第4話 状況把握
ドラグニア公国の東には、大国オルスダキア帝国が鎮座する。
武将としても名高い老皇帝は、無暗に周辺国を攻めず内政に努め、しかし挑戦してきた相手は必ず正面から屈服させて見せた事から、
その老皇帝が近々譲位して、血気盛んな皇太子が新帝として即位するという噂だとか。
そして、ドラグニア公国の西では、新興のハルガル王国が勢力を拡大している。
封建領主に過ぎなかったハルガル家を、宰相がたった一代で王国にして見せたという。傭兵出身とも噂される宰相は奇策や奇襲を得意とする戦上手らしい。
そしてドラグニア公国はというと、封建貴族たちの独立心が強く、まとまりに欠ける。王権を強めようと貴族たちと対立した先王は毒殺される始末。
「前門の虎、後門の狼、おまけに体は虫だらけ、という訳ですか」
先王がオルスダキア帝国の
しかし、オルスダキアが異教徒の国であるせいで、ドラグニア公国の貴族たちの間では根強い不信と反感があるという。先王の毒殺の動機も、オルスダキアへの服属姿勢にもあった可能性が高いという。
話を聞いているターニャまで頭が痛くなってきた。
「現皇帝の間は、オルスダキアから攻められることは無いはずだ。しかし、ハルガルは好機とあらば攻めてくるだろうな。そういう事を繰り返して来た奴らだ」
「そして、異教徒よりは、とそのハイエナと手を組みかねない
ターニャが状況理解を付け加えると、ヴァルドは肩を竦めて頷いた。
「ああ、その通りだ」
「俺が法だ、とおっしゃった割には、ずいぶんお寒い状況ですな?」
近代的法治国家で自由と資本主義を謳歌するのは高望みとしても、前近代的国家ですらない有様とは、嘆かわしいにも程がある。
「お前も大概だ。俺に向かってそんな口を利くやつはさすがに貴族連中にもいないぞ」
「
「いいだろう、では参謀として助言をくれ」
素直にそう応じるヴァルドの態度は、それなりに好感が持てる。
無力ではあっても無能ではない。
ある程度相互の利益に配慮しながらやっていけるだろう。
ならばターニャとしてもまっとうに、言うべきことを言うまでである。
「戦争でしょうな」
ターニャは結論から口にした。聞いただけで状況は十分以上にキナ臭い。火の無いところに煙は立たないのだから、放置すれば、そのうち火事になるのは自明である。
ならば、所与の条件として不要なゴミを燃やして、ついでに芋でも焼くのが正解だ。
「外敵との戦闘を通じて貴族たちを糾合し、抵抗勢力は戦争遂行中に可能な限り粛清ないし切り捨てて体制の強化を図るべきかと」
権力は銃口から生まれる。
「簡単に言ってくれるが、相手はどっちだ?」
「話を伺った限りではハルガル王国でしょう。どうせ攻めてくるなら、主導権を握るのが得策です」
近現代戦が攻撃側優位なのに対して、前近代戦というのは攻撃側不利と相場が決まっている。例外は大正義騎馬民族機動戦ぐらいだ。
「勝算があると?」
「断言は致しかねます。彼我の戦力の評価、国内貴族の内情、敵勢力の内情、いずれにしても情報が圧倒的に不足しております」
「負ければ、国が亡ぶのだぞ」
重く絞り出すような声の中には、この若い王なりの苦悩がにじみ出ていた。
年は20代だろう。経験を積み重ねた将軍とて国家の命運は重荷である。
しかし、重圧にとらわれ過ぎて判断が下せなければ、結局いいようにされてしまう。
「座して待っていても滅びるのでは?負けた場合はオルスダキアに亡命してハルガル王国とオルスダキア帝国が衝突したときに旗頭として使って貰えれば再起の可能性もあります」
「確かに、そうだな。恥を捨てて生き残れば、道はある。」
「いずれにしても、脅威が存在する以上は情報を収集し、対策を取るのが常道です。ゆえに情報収集と戦力確保が急務かと」
少しトーンダウンして主張するのは反論の難しい正論である。
ターニャの本音は、自分の置かれている状況の把握と手駒の確保、それが狙いだ。
危険を自ら犯す気はないが、危険に気づけもしないのは最悪である。ゲームのルールを理解しなければプレイヤーにはなれない。
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