きっとすてきなうぉーげーむ

おくらなっとう

白き神とガンドヴィルズの兵士達

「その余裕ぶった顔をいつか必ず、悔しさで歪ませてみせますわ」


 ビシッ!! とこちらを指差しながらそう宣言したのは、金髪紅眼の美少女だった。

 白とピンクのゴスロリ服をその身に纏った少女の目許は、口調の勇ましさとは裏腹に潤みを帯びていた。


「楽しみに待ってるよ」


 本心からそう思って言った言葉だったのだが、彼女は皮肉として受け取ったみたいで、キィー、と地団駄を踏んで悔しがっている。


「ふん、今日はこの辺りで勘弁してあげますわ」


 なんてベタな捨て台詞を吐いて、少女はスッと一本の光の線になって掻き消えた。


 ……やれやれ。

 対戦相手のいなくなった小部屋ルームの中央には、薄明かりを放つ世界盤ボードがましましている。

 その盤上では、真っ白な鎧で身を固めた兵士達が勝鬨かちどきを上げている。

 その様子を見て、僕は少しだけほくそ笑んでからルームを後にした。



* * *



「いやぁ、勝った勝った大勝利! これも白き神の御神託のおかげだぜ」


「おうよ。新興の赤の民ごときが、白き神の加護を受けた俺達に刃向かうなんて身の程知らずもいいとこだぜ」


 その言葉に、周りで飲んでいる男達も「白き神の御威光の下に!!」と威勢良く相槌を打つ。

 帝都中の酒場という酒場が今はこのような喧騒に包まれていた。

 赤き神を信仰する異教徒が侵攻してきた時は、どうなるものかと思っていたが、いざ蓋を開けてみれば、帝国側の一方的な勝利であり、白き神を信奉する彼らにとってこれ以上ない献身となったのである。


 そんな勝利に沸く兵士達の中で、ひどくやつれた様子の男が酒の入ったジョッキを机に叩き付け、酒場中に聞こえるような大声で捲し立てた。


「いいや違う!! この勝利は我々の手で掴んだものだ! 実際に戦い、血と汗を流した我々の力で!! 姿を見たことも、声を聞いたこともないような白き神ヤツの手柄なんかじゃ決して無い!!」


 酒の勢いを借りたとはいえ、それは男が日頃から思っていた心の底からの叫びだった。

 一瞬、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだった酒場から音が一切消えたが、次の瞬間には何事もなかったかのように元の喧騒に戻っていた。

 彼に同調するような者はおらず、むしろ関わり合いたくない、と目線すら向けない者がほとんどだった。


「おいおい、気分良く飲んでるときに変なこと言い出さないでくれるか? まったく、聞かなかったことにしてやるから今日はもう帰んな」


 やつれた男の隣の席で飲んでいた、熟練の戦士、といった風体の男が諭すように注意する。

 それを聞いたやつれた男はしかし、さらに激昂した。


「あんた達がそんなんだから、教団はいい気になるんだ!! 奴等の専横を止めなければ我々に未来はないぞ!! この国は神の為に有るんじゃない、実際に暮らしている我々の為に有るんだ!!!」


 そこまでを言い放った男の脇の下に、腕が差し込まれ、羽交い締めにされる。

 驚いた男がなんとか背後を振り返ると、そこには白地に金糸と銀糸で贅沢に刺繍を施した軍服を身に纏った若い男がいた。

 その後ろには、同じ軍服を着込んだ壮年の男もいるのだが、男にそこまで気が回る余裕はないだろう。


「……教導委員…殿」


 教導委員。軍隊内では俗に"審問将校"と呼ばれる、教団が軍隊を統制する為に各部隊に派遣した神官のことである。

 白き神に仕える神官は、民衆を教義に沿うように『教導』することが使命であるとされ、軍の作戦行動に関する事項においても例外ではない、とされた。

 教導委員は作戦が教義に適っているかを審査し、命令に副署する権限を持っている。副署のない命令には服従してはならないこととされ、軍隊を『教導』する、もう一人の指揮官のような立場であった。

 また彼等には軍属、非軍属を問わずに反教思想の異端者を断罪する権限も与えられ、神官の中でも特異な存在であり、帝国の人々から大いに畏れられていた。


「反教思想の異端者を拘束しました!」


 若い教導委員は、壮年の上司だろう教導委員にそう報告する。

 すると、その上司は声高に宣言した。


「その者が口走った言葉は教団の教えに反するものであり、偉大なる神をないがしろにするものである。よって上級教導委員たるマチス・マーチスの名によってこの者を断罪する!! 異見のある者はいるか?!」


 酒場にいる誰もが物音一つ立てはしない。

 満足げにマーチスは酒場を見回し、腰のホルスターに納めてあった拳銃を引き抜くと、羽交い締めにされ身動きできない男の側頭部に銃口を合わせる。


「異論は無いようだ。この場にいる敬虔なる信徒諸君の同意も、この者を異端者と認定する」


 そして、マーチスが引き金に指を掛けようとしたその瞬間、酒場の店主が切羽詰まったように声をかける。


「お、お待ち下さい委員殿」


「……何かね?」


 ギロッと、まるで悪魔でも見るような、いや、悪魔そのもののような目で睨み付けてくるマーチスに対して、冷や汗をダラダラと流しながらも、店主は言葉を続ける。


「こ、この場でおこなうつもりで?」


 何を、とは言わない。

 その行為に恐怖しているのは、その銃口を向けられている男以外も同様であるからだ。


「その、あまり店を汚していただきたくないと言いますか、い、一応、飲食店でもありますから……」


 最後の方は、消え入りそうな声になりながらも店主はなんとか主張する。この場での処刑はやめてくれ、と。


「ふむ……」


 マーチスは銃口を男の頭に向けたまま、考え込むフリをする。

 そして、唐突に話を若い教導委員の男に振る。


「ジョーンズ下級教導委員、君はどうするべきだと思うかね?」


 突如話を振られたジョーンズは、それでも羽交い締めに抑えつける腕の力を抜かずに、必死になって考える。

 白き神を信仰する信徒の中でも、『教導』する立場である教団の教徒には、より厳しく教えの遵守が求められる。

 少しでも的の外れた返答をしたら、鉄拳制裁では良い方で、最悪、火炙りである。


「……外に連行するのがよろしいかと」


 上司の顔色を伺いながら恐る恐るそう返すと、マーチスは笑みを湛えた顔をジョーンズに向けた。


「……よろしい、ではそうしようか」


 拳銃を腰のホルスターに戻し、マーチスは先導するように店を出る。

 ジョーンズはその後を追うように男を外に連行する。


 そして、パァン。と人の命を奪うにはあまりにも軽い音が辺りに響き渡った。



* * *



「なぁアルフ。今日もガンドヴィルズかい?」


 脳内から囁くように、しかしはっきりと聞こえる声音で話し掛けられる。

 僕は口を動かさずに思考のみで答えを返す。


「まぁね。君もやってみたら良いのに」


 すると、彼は声だけではっきりと拒絶の意思を示す。


「嫌だね。あんなのようなゲームよりも、実際に自分が動くゲームの方が性に合っているんだ」


 彼は僕が小学生の頃からの知り合いだが、一貫してVRMMORPG信者である。

 彼とは実際に会ったことはないが、僕の同級生の大半がそうであるように、彼もRTSリアルタイムストラテジーを古臭い盤上遊戯とでも考えているようだった。


「実際にやってみれば良さも分かると思うんだけどね」


 僕が未練がましくそう言うと、彼は「まぁその内ね」と、いつまでも来ないだろう、を使って話を切った。


「実は今度、DGOをやってみようかと思っていてね、一緒にやらないか?」


 どうやら本題はそれであったようだ。

 わざわざ僕なんかにそんな話を持ってくる辺り、周りの人達には断られたかどうかしたんだろう。


 DGOデスゲームオンライン

 別名、廃人製造ゲーム。

 人類がに覚醒する前の、前代ノットアウェイクと呼ばれる頃の仮想現実モノの小説なんかで扱われたデスゲーム、つまり、その仮想現実での死が実際の死につながるゲーム。を模したゲームで、一度ログインすると、ゲーム内で死ぬまでログアウト出来ない仕様のVRMMORPGである。また、ゲーム内で一度死ねば二度とログインできないこともあって、ゲーム滞在時間のランキングやら、早死に自慢やら、様々な形で話題を提供しているネタゲームである。

 もちろん、ログアウト出来ないといっても、ゲームを中断することは出来る。ただ、その場合はゲーム内では睡眠している事となり、寝込みを襲われることが往々にしてある。特に時差がある海外のプレイヤーによる襲撃が多く、死にたくないプレイヤーが生活そっちのけでゲームに張り付いたり、ちょっとした合間合間にプレイして現実を疎かにしたりと、ちょっとした社会問題ともなっているようなゲームである。


「いや、僕はいいよ。VRMMOは初心者だし、あまり興味も無いんだ。悪いね」


 彼はといえば、そう言われ慣れていたのか、「あぁ、やっぱりか」とやけにあっさりと引き下がり、「おっと、もうすぐ二限目が始まる時間だ」と言って、挨拶もそこそこに通話を切った。


 まったく、僕は授業の真っ最中だというのに、人の状況にはお構い無しに掛けてきたと思ったら、自分の都合で切っちゃうんだもんな。あれで魔法使いウィザードだっていうんだから、いよいよ、魔法使い変人説は信憑性の高い噂なのかもしれない。




───半年後。


 僕と世界盤ボードを挟んで真向かいには、白とピンクのゴスロリ服を身に纏った金髪紅眼の美少女が陣取っていた。


「逃げ出さずにこの場に来たことを誉めてあげますわ」


 美少女はいつかのように、ビシッ!! と僕を指差すと、そんな風にのたまった。


「そりゃ来るよ。……でも、まさかあれからこんな短期間で公式戦で会うことになるとは恐れ入ったよ」


 あの私戦の後から、新進気鋭の新人がガンドヴィルズに現れた。と話題になっているのを僕は公式の情報掲示板広場でちょくちょくと耳にしていた。

 それがあの時の彼女の事だということを、実は対戦が決まってから知ったのだが、彼女は僕の言葉に気を良くしたのか、フフン、と鼻を鳴らしてドヤ顔を浮かべているので、言わぬが花というやつだろう。


「では、そろそろ始めましょうか」


 僕は無言で頷く。


『では、ガンドヴィルズ最強を懸けた"帝位戦"、いよいよ開幕であります!!』



* * *



「またあいつらかよ」


 行軍の最中である隊列は、空から見たなら白い蛇が地面を這い進むように見えることだろう。


「懲りない奴らだ。あれだけ俺達にこっぴどくやられた、っていうのによぉ」


 これから戦争だというのに、兵士達には悲壮感の欠片も見当たらない。

 まるでこれから、山菜採りに出掛けるかのような気安さだ。

 彼等は戦うことによってのみ、その信仰を示せるし、それが彼等の本望でもあるからだ。

 それぞれの部隊の後ろには恐怖の代名詞でもある審問将校が、反教行動を起こす者がいないかその目を光らし、耳をそばだて付いてきている。

 その意味でも、兵士達は殊更に気丈に振る舞っていた。


御神託ごしんたーーく!!」


 その掛け声に隊列は動きを止め、兵士達は頭を垂れる。

 騎乗していた指揮官達は下馬し、宣告官が神よりの御言葉を伝えに来るのを待った。

 今回の遠征は事前の神託によって決定されたことであり、その遠征軍の司令官に任命されたマシュー・ゴードンは歓喜に打ち震えていた。

 神の名の下に大軍を率いるその全能感と、最近名を上げてきたとはいえ、前回は完勝した相手と戦い、歴史に名を残すことが可能かもしれない幸運。そして、それらもさることながら、最も近くで神の御言葉を聴けるこの機会に、彼は今までの献身が報われた思いがしていた。


「どうぞ、ご静聴ください」


 神託の巫女付きの女官が、そう言った。

 ゴードンはその瞬間、辺りが厳かな雰囲気に包まれていくのを感じていた。

 目の前には、持ち運び可能な簡易神殿の中央で、目を瞑って膝立ちで懸命に祈る巫女がいる。

 その目がスッと開かれると、その瞳はこの世のものならざる輝きを湛えていた。

 ゴードンはすぐに頭を垂れて、視線を外した。

 あのまま、見詰め続けていたら、きっとこの世ではないどこかに連れていかれるような、そんな錯覚を感じ、冷や汗が背を伝う。


『ガンガンいこうぜ』


 神託の巫女よりもたらされた神の御言葉に、ゴードンは改めて敬意を示し、御言葉に沿う形での帝軍全体の作戦を立案するよう参謀に命令した。


 宣告官は、神の御言葉を伝える、というその職務の性質上、教団に属する教徒が務めることが求められる。

 しかし、教導委員とは異なり、実際の戦場に立つことはない。彼等は神の御言葉を届ける"使徒"であり、その体はこの時のみ聖性を帯びるとされているからだ。

 だから、彼等は走らない。

 ゆっくりと、ゆったりと、下々の者がれるほどにその歩みは優雅さを失わない。

 戦い、勝利することを至上命題とする教団の教義には、兵は拙速を尊ぶ。というものもあるが、教導委員であろうと、その歩みを急かすことなど出来はしない。

 であるから、兵士達はずーと頭を垂れて待っている。もしかしたら、敵がすぐそこから襲い掛かってくるかも知れない状況でだ。

 しばらくすると、「全体ぜんたーーい頭上かしらーあげ」との号令が掛かる。

 それによって、頭を上げた兵士達は前進を再開する。


「なぁ、どんな御神託が下されたんだろうな?」


 今まで身動みじろぎ一つ出来ず、黙って突っ立っていただけの兵士達は、許容範囲内での無駄口を叩き始める。


 小さな丘を越えると、そこには全身真っ赤な大軍が戦いの舞台となる平原を挟んで陣取っていた。


「いよいよか……」


 さすがに言葉少なになった兵士達の間を伝令兵が馬に乗って駆け抜ける。

 衝突の時が近い。

 指揮官達が部隊へ陣形を組むことを急がせる。


 真っ白な全身鎧に身を包んだ槍兵の横列を前方に置き、白い胸甲だけをつけた銃兵をその後ろに、機動力に長けるが数が少ない騎兵でそれらを両翼から挟み込み、後ろに砲兵、最後方にゴードン帝軍司令官とその麾下部隊、巫女をはじめとした教団関係者が詰める布陣を敷いた。


 通常の侵略戦でもなく、防衛戦でもない久々の真っ当な会戦である。無駄な小細工は無用、ただ全力をもってぶつかるのみ。


「全軍、突撃ー!!」


 そうして決戦の火蓋は切られたのである。




 重歩兵は敵の砲撃にその身を晒しながらも、散開もせずにただ愚直に前進する。

 砲弾の破片が隙間から入って目が潰れようとも、真っ白な鎧の内から赤い肉片が飛び散ろうとも、彼等は前進する。

 我らの犠牲の上に勝利が得られるならば。

 我らが進む度に、そこは道となるのだから。



"鉄によって道を切り開き 血によって道を固める 幾千の屍の砂利を踏み締め 幾億の戦いの先に神の求めるものがある 戦いこそが我らが使命" 


 鉄血教団 。

 そして、『肉の畑に血を撒く者』。

 それが白装束の軍団の異称であった。


 彼等の考える『教導』の行きつく先とは何処なのか?

 それは誰にも分からない。

 彼等はただ、白き神の御心に叶うように行動するのみなのであるから。


 進め進め勝利のために。

 殺せ殺せ教義のために。

 我らは白き神の御威光の下に。

 敵を根絶やせ、命を燃やせ。

 全てはプレイヤーの御為に。

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