第3話 不機嫌な晩餐会

「……着替えるのは、必須なのかね?」


「当たり前でございます。そのような格好で陛下の晩餐に出席されては、困ります」


メイドは軍服を指して顔をしかめる。

確かに緑色の軍服は見栄えは良くないかもしれないが、そんな風に言われるのはターニャとしても心外だ。


「これは、小官の正装なのでありまして……」


「ダメです」


メイドは、まるで我がままを言う子供を叱るような口調で、ターニャに着替えを迫った。


結局、ターニャはいつぞやぶりに女性らしいドレス姿になる事を強要された。

緑を基調とした、高給そうなドレスに身を包み、ハイヒールを履かされる。


「だいたい、このようなドレスを下賜される事は非常に光栄なことなのですよ?」


確かに、軍服の予備もないので服がもらえるのは助かる。しかし、不快なものは不快だ。




「ははははっ、なんだ、偉く女らしくなったではないか」


「……お褒めに預かり光栄です」


キサマ、いつかこのツケは払わせてやるぞ?と言わんばかりの怨念のこもった瞳でターニャはヴァルド王を睨み付ける。


「ま、まあ、座れ。ゆるりと食事を楽しもうではないか」



食事は、微妙であった。

ぼそぼそのパンは慣れているから、まあいい。

メインらしき羊のステーキは、香辛料も何も無い、ただの塩味だったのも、許せるが、肉もスープも、出てくる料理がことごとく微妙に冷めているというのはいったいどういう了見だ?


ターニャが不満げな目で王の方を見ると、肩を竦められた。


「……毒見が厳重でな。おかげで冷めた料理しか食えん」


「なるほど、用心は大事ですな。心中はお察しします」


美味い食事を食べて早死するくらいなら、用心して長生きすべきだというのはターニャも同意するところである。

ただ、それに付き合いたいかというと否だ。

毒見を欠かせないような食卓に同席する、こちらの心中を察してほしいものである。



「デグレチャフ。お前の実力は見させてもらった。竜騎兵と互角に空中戦が出来るのなら、有力な戦力だ。時が来れば働いてもらう。もちろん働きに応じて褒美はくれてやる」


「是非もありません。しかし、空で戦う以上、小官の判断をご信頼いただく必要がありますが」


それとなく、探りをいれて行動の自由を要求しておく。

適当に飛んで適当にハンティングを楽しめばいいのなら、娯楽ゲームとして歓迎しよう。

だが、命をチップにロールプレイングをやらされるのは御免である。


「竜騎兵の扱いと同じならば文句はあるまい」


そう言われても、それがどういった扱いなのかターニャには見当もつかない。

幸い、小首をかしげて見せるとヴァルド王も納得してくれた。


「ああ、そうか、竜騎兵がどういうものか、お前は知らなかったのだな」


かいつまんで説明を始めたヴァルドの話では、竜騎兵というのは有力な王侯貴族の財力があって初めて運用できる代物で、竜騎兵を駆るという事自体が、一部隊を任されるに等しい裁量を持っていることを意味するのだそうだ。


「では竜騎兵の集中運用は行っていないと?」


「集中運用?」


聞きなれない言葉だったのか、ヴァルドがなんだそれはと聞き返してきた。


「部隊を作って纏めて飛ばないのか、という事です」


「王族が供回りをつける時ぐらいだな。竜騎兵部隊を運用するのは誰もが一度は夢見るが、金がかかりすぎる」


あれだけの体躯で肉を食うとなれば、養うのは並大抵の事ではない。それを部隊で揃えるとなれば、なるほど金がいくらあっても足りないだろう。

馬匹手配の折に、馬が食べるまぐさ・・・の確保に頭を悩ませていた参謀部の苦悩を知っているターニャは、言われてみればなるほどと頷くことが出来た。



「竜騎兵ともなれば、引くも進むも、誰かの指図を受けることは無い。もちろん、何をやってもよいという訳ではないが」


「ふむ。戦闘教義ドクトリン、つまり戦い方に対する考え方の違いについては、すり合わせが必要ですな」


話の通じそうな相手との建設的な議論は有益だ。

しかし、いくら建設的に前向きに議論を進めても向かう先が地獄だったら、豪愁傷さまである。

ターニャは、にこりとほほ笑んで話の核心に踏み込む。


「ところで、さしあたって戦争する予定がおありですか?」

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