幼女召喚

@zig

第1話 召喚

ターニャ・フォン・デグレチャフ准将・・は”殉職”後、フィラデルフィアとの裏取引で、カバーの経歴を入手し新しい人生を歩み始める……ハズであった。



凄まじい高密度魔力によって時空間のゆらぎに引き込まれて、この世から消えていなくなるまでは。


くらくらと回る頭を押さえつつ、あたりを見回すと、そこは薄暗い祭壇のようなモノの上だった。

足元には、複雑で、ターニャの知るのとは異なる体系の魔法陣が刻まれている。


「……ここは?」


ターニャの経つ祭壇の周りには、幾人かの、古めかしい、派手な格好をした人々が立っていた。



「……おいおい、俺は、この国に古くから伝わる祭壇で、史上最大規模の儀式をやると聞いていたんだが?」


発言したのは、一際若く、そして偉そうな青年だった。

しかも、頭の上には金の王冠。


「……それが、呼び出されたのが、ガキ?」


「……また、偉く時代錯誤な」


ため息交じりの言葉が、同時に吐き出される。


「うん?時代錯誤?それは俺に向かって言ったのか?」


「ええ、そうですよ。その道化めいた格好が仮装でなければ、ですが」


「ぶ、無礼なっ」


周囲にいた大仰な法衣を纏った男たちが色めき立って怒声を発した。

しかし、それを上回る笑い声がその場に鳴り響いた。


「はははははははっ」


何が気に入ったのか、この王族らしき青年は、弾かれた様に笑い始めたのだ。


「よい。異世界よりの来訪者にはじめから臣下の礼節を求めはすまい。俺の名は、ヴァルド・ドラグル。ドラグニア公王である。汝の召喚主である。名を名乗るがいい。直答を許す」


「ターニャ・フォン・デグレチャフ魔導准将であります。栄えある帝国ライヒにて参謀本部直属のバルバロッサ大隊の指揮を任されておりました」


「ふむ、魔導准将か、聞いた事のない役職だが、その年で一隊を、しかも魔導士の一隊を任されていたという事は、それなりの出自という事か?」


騎士ナイトを拝命してはおりましたが、高貴な生まれからは程遠い身であります」


「ほう、では武勲でも立てたと?」


ヴァルド公王は、眉を吊り上げて疑わし気な視線を投げかけた。


「軍務を果たしたに過ぎません」


「……面白い。俺に仕える気はあるか?」


問いかけられたターニャは、ようやく事態を飲み込みつつあった。

王族に、召喚、そして異世界?

まったく、クソッタレの存在Xめ。やってくれる。



「残念ながらお断りいたします。小官はすでに、祖国と皇帝陛下に忠誠を誓った身であります。他国の指揮下に入る訳には参りません」


「ほう、忠節は守る、と」


ここの基準からすれば、おそらく無礼極まりないであろう返答にも、ヴァルドは気を悪くした様子はない。付き合いたくない権力者にありがちな、愚劣さや過剰な高慢さは感じられない。


「陛下、小官には帝国軍人としての法を守る義務がある事をご理解ください」


「うん?君主への忠節に殉じる訳ではなく、法に服すると?」


それは、この公王と名乗る者にとって、意外な違いであるらしかった。


「小官は皇帝陛下の名の下に定められた祖国の法に服しております」


「ならば我が国では、我が国の法に服するべきではないか?」


「はい、陛下。帝国ライヒと貴国が交戦状態でない以上、滞在中、可能な限りで貴国の法には従う所存です」


「ならば、話は早い。俺がこの国の法だ」


言質はとったぞ、と言わんばかりにヴァルドがニヤリと笑みを深める。

法治主義の概念が確立される以前の、社会体制という事か、とターニャはひそかにため息を吐く。

分かっていたことではあるが、どうやら自由と資本主義謳歌する訳にはいかなさそうだ。


「万一、帝国ライヒやらと交戦状態になったら、そちらに付くといい。どうだ、それまでは俺に従うか? もちろんその代わり衣食住は保証してやろう」


「……承知いたしました。貴国の法たる陛下に従いましょう」


どのみち、ここで敵対的な関係になる事は避けるべきだ。であれば、次善の策として庇護を受けるのは悪くない。

ターニャがピシリと敬礼すると、ヴァルドは愉快そうに笑った。


「臣下の礼とは、跪いて行うものだが、まあ、よい」



「……ところで一つ聞くが、背負っているソレは、お前の杖か?」


ヴァルドの反応を見るに、どうやら銃火器はまだ存在しないようだ。

いや、決めつけるのは早いが、少なくとも大量に広まってはいないとみるのが妥当だろう。


「そのようなものです」


「なにか、術を見せられるか?異世界の魔導士の術を見てみたい」


ターニャは胸元の演算宝珠を確認した。エレニウム97式突撃宝珠、そしてエレニウム95式もきちんとある。

97式に魔力を通すと、いつもどおり遅滞なくその機能が発揮される。

ターニャは軽く祭壇から浮き上がって静止して見せた。


「驚いたな。騎竜もなく、空に身を浮かべるとは」


「それだけではありません。同時に強力な障壁が張られています」


「ご満足いただけましたか?」


ターニャは術式を解いて着地する。

ヴァルド王はいかにもご機嫌であった。


「面白い、面白いぞ。さっそく、ひとつ用命に応じて貰おう」


「と、申しますと?」


「俺と騎竜試合だ」


満面の笑みを浮かべる王の隣で、苦虫を噛み潰したような側近たちの顔。

王侯貴族にしては親しみやすいが、上司としての評価は保留する必要がありそうだ。


「承りましょう」

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