人体模型2/3
「き、――」
きゃあああ――という叫び声と共に、僕は恐ろしいくらいの力で引っ張られた。右腕がちぎれるのではないかと心配になるくらいの負荷が肩をおそった。八重樫さんは右手で僕の右手を掴んで自分の前に来るように引っ張るので、自然と僕の腕が反対側に曲がろうとする。
折れる、折れる、折れるっ。
僕は必死の思いで、腕に力を入れて、且つ振り回される力の向かう先に体重をかけて、わざと投げられるように努めた。これで何とか腕が折れることはないだろうけれど、それで終わりではない。振り回された先、僕はどうなるのか。
人体模型のほうへ投げ飛ばされるのか。
人体模型の前で盾として使われるのか。
前者だった。
「って、ちょっとっ」
前者だったのだろう。八重樫さんが僕の腕から手を離しやがった。だが、遠心力により、投げられる方向は定まらず、僕は人体模型の横を通るように投げ飛ばされた。
空を冗談のように飛んでいる間、人体模型が目に入ってきた。人体模型は一心不乱に猪突猛進に八重樫さんへ向かって走っていった。
「――いっつ」
直後に僕は地面に叩き付けられる。頭は庇ったから打たなかったまでも、背中をしたたかに打ってしまった。一瞬だけど息が詰まった。
だが、
そんなことを気にしている場合ではない。
これは危機だ。
危険が危ない。
人体模型の危機が迫っている。
このままだと人体模型が八重樫さんに殺られる!
「八重樫さんっ」
僕は身体を起こしつつそう叫んだ。
それは抑制のためだ。
八重樫さんの凶行を未然に防ぐためだ。
しかし、僕のその行為は既に遅かったようで、見ると八重樫さんが人体模型に向かって掌底を繰り出すところだった。
「いやあああっ!」
その叫びと共に八重樫さんの掌底が人体模型の鳩尾あたりに突き刺さる(ここで的確に急所を突くその腕は買いたいところだけど、それだけはして欲しくなかった)。
バキバキ。
聞いたこともない小気味よい音が響いた。
って、えっと……まさかあばら骨でも砕いたのかな?
僕が口を半開きにしながら、その光景を見ていると、人体模型が一歩後ろに下がった。胸の辺りを両手で押さえ、身体を震わせる。
「死になさいっ!」
あろうことか、八重樫さんはそう叫んだ。叫びつつ、先程の掌底とは違うほうの拳を握って、腰を軽く落とし構えた。
そんな瀕死の体相を示す人体模型に、なんてことをっ!
「ちょっと待って、八重樫さんっ」
僕の叫びも虚しく、八重樫さんが動いた。
だが、
八重樫さんの動く直前か直後に、人体模型が身体を直立させ、
「――――」
身体をくの字に曲げながら、何かを口から吐き出した。
液体状の何かだった。
八重樫さんはその液体をもろに受け止めてしまう。
かと思ったけど、咄嗟の判断か無意識の自我か、はたまたただの偶然か、八重樫さんは身体を斜めに反らすことで、その液体をすんでのところで避けた。反射神経だとしたら、異常といっても過言でない動きだった。
とはいっても、完全には避けきれなかったようで、八重樫さんの白い頬に数滴その液体がへばりついた。
八重樫さんが一歩、後ろに下がる。すると、八重樫さんの身体が遮っていた出口からの淡い光が部屋に漏れ出した。その光に照らされて、八重樫さんの顔に付いた液体の色が見えた。
赤。
赤。
赤。
赤黒い液体だった。
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