第6話 諜報要員

情報収集に必要なのは、諜報基盤となる人材である。それは場所が変わっても時代が変わっても変わらない。


ターニャは情報戦の重要性を説くことで、ターニャの目や耳となる人員の確保を許された。

といっても、人材というのはそこいらに落ちている訳はない。育てて初めて者になるのは兵も人も同じだ。


そして、どのみち一から育てるのであれば諜報要員はなるべく多様な背景を持っていることが望ましい。

立場によって得られる情報も集めた情報の見方も変わってくることは当然で、なるべく複数の経路と視点を確保するのは基本中の基本だ。


そこで、ターニャはヴァルドと相談してなるべく目立たないように、多様な人材の確保を行う事にした。


まず、社交に出ることもある貴族の娘。これはさすがにそこらへんから拾ってくることは出来ないので、先王の代で没落した貴族の一人娘を一人確保してもらった。

後見人という名目でこういった娘を愛妾候補として手元に置くのは、よくわる事だそうだ。

噂話好きで危うく城を追い出されかかったメイドも一人、しばらくターニャの世話係をするという名目で引っ張ってもらった。


次に、旅芸人の一座が城まで芸を店に来た時に、ヴァルドが見事な芸をして見せた道化ピエロを一人買い取った。こういう一座の人間は賎民であり、金銭でやり取りされていた。しばらくすれば飽きたという名目で王からターニャが貰い受けることになる。ついでに行き倒れていたところを一座に拾われたという巡礼者も、おまけとして買って貰った。

こういう旅慣れしてどこに居てもおかしくない人間は外部の諜報にはうってつけだ。



そして、うわさ好きのメイドから、娼婦の美人局に遭って素寒貧にさせられた若い行商人がいるというので、その馬鹿行商人と、おなじく若い癖にしたたかな娼婦も纏めて確保した。

まず、うわさ好きのメイドからヴァルド王へとこの話をさせて、王に「けしからんな、そいつら二人を呼んで来い」と言わせるだけだ。ヴァルドがこの国の法だといったのは、少なくとも平民に対して言えば正しかった。





こうして、身分も職分もバラバラな6人がターニャの下へと集められた。

没落貴族の娘、うわさ好きのメイド、旅芸人の道化役、行き倒れた巡礼者、馬鹿な行商人、あくどい娼婦。

本来こんな面々が同席することはありえないし、ましてや同列の席に座らされるなど考えられないことだ。しかし、ターニャの手駒として集められた彼らは、同じテーブルの椅子に座っていた。

この部屋に案内させるために使った噂好きメイドが、最後に自分も席に座るように言われた時の顔は見ものだった。


ちらちらとお互いに視線を交わしてもいたが、なんといっても皆の視線が集まっていたのはターニャだ。

窮屈なドレスは脱いで、自分の軍服を着ている。彼らの目から見れば異様な格好だ。



「あ、あのー、一体どうゆう事なんでしょうか? 私、やっぱり何か粗相をいたしまし、たか?」


噂好きメイドがおどおどしながらターニャに聞いた。


「諸君らは罰せられる訳ではないので、それは安心したまえ」


ただし、死ぬ程つらい訓練を受けてもらう事になるが。


「さて、私はターニャ・フォン・デグレチャフ。諸君らの上官として、命運を握っているものと思ってくれていい。私に逆らうと物理的に首を飛ばす」


よいかな?とターニャは笑顔で、集まった6人を見渡した。

おどおどしているのは、行商人とメイド。

逆に落ち着いているのは、道化役と娼婦。

そして、対抗心がみられるのが、貴族の娘と巡礼者。


「ずいぶん、理不尽な仰りようですわね。落ちぶれたとはいえ私、アイリア・メイヴィスは貴族です。そしてメイヴィス家を代表する立場でもあります。何の咎も無く首を飛ばすなどという事は」


ターニャは何も言わずに、一枚の書類を差し出した。

そこに書かれてた内容に、その娘は驚愕し、顔色を変える事になる。


城に男を連れ込んで、淫蕩にふけった咎でアイリアから貴族の地位を剥奪して追放する旨がそこに書かれていた。ヴァルド王の直筆のサイン入りだ。


「な、そんな、どうして」


「ご自分の立場を理解できたかな?」


「事実無根の濡れ衣、邪悪な謀略ですわ!」


「そのとおり!だが、貴様は逆らえない」


ターニャはその書類を再び懐に仕舞った。

手続きを整えておくのは常に重要だ。場合によっては本当に首を飛ばす事もある。


「私は、同じ事を何度も説明する気はない。私の命令には逆らうな。わかったかね?」


六人から、ぼそぼそとバラバラな返事が返ってきた。

ターニャは深く溜息を吐く。いますぐ銃殺したい気分だが、限りある術弾はこいつら無能どもにはあまりにももったいない。


「返事は"ハイ"ヤーだ。そんな事から教えねばならんのかね?全く使えない連中だ」


はっきり言って、情報関係の事をやるなら、兵のように逐一支持が出来ない分、個々の資質がより試される。

こんな不適格な無能どもを教育する時間的労力的コストは絶望的なものになる。

義務教育という文明の産物が、社会にとって如何に重要かということを認識させられる。

思えばヴァイスに、セレブリャコ-フ、グランツと、意外に部下を育てる能力を持っている部下に恵まれていた。


しかし、残念ながら目の前のクズどもがこの世界でのターニャの部下である。

ヴァイスに言わせれば、教育も任務も与えられていない段階でクズだと判断するのは早計だ、とターニャを嗜めるだろうか。

ターニャに言わせれば、役無しブタ能無しブタであるが、手札がこれしかない以上なんとかこれで勝負するしかないのである。


「さて、自己紹介でもしてもらおうか。名前と年齢、自分が何者か」


視線が交錯して、戸惑いの空気が流れる。こいつらは馬鹿なのだろうか。

口を開いたのは貴族の娘が最初だった。


「ご存知なのでしょうが、私はアイリア・メイヴィス。15よ。父上と母上が亡くなって、メイヴィス家を継ぐ事になりました。父の土地は借金のかたにほとんど取られてしまいました。メイヴィス家を再び栄光ある立場に戻す事が、私の夢です」


衝撃から立ち直りきれてはいないようだが、さすがに気丈な様子を見せている。

隣に座っていた噂好きのメイドが次を続けた。


「メリッサです。17で、お城のメイドをしています。おしゃべりが好きです。でも口が滑りやすいのが欠点で、それで何度も失敗しました。あの、ここに呼ばれてるのも、そのせいなんでしょうかぁ」


「……アラヤ。18。イェニシェの一座。道化役、やってた」


「行商人をしてる、あ、いや、していたロン・バーロンです。22になります。その、そこの娼婦のエラデアに貢いで、借金を背負ってしまいました。あぁ、死んだ親に顔向けできません」


「エラデアよ。17。娼館で働いてたわ。そこのアホは良いカモだったけど……こんな事になるなんてね。運がなかったわ。股を開けって言うなら開くけど?」


「オズワルド。25だ。巡礼の旅をしている途中に、アラヤたちの一座に拾ってもらった。正直、困惑している」


一応、一通りの自己紹介が終わる。


「ふむ、よろしい。諸君らはヴァルド王についてどう思う?どういう噂を耳にした?ああ、おべっかを求めている訳ではないので正直に答える様に」


いきなり、意図の分からない質問に、またしても戸惑うような雰囲気が流れる。

ターニャはドガッっと拳を机の上に叩きつけた。硬い丈夫な木製テーブルがミシリと軋む。


「質問には、すぐに答えたまえ。これは命令・・だ。二度は言わない」


後は分かるな?とターニャは絶対零度の視線で語る。


「かっ、か、顔はかなり格好いいほうだと思います!チャンスがあればお情けをくれないかなーなんて。あ、あはは。横柄なことはおっしゃらないよい方です。騎竜に乗ってるお姿がりりしいです。あ、でも先代陛下が、ああいうことになったので、すこし近づきがたいような印象もあります!」


噂好きのメイドが、早口で答え始めると、他の連中も答えはじめる。大方は、好意的なものだった。

そもそも、娼婦や行商人は王との接点などはないからなんとなくでしか語れない。しかし、逆に町の噂をいくつか聞くことが出来た。


ターニャはその後も矢継ぎ早に質問を繰り出して、回答を迫った。

暮らしぶりから、日用品の相場、城の中の人間関係、隣の町への行き方。果ては知り合いの名前や地名を延々と言わせて見たり。

判断能力を奪う事で本音をさらけ出させる尋問の手法だ。


食事も与えないし、休憩もさせない。

昼夜も関係なく、同じ話を何度も何度もさせる。そして矛盾が出れば、容赦なく追求する。

諜報要員候補である彼らの訓練にもなるし、ターニャ自身の情報収集にもなる。

これぞ一石二鳥、ギブ&テイクでWIN-WINだ。


血みどろの末期戦で何十時間もの連続戦闘を経験したターニャにとっては、大した苦にはならないが、なんの経験もない彼らには少々・・苦痛極まりなかったようだ。

机に突っ伏して寝始めたバカは、容赦なく蹴り上げて叩き起こす。

一度蹴っても理解できない愚か者には、特別に神経に直接痛覚を流し込む拷問術式を体験させてやった。

眠気覚ましとしての効果は抜群だ。



きっかり48時間後、ターニャはその場での仮眠を許可した。

訓練初日・・の終了である。

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