第9話 魔道適性

諜報要員の訓練の一環の中で、ターニャはこの世界についてとある発見をした。


それは、この世界の人間の魔道適性が軒並み優秀であるという事だ。


魔力検査を行った結果、諜報要員として集めた一般人ですら軒並み、ターニャのいた世界であれば十分魔導士としての教育課程に進める程である。

貴族と呼ばれる人種に至っては文明の利器たる演算宝珠がなくとも実用的な魔法を使う事が出来る程恵まれている。

貴族の格としては中の下の域を超えないアリシア嬢ですら、単純な魔力量で言えば、優にターニャを超えていたのだ。これについては悔しくなかったかというと、ウソになってしまう。なによりこれだけの人的資源があれば帝国の魔導士部隊も実に安泰だった。


加えて、この国の王であるヴァルドや隣の帝国等にいる高位の貴族について問いただしてみると、アリシアによれば、自分の数倍はあるだろうという。もし、それが事実ならこの世界の王侯貴族の魔力量はターニャたちの基準から言えば規格外のものがある。

生まれによって純然たる戦闘能力差があるとは、文明的な考え方と相性の悪そうな話である。選民主義はいつでも判断を誤らせうる。


そんな埒もない事を考えつつ、ターニャは自身の戦力についても客観的に検討する。


いくら魔力容量に恵まれているといっても、打撃力、殺傷力への転換効率において、この世界の前近代的魔法と演算宝珠を駆使した近代的戦闘用術式群には圧倒的な差がある。

この世界の一般的な魔法は炎や雷撃を手元で作り出して飛ばすといったもの。

術弾や封緘術式を用いて、術式自体を飛ばす事のできる近代的な術式に比べて、減衰率は桁違いに高く、射程に劣る。

消耗品である術弾の使用を制限したとしても、ターニャの持つ殺傷能力は比較優位性を十分持っているといえるだろう。


…これなら演算宝珠の大量生産が出来きれば世界を牛耳れる


と考えるのはやや早計だ。

そもそも、正規航空魔導部隊の組織運用というのは国力の精髄といってもよい。

大量生産に成功してすら演算宝珠一つ作るのに、主力戦車や戦闘機が作れる程の費用が飛ぶのだ。それに加えて術弾とそれを打ち出すライフル銃の配備。0からの新規開発ともなれば、竜の餌代どころの話ではないそれらを大量生産ラインに乗せた上で、複雑な演算宝珠を扱う魔導士を教育しなければならない。

術式に関する知識に加え、空力や化学反応に関する知識、そして何より国家に仕える暴力装置としての職業倫理。

農民に貴族を殺せる槍だけ持たせたらどうなるか、コミーどもが赤い歴史でもって示してくれている。


押しも押されもせぬ大国で何十年かの単位でやるならともかく、現状では曲りなりにでも戦力化のノウハウが確立している竜騎兵の運用改善でもやった方がまだしも効率的だろう。


それにターニャも、この世界の魔術の体系に関して熟知している訳では当然ない。

アリシアから聞き出した話によれば、この世界にも魔導師と呼ばれる人々がいるらしく、貴族の中でも魔導の才能に長けたものが、身分を捨てて弟子入りする事でその秘術を授かるらしい。

そういったノウハウの隠蔽が技術の発展を妨げている面もあるだろうが、未知の技術体系というのは対策が難しい脅威であるという面も無視できない。

例えばターニャをこの世界に召喚した術式などは、まったくもって原理不明だ。

純軍事的側面で遅れている所があるからと言って、けっしてバカにすることはできない。ターニャが異世界から召喚されているという事実がある以上は、ターニャの他にも勇者や魔王といった理不尽な存在が召喚されていないとも限らないのだ。


互いの戦力に関する相互理解の欠如は、戦争の勃発やその被害の大規模化を招きやすいという事をターニャは嫌というほど知っている。

帝国の戦力と戦意を過小評価した協商連合は、その身を滅ぼした。

滅びた国々の怨嗟と列強の危機感を軽視した帝国は、だれも望まない大戦争の拡大を許してしまった。


ゆえにターニャは情報を欲する。謙虚に堅実に。

相互理解と平穏のために。


もちろん、この世界の人々にターニャ自身を知ってもらう・・・・・・事もとても大事だ。



敵に回したら後悔するぞ、と。

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