断した時点で」
当然ながら、穴だらけの弁明に追撃の手が緩まない。
「……そうだな。焦っていてそれすら思いつかなかったよ」
「もうその位でいいだろう?」
平謝りを続ける俺にそう助け船を出したのは飛鳥だった。内心、ありがたいと思うのと同時に、初めて会った食堂での出来事を思い出し剣呑な空気にならないか不安になる。
「優之助はゲスト待遇でここにつれてきたはず。しかも、こちらの都合で三日間拘束する上にその旨を伝えたのは前日だった。それでもついてきてくれた客人にこの仕打ちは行き過ぎだと思う」
こちらのそんな心配をよそに飛鳥は一歩も引くことなく擁護を続ける。半ばけんか腰だったあの時とは違い、一つ一つ諭すように言葉を重ねる飛鳥に会長の険がわずかに薄まる。
「……管理棟に資材を運ぶ手伝いを申し出た彼を外で時間を潰すよう提案したのもこちら側です。桐条の言う事にも一理はあるかと」
荷物を運んでいた際に俺と会長とのやり取りを聞いていたらしい。真田さんも飛鳥の擁護に賛同する。提案をした会長に配慮してか、角が立たないよう"こちら側"を言い換えてまで。
「あなたまで御村を庇うなんてね。……いえ、たしかにあまりフェアじゃないか」
二人の意見で思い直したのか、自分の中で納得するよう軽く頷く。
「御村、遅刻については、とりあえず不問にするわ。次は気を付けて、二度目を許すほど甘くないから」
そう釘を刺すと管理棟の中へ踵を返す。何事もなかったように平然と真田さんもそれに続き、あまり心配を掛けるな、と目で俺を窘めると飛鳥も建物へ入っていく。それと同時にどうやら気が抜けたらしく腹の虫が自己主張を始める。朝から山を上り下りしたのだから、無理もない。
「……俺もさっさと行くか」
ここでトロトロして、みんなを待たせたら事だ。そう思い、三人の後を追おうとした矢先に背後から気配と腰のあたりに引っ張るような感覚。振り返ると要芽ちゃんがシャツの端っこを浅くつまんでいた。そういえば、先程から一言もしゃべっていない。というか、少ししか布地を挟んでいないはずのにその部分からシャツが抜ける様子がない。ペンチで固定しているのでは? というくらいの力強さだ。
「要芽ちゃん、どうしたの?」
「……すみませんでした。……あの場で何も言わなくて」
恐る恐る謝る要芽ちゃん。何の事かと少し考え、飛鳥や真田さんみたいに擁護しなかったのを指していると理解する。
「いや、あれは俺が悪いわけだし、要芽ちゃんの立場もあるでしょ? 気にしなくていい。というか気にし過ぎ」
今日は謝り、謝られ、が多い日だな。そんなどうでもいい事が頭をよぎりつつ、冗談めかしてそう言ってみる。だが、要芽ちゃんの表情は晴れない。
「私の立場なんでどうでもいいんです。ただ……」
「いやいや、わかってるって、身内も同様の要芽ちゃんがどうフォローしても判官贔屓にしかならない」
俺が会長に責められている間、耐えるように俯いているのを横目にしていれば嫌でもわかる。
「だから、この話はおしまい。俺がそれでいいんだから、ね?」
少々強引だがそう促すと、どうやらわかってくれたのか、要芽ちゃんがようやくコクリと頷く。
「さぁ、早く行こう。さっきから腹が空きすぎてもう限界だ」
「──はい!」
珍しく晴れやかに返事をする要芽ちゃんをつれて、先に行った三人を待たせないよう早足ぎみに食堂へ向かう。……昼食はなんだろうな?
空腹のせいか、食欲をそそるいい匂いが奥の方から流れてくる。案内されなくても、容易に食堂へ行けそうなほどだ。そうして食堂へ入ってみると学生寮の食堂と作りが酷似していた。雰囲気が似る事はあってもレイアウトまでそっくりなのは偶然ではないだろう。今思えば、割り当てられた部屋の配置や間取りは寮のそれと同じだったような気がする。なんかますますここまで足を延ばす意味を見いだせない。
まぁ、それはともかくすでに食卓に並べられた(そもそも遅れてきたのだから当然か)のは大皿に盛られたパスタ、人数分に用意されたサラダとコーンスープの三品。いい匂いの正体はカリカリに焼いたベーコンとガーリック、そしてかすかにオリーブオイルが香る。いわゆるペペロンチーノというやつだ。大皿に盛ったのはそれぞれが好きな量を小分けにした方が都合がよかったからだろう。ただ量は多い、軽く見積もっても十人分。……どうやってあれだけのパスタをソースと絡ませたんだろうか?
「スープ温め直しますね。優之助さんは座って待っていてください」
それくらいやるよ、と言い出す前に要芽ちゃんがテキパキとスープを回収しレンジへ持っていく。完全に出遅れた俺は申し訳なささを感じつつもそれに従う。先に食堂についていた会長達はすでにスープを温め終えているのか、うっすらと湯気が立っている。後は俺達の分が済めば昼食に取り掛かれるようだ。
「……相変わらず、かいがいしいわね」
「いったい要芽ちゃんをなんだと思ってるんだ? あの子は基本的に面倒見がいいぞ」
その一言にギョッとした顔を一斉に向ける面々。……いやほんと、どう思われてるんだろうか?
「例えばだけど、あの子が適当に仕事した事があるか? 他の奴に任せたものを自分の手から離れたという理由で知らん顔した事あるか? そりゃあ、おおっぴらに愛嬌を振りまいた所を見た事はないし、お世辞にも社交性が高いとは言えないけど、頼られたり、任されたら一生懸命頑張るとても優しい子だよ」
「……おだてないでください」
俺達の会話を聞いていた要芽ちゃんが温めたスープを俺と自分の席に手早く並べる。何でもないように装うが、わずかに赤く染まる頬を俺は見逃さない。
──面倒見いいだろ? 要芽ちゃんの変化に気づいた会長に軽くそう目配せを送ってみる。それに対し、会長はどう受け止めたのか、
「……あなたが相手じゃ、参考にならないわよ」
と、肩をすくませて見せた。
「──これ、うまいな」
食後に出された蜂蜜入りの紅茶を一口し、思わず呟く。普段、紅茶はおろかコーヒーですらわざわざ作ってまで飲まない分、なおさら新鮮に感じてしまった。それを見て、茶を淹れてくれた飛鳥が満足そうに頷く。
「大げさねぇ」
会長がそんなに珍しいのか、と言外に呆れて見せる。
「あまりこういうのを楽しむ性分じゃないからな。紅茶なんて、ミルクかレモンか砂糖を入れるくらいしか思いつかん」
「ガムシロップくらいは知っているでしょ。同じものとは言わないけれど似たようなものじゃない」
「……言われればそうかもな。だけど、知っているだけじゃあ、駄目だよな。やっぱ実際に味わってみないとわからないもんだ」
「それについては同感ね。……味覚だけの話じゃないけど」
会長の視線が要芽ちゃんの方を向く。当の要芽ちゃんはすました顔で紅茶をすする。あいも変わらず、見ているこっちの方が気詰まりしそうな空気。……頼むから、そういう絡み方は勘弁してほしい。
「もうそのくらいでいいだろ。というか、そんな事より、そろそろ教えてくれないか」
「何を?」
「もろもろだよ。ここまでついてきたんだ。誰も聞いていないわけだし、もったいぶらず教えてほしい」
誰に対しての建前なのか、人足として俺はここに来たわけだし、この場は関係者のみ。もう会長が隠す事も勿体ぶる必要もない。少なくても夕方に来る客人との相対で浮くような事態は避けたい。
「……何から話したものかしらね」
とりあえず話す気はあるようで、そう自問する会長。真田さんと要芽ちゃんにそれを止める気配はなく、長い話になると予測してか飛鳥は全員分の紅茶を順次注いでから席に戻る。飛鳥が席に着くのを待っていたのか、単純に思案がまとまったタイミングが合致したのか、それを引き金にようやく口を開く。
「まず、私……というより天之宮家の目的はわかるわね?」
「天乃原学園の信用回復、生徒の健全化かな」
「元々、経営手法で批判は浴びていたし、生徒が多少傲慢でも問題はないわ。天之宮に利益をもたらす卒業生の減少に歯止めをかける。もしくは天之宮に寄生し、腐らせようとする生徒を卒業する前に排除する。それが天之宮が望んでいる事よ」
「当真家は疑わしい生徒を調査し、その結果を天之宮に提出、どうするかの判断を協議する。一生徒を相手取るにしてはいささか過剰な対応に思えるが、潜在的な敵を炙り出せるのならむしろ効率がいい」
真田さんが会長の答えを補足する。天之宮を利用するなんて考えるのはそれなりに社会的地位の高い子女だ。当然、容易にはしっぽを見せないだろうが、子供の方ならば本丸に踏み込むより調査の難易度は低い上、なによりボロが出やすい。
結論として、切り崩すのは子供の方からが手間も費用も負担が少ないし、効果も大きい、効率がいいというのはそういう事なんだろう。もしかして俺が思うよりずっと多くの商売敵や政敵をこの手法で相手に攻め入る口実を手に入れ、倒してきたのかもしれない。
「そちらの方が順調なのはあなたの知る通り。ちなみにあなたと当真瞳子の戦いも一役買っているわよ。ああいう事が出来る連中を天之宮が囲っているって情報を流したら転校届がでるわでるわ。不思議な事に転校届を出した生徒って、こちらが排除する予定の生徒ばかりなの。後ろ暗いといろいろ考えるのでしょうね。あんな力を持つ集団に目をつけられたら自分達の企みなんて看破されるとか」
──馬鹿よね、とうの昔にバレているのに。そう皮肉っぽく会長が笑う(ただし目が笑っていない)。
「無関係な生徒の中にも転校届を出したものもいるが、それはほんの一部だ。どうやら生徒会が思う以上に生徒達は頭がいいし、度胸もある。おまえが生徒会に絡まれている時以外は大人しくしていたのも知っているし、戦いぶりを見て理不尽に暴力を振るわないと気付いている。おまえや当真瞳子を避けるのはどう接していいかわからないから遠目で見ているんだ」
と、本来不要なはずの俺の現状まで関連付けて解説をしたのは飛鳥だ。昨日の食堂で遠巻きに見られていたのを気にしているのでは、と気遣ったのだ。飛鳥のそういう好意がありがたいと思うのと同時に少しのくすぐったさを覚える。
「……ここまではいい?」
会長がどことなく含みを感じる声で一段落置く。なんとなく押された俺はお、おぅ、と頼りない返しをするのがやっとだった。……なんかやったか俺。そんな謎の居心地の悪さを解消すべく、軽く咳払いして次を促す。
「とりあえず、そこまでは分かった。じゃあ、これからは生徒の質を上げる方に主眼を置きたいのか?」
ハルとカナが対立候補として動いているのを知りながら、あえてそこには触れず質問する。
「いくつか頭の痛い問題はあるけど、概ねあっているわ。今日ここへ来てもらったのはその事で力を借りたいからよ」
「力を借りるっていってもなぁ……。生徒会で手伝える事なんてほとんどないだろ」
「借りると言っても──」
「──こんにちは、天之宮学園生徒会のみなさん。失礼だと思いましたが、勝手に入らせていただきました」
生徒会の誰とも違う声が、俺と会長の会話を遮る。あまりに唐突、あまりに自然に入ってきた為、最初から居たかのように錯覚しそうだが、もちろんそんなわけはない。明らかに部外者だ。声のする方を見ると、食堂の入り口に他校の制服を着た数人の男女がいる。
会長も驚いているが、それも一瞬の事。いつもの気位の高さを保ちつつ、失礼にあたらないよう気配りされた所作で相手を──主に先頭に立っている女生徒へ向けて──歓迎する。イレギュラーな登場で驚いたが、知らない仲ではないらしい。
副会長である要芽ちゃんや生徒会活動にあまり積極的ではない飛鳥ですら、応対に向かう中、生徒会とは無関係でゲストとして扱われているはずの俺がどうしていいものか悩んでいると、唯一あちらに行かなかった真田さんが相手に聞こえないような小声で説明する。
「今、会長と話しているのが、市立時宮高校生徒会長、当真晶子。今日の夕方に会うはずだった相手で、天之宮学園の新たな提携先だ。御村、地元の人間だったおまえの視点から彼女の性格、器、目的を見定めてほしい」
「それはなんとまぁ──」
──厄介なのに巻き込まれたもんだ。出かかった語尾を濁しながら、それでも心からの感想を口の中で反芻させる。
厄介だとする理由はただ一つ。俺が年齢を偽ってここにいるからだ。当真家との関係や俺の異能の事が明るみになった今、ただ単純に列挙しただけならば、年齢の詐称は一番なんてことのない隠し事に思えるだろう。
だが、現在取り巻く状況において、これが一番バレてはいけない秘密だ。もし発覚すれば、この学園にいられない。いちいち言うのも馬鹿らしくなるくらい当たり前の話だが、俺はすでに"高校を卒業し、大学にいる"のを瞳子によって"別の高校から転校してきた"としてこの学園にいるのだ。
誰がどう見ても犯罪である。世間に知られればどうやっても誤魔化せない。仮に天之宮側が世間より先に知ったとしても露見する前に排除するだろう。庇ってまで俺を残すメリットがないから。当真も守ってはくれない。
向こうが"時宮"にある学校でその生徒会長が"当真"だから大丈夫なのでは? ……自分で言ってみてなんとも淡い期待だと自嘲する。もしそうだとしたなら、頼むのは理事長か瞳子だ。渡りをつけるだけなら真田さんでも事足りる。そう出来ないのは当真晶子が別の当主候補の関係者だからだ。だからこそ、今回の頼み事はとても困る。
「(それに──)」
当真晶子の後ろについている二人の生徒を見て、ろくでもない事が起きる予感しかしない。初めはただの他人の空似だと思おうとしてが、やはり無理だ。
「──何やってんだよ。|空(・)|也(・)、|剣(・)|太(・)|郎(・)」
なぜか高校の制服を身にまとった元同級生の二人が、俺の呟きを聞いて笑ったような気がした。
*
「──天乃原学園へようこそ。歓迎するわ、時宮高校生徒会の方々」
我ながら空々しい台詞だと思いながら、予定より何時間も早い到着のゲストを応対する。会長である私に付き添うように副会長の平井さん、会計の桐条さんが脇を固めてくれる。普段が普段なのでこういう時に立ててくれるのは正直ありがたいと思う。
そしていつも立ててくれる──時々何を考えているのか疑問が残るけれど──はずの凛華はこちらに来る事なく、どう立ち回ればいいか迷っている感じの御村に何事か話していた。珍しいと言えば珍しいけれど、あれはあれで助かっている。状況もわからず御村に出しゃばられても困るし、そもそも彼はゲストだ。歓待するのは私達生徒会であるべきなのだから。
「それにしても随分と早い到着ね。夕方あたりと聞いていたのだけれど。残念ながらお昼は用意できないわよ?」
「既に済ませてきたからお構いなく。むしろ早く着き過ぎた事で申し訳ないと思っているくらいよ」
そういう割にまったく申し訳なさが感じられない当真晶子に突っかかりそうになるが、表情に出さず、今まで私達がくつろいでいたテーブルまで案内する。
その間、平井さんは他の生徒の応対、桐条さんは人数分の紅茶を用意しにキッチンへ向かう。ふと御村の方を見てみると、凛華に大まかな説明を聞き終えたのか、特に動くことなくお茶請けに出されたクッキーを頬張っていた。
「(……役割を把握しているのはいいけれど、イラっとする光景ね)」
そんな腹立たしさを傍にやり、視線を正面に戻す。とりあえずこの場は当真晶子がどう動くのかを見極めなければならない。これから先、もしかしたら手を組むかもしれない相手なのだから。
──その提案は当真家からだった。
当真瞳子と御村優之助の"決闘"から数日後、当真家側から正式な形で一連の騒ぎについての釈明がなされた。
元々、両家示し合わせての事とはいえ、当真瞳子と御村が転校してからたった数日で起こした痴話喧嘩まがいの騒ぎは結果的には望ましいものだったけれど、あらゆる意味で逸脱していたのだから当然である。そして釈明が
当真家曰く、今回の事は自分達の本意ではなかったが目的は達成できた。それを鑑みるに当真の人材を今までのようにこそこそ潜入させるより堂々と入学させた方が生徒を御しやすいという考えに至った。
そもそもこちらが用意した真田凛華は生徒会という立場を抜きにしても多大な影響力を生徒達に与えており、やる価値はある。ただ、一人二人入学させても効果が表れるまで時間が掛かり(手段を選ばなければ即効性はあるがデメリットしかない)、一度に大勢投入すると無害な生徒にストレスを与えかねない。ならば、当真のお膝元である時宮高校と積極的な交流をもたせながら、天之宮学園に年々入学させる人数を増やしていけば、暫定的にも将来的にも生徒を適切にコントロールできる。
まるで最初からこの話を持ち出すつもりで場を設けたような堂に入った説明を受け、天之宮側は懐疑的ではあるが、試してみる価値はあるだろう、とその話に乗る事にした。
とはいえ、いきなり提携するとなるとそれなりの手続きが必要であるし(天之宮学園はともかく、時宮高校への手続きは市立、つまり地方自治体を経由する必要がある。いかに当真が時宮の地を支配しているとしてもここを無視するのは不可能)、生徒の感情にも気を配らなければならない。
そこで、試験的にいくつかの行事と部活間での練習試合をセッティングし、反応を確かめる事になった。今回の生徒会同士の交流会もその一環として設けられた席である。
「(……一応、元地元民として何かしらの役に立つかもと連れてきたはいいけれど)」
見知った顔がいたのか御村の表情に苦いものが混じるのを私は見逃さなかった。一般人というにはあまりにも当真家に近い御村なら向こうを知っているだろうと当たりをつけてみたら予想以上の反応。……どうやらただの知り合いというわけでもなさそうだ。向こうも向こうで会長の同行者が最初の挨拶以降、御村の方しか見ていない。
そもそも彼らについて当真晶子から協力者としか聞いていない。予定より何時間も早く到着してみたり(多分、ちょっとした牽制のつもりだと思う)、協力者と称して部外者を連れてきてみたり、どうやらあちらの生徒会長は穏やかに物事を進めるつもりはないらしい。私もそのつもりだけれど。
「本来の生徒会役員を差し置いてわざわざ連れてきたという事はよほど重要な役割を担っているのかしら。……ねぇ、当真さん。その当たりを詳しく聞きたいのだけれど」
少しでも詰まらない返答ならとっととお帰りいただく。そう言外に込めた意図を正しく読んだのか当真晶子の視線に明らかな敵意が混じる。正確には隠さなくなった、というべきか表向きにデコレーションされたにこやかな外面はそのままに目は殺意を刃に形作った当真瞳子にどことなく似ていた。やはり当真の人間という所なのだと思う。目だけで百の言葉より雄弁に語っている所とか。
「彼らは見本ですよ」
「見本?」
「私達当真──いえ、時宮が誇る戦力のね」
「……そんな物騒なものを見せてくれと頼んだ覚えはないけれど?」
「必要でしょう? 事実、天乃原学園が長年抱えていた問題の一つがたった数日で解決の目途が立ってしまった。異能による圧倒的な恐怖という形で」
「そんな方法が未来永劫通用するとでも?」
「通用するわ。人は自分に理解できないものに恐怖する。どんなに頭が良くても、体が強くても、ね。その恐怖に抗えるのは異能者だけよ」
「……それはつまり天乃原学園をあなた達が支配すると受け止めていいのかしら?」
「あなたの手に負えないのなら、代わりに私達がそうしてあげましょうか──何もできなかった"会長さん"」
「──凛華!!」
そう叫んだのは自分だと気付いた時には私の意を汲んだ凛華が自身の筋力と当真流剣術の歩法を組み合わせた跳躍で二メートル以上あった当真晶子との距離を縮める。彼女の握力で捻じ伏せれたら誰も逆らう事はできない――邪魔が入らなければ。
「……悪いけど、それは駄目だよ」
涼やかな声と共に人の形をした何かが私の目の前を通り過ぎていく──凛華だ。当真晶子に向かっていった凛華を協力者の一人が弾き飛ばしたらしい。らしい、と言うのはかなりいい加減な物言いなのはわかっている。けれど、自分の目が信じられなくなるくらい非現実的な光景だった。
凛華を返り討ちにしたのは身長170あるかないかの中性的な男子生徒。わざわざ中性的と評したのは本当に男なのか疑わしい容姿の所為。
まず肩幅を初めとした色々な部分が女子が男子用の制服を着ていると言われたら納得するくらいに小さく丸みを帯びている。声も男なのか女なのか判断がつかない。何が言いたいかというと、そんな体格の男子が小柄とはいえ、『怪腕』の真田凛華の突進を弾き返したという事実。
飛ばされた凛華は元いた位置よりさらに遠くに居た。ダメージそのものは大した事はないようで、見た目にもそれらしい怪我は見受けられない。ただ、その表情は私と同じかそれ以上に緊張と警戒に彩られている。
「手加減が過ぎるぞ」
もう一人の協力者が中性的な男子生徒を窘める。それは凛華を倒せて当たり前だと贔屓目なしで確信しているという事。
「だって、彼女素手専門じゃないでしょ? それだとあちらが納得してくれないと思うよ」
腹立たしいほど爽やかにもう一人の協力者である男子生徒へ向けて弁解する。その弁解に一番反応したのは、つまらない理由だと眉間にしわを寄せた男子生徒ではなく、暗にいつでも倒せると言われた凛華の方だった。
再び爆発的な跳躍を駆使して二人に飛びかかる──という愚行は犯さず、元々凛華が座っていた席、つまり自らの得物がある場所に向かう。最初は刀を使わずに当真晶子を制圧しようとして失敗したという反省を受けての判断。屈辱を感じていても凛華は冷静。今度こそ、自らが持つ最大戦力で相手に挑む気だ。
「……なるほど、確かに俺が相手をすべきだな」
本物の刀身が放つ鈍い光を受け、男子生徒がそう呟く。性別があやふやな容姿と柔らかい物腰で飄々と感じる相方とは違い、御村と同程度の体格に硬質な雰囲気を全身に漂わせていて、一目で強いと私でもわかってしまう。印象としては相方が"風"とするなら、彼は"鋼"と言った所か。まず冗談を言うタイプではない。だが、その彼がおもむろに手に取ったのは──
「──モップ?」
それは誰かが片づけ忘れたまま、食堂の隅に置かれていたモップ(正確にはアタッチメントの先を外した柄の部分)だった。刃引きをしているとはいえ、真剣に相対するには明らかに不相応、けれどしかめた表情が全てを物語るようにふざけた様子は一切ない。本気であんな装備で凛華を相手取るらしい。その一方、
「……どうなるかと思ったけど、一応やる気になってくれてよかったよ──時宮高校序列七位『
突然、誰もいない方向に向けてなぜか自己紹介を始める中性的な生徒改め、篠崎空也。その疑問は一瞬、不意打ちが失敗した事をおくびにも出さず、"彼女"も対抗して名乗りを上げる。
「……天乃原学園生徒会会計、桐条飛鳥」
食堂の一番奥にある窓際の席を陣取っていた私達と、つい先ほど来たばかりで入り口側にいた当真晶子達。桐条さんの狙いは当真晶子達の背後をとる事で挟撃を成立させるつもりだったらしい。不意打ちはともかく、挟撃は成功。名乗りもそこそこに戦端を開いた桐条さん達。それとは対照的に得物を構えたまま膠着していた凛華達も彼女達に倣う。
「天乃原学園生徒会書記、真田凛華」
「……時宮高校序列三位『
こうして一対一が二組の構図が完成し、天乃原学園と時宮高校との戦闘が幕を開けた。
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