「怪物」(2)
7
その頃。黒神達、食糧調達係は食べられそうな木の実や野草を採り、廃墟に戻る最中だった。
「よし、もうすぐだ」「結構食糧があって良かったね」「早く皆に分けてあげないとな」
「助け……来るといいなぁ」
出席番号33番、
死ぬかもしれない。誰も助けに来てくれないかもしれない――
火城はただひたすら、恐怖をひと欠片の勇気で押し潰し、理性を保とうと努力していた。
そしてそれは、実質的なクラスのリーダーである黒神白夜も同じだった。
(怖ええ……でも、俺がみんなを守らなきゃ……だって俺はみんなに「信頼」されてるんだ……
俺が弱気になってちゃいけない……俺は、みんなを守りたいんだ……!)
黒神は、自分がリーダーである事の責任を重く意識していた。
彼の重責の意識は、彼の心を。精神を。グチャグチャに圧し潰そうと、笑いながら迫って来る。
彼は自分の善悪と、葛藤と、闘争していた。
「ふう……大分歩いたな」「そうだね」
食料調達係11人は森を抜け、山道の広い道程まで辿り着いた。そこで彼らは「なにか」を見た。
そのなにかとは、一言で云えば「怪物」だ。
ヒトのような、ケモノのような。わけの分からない姿をしたナマモノが、山で巨木を貪っているのだ。
「な、に、あ、れ、」「バ、ケ、モ、、ノ、だ、、、」
生徒たちは、普段見ることのない「恐怖」との対峙に声を出す事をままならなくしていた。
怖い。逃げたい。死ぬ。
――コロサレル。
生徒達の「恐怖」が――――弾け飛んだ。
「ーーーーーー!」
クラスの男子生徒、
恐怖に絶え切れず、声帯が千切れそうな程の大声を張り上げた。
彼は人一倍の怖がりであり、後ろから声をかけられれば、大声で悲鳴をあげるほど臆病であった。 それは昔のコトが起因しているのだが――それは稲月のプライバシーを考慮して伏せておくコトにする。
そんな稲月だからだろう。恐怖という感情を、自分の喉の筋肉に任せ、声として無意識のうちに放っていた。
しかし、恐怖は更なる恐怖を引き寄せる。そしてその恐怖によりあげた大声は凶悪な怪物をおびき寄せる。そしてその怪物によって生み出された悲劇は悲しい不幸を呼び寄せる。
稲月がそれを知るまでには、まだ遅過ぎた――
怪物は稲月の叫びに呼応し、全速力で近付いてゆく。稲月は怪物の疾走に呼応し、全速力で遠のいてゆく。
稲月は離れ、怪物は近付く。ほら、あと3メートル。2メートル。1メートル。10センチ――
0ミリ。
8
皆が怪物の存在に気づき、その場から逃れようとしている最中に、何かが削がれる音がしていた。生肉を手で千切ったような。そんな音だ。
生徒のうちの一人、
――頭、そして顔の肉を貪られ、顔面が白骨と化した稲月慶信が。
『こっちにおいで。
寂しい。
僕、骸骨になっちゃった。
だから静介。
君も、仲間に。』
『一緒ニ僕ノ仲間ニナロウ?』
――蟹江の耳にはそう聞こえた気がした。
「あっ……あ、あ」
「ひやるるらるりりえいえああああああうるばああああああ!」
彼が聞いた聞き取れないその声は、稲月を喰いコロした怪物の歓喜の鳴き声だった。
その瞬間に、稲月の白骨ならぬ半骨シ体を見たことによって限界寸前の状態だった蟹江静介の精神は――
死んだ。
「あああああああああああああああああああーーーーーーー!!!」
蟹江は、言葉にならない悲鳴を口走りながら、何処かに走り去ってしまった。黒神達に止める事はもう不可能だった。
「ああああああっ、ああっ! あああああああ、い、ああだ、ころ、ああああーれああうぅ、っあーいっ!!」
出席番号15番 蟹江静介。彼は名の通り物静かな少年だった。
寂しがり屋で引っ込み思案で人見知り。人とはあまり関わらず、物とはあまり触れ合わず、世間とはあまり向き合わない。
だからこそかもしれない――
……彼の精神があっという間に死亡してしまったのは。
精神が「死んだ」人間が生きられるわけはない。だからこそ、彼の「死」は直ぐそこに迫っていた。
その精神が死んだ少年が足を踏み入れた”そこ“は、空だった。
断崖絶壁から無自覚に身を投げ出した彼は、そこからなにかに引き込まれるかのように空の底へ底へと墜ちて行った。
そして空から海に舞台を移らせた彼は、更に海の底へ底へと沈んで逝った。
そして、恐怖の嵐の後に残っていたのは、全ての元凶を作った、その怪物だけであった。怪物は稲月慶信を骨までしゃぶり尽くす。
しかし、怪物の空腹はまったくといって治まらない。怪物はニヤニヤと笑いながら、バックリと裂けた口を開いた。
「人間だ……久し振りの……餌だ……ッ!」
その声は酷く掠れたシャガレ声であり、人間以外の何かだと一瞬で判るほどの不気味な声であった――
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