第5話 情報収集
「陛下の軍事に関するご存念は存じませんが、まずは情報の重要性をご認識ください」
ターニャは理論武装によって自分の主張に合理的な裏づけがあることを説明する。
そして、同時に上司の考え方と自分の考え方の差を把握し、相互理解に努めるのだ。
あらまほしき互恵的な雇用関係の醸成に向けて。
「小官の常識としましては、情報収集能力、情報分析能力は、戦略、戦術を左右し、時に決定付ける重要な要因です。特に、正面戦力で劣る場合、情報戦の重要性がより高まります」
情報のあるなしは、時に国家の死命をも決する。弱小国ならば、周囲の情勢を適切に把握することは必須である。
ターニャ自身の本音を棚に上げたとしても、それは事実である。
しかし熱弁をふるうターニャに対して、ヴァルドの反応は鈍い。それどころか、辟易したといわんばかりに顔をしかめて見せる始末。
「もっと社交に精を出せということか?舞踏会に明け暮れるほど国庫に余裕ある訳ではないのだぞ」
社交に舞踏会。なんとも古式ゆかしいことである。
ターニャには縁のない話であったが、確かにそういった人脈に根ざした交友関係は、今も昔も情報収集の基本である。
しかし、それはけして全てではない。あらゆる階層からもたらされる、あらゆる情報と視点が、国家の武器となりうるのだ。
そもそも、情報というものの認識の違いからすり合わせていかねば成るまい。
「陛下。一口に情報と申しましても、その形態と価値、利用法は多岐にわたります。それらを総合して戦う事を情報戦と申します。これは、戦争の重要な一部なのです」
「情報で……戦争?」
ヴァルドは理解が及ばないとい言いたげな顔で、首をかしげた。
情報戦の重要性は、時代を経るに従って飛躍的に増大してゆくが、裏を返せばそれだけ長きに渡って軽視され続けてきたともいえる。
戸惑いがちな若い王に対して、ターニャは近代情報戦の考え方を滔滔と説いてゆく。
「社交も重要であるのです。社交はある意味、諜報基盤の一種であり、外交の一種ともいえるでしょう。ですが、それは情報戦のごく一部であります。情報戦は、諜報基盤を基礎に、外交、経済、指揮、心理など多岐にわたる側面で行われます」
「ふむ、そのような考え方は、はじめて聞くな。詳しく聞かせてみろ。諜報基盤とはなんだ?」
「はっ。まず情報戦の基礎となる諜報基盤とは、相手陣営の情報を集めつつ自陣営の情報が漏れる事を防ぐ仕組みを言います。この仕組みを動かす人材と組織がもっとも重要であります」
さらに、この諜報基盤を用いて多面的に行うのが情報戦である、とターニャは続ける。
「例えば情報戦の最も苛烈な形態が指揮統制戦であります。これは意思決定系統と意思伝達系統の諜報、欺瞞、ないし破壊を目的とします。早い話が、王や将を殺せれば、戦争は優位に行うことができます。王を殺すのが無理でも、王の支持を伝える伝令を妨害すれば相手の動きを妨害することができます。これは、戦争の行方を決定づける要因にすらなります」
「そう簡単に王や将が討てれば苦労はせぬが、伝令を狙うとはな。まあ将を射るならば馬を射よということか。道理だな」
ターニャはそのとおりと頷く。首狩り戦術は、帝国参謀本部の好むところであり、ターニャの大隊の十八番でもあった。
「……しかし、やはり卑怯な真似をするのはあまり好かんな」
「失礼ながら、国家と臣下の命運に責任を持つ以上は、好き嫌いで物事を論じるべきではありません。小官に言わせていただければ、それは責任の放棄であります」
ターニャはまっすぐと王の目を見て厳しい言葉で、断じて見せる。
「……ふん、言ってくれるな」
「参謀としての意見をお望みとの事でしたので」
「いいだろう、続けろ」
「次にもっと間接的な形態としては経済情報戦であります。これは商売と相場を通じて情報の収集や欺瞞を行います。例えば、敵陣営が食料を買い集めていれば食糧の価格が高騰し、戦の意図をあらかじめ察することができます。さらに、敵陣営の食料の買い付けを妨害できれば、戦うことなく敵陣営に損害を与えた事になります」
「なるほど。……卑怯を通り越して姑息ですらあるが、それも有効だろうな」
ヴァルドはいやそうに頷いて見せるが、その顔はありありと王の不満な気持ちを映し出していた。
「卑怯でも、姑息でも、勝利のために可能な努力を惜しむべきではありません」
「しかし、やはり王や国の権威というものがあるだろう」
そう主張するヴァルドに対してターニャは、もちろんであります、と頷く。
恥や外聞も、重要な要因ではあるのだ。
ヴァルドは意外に簡単に言い分を認められたせいか、拍子抜けしたような顔をしている。部下でとしては、表情を読みやすいのは好ましいが、王としてはもう少し顔面の防諜に気を配るべきだな、とターニャは思った。
もちろん、ターニャはそれを言ったり顔に出したりはしない。
「それは心理戦の領域です。心理戦においては、敵の心理状態を把握ないし操作することを試みます。つまり、重要なのは卑怯であるかどうかではなく、相手に卑怯と思われているかどうかなのであります」
ヴァルドはその身も蓋もないドラスティックなターニャの主張に、唖然として言葉を失っていた。神が御覧になっているかどうかなど気にして戦争ができるものか。歴史を紡ぐのは人間であり、人々の耳目に入る情報なのだ。
「また、敵がこちらを侮っていれば、油断させ軽率な振る舞いをさせることができるでしょう。逆に敵がこちらを恐れていれば行動を萎縮させることが出来ます。もちろん、無用な憎悪や恨みを向けられることは、外交の見地からも避けるべきですが」
なおも心理戦における考え方の説明を続けようとするターニャを、ヴァルドは手を上げてでさえぎった。
「いいだろう。お前が、フリルを着てパーティで遊興にふけるのが国の大事だといいたいわけでないことはよくわかった。実際の方策を立てみせてもらおうではないか」
「ご理解、ありがとうございます。微力を尽くさせて頂きます」
ターニャはヴァルド王に一礼し、ニヤリと微笑んだ。
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