生存放棄(1)

   9


 命からがら廃墟へ逃げ帰った食料調達係9人は、廃墟に残っていた生徒30人に先程自分達が対峙した恐怖のことを洗いざらい報告した。

「怪物……だって……?」

 留守番組は驚きを隠せなかった。


 『怪物』。


 確かに、彼らはそう言ったからだ。

 現実にそんな現実離れした存在ものはいない。それが彼ら、『現実』に生まれ、『現実』に生きる生物ものたちの常識の範疇の中心だからだ。

「ははっ…… 嘘だろっ……?」

 見るからにスポーツ系の男児と分かるほど健康的な体つきをした単発の少年、相沢あいざわ夕也ゆうやがひきつりながら笑い返す。しかしその笑顔はどう見ても動揺を隠せていない嘘の笑顔だった。

「嘘じゃない!! 俺達は確かに見たんだ! 怪物を!

 ――バケモノをっ!!」

 クラスの中では明るく元気も良く爽やかな印象を受けていたはずの、小野寺おのでら龍哉たつやが怯えながら声を張り上げる。 皆は、いつもこんなに怯える小野寺を見たことがなかったので、少し驚いていた。

 勿論、小野寺が嘘を吐いているようには見えなかったし、それが本当の事なのは、皆の異様なまでの怯え方がそれを物語っていた。

 しかし、実際に怪物に対峙していない留守番組には、心の中では分かろうとしていても、頭の中ではそんな事理解しうる訳がなかった。

「……幻想、なのか……?」

「そんな訳ない。きっと……稲月と蟹江はあいつにやられたんだ。だっていつまで経っても戻って来ていないから……」

 謎の怪物の出現に、生徒達の精神は憔悴しきっていた。

 目は虚ろ。息は荒れ、顔には疲れが顕著に表れていた。

「……食事に、するか」

 生徒達は、小さな木の実や細々とした野草を少しずつ口に入れ、腹の空腹を紛らわせていた。

 そして昼が過ぎ、夜になり、生徒達は眠りについた。だが、夜になっても眠れていない生徒が一人いた。


   10


「……」

 出席番号24番、白石しらいし朝美あさみ

 彼女は、いつも隅で教科書や本を読んでいた。

 その肌はあまりにも白く、初めての人が見ればなんらかの病を抱えているのではと思えるほどに虚弱な印象を持つ少女、白石は皆が遊んでいる中でも、ただただたった一人で過ごしているような、そんな少女だった。

 だがそんな彼女も、このキャンプを心から楽しみにしていた。彼女には少ししか味わえない、「幸福しあわせ」の一つだったのだから。

 彼女には母親がいない。詳しくは知らないが、ろくでもない理由なのは確からしい。

 母がいないとなれば父は?

 ――生きている。

 しかし、彼女はその実の父親をいつも「死ねばいいのに」とまで思っている。

 理由はただひとつ。暴力親父だからだ。

 仕事もせず食って寝てばかり。朝美は生活のためにしてはいけない「バイト」を必死にやり続けていた。

 しかしその八割は父の食い物にされ、彼女は何かといえば父に体罰と称した暴力を受け続け、身も心もズタズタになっていた。

 誰かに相談しようとしても誰もいない。一度ネットの掲示板に書き込んだこともあったが、意味も訳も分からない文章という名の暴力で返され、結局白石の傷を抉っただけで何の解決にもならなかった。

 外では孤独。家では暴力。彼女にとって、家での生活はただの不幸であって、安らぎも寛ぎもただ一つとない、安息ならぬ場所であった。だからこそ友人と楽しむ幸福が、彼女には貴重な宝物だった。

 しかし彼女が出会ったのは、漂流という現実と怪物という幻想。

 彼女は、『バケモノが襲ってきたらどうしよう』『三人みたいになったらどうしよう』『帰れなかったらどうしよう』……と。

 負の妄想。負の幻想。負の連想。その他諸々を心に抱え、夜も怯え続けていた。

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