第2話 “名ばかりの”プログラミング部

 何気ない一日が終わり、学校の雰囲気は次第に部活モードとなっていく。

 居残りをする生徒がちらほらと教室に残り始め、帰る生徒はもう校門を出て、部活に行く生徒は部室に着いたであろうこの時間帯。

 俺は部活に行こうかこのまま帰ろうかという二つの選択に心での葛藤を繰り広げていた。学校がゴキブリと同程度で嫌いな俺だが、部活には入っている。もっとも、快活な性格と真反対を地で行く俺はそれ自体にそれほど意欲を示しているわけではないが。


「部活、か。今日は何か怠いな……」


 部活、と呟いた直後、倦怠感が俺を襲った。きっと無意識下ではあまり乗り気では無いのだろう。


 帰るか、と教室のドアに手を掛け、開けようとする。


 が、背後から「帰さないよ?」という鋭い視線が一つ。


「部活行こうよ、ひろちゃん」

「…チィッ」

「…舌打ちってそんなあからさまにするもんじゃないと思うよ? 終いにゃ泣くよ俺?」


 いつのまに背後に、なんてのは、きっと無粋なんだろう。俺は努めて平静を装って、心情を最もよく体現した簡素な返事をしたつもりだったのだが、何やらじっとりと絡み付くような視線を向けられ、泣き言を言われた。何か俺の返事に不備でもあっただろうか。

 だが、ここから部活に行かない理由に「面倒臭い」なんて正直にのたまっても到底この目の前の人物が許すとは思えなかった。


「まぁ言われたからには仕方ないか。行くぞ、京助きょうすけ

「最後らへんのセリフ俺のだから!」


 俺がそう言って京助に背を向けると、京助は自分の言葉を奪われた事に文句を垂れながらも小動物のようにいそいそと俺の後をつけてくる。


 西野京助にしのきょうすけ

 俺の数少ない友達の一人で、俺を“ひろちゃん”と呼ぶ。そして、俺と同じ部活に入っている。

 して、その部活とは。


「ひろちゃん、昨日はなんかいい絵が描けた?」

「そっちこそ、いいアイディアは浮かんだのか?」

「…きょ、今日のプログラミング部の活動でしようと思ってたんだ、うん」

「うわっ、嘘臭ぇっ」

「うるさいっ」

 

 そう、“プログラミング部”だ。

 ちなみに、非公式だがこの部活動名は省略されたものなのをご存知だろうか。きっとこの部活の本当の名称を聞いたら、部活動に熱心な運動部あたりが廊下に集まって集団でデモでも起こすだろう。まあ、俺達の活動の様子をみたらそんな気もみるみるうちに収縮していくと思うが。


 その名も、“名ばかりの”プログラミング部だ。










 教室を出て、さまざまな掲示物のはられた掲示板が賑やかな階段を一階まで降り、仄日そくじつの光がぎらぎらとまばゆく照らす渡り廊下を歩き、左に九十度旋回して歩くこと五秒。部室ことパソコン室に到着する。

 鍵が閉まっているかと思ったがそんなことはなく、すんなりと開いた。

 先客が居るようだ。まあ、この部には部員が三人しか存在しないので誰かなんて存知の極みではあるのだが。


 俺の数少ない友人の一人パート二、木下晃雄きのしたあきおである。一応、プログラミング部の部長を務めている。

 ちなみにこいつも俺のことをひろちゃんと呼ぶ。高校生にもなってその呼び方はなぁ、とは思わない訳ではないのだが、呼び方を変えてくれ、とか、今から俺を広樹と呼んでくれ、と切り出すには高校二年生というタイミングは遅すぎた。よって、俺の呼び名という議題は触れたくても触れられない最近の悩みの種の一つとなってしまっている。


「おっ、ひろちゃんと京助か」


 晃雄がこちらに気付いたようで、俺達に椅子を促してくれた。

 それに礼を言おうと晃雄に焦点を合わせるが、晃雄の額や頬にびっしりと汗が滲んでいるのに気付いて、その季節外れの様子が気になって結局礼を言うのも忘れて尋ねてしまっていた。


「来るの早いな。お前は何やってんだ?」


 すると晃雄は、その言葉を待ってましたと言わんばかりの表情で一つわざとらしい咳払いをして、続けた。


「ちょっと格ゲをね」


 俺はそれに対して率直な感想を言う。


「……晃雄って確か俺の三倍くらい下手くそだろ。急に格ゲなんてどうしたんだ?」

「失礼な、下手くそはやっちゃダメってかい? …まあさておき、何でやってるかって言うとだな」


 晃雄は自信満々にこちらに向けてノートパソコンの画面を晒した。


「……」


 見たことないゲームだ。というよりは、まだ開発段階の作品みたいな感じがする。いや、絶対に開発段階だ。CGで動いているキャラの大半は、如何にもプログラムキャラだなと思わせる輪郭に沿った無数の線だけで出来ているのだから。

 だが、外見のクオリティという着眼点を除けば、操作性はなかなかに良さそうだ。今は晃雄がCPU同士を闘わせているが、とにかくコンボを繋げるのがとても楽しそうだ、というのが第一の感想である。その他にも、ダメージ量やアシストキャラ、キャラ本体の強さのバランスがとても精密に調整されていて、白熱した闘いが望めそうな作品だ。


「なかなか良さそうなゲームじゃねーか。良い体験版見つけたな」

「……ふっふっふ」

「ん? 何が可笑しいんだよ?」


 俺がそう言うと、晃雄はしてやったりという風に目を細めた。

 そして、言い放った。



「これ、俺が作ったんだ」



 ……これには驚かざるを得なかった。一番夢に向かって頑張っていたのは俺でも京助でもなく晃雄だったとは。だがこんなに微調整が要りそうなゲーム、一朝一夕、三日三晩で出来るような代物ではない筈だ。

 俺は唖然として聞いてみた。


「……いつから作ってたんだ?」

「まあ、その、中二くらいからかな。黙ってて悪かったな」

「何が悪いことがあるか! 大進歩じゃねーか!」


 なんせ、今まで言ってはいたものの口先だけで何も実行に移せなかった俺達の夢の“原形”が出来たのだから。


 そう、俺達の夢は。

 部活動正式名称が名ばかりのプログラミング部となっている由縁は。


 俺達はこのプログラミング部で、本来の部活概要に無い“ゲーム製作”しか行わないからだ。


 ここではプログラミング部としての活動を一切せず、“ゲーム製作”という俺達の夢にのみ活力を労するのである。ちなみに、先生には「プログラムの技術を高めるためにゲームを作る」という名目で通っているため、別に公になっても何ら問題はない。だから、今までに部活の間はそれなりにどんなゲームのジャンルで攻めるか、こんなキャラ使いたいな、みたいな部活とは思えないような会話をずっとしてきてはいたのだ。

 だが、作ってはこなかった。どうせ出来ないと、思っていたからだ。あいつが、居なくなってから、俺達は脱力感に苛まれていたんだ。


 何にせよ、これで少しゲームの完成形が見えて、完成もそう遠くないような気がしてきた。


「……今日は久しぶりに良い絵が書けそうだ」

「……僕もストーリーの製作に精を出すかな」


 俺達がそう言うと、晃雄は微かに安堵の表情を浮かべていた。


「そうかい。じゃ、頑張るとするか」


 これでも、この名ばかりのプログラミング部の、ゲーム製作チームの、長なのだ。やるときは、やってくれる。

 今日は、寝られそうに無いな。

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