第2話 騎竜試合
ターニャが召喚されたのはどうやら、城の地下に作られた一室だったらしい。
会談を登って外に出ると、青い空が広がっていた。
白い城壁と物見と防御のための塔、そして鎧を着た騎士たち。
文明レベルはいわゆる中世程度のようである。幸運とみるべきか、不幸とみるべきか。
ヴァルド・ドラグルの指示によって呼ばれてきたのは、まさしく竜であった。
くすんだ緑の鱗に覆われ、片側の翼だけで人の身の丈程もありそうな程。
「紹介しよう、我が騎竜、ジグムントだ」
ぎゅるぎゅると、撫でられたジグムントは嬉しそうに喉を鳴らしている。
「なんとも見事な体躯ですね」
「ふふ、見事なのは体だけではないぞ?この翼こそ、ジグムントの真骨頂だ。今からそれを見せてやる」
ヴァルドはひらりと飛竜に飛び乗ると、ばさりと翼を広げて空へと飛びあがった。
「さあ、来い。ターニャ・フォン・デグレチャフ!!」
フハハと上空でヴァルドが不敵に笑う。翼を広げて空を飛ぶ竜は、なかなか絵画のような荘厳な見た目である。
ターニャも飛行術式を発動させて空へと上がった。竜の飛行能力がいかほどか、この目で確かめておくとしよう。
ついでに、この世界の景色も見ておきたい。
ターニャはヴァルドを相手にせずに、真っ直ぐに上空を目指した。
航空戦において上空を取るのは基本中の基本だからだ。
それに気づいたヴァルドも、羽ばたいて高度を上げ始める。
だが、すぐに上昇速度の差が表れ始める。ヴァルドの目が驚きに見開かれているのがはっきり見えていたのも少しの間だ。
高度3000m、航空魔導兵にとってはまだまだ低空と言える高度で、一度ターニャは上昇を止めた。思ったよりも引き離してしまったからだ。
飛竜は翼を羽ばたかせているが、風を掻いて進むと言うのはいかにも大変そうだ。
眼下には高度を上げようと迫る飛竜と、城、そして城を取り巻く城壁と城下町が広がっている。
街道沿いの要所に築かれた城は、なるほどこの地方の一大拠点なのだろう。
一方で、王と名乗る存在の居城の周りに広がる城下町は、よく言えば牧歌的で、悪く言えば、貧相であった。
「ふむ、どうやら、思ったよりも楽が出来るかもしれないな」
ターニャはニヤリと微笑みながら魔導刃を発現して、降下突撃の体勢に入った。
単純に仕留めるだけなら遠距離から術式を打ち込めばいいが、これは単なる試合だ。
手の内をすべて見せる必要はない。
ぐんぐんとヴァルドとの距離が近づいていく。
ターニャに向かって、ヴァルドが取り出した杖から、燃え盛る火球が放たれた。
しかし、火球の速度は遅い。ターニャはひらりと舞うように、あっさりと躱してみせた。
すれ違いざまに切り込むことも出来たが、あえてそうはしなかった。
しばらく遊んでみようではないか、とターニャは決めていた。
この世界の騎竜とやらの戦闘能力を知っておく必要がある。
飛竜と空中格闘戦を演じてみるうちに、ターニャは竜の能力を上方修正した。
たしかに上昇力に難があるものの、降下した時の最高速度や加速してからの水平飛行速度には目を見張るものがあった。
特に、近距離での格闘戦に限って言えば、飛竜の身のこなしと、鋭い鈎爪は侮ってよいものではない。
騎乗している人間からの、火炎や雷撃といった魔導攻撃は、防壁で十分対処できる。
爆裂術式や光学狙撃術式と違って、放った瞬間から威力が減衰しているため、近距離で直撃されない限りは大した威力ではないのだ。
術弾を使用しない場合、こちらの攻撃術式も燃費が悪い上に発動時間もかかる。
とはいえ、上昇力の差を活かして距離を取り続ければ、問題はない。思い切って魔導刃で切り込むのも一手だが、油断すると手痛い反撃を食らう可能性もありそうだ。
やがて、ヴァルドがくいくいと下を指すので、ターニャは大人しく先に降りた。
恐らく、ヴァルドが先に降りるのは王の面子が許さないのだろう。
面子を立てるくらいで先の安全が買えるなら、いくらでも立ててやるべきだ。
「いや、見事だ。デグレチャフ。竜の爪であっさり引き裂いてしまったらどうしようかと思っていたが、まさかこれ程の動きを見せるとは」
「お褒めに預かり光栄です。陛下」
ヴァルド王が大げさに褒めて見せれば、ターニャも粛々と応じて見せる。儀礼の交換という儀式は、ターニャの嫌うところではない。
上司がいたいけな少女をうっかり竜の爪で引き裂きかねない人物だというのはいただけないが。
「いきなり呼び出されたその日に試合では、疲れただろう。ゆっくり休んでよいぞ」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」
ターニャにしてみれば、鉄火場のような戦場でないだけで、ずいぶん平和な気持ちでいられる。田舎の別荘暮らしだと思えば、悪くないかもしれない。
後は食事さえ美味しければいう事はない。ああ、それと珈琲がこの世界にもあると良いのだが。
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