第7話 道標

 ハルバードを自室に置いて、支部へ向かうとソーセージサンドを片手に書類と格闘中のヴァイスが戻ってきていた。作りたてであろうソーセージサンドから漂う香りが、朝食を食べたというのに食欲を刺激してくる。


「結局朝食は貰えたんだな」


「このままで話を進めてもかまわないかい?流石に私も空きっ腹に長話はするつもりもない…いや、そんな目をしてもあげないからね!」


「さすがに男の食べかけはいらないぞ」


 手にした羽ペンを置き、食べかけのサンドを皿の上に乗せてから支部の簡易キッチンへ向かいグラスと紅茶の入ったポッドを手にして戻ってくる。


「一応、飲み物ぐらいは用意するさ。長話には飲み物も必要だろう?」


「わざわざ悪いな」


 受け取った紅茶からは、夏摘みされた茶葉、俗に言うセカンドフラッシュのような特徴的な香りが広がっている。元の世界では、このダージリンティーのセカンドフラッシュと呼ばれる時期の高品質なものは、高額で取引されていた。

 思わず、目の前でサンドを口にしているヴァイスに質問する。


「これは、随分高い紅茶じゃないのか?」


 ヴァイスは香りを楽しみながら、カップをソーサーに置き、人差し指を立てながら返事を返す。


「なに、昔の古巣から頂いてきたものさ。なんせ、香りも味もいい茶葉だ。こんなものを死蔵させて置くくらいなら勝手に拝借させてもらうのが礼儀ってところさ」


 片目を閉じながら、紅茶を楽しむ姿からは、中々いい家の出身を思わせるが、やっていることは大概にアレだ。


「それ、一般的に盗んだとかいうんじゃないのか?」


「なら、借りただけ。もしくは、今までの借りの代金代わりに頂いたって事にしておいてくれ」


 この世界の紅茶もまた嗜好品であることには変わりないため、これだけの風味の紅茶の味が分かるということは、かなり裕福な家の出身になるはずだ。代金代わりと言っていたが、一体どんな人物に借りを作っていたのか気になるところでもある。


「さて、リュウセイ。そろそろ話を始めてもかまわないかな?」


 手にした紅茶を一口飲んでから静かに頷くとヴァイスは静かに語りだした。


「今回、君に依頼する調査の主な目的は、この大陸各地で50年の間に増加している魔素の増減するエリアの調査だ。それには、西の奥地に広がるあの森も含まれているが、今回は後回しだ」


「この魔素の増減の影には、恐らく異世界召還という大きな求心力を手にした王国が存在していることは明白だ。そして、君は彼らから命を狙われ続けている」


 召還の莫大な魔素の消費とそれを前後して、徐々に広がりを見せる大量の魔素活性化地域と魔素枯渇地域。どちらも関連性がないと断言できない。


「現在ギルドでは、現体制維持派と至急調査を進めたい革新派の2つが分かれている。現体制派には、王国との繋がりもあるようなので、君の調査を邪魔する者が現れるかもしれない。この調査には、彼らを逆手に取らせてもらう」


「あえて、俺の存在を広めることで、ギルド側の革新派閥の目的と行動を撹乱させるつもりか?」


 現地の調査がもっとも進んでいると思われる学園都市にある魔素溜りを調査して、自然発生なのか人為的な発生なのかを調査。調査終了後、橘 流星の目撃情報を徐々に広めていき、各地の包囲網を撹乱させていく。

 シナリオとしては、こんなところだろう。


「その通りだよ。この件に関してはギルド長直下の命令で、私と数人の支部長が動いている」


「なら、なぜオークの巣の時に人員をまわせなかったんだ?」


 ギルドの長が動いていると言うことは、人員を優先的に廻すことも可能であったはずだ。ギルド本来の目的を忘れて、本末転倒のような自体も起こり得た筈だ。


「単純に人員不足というのもあるけど、現体制維持派に悟られないために下手に人員を動かせなかったのが、正直なところさ。それに万が一の時には、私一人に仕事をさせようとしていた。村と東の森に被害が出るかもしれないが、それも計算の内には入っていた…とまぁ、それが昨日のオークの巣の真相ってところさ」


 あまり話したくはなかったような渋い顔をさせるヴァイスに思わず、苦笑する。


「今の説明からも分かるとおり、私の魔術は防衛には向いていない。要するに周囲の魔素に対する親和性が高すぎて、威力が抑えきれないんだ」


 まだ、短い付き合いだが、胡散臭い顔かどこか達観したような表情ばかり見てきた所為か、まるで子供が隠したかったことを言わされた時のような顔をしている。


「まるで、固定砲台だな」


「そこまで分かってくれるなら、オークの話は終わりだね。…忘れてくれてよかったのに君も中々いい性格をしているよね」


 苦笑いをしながらカップに口を付けるヴァイス。やはり、あまり触れてほしくなかった話題のようだが、これからの事を考えると必要不可欠な情報交換であった筈だ。


「まぁ、この世界来てから嫌でも鍛えられたからな。特にあの王国には、相当世話になった」


 王国内の重臣達の掌返しにその後の対応。

 事件後に救出された後も追っ手の激しさは増していき、途中で折れていたかもしれない程に過酷な王国からの逃避。


「思い出すだけでも、あの重臣たちには腹が立ってくるぞ。あいつら、人が取り残されたというのに自分たちは、責任の擦り付け合いをしていたからな…」


 隣のヴァイスの顔が、引きつる程度には、イラついているのだろう。反応を見なければ、殺気が漏れていることにも気がつかなかった。


「責任擦り付け合った挙句、君を帰ったことにして、君を処分しようとしたか。散々酷使して、その対応とは、ずいぶんと都合のいい話だねぇー…」


「全ての始まりは、あの地に残る伝承。強いて言うなら、彼らにとっては都合のいい伝承であったことには間違いないから、かつての重臣たちが民に流した伝承が今に残っているだけじゃないのか?」


 召還の伝承。

 その内容は、召還された異界の民がこの地の民の為に立ち上がり、この地の闇を払い、この地を去るとき、光が満たされ繁栄が齎されるといったどこにでもあるポピュラーな内容。問題はその次にある。


「されど、その地に残るとき、光は失われ全ては闇に閉ざされるだったかな?リュウセイも随分大変な立場だねぇー。なんせ光…つまり、王国の栄華を終わらせる悪人扱いになってるんだから」


 腹を抱えて笑い出すヴァイスの無防備な頭に手刀を繰り出し、胡散臭い支部長の笑い声を無理やり止める。頭を抱えながら、非難する目を向けてくるが自業自得だ。


「人事だからって、爆笑するのはやめなさい。こっちは、主に途中から食糧難的な意味で、割と命がけだったんだぞ。…というかそろそろ、話を元に戻そう」


 脱線を続けた所為で、随分と近い様で遠い話題へと飛んでしまっている。


「いやぁー随分脱線したねえ!その話は、ぜひ聞かせてほしいもんだ。っと…君の装備や物資についての話をしようか。正直、全部うちの支部で賄いたいところなんだが、資金の流れでこちらの動きを特定されかねない。だが、学園都市への護衛の時は、支部からの護衛依頼と言うことで少々多めに物資を用意できる筈だ」


「だろうな。学園都市への出発の時にだけ用意してくれれば、後は適当に獲物でも売却するさ。今までもそうしてきた。それに…それが冒険者。そうだろう?」


「苦労をかけるね。後は…この件が、最大の目的である大氾濫の真実にたどり着くことを祈るよ」


 自嘲気味に呟きながら、少し温度の下がったカップの中身を飲み干して、残りのサンドを食べ進めていくヴァイス。


「問題は、活性化地帯の魔物の強さだな」


「生半可な魔物じゃないらしいからね…。それと内部を探索するにしても対策がなければ、人間以外のドワーフやエルフなどの魔素と関係の深い種族でも魔素酔い状態になって、長く持たないって話を聞いた事がある。親和性が高い種族だから余計に活性化地帯と相性が悪いんだろうね」


 魔素の動きが活発と言うことは、それだけ魔物も環境に適合し、強い個体が生まれる。召還された異世界人とまでは、言わないが腕の立ち、信用できる冒険者が必要になってくる上にエリアの探索自体も困難を極めるならば、難しい話になりそうだ。


「腕のいい冒険者達には、心当たりはあるか?王国ならともかく、共和国側のギルドに伝手はないからな…」


「なら、ちょうどいい。学園都市に古い友人がいてね、冒険者ではないが、彼女を紹介しよう。なんせ、魔素活性化地帯を専門にしている研究者、今回の件にうってつけのはずだ」


 ヴァイスは、いつもの胡散臭い顔に戻り、口元をニヤつかせる。

 こういう表情をする人間の考えは、大体一癖も二癖もあるようなトラブルを引き起こす。経験談とお約束というやつだ。


「まさかとは思うが、紅茶の出所とか言わないだろうな?」


 思わず、手元の紅茶に視線を向けながらヴァイスに問いかけると目を点にしている。以前も似たような事で使いを名乗って酷い目に合わされたが、今回は早速当たりを引いてしまったようだ。


「えっ、なんで分かるの…君は心を読む魔眼でも持ち合わせているのかい?」


「お約束っていうやつだけど…それ、協力を取り付けられるのか?大体、報酬に紅茶もらってきてくれと言うつもりじゃないだろうな?」


「なーに、君が単独で森に潜って品を回収すれば、旨い事食いついてくれるさ。なんせ、魔素活性化地帯の奥地に潜れる者はいない。貴重な研究資料を提供してくれるなら快く紅茶を…失礼、協力してくれる筈さ!」


 やはり、この男を信用して大丈夫なのか心配になってきたが、こうなったら出たとこ勝負を仕掛けるしかないようだ。ため息を突きながら、目の前の支部長の無防備な頭部をめがけて依頼書を叩き付けた。


「例えもらったとしても、ヴァイス君には渡しません。個人的に消費するか、もしくは、高値で売却して装備品の買い足しに利用させてもらいます。いいね?」


「そんなぁー!横暴だー横暴!」


 騒ぐヴァイスに何度か依頼書を叩き付けて物理的に黙らせると再度カップに口を付けた。

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