第二部

春休み

 夜は冷えるが、日中は暖かい日差しを感じるようになった三月の中旬。俺、御村優之助は私立天乃原学園高等部二年C組に変わらず在籍していた。


 当真家からの依頼と個人的な理由により、正体を隠し(ついでに年齢をサバ読んで)、転校生として学園に潜入したわけだが、わずか三日でバレた挙句、高校からの友人であり、依頼主であるところの当真瞳子と衆人環視の中で大喧嘩をやらかしてしまう。


結果、三日間の昏睡状態と一週間の入院(設備の上では確かに病院並みだが、あの保健室を入院といっていいのかはともかく)を余儀なくされるというこれが潜入調査の仕事だと言えば、本職の方々にふざけるな、と怒られそうな結果となった。


 クライアントである当真家からは特にクビだという通告もなく(というか入院していた間、顔を出した当真家の関係者といえば、瞳子と一応所属としては当真家側である真田さん──生徒会書記、真田凛華だけだった)、何気なく確認した口座には給与が振り込まれていたので、生活費の事を気にしないといけない身としては内心、ホッとした。


 調査対象である(と思われる)生徒会──ひいては天乃宮側からも特にリアクションがなかったので、どうやら俺はここに居てもいいのだろう、と結論付けた。


 ただ、正直なところ何をしたらいいのか、それがわからない。当真家の依頼は天乃原学園に潜入する事──では、潜入した後は? そのことについて明確に指示された覚えがないのだ。


 瞳子からはその場その場ではぐらかされて、大喧嘩の最中にこぼした"俺を殺す事が目的"というのもあくまで本人の事情で、当真家の依頼とは関係がない。


 少なくとも瞳子の思惑とは別に当真家側における狙いがあるはずで、それが"学生の振りをした大人を組み込むこと"で"何か"をするつもりなのか、はぐらかしながらも伝い漏れる瞳子の言葉からおぼろげながらも見えるものがないわけではない。……まぁ、おいおいわかる話なのでひとまずは保留でもいい。それよりも頭を悩ませるのは、個人的な理由の方──ただ三人きりの家族である二人の妹についてである。


 二人の妹である海東遥と彼方──ハルとカナは保健室で俺の様子を確認した後、すぐさま海外にある提携校へ戻り、留学を続けていた。留学は元より短期のもので、春休み中には戻れるはずなのだが、延長を希望し、残っているのだと瞳子に聞いた。避けられているのは重々承知しているが、いつまでもそんな風にすれ違っているわけにもいかない。それは二人に誓ったことでもあるが、現実問題としてなるべく早いうちに何らかの落としどころを模索する必要がある。


 俺がそもそもこの学園にきた理由は二人の為、もう少し正確にいうならば、二人が退学するかもしれないという瞳子の言によって、である。生徒会に敵対する意思を俺の前ではっきりと表明したハルとカナ。対して、多少反抗的でも学園にとって有用ならば、ある程度の度量をもって受け流す天乃原学園高等部生徒会長、天乃宮姫子。


 この二つがかち合い、退学するという結末が予想されるのならば、これまた見えてくるものがある──ハルとカナは生徒会長になることでこの学園の変えるつもりなのだ。


 私立天乃原学園における新生徒会結成の為の生徒会選挙は決まった時期に行われるものではない。生徒会長の卒業を伴う引退か個人的事情による解散、そして一般生徒からの解散要求、大まかに言えばその三つによって、生徒会選挙が行われる。そして、その選挙で選ばれた新生徒会長が役員を指名し、生徒会が誕生する。


 言うまでもないが、生徒会長には役員を単独で解任することができる学園唯一の役職であり、役員以外の人員も自らの意志で選び放題だ。そんな中、選ばれたのが何度か絡んできたえんぴつにメガネを掛けさせた印象の神経質そうな生徒(名前を聞いてない)であったり、生徒会直通のエレベーターの前で俺を門前払いにした応対係の生徒であったりする。……余計なお世話だろうが、もう少し人を選べよ天之宮姫子生徒会長


 この春休みが終われば、ハルとカナ、生徒会の面々、ついでに俺と瞳子は三年に上がる。仮に生徒会に解散要求し、結果二人のどちらかが生徒会長になったとしよう。学園を変え、後を引き継いでくれそうな奴に次代の生徒会長になってもらう。それだけのことが残り一年でできるとは思えない。それはもう絶望的に時間が足りてない。


 そもそも進路はどうずるのだろうか? 三年前は遅すぎると言っていた話題だが、この三年間まともに触れてこなかったツケが回ったのか遅い、早いを通り越して、二人が何をしたいのかまで知ることなくあと一年のリミットを迎えてしまった。


 もちろん決めるのは本人達の意志であり、そこに無理やり立ち入ることを良しとするわけではないのだが、三年前にはあんなに干渉して、結果すれ違うことになった。では逆に全く干渉せず、本人達に任せるだけでいい結果になるのか? というのはそれはそれでおかしな話であるし、信じて任せるのと無関心やすれ違いによる不干渉とは話が別だろう。


 いずれにせよ二人が戻ってきたら、もう一度接触しなければならない。おそらく二人が戻るのは春休みが明けてから、つまり新学期こそ本番というわけだ。それはこの学園、ひいては天乃宮や当真の行く末であり、俺や瞳子、そしてハルとカナとの関係を決める大事な一年間。月並みだが、悔いのない選択をしたいと俺は思う。




「おはよう。御村君」

「──そのとってつけたような他人行儀な態度って、意味があるのか? "当真さん"」


 春休みの間、寮住まいの生徒の大半が帰省する中、残った生徒の為に部分的ながら解放された食堂で朝食を摂っている俺にどこか芝居がかった調子で声をかけてきたのは高校からの友人で俺をこの学園に引き入れた張本人、当真瞳子だ。


 あの"大喧嘩"の後、つまり春休みの間、ほぼ毎日こんな調子で声をかけてくるようになった。潜入している為か、微妙によそよそしかった最初の三日間はもとより、大学にいた時でもここまで顔を出すことはなかった。まるで高校時代に戻ったような錯覚にすら襲われる。そんな俺の憧憬をよそに真向いの席に腰を下ろし、どことなく皮肉ったように口角を上げ、ニヤニヤと笑む。


「一応、年齢を誤魔化して潜入しているから、多少はね? ──でもまぁ、確かに今更よねぇ」


 瞳子の視線が俺の更に後をさしていることに気付いて目を向けると食堂の入り口に数人の生徒が遠巻きに俺達を覗いていた。だが、俺と目が合った瞬間、蜘蛛の子を散らすように入り口から遠ざかっていく。


「人気者ね」


「……それはおまえもだろ」


 ため息交じりに瞳子の方を見ると、指先だけ揺らすようにして手を振っていた。なんというか清純派のアイドルが控えめにする感じで。俺が入り口を向いたのと手を振ったタイミングが同時だった為、一体どちらに恐れをなしたのか──言うまでもなく両方だろう。


 今、食堂にいるのは、俺と瞳子の二人しかいない。生徒会の連中と初めて揉めた時は席を探すのに苦労したものだが、いくら春休みの朝とはいえ、ここまで閑散としていると同じ場所とは思えない。


「さすがにあそこまで露骨に避けられるとショックだな」


「いいじゃないの。ただでさえ新参者は舐められやすい立場なんだから、これくらいが丁度いいわよ」


「そんなもんかねぇ」


「そんなもんよ。……玉子焼きいただき」


 そう言うと、俺の朝食セット(普段とは違い、休み期間中の食堂はご飯かパンのベースメニュー+おかずを3品お好みで選ぶスタイルで固定されている。今日の朝はご飯と味噌汁のベースの日でそれに加えて俺は玉子焼き、焼き鮭、じゃがバターの3品を選んだ)からひょいと一切れ玉子焼きをつまんだかと思えば、抗議する間もなく口に放り込む瞳子。


「行儀が悪いぞ。っていうか、ほしいなら買ってこいよ」


「給料入ったんだからケチケチしないの」


「なんで知って……当たり前か」


 ちなみに給与は交渉した時に提示された月額よりも3割増しで振り込まれていた。多分、危険手当か労災のつもりなのだろう。あまりおおっぴらにできない仕事なので明細なんぞあるわけないが、その分、報酬に関しては文句のつけようもないほど律儀なものだった。支払をケチるとは露程も思ってなかったが実際に振り込まれる金額を見ると、もう少し真面目に当真家が何をしたいのか踏み込んでみようと思う。……我ながら現金な話だよなぁ。


「なぁ、瞳子」


「なによ。改まって」


「当真家は俺に何をさせたいんだ?」


「それはこちらから指示するから待ってって言ったじゃない」


「次会ったときは俺の意志を明確にしろ、的な事も言ったよな? それが当真家の依頼に対してなのか、おまえ個人に対してなのか、今となってはどちらのつもりかは知らん。だが、俺はもう"決めている"」


 だから、あまりはぐらかさないでほしい。みなまでは言わなかったが、意志は汲み取ってくれたらしい。瞳子の目の奥がわずかに揺れる。


「……そう言われても、劇的に何かをしてほしいわけじゃないのよ。大人しくしていてほしかったのは本当だし、反対に生徒会と揉めた時、積極的に止めなかったのは生徒会がどうなってもよかったからなの。……天乃原学園の評判が落ちたままなのは困るけどね」


 仮に現生徒会が倒れても当真家としてはどうでもいい。強いて困るのは天乃宮姫子の護衛を指示された真田凛華くらいのものだ。そう締めくくり、玉子焼きをもう一切れ摘まんで口に入れる。勿体ぶった割に何てことない答えでしょ? とばかりにどことなくバツが悪そうに顔を背ける。


「そもそも問題の大半はすでにクリアされているし、後はどれだけ"参考になるか"だけ。当真家からの指示も要は単なる定期報告の招集よ」


「……つまりどういう意味だ」


 瞳子としては答えを言ったつもりかもしれないが、所々、俺が知っている前提で話を進めれていて要領を得ない。


「察しが悪いわね。つまり、当真家はここを──」


「──あら、二人で朝食なんて仲がいいわね。御村優之助、それに"当真さん"」


 当真さん、の辺りが妙にとげとげしく響く声が俺達の会話を阻む。今、この学園で俺達に声を掛ける人物なんて片手で足りるだろう。その中で、最もわかりやすい敵意を向けるのはただ一人。天乃原学園高等部生徒会長、天乃宮姫子。そして生徒会長の脇を固めるように二人の女生徒──生徒会会計の桐条飛鳥と生徒会書記兼天乃宮姫子の護衛役である真田凛華──が控えていた。


「あら、誰かと思えば、天乃宮のご令嬢であらせられる天乃宮姫子様ではございませんか。私達のような下々の者にお声を掛けるなんて、なんてお優しい方なのでしょう。ねぇ優之助。せっかくの機会だし、サインでもいただきなさいな」


「……頼むからそのめんどくさい小芝居辞めてくんね?」


「あなたの言う下々というのは、この学園の理事長を顎で使うような立場の身分というわけね。私なんて精々この学園で威張り散らすしか能のない小娘ですもの。今度からはあなたの言う"下々"よりも慎ましく振る舞うようにいたしますわ。ねぇ、本家の当主候補様?」


「頼むからそっちも乗っからないで流してくれよ」


 軽く頭痛すら覚える俺をよそに二人の睨み合いは続く。傍らにいる二人も片や俺と同じように苦々しそうに、片や表情は平静──ただ、どことなく呆れたように──のままただ生徒会長の後にいるだけで強いて止めるつもりもないらしい。……俺もそんな役回りは御免こうむりたい。とりあえず、箸の止まったままだった朝食を再開させる。そんな俺の横の席に座ったのは未だ角を突合せんとばかりに火花を散らす瞳子と会長に付き合いきれなくなった生徒会会計、桐条飛鳥だった。


「よっ」


「あぁ。朝食中済まなかったな、優之助」


「別に飛鳥が悪いわけじゃない。気にするなよ。……そっちはもう食べたのか?」


「私は自炊派だからな。部屋ですでにとっている。休み期間でも食材が手に入るのはありがたい話だ」


 生徒会とはなんだかんだあって今も敵対の気配を残している中、飛鳥は保健室で一週間入院していた時も毎日見舞いに来て、最初はぽつぽつと落とすように、段々とお互いが気負わず緩やかに、そして今、そばにいても違和感がないくらいに言葉を交わすようになった。初めて出会った時とは見違えるほど穏やかに笑う飛鳥。


「……どうした優之助?」


「いや、なんでもない」


「? 変な奴だな」


「──たしかに変わっているな、御村」


「うおっ」


 いつの間にか俺の反対隣りに座って茶を啜っていた真田さん。飛鳥と違って姿を見なくなったので帰ったかと思ったが、単に茶を取りにいっただけのようだ。こちらの動揺とは裏腹にマイペースに一口二口と口をつけ、玉子焼きを一切れ(いや、だから俺のだ)、そして茶をもう一口。こちらは最初に会った時から変わらないなぁ。……刀も相変わらず所持してるし。


「……んで、わざわざどうしたんだ。飛鳥はともかく、真田さんや会長も一緒に出くわすなんて偶然とは思えないんだけど」


 さっきも言ったが、休み期間中の食堂は少数の生徒しか利用することがない為、普段のように洋の東西問わない多彩なメニューや一流のスタッフによるサービスなんてものは用意されていない。そして食堂を使わないなら自分の部屋にあるキッチンで自炊という形になる。幸いなことに食材は食堂に頼めば回してもらえ(無論、有料だが格安で)、手間を惜しまなければ三食全て自分で賄うことも可能だ。


 自炊ができないわけじゃないが、面倒を嫌った俺は三食全て食堂だったので生徒会の面々が食堂を利用したのを見たことがない(生徒会長が料理をするとは思えないが、そこは天下の天乃宮家のご息女だ。お抱えシェフでもいるのだろう)。だが、今日はお揃いで声を掛けてきた。食事をとりにきたつもりでもない。何らかの用事があると思うのが自然だ。


「それは──あぁ、どうやら私の役目ではないらしい」


「?」


 意味深な物言いの真田さん。だが、すぐにどういう意味か理解する。不意に感じた四つの視線に思わず振り返ると、いつの間にか瞳子と会長がお互いではなくこちらを物凄い形相で睨んでいる。……なんだよ。


「「別に」」


「別に、って態度じゃないんだが? まぁ、とりあえずそんなことはどうでもいい。このままじゃあ話が進まない。聞かせてもらおうか。『どういったご用件ですか生徒会長どの?』」


 瞳子ほどではないが若干芝居がかった(ともすれば、白々しいと映るだろう)態度で続きを促す。嫌味くさいわね、とぼやいたが、いちいち突っかかるのも飽きたらしい。気を取り直して(ようやく)本題に入る。


「──御村、明日から三日間私達に付き合いなさい」



「(明日から三日間私達に付き合いなさい、ねぇ……)」


 生徒会長が唐突にのたまった妄言(←我ながらかなり毒舌だな)を自分の中で反芻してみる。明日からというのも唐突だが、三日間も拘束されるというのはよほど面倒な事になるような気がする──強制なのか? それ。


「嫌そうね」


「いきなり明日から三日間、自分の予定を抑えられたら誰でも怪訝な顔くらいするだろうよ」


「しょうがないじゃない。こちらもあまり暇じゃないのよ。むしろ三日間も私達と居られるなんて幸福じゃない?」


 そういうことをさらっと言えるあたり大物だな。迷惑なのは変わりないが。


「たしかに生徒会みたいに忙しいわけじゃないが、だからと言って何をするかも知らされず、三日間付き合えといわれて付き合うほど酔狂なつもりもねぇよ」


「別にこちらも説明もなしに連れていくほど鬼じゃないわ」


 せっかちねぇ。と俺の向かい側の席──つまり瞳子の隣──に座る会長。他に座席がなかったとはいえ、ついさっきまで睨み合ってた相手の横に平然と座れるのが凄い。俺の方がいつ、さっきみたいな険悪な事になるかと思うと気が気ではない。と思っていたのだが──


「──私がいるとお邪魔のようね」


 と、珍しく殊勝な様子でこの場から去ろうとする瞳子。これには瞳子と火花を散らした会長も意外だったようで一瞬、探るように瞳子を見上げるが、無意味と思ったのか、視線をこちらへと戻す。


「別にあなたが居ても居なくてもいいのだけれど去るものは追わないわ。好きにしなさいな」


「そのつもりよ」


 睨み合った先程とは対極に今度はどちらもお互いを見ようとはしない。対応も淡々としているが、今まで以上にこちらの胃が痛くなりそうなのは気のせいだろうか?


「優之助。私、時宮に用事があって、今日は学園に戻る事はないわ。帰るのは明日か、明後日になるかも……」


「もしかして、それを言いに来たのか?」


 だとしたら、とんだ出掛けの挨拶だよ。


「出る前に一声かけようと思っただけよ」


 じゃあね、とひらひら手を振りながら食堂を後にする瞳子。そんな彼女の背中を気のない手振りで見送る。


「……仲がいいわね」


「同じ地元だから多少はな」


「多少仲がいい程度であんな命のやり取りをするとは思えないんだけど? それも当真の当主候補──つまり本家の人間となんてね」


 会長の冗談と皮肉が交ざり合って悪意しか残らない言葉からいつしか冗談が抜けて代わりに詰問の色が強くなる。……あれ? そちらの要件を話してくれるのではなかったか?


「私も気になるな」


 と、脇から真田さんの追従の声。飛鳥も言葉にはしないが興味があることを隠しきれていない。


「あなたの中ではどうなのか知らないけれど、当真家はその影響力の割に謎が多い一族よ。付き合いの長い天之宮でさえ、現当主を知るのはごく一部──私ですら顔はおろか、名前すら知らない──当真の実動員である真田さんも当真瞳子が来るなんて知らされていなかった。秘密主義というにはいささか過剰ね」


「……ちょっと待て。もしかして、瞳子が当真の人間なの知らなかったのか?」


 会長の言うところの実動員である俺はともかく、瞳子は正体を喧伝こそしなかったが、年齢以外誤魔化したわけじゃない。会長の言う通り当真の名は一般には知られていない(当たり前か)ので、あまり隠す必要がないのだ。もちろん騒がれないよう振る舞っていたが、それは変に目立って学園の関係者の家柄だと気づかれない為の措置だ(まぁ、当真が学園に関わっている事も知られていないのであくまで念には念というレベルだが)。


「そうよ。だから、ひら……身内からの報告がなければ気付かないままだったわ。当真家に問い合わせても本人の事情の一点張りで話にならないし、正直扱いに困る存在なの。だから──」


 と、一旦区切って、こちらを改めて見据える。


「──いろいろ話して貰えると嬉しいわ」


 瞳子の睨みも相当だが、生身と人形との絶妙なバランスで成り立ったような容姿の会長に凄まれるのもかなり迫力がある。いつもの性格の悪そうな言動が鳴りを潜め、ただこちらを見ているだけなのに周囲の空気が引き締まったものに変わる。さすが、天乃宮現当主の孫にして、天乃原学園生徒会長といったところか。"こういうの"を狙ってできるあたり、やはり只者ではない。


「そんな風に脅さなくても話すよ。そっちが瞳子の事を知らなかったなんて初耳だったし。というか、瞳子に聞いた方が早いと思うんだが……いや、ないな」


 会長との相性を考えると血生臭い方向にしか話が進まなそうだ。軽く咳払いをして一拍置いてから、で、何を聞きたいんだ? と水を向ける。


「まず、あなたのことからかしら。当真瞳子とはどんな関係なの?」


「瞳子とは高校からの友人だよ。少なくとも始まりはそうだった」


「いつから当真家と関わるようになった? 友人だったとはいえ、天之宮当主の孫ですら知らなかった本家筋の人間と一実動員とではかなり無理がある関係に見えるが?」


 と、これは真田さん。同じ当真家の依頼で動いている者として気になる部分なのだろう。


「俺達の地元──あぁ、時宮って所だけど、そこでは当真家がどんな家かってのは誰でも知っている事なんだよ。もちろん後ろ暗い内容も含まれるから、外の人間に吹聴するなんて事はしないけどな。だから瞳子が当真の、それも本家筋の人間であるって事は出会った時から知っていたし、当然、周りの奴らも知っていたよ」


 天之宮が高原市の負債を肩代わりする事で市内を支配するように当真家もまた、持てる力を使い時宮の地を支配地とした。ただし、それは十年二十年という規模ではなく、数百年前からである。


 当真は武家の末裔にして、その瞳に何らかの異能が宿る一族だ。栄枯盛衰の激しい戦国の世から家を守る為、何よりその神秘を子々孫々、未来永劫引き継がせる為、安住の地は不可欠。そのように当時の人間が思うのは当然の流れだろう。今でこそ電車を利用する事、数時間で都会に出られるが、当時は隠れ里(時宮の時とは"時に見放された"という意味合いと聞いた事がある)だったらしい。


「時宮に住むものにとって当真はただの支配者というより、もはや自らの一部といっていい。当然、当真の全てを知っているってわけじゃないし、当真の家業を誰もが手伝っているわけでもないけどな。……俺の場合、関わるようになったのは両親が死んでからだ。残してくれた金があるから急には困らないんだが、あいつ意外とお節介でな、援助してくれたんだよ。俺が当真家、というかあいつを手伝っているのは、借りを返すためだよ──って、そんなに暗くならないでくれ」


「……御免なさい。立ち入った事を聞いたわ」



 両親が死んでから、の下りで会長達の表情が硬くなり、とうとう会長が珍しく引き下がる。徐々に重くなる空気をどうにかしようと、気にしなくていいと冗談めかしに片目を閉じるが、あまり効果がない。……まいったな。本当に気にしていないので湿っぽくされても困るんだが。


「ま、まぁ、瞳子とは友人だし、外の人間よりは当真について知っているけど、あまり大した事は知らないよ。所詮、俺も雇われの身だしな。他に知りたい事はないか?」


「ならば」


 と、律儀にも軽く手を挙げて発言の許可を求めたのは今まで口を挟まず、聞き役に徹していた飛鳥。俺は渡りに船とばかりにどうぞ、と首肯する。


「お前の地元には他にもいるのか? ……その、お前や当真瞳子のような力が使える者が」


「いるよ。ピンからキリまで挙げるとそれこそキリがないけど、珍しくはないな。多分、半数より少し多い目かな?」


「……そんなにいるの?」


 先程のしおらしい空気はどこへやら、驚きが上回った様子の会長。調子が戻ってくれて何よりだ。


「個人的にはそれが時宮が当真家の支配を受け入れている最大の理由だと思う。異能の力が知られれば十中八九迫害を受ける。当真はそうならない為にも時宮を手中に治めた。当然、そんなものができれば、同類──異能の力を持った者、異能者と呼ぶべきか──も集まるようになる。そしてその地を守ろうともする。長い時間の中で血が薄れたのか、年代ごとの割合も力の度合いも低くなったけれど、仲間意識は未だに強いよ。言い換えれば閉鎖的とも取れるだろうけれどね」


 恐らく、当真家が真田さんをスカウトしたのも、真田さんの『怪腕』を特別な才能として確保しようとしたのではなく(勿論、そういう利も考えてはいるだろうけど)、忌避されるであろう"同族"として保護したという見方が強い。


 一族を守るためにその手を汚してきた当真家だが、その分、異能者を率い、庇護してきたという自負が強く、当真が現代の世でも裏の世界に身を置き続けているのはそういった異能者達が己の才覚を活かせる場所を提供できるようにあるらしい。裏の影響力の割にその方面でも謎が多いとされているのはそういった事情も関わるのだ。つまり、表でも裏にしても異能者が社会に排除されないよう立ち回った結果と言える。


「そして、異能者の大半は直接戦闘に転用できる能力を持っている。誤解を恐れずに言うとその力を使って暴れてみたくなるのは人情だろ? だから時宮では小競り合いが絶えないし、当真家はむしろそれを推奨している節がある。ま、ガス抜きのつもりなんだろうな。この前の瞳子との事はそれの延長線上だよ。コミュニケーションの一種ってやつ? 物騒だって自覚はあるけど、時宮では日常だったからなぁ……」


「荒事に慣れているのそういった理由からか。食堂や講堂での振る舞いもそうだが、一切の物怖じがない」


 感心しているのか、呆れているのか、どちらともとれる感想を口にしたのは飛鳥。


「特に時宮の高校同士の覇権争いというか縄張り争いが激しくてな。時宮の伝統行事なんじゃねぇの? ってくらい盛り上がるんだ。例えるなら高校野球みたいな感じでな。しかも、たまにОBも出張って抗争をやらかすんだよ」


 目を閉じれば今でもその時の光景がはっきりと浮かんでくる。そしてそれを思い出すたび、時宮の人間である俺も例外なく血が騒ぐ。あれはいいぞ~、と続けようとして知らず笑んでいた俺を見てさらに言葉もないという感じの三人。まるで──というか、確実に危ない人に向けるそれだ。


 あはは、と苦笑いで誤魔化しながら、ふと食堂の時計を見ると瞳子が居なくなってから一時間近く経っていた。トレイの中の朝食もほとんど空だ。このままズルズルと居座り続けるのは少々居心地が悪い。


「そろそろ出ないか? 食べるつもりもないのにいつまでもここにいるのは……なぁ?」


「……そうね」


 と、会長。了解を得たところで残りの朝食をかきこみ、トレイを片しに返却代へ向かう。続いて俺の横で茶を飲んでいた真田さんが湯呑みを手に席を立つ。そのまま連れ立って返しに行くのだが、なぜか真田さんは俺の背後につきたがり、譲ろうとしない。決して狭くない閑散とした食堂でその行動はかなり不可解だ。


「……なんで先に行こうとしないんです?」


「おまえの前に立つとろくでもない事になりそうだからさ」


 そのろくでもない事というのは講堂で押し倒した事だろうか? 真田さんと講堂で戦った際、取り押さえる為に押し倒す感じになった事を思い出す。過去に蒸し返されると困るエピソードがあると、どうにも返す言葉がない。


 ただ、こちらとしても真田さんに背後を取られるのは遠慮したいところだ。人の首筋に真剣突きつけた事、忘れてるんじゃあないだろうか? あちらは貞操、こちらは命。たしかに乙女の貞操は命より重いなんて価値観も一部あるのだろうが、俺としては命は秤にかけるもんじゃないという説を取りたい。かけてるの俺のだしな。


 なんて馬鹿な事を考えつつ、一方で先程から話の本筋を忘れている事を思い出す。


「そういえば、こっちが聞きたい事を聞けてないんだが。ほら、明日から三日間がどうたらってやつ」


「聞くつもりがなかったから食堂を出ようとしたのではないのか?」


「そんなわけねぇよ。話がどう転んでも気まずい方向にしか向かないからお開きにしたかっただけだ。……だから忘れかけてたんだけどさ」


 そもそも、明日の待ち合わせすら聞いてない。場所も時間も聞いていないのにどうやって集まれと?


「待ち合わせは明日の九時。場所はあなたが桐条さんと戦った公園の入り口でいいわ」


 まるで心を読んだみたいなタイミングで待ち合わせの時間と場所を答えたのは、返却するものがなかったので席を立っていなかった会長だった。一緒に出るつもりなのか飛鳥と共にこちらに合流しようとして、俺と真田さんとの会話を聞いていたらしい。


「時間と場所はわかったけど、いったい何をさせるつもりだ?」


「公園がある位置のちょうど反対側にコテージがあるの。新入生歓迎のオリエンテーションに使うのだけれど、コテージが傷んでいないか確認しに行くのよ。数が多くて時間が掛かるから泊まり込みでね。あなたにはその手伝いをお願いするわ」


「……そういうのって会長が直接やるのか? 下っ端がやるもんだと思ってた」


 案外地味な仕事もするもんだな、と感心する。


「すでに掃除も込みでやらせているわ。私達は最終確認だけよ」


 それってただの慰安なんちゃらじゃねぇの? おまえらでやらないのかよ。感心して損した。


「なぁに、そのガッカリした顔。一年のほどんど使ってないからかなり汚れているコテージを何十棟も掃除するのよ? あなたそんなのやりたかったのかしら」


「そりゃあ遠慮したいが……」


 もしかして掃除が終わったのって昨日今日の話だろうか。だとすると春休み中ずっとやらされていたというわけで、それに駆り出された連中の苦労が偲ばれる。


「というか、俺が付き合う必要あるの? それ」


 確認くらいなら、そこまで人手はいらんだろうに。あと三日なんて期間も。


「コテージはあえて電化製品を置いていないから男手がいるのよ。役員の慰安も兼ねているから体力があって頑丈なのが」


 慰安目的だって言っちゃったよ。そこは隠せよ。

「いいじゃない。かわいい女の子と三日間もお泊りよ。近くに温泉が湧いているから……覗くチャンスがあるかもよ」


「お泊りって言っても、部屋どころかコテージですら別だろ? 覗いたらまず俺の命がないな。……っていうか、仮にも生徒会長が煽っちゃ駄目だろ」


「……意外ね。こういうのに乗らないなんて」


 いったい俺をなんだと思っているのだろうか? この会長。だが、よく見ると飛鳥も少し意外そうな顔。真田さんは俺の背後から動かない。ここには味方がいないのか!


「そんな風に誘わんでもいくよ──あるんだろ? 他の目的が」


「……どうしてそう思うの?」


「いや、そういうのはいいから。忙しいんだろ。腹の探り合いはなしにしよう」


「ノリが悪いわね。様式美って言葉を知らないの?」


 やっぱり瞳子に似ているわ、会長。学園に来た初日に校門でやらかした寸劇といい、いったい、どこの作法だよ。


「いいわ。率直にいきましょう。誘った理由は二つ。この先の事をじっくりと話し合うのにとれる時間が今のところそこしかなかったというのが一つ。今日みたいな閑散とした食堂でも誰が見聞きしているかわからないしコテージなら他より安全というのも理由よ。……あぁ、一応三日間としたけど、なにもそこまで拘束するつもりはないわ。一泊二日で解放してあげる」


 これでも情報漏えいには気を使っているのよ、と会長。大人並みの権限を持つとされる天乃原学園生徒会ならではの危機管理能力といったところか。それくらいの自覚と危機感があるくらいが丁度いいのだろう。そうでなくても、自分から個人情報やら会社の機密をさらす馬鹿が社会人として蔓延る時代だ。彼女達の半分でもその責任感があれば、ゆとり世代などと揶揄される事もないだろうにと余計なお世話をかましつつ、続きを促す。


「んで、もう一つの理由は?」


「……会ってほしい人がいるの」


 その言いようだと両親へ挨拶に行くみたいだな。無論そんなことはないだろうが、言い回しが少々回りくどい。


「率直に、という割には引っ張るなぁ。勿体ぶるなよ」


「その辺りはお楽しみ……ということにしておいて。それじゃあ御村、また明日」


 もうそれ以上、話すつもりはないのだろう。踵を返す会長。それに従い、後ろから横へ吹き抜ける風──真田さんが音もなく駆け抜け、続いていく。


「勝手に人の朝食に絡んできたと思えば、用事が済んだらさっさといくって、マイペース過ぎないか?」

 二人の背を見送りながら、ただ一人、この場に残った飛鳥に向けて話す。


「行かなくていいのか?」


「実際の会計は副会長がやっている。私はただのお飾りさ。打ち合わせや会議には出るが、事務関連はノータッチだ」


 そう言ってのける飛鳥。初めて会った時に揉めていた事といい、飛鳥は生徒会の中で浮いている感じがする。ともすれば、戦闘要員としてしか飛鳥に価値がないように。だが、こちらの心配とは裏腹に当の本人あっけらかんというかサバサバしている。


「あぁ、いいんだ。スカウトされた時に生徒会長の戦力としてその腕を振るうだけでいいとはっきり言われている。どうやら権限を持つ役員を下手に増やすより、私に役席だけ与えて何もさせない方が、効率的に運営できると判断したらしい。まぁ、普段から会長達の仕事量を見ている身としては、あれをやれと言われても困る」


 こちらの顔色を読んだのか、そう注釈を入れる飛鳥。余計な心配をしている俺に対しての気遣いはあるが、嘘を吐いている感じではない。むしろ会長の酷使された体に触れた事のある俺だからこそ、納得できる部分がある。


「それに──」


「それに?」


「──忙しいと、あまり会えなくなるからな」



      *



「──それにしても、桐条さんはともかくあなたもかなり彼を買っているわね」


 食堂で御村と約束をとりつけた後、業務を再開するために生徒会室へ戻る最中の事。何とはなしに凛華へ質問を投げかける。たしかに講堂での勝負は結果的に見て、御村の勝ちは揺るがないとは思うが、かなりいいところまで追い詰めたと私は見ている。桐条さんの時もそうだ。御村は相手を怪我させないように立ち回ったのはわかるし、事実、二人とも無傷だ。しかし、その割にはあまりスマートではないような気がする。


「いえ、あの勝負は私の完敗です」


 おそらく私の表情から勝負について物言いがあると感じたのだろう。自らの敗北を何のてらいも気負いもなく、そう言い切る凛華。


「なぜ?」


「たしかに結果を見れば追い詰める場面がいくつもありました。ですが、御村がその気になれば、私や桐条を沈めるのはそう難しくはなかったでしょう。彼と私達とではそれだけの力の差があります」


「……とてもそうは見えないけれど」


「力量に大差があれば、苦も無く制圧できるというのは幻想ですよ。相手を無傷で制圧することも一種の技術です。御村にはあの“手”があったのでそんな技術を必要としなかった。それだけのことです。あまり公に能力を使うのはまずいとの判断で出し惜しみしたからこそのあの醜態です」


 自らを負かした相手にも毒舌だ。ここだけ聞いていると御村を買っているのはただの勘違いではと思い直してしまいそうになる。それでも間違いないという確信はある。私の護衛という役目がある為か、ある意味で平井さんよりもドライに人と接する凛華が御村とは人並みに(あるいはそれ以上に)接点を持とうとしている。これが相手を買っていなくてなんだというのだ。……まさか、惚れたってことはないでしょうね?


「ご想像におまかせします」


 またも私の表情から読み取ったのか、どうとにでも取れる返答の凛華。……それはそれとして顔に出やすいのかしら私、だとしたら上に立つものとしては致命的よね。


「あまり気にする事もないかと」


「だから読むな!」


 この前から思ってたけれど、たまに私を雑に扱うわね。講堂での私に対する物言いを思い出し、軽く頭が痛くなる。飛鳥はともかく、私を生徒会長として立てるという事を知らないのかウチの役員共は。


「そういえば、役員で思い出したけど」


「はい」


 ……さすがに流しただけよね。役員なんて一言も言ってない事に触れないのは。あまりのレスポンスの良さに変な邪推が入るが、話が逸れるのも嫌なのでそのまま続ける。


「平井さんはどうするのかしらね?」


「どうとは?」


「いや、御村と一泊するなんて知ったら、なんてね。食堂と時みたいになるのかしら」


 今日は頼んだ用事の為に別行動だが、もちろん明日は彼女も参加する事になる。『氷乙女』と畏怖される彼女が見せる心からの媚びをもう一度見るというのは面白いと思う反面、その手腕を認めつつも、油断のできない相手だと内心思っている私の沽券に係わると思わなくもない。そんな私の何とも言えないジレンマをどう受け取ったのか、またも凛華はどうとにでも取れる返しを私に向けて放つ。


「……どうなるのでしょうね」



      *



 会長のお誘いを受けた朝食での出来事から一日経った朝。昨日と同じく食堂で朝食をすませ(今回は何も起こらなかったのでその辺りは割愛する。いくらなんでもそうそうあんな胃の痛くなるような板ばさみなど起きない)、待ち合わせ場所の公園へと向かう。特にやることもないので下手に遅れて文句を言われるのを嫌って30分ほど早めに到着したが、すでに生徒会の面々は全員揃っていた。


「悪い、俺が一番最後のようだな」


「約束の時間に遅れなければあれこれ言うつもりはないわ」


 会長がつまらなそうにそう返す。エステの件から何言われるか覚悟していたが、責めるつもりがないのは正直助かる(まぁ、待ち合わせに遅れてもいないのに責められるいわれはないのだが)。そうか、と安堵を込めて呟きつつ、近くにいた飛鳥と真田さんにも軽く挨拶する。「おはよう優之助」と軽い会釈で迎えられた俺は、残る一人、なぜか他の三人と離れた場所で文庫本に目を通していた要芽ちゃん──天乃原学園生徒会副会長、平井要芽──の元へと向かう。


「おはよう要芽ちゃん」


「……おはようございます」


 なんだかんだで食堂で久しぶり再会した時以来に会うのだが、特に変わったところもなく元気そうだ。って、当たり前か、あれから一月も経っていないのだ。

 喉元まで出かかった「元気そうだね」なんてあたりさわりのなさ過ぎる台詞を飲み込み、改めて出たのはやはりあたりさわりのない会話だった。


「ん、と……三日間よろしくね」


「……はい」


 蚊の鳴くよりも細い声をかろうじて俺の耳が拾う。見ると耳のあたりが真っ赤だ。文庫本も目を離さないのではなく、目を文庫本にしかむけられないのだろう。再会した時はあまりに久しぶりでお互い妙なテンションでのやり取りだったが、要芽ちゃんとのコミュニケーションは今のようにこちらが心配になるほど控え目な事が多い。もしかして、怯えさせてないか? と疑問に思うこともあったが、時折こちらがびっくりするほど食い気味で話し掛けてくれるのでそういう訳でもないのはわかっている。


「──食堂の時もそうだけど──」


「──────本当に同一人物────」


「──────別人でも驚かない──────」


 妙にこそこそと会長達が身を寄せ合い何事か言い合っている。ところどころしか聞き取れないので中身はさっぱりだが、なんだか引っかかるものはある。とはいえ、いつまでもこんな所で立ち話というわけにもいかないだろう。


「なぁ、そろそろコテージとやらにいかないか?」


 時計を見ると、8時50分。予定より少し早いが、人数が揃っているなら問題ないだろうと出発を提案する。


「そうね。少し早いけれど出ましょうか」


「そういえば、荷物はどうしたんだ? 泊まり込みなんだろ?」


 三日間の泊まり込みだと聞いていた俺は着替えやら泊りに必要そうな諸々を大き目のスポーツバッグに詰め込んできたのだが、女性陣にそれらしい鞄の類を見かけない。強いてあげるなら、要芽ちゃんの文庫を入れてきたと思われる小さめの手提げ鞄くらいだ。


「私達の分はすでにコテージにあるからいいのよ」


「……なら俺の分も持っていってくれてもよかったんじゃないか?」


「昨日の今日で準備できてないのに?」


「聞かされたのがもう少し前だったら準備できたんだが?」


「無理よ。言ったでしょ? 忙しかったって」


 つまり、俺が重たい思いをするのは当たり前だということか。


「私達の荷物を運ばされるよりはマシでしょ?」


 感謝しなさい、と言わんばかりに言い捨てるとそのまま公園の中へと歩を進める。どうやら公園を通って目的地に向かうらしく、真田さんと飛鳥も会長に続く。


「……いきましょう、優之助さん」


 こうして俺はどこまでも控え目な要芽ちゃんに手を取られ(どういうわけか、このあたりのスキンシップにはあまり躊躇しない子だ)、コテージに向かう為、公園へと入っていった。

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