第8話 訓練開始
話を聞き出すために集めたような人員だったが、建前とはいえ人を集めたからにはやはり訓練をして結果を出さなければいけない。
ターニャは参謀であって詐欺師ではないのだ。
任された人的資源は有限。しっかりと活用しなければ無能の誹りは免れない。
ましてやターニャはこの世界では異邦人にして居候だ。無能者のレッテルを張られれば即座に死活問題である。
銃火の飛び交う戦場で教育する必要がない分、補充された新兵どもの育成よりもマシだ、と割り切るしかない。
軍隊式の新人教育プロセスというのは、合理的かつシステマティックに構築されている。
すなわち、まず徹底的に、これでもかというばかりの罵詈雑言で新人を罵倒して、心を折る。
それはもうバキバキに。
睡眠不足と体力消耗、神経衰弱によって判断能力を奪われた新兵に、命令への服従に慣れさせる。
そうして、命令に服従する兵隊を作っていくのだ。
この世界では、人権上の観点で制限されていた暴力を含む訓練も問題なく行える。
つまり、いくらでも追い込もうと思えば追い込める。
しかし名目上とはいえ、ターニャが教育しているのは諜報要員である。
単なる戦争のコマではなく、自分で考えて行動できるプライスレスな
ターニャが集めた人員の半分は文字すら、おぼろげにしか読み書きできなかった。
この世界の教育水準を考えれば仕方ないとはいえ、これで諜報要員を作れというのは、頭の痛くなる話だ。
こればかりは訓練と並行して勉強させるより他になかった。
組織の近代化における義務教育の偉大さと必要性を改めて痛感させられる。
それに、ターニャも読み書きが出来ないとういう点では同じだった。言葉は通じるのに、書かれている文字は全く別物なのだ。全く意味が分からない。
これがこの世界の魔法なのか?少なくともターニャの知る魔導理論では原理が説明できない。
……よもや存在Xの手抜きか。全知でも全能でもない事の証左ではないだろうか。
ともあれ、
はじめは、とにかく読み書きと各分野の一般常識の勉強、走り込み、そして知性を伸ばすための
おちろん
それに慣れたら今度は、この世界の魔法の勉強や、ちょっとした
周辺の町や村へ行くことはターニャにとっても情報収集になる。
仕上げに捕まった時のためのターニャじきじきの対尋問訓練だ。
所属や目的、知っている事知らない事を互いに尋問させる。
場合によっては失敗すれば罰ゲーム。
限界ギリギリまで追い込んだおかげで、二月後には、なんとかそれらしい形にはなっていた。
皆が文字通り必死で頑張ってくれたのはターニャとしても嬉しい誤算だ。
おまけに実践的な演習のちょっとした成果も報告できる。
「それで、諜報要員としての訓練とやらは上手くいったのか?」
ヴァルドは報告に来たターニャに、訓練の成果を訪ねた。
「ええ、最低限はこなせるでしょう。あくまで最低限ですが……。そうですね、訓練課程で得た成果についてご説明いたしましょう」
「ほう、聞いてやろう」
「まず、訓練生の一人、アイリア・メイヴィスは先代陛下と対立する一派の送り込んだ密偵役の一人でした」
さもありなんとでもいうようにヴァルドは頷いた。やはり自分が無条件に君主として敬われていると思い込むバカではないらしい。というより、アリシア嬢の生殺与奪の権限をターニャに渡した時点で、確証はなくとも疑っていたのだろう。そう考えると、アリシアから情報を聞き出しておくのは最低限ノルマという事だったのかもしれない。
「密偵役と言っても、噂話を集める程度の軽いものだったようですが……足がつく連絡役を残しておいたのは失敗でしたな」
ターニャは懐からある書類を取り出した。
羊皮紙に記した名簿だ。
「アイリア譲に伝えられていた連絡経路を逆用して突き止めた、その一派の息のかかった者たちのリストです」
連絡役を拘束尋問して秘密を聞き出すのは、訓練生たちにやってもらった。
嬉々として自分たちがやられた尋問のいろはを披露してくれたものだ。
「ふむ、こいつらは俺の近くに近づけるなという事か」
「いきなり全員排除してはむしろ怪しまれますから、徐々に減らしていったり、それと分かったうえで対応するのが得策でしょうな」
「なるほど、これが防諜戦というやつだな」
ヴァルドは納得した顔で頷いた。
「その通りです」
「わかった、やってみよう」
ヴァルドは懐にターニャが持ってきた書類をしまい込んだ。
「それで、今後はどうするのだ?」
「訓練した連中を領内の行商人や旅芸人の一座と接触させ、領内外の情報を集めさせます。並行して城内の人間の洗い出しを続けて行けば、なにか見つかるかもしれません」
「気の長い話だな」
ため息をつくヴァルドに対して、ターニャは愉快そうに笑いながら答える。
「諜報戦というのはそういうものです。面倒な気の長い事をやり切るからこそ他者を出し抜けるのです」
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