第5話 種
「みんな、おかえりー!大変だったでしょ!」
宿屋のドアを開くとすぐに駆け寄ってくるエミリー。
彼女の声が、長かったようにも感じさせる一日に終わりを告げる。新人二人は、宿屋に着いた途端に座り込んでしまっているが、討伐依頼に慣れていない彼らなら仕方のないことかもしれない。
(というか村の途中まで背負っていたサリアまで、座り込んでいるのはどうなんだ…)
「三人ともお疲れのようだね」
食堂から鼻歌交じりに現れたヴァイス。 新人たちは、お疲れ様ですとのんきな顔をしているが、これから彼らはこってり絞られるのだろう。胡散臭い笑顔を浮かべたその顔が、彼らのこれからを案じさせる。
「さて、スレイ君。まずは、彼らのお世話助かったよ。そして君達は、お説教だ。いいね?ほらほら、いつまでも座ってないで立ちなさい」
ヴァイスは、手にした長い杖で、彼らの足を軽く突きながら催促している姿にエミリーと思わず苦笑する。
「それじゃあ、先にお部屋にご案内するよ!いこうかスレイ君!」
「君?さんじゃなかったか?」
「せっかく村をオークから救った冒険者さんだもんね。親しみをこめて君だよ!それとお父さんが帰ってくるまで無事に宿屋を続けられそうだよ!」
満面の笑顔を浮かべながら、流星の手を引いて、部屋へ案内する宿屋の小さな看板娘。支部へ向かう前にしたやり取りを覚えていたようだ。
「よく分からないが、どういたしまして?」
「お昼にこの宿屋に来て、依頼を受けてくれたと思ったら、ついでに村のピンチも救ってくれたんだよ?物語の英雄とかみたいじゃない」
突然の彼女の言葉に思わず苦笑いをしてしまう。恐らく、ヴァイス辺りが何か吹き込んだのだろうが、オークの巣を壊したくらいでは、その名はとても荷が重い。
「んー村のピンチは、たまたま変わりになる冒険者がいなかっただけさ。それにその名前は荷が重過ぎる」
「私は、その言葉って祈りだと思うの。その人が無茶をして怪我しませんように…また、元気に美味しくご飯を食べる姿を見せてくれますようにって…えへへ、ちょっとかっこよかったでしょ!」
彼女の言葉に背負ってきた荷物がストンとどこかに落ちていく。目の前の小さな身体をした少女が、自分よりも大きく感じてしまう。
「あ、でも英雄さんなら依頼品を支部長さんに運ばせたりしないかー。でも、あんな面白い光景が見れるとは思わなかったけどね!」
少女の表情をコロコロと変えながら階段を上がっていくその姿に、流星の知る彼女の影が重なる。
「はい、それじゃあここがスレイ君の部屋だよ!水周りは、1階だから寝ぼけて踏み外したりしちゃダメだよ!」
彼女から鍵を受け取り、部屋に入ると4.5畳はあるだろうか。ベッドに鍵付きの備え付けクローゼット、机とイスが置かれたそれなりに使いやすそうな部屋だ。
「とりあえず、着替え終わったら下に戻るよ」
「うん!美味しい料理用意して待ってるから、そのまま寝ちゃったら朝は抜きだからね!」
部屋の扉を閉めて、1階へ駆けていくエミリー。
この村に来て、本当によかったと思いながら背負った荷物を降ろし、ローブをイスにかけてから、慣れた手つきで全身の装備を外していく。ゲームのように簡単に着替えることが出来るなら面倒じゃなくてのだが、そうも言ってられない。
(…まぁ、プレートアーマーじゃないだけマシか。あれは催すと地獄だ)
黒い皮装備を外してクローゼットの中に放り投げ、中にきていた衣服は、洗濯用に置かれているであろう籠に纏め、部屋着に着替えてから、ユーティリティベルトを締める。手にしたショートブレードをクローゼットに仕舞い、回収した品を纏めたバッグからはみ出る一本の槍を取り出す。
正確には、槍に分類される戦斧と槍を合わせ、切断、刺突、薙ぎ払いなど様々な攻撃を繰り出すことを可能にした万能の武器。
(元の獲物と比べると多少はランクが落ちるがそれでも2ヶ月ぶりになるか…)
大氾濫の収束した2ヶ月前以降、手にしていなかった武器との偶然の再開。軽く振うとその重量感が、妙に懐かしくも感じる。
「流石に腕が訛ってるだろうし、鍛え直さないとダメだな」
クローゼットに入らなかったハルバードを壁に立てかけ、部屋の扉を開けるとサリアとリオンが、ヴァイスのお説教から開放されたらしく疲れた顔を見せて階段を上がっている。
「あ、スレイさんー…」
「やっと開放されました」
「ベッドに倒れ込んで寝ると朝が抜きになるらしいから頑張って下まで降りて来いよ」
彼らの肩を軽く叩いて、階段を下る。彼らも随分絞られたようだ。
支部長の指示を無視して、村を危険に晒してしまった件は、普通の冒険者なら一発でランク落ちが目に見えている。なぜか階段の陰に隠れるようにいる
「やぁ、リュウセイ。先にこいつを渡そうと思って待っていたんだ」
ヴァイスから手渡されたほんのりと青みを感じさせる白金の素材――希少金属であるミスリル銀で加工されたであろうギルドカードを受け取る。
その見た目は、ギルドカードと何ら変わりないが、ギルドカードに希少なミスリル銀なんて素材を使うことはない。
「これは?ギルドカードにしては、初めて見るタイプだ」
「それは、スレイとしての新しいギルドカードだね。特別仕様のものだ」
「そんなもの大層な物を貰っていいのか?」
ヴァイスの言っていることは、つまりギルドが橘 流星の身分を偽り、スレイとしての活動を認めるということになる。王国との敵対行動にも取られかねない行為は、辺境の支部長の対応できる権限を超えている。
「安心したまえ。君が気にしているであろう件については、ギルド長も了承済みだ。後は、報酬の件なんだけど…2体目の変異体は灰になってるから支部としても報酬を出すことが出来ない。これは、ギルドのルールだから分かるよね」
「正直助かるが…本当にいいのか」
「いいかい、リュウセイ。世紀の冒険者のいない支部で、変異体の出現で凶暴化したオークの巣を新人2人を連れて殲滅。それに大氾濫でもなければ変異体2体なんて滅多に現れない事例だ。2人から報告を聞いた時、流石の私もちょっと焦ったよ。つまり、戦果としては、十分すぎるさ」
「もっとも、彼らがウソの報告をするとも思えない。ということで君には、その素敵なカードをプレゼントするってことだ。まぁ、討伐証明が残っていたとしても、うちの支部も変異体2体に割り振る予算が残っていないんだけどね」
そんなヴァイスの長い説明に声を上げて笑ってしまう。たかが、大して成長もしてないオークの変異体に巣を潰しただけで、盛りすぎだ。
どうせ、また裏があるのだろう。
「これランクとしては、どれくらいに相当するカードなんだ?今までのカードは、上から数えるほうが早いカードだったのは覚えてるが」
「ちょっとヴァイスさーーーーん!いつまでスレイ君を引き止めてるの!」
「いやぁ、すまないねー。彼に新しく特別なカードを渡していたんだよ。ほら、彼女にも新しいカードを見せてあげたまえ!」
小さな身体のどこから出しているか出しているか分からない迫力を出した小さな少女の機嫌を宥めようとする支部長。早く、そのカードを使って彼女の機嫌を直させてくれと情けない目が訴えかけている。彼の態度も当然と言えば当然かもしれない。
なぜならば、今日の晩御飯は、目の前の小さな少女が握っているのだ。
「あ、あぁ」
「見たことないカードだ!ヴァイスさん、ヴァイスさん!これって、どれくらい凄いの?」
「んー偏狭のギルド支部とはいえ、支部長個人の信頼を得た証だ。場所によっては、冒険者のランクよりも当てにされる代物だ」
そんなヴァイスの回答にニコニコと自分のことのように喜ぶエミリー。
少女の純粋すぎる反応に思わず微妙な空気になってしまう流星とヴァイス。彼女の喜んでいるそれは、偽名登録された新しいギルドカード。
それも最初の活躍が、本来の使い方はされずに小さな少女のご機嫌取りでは、微妙な空気になってしまうのも仕方のないことだろう。
「あれ?ふたりともどうしたの??」
目の前で微妙な顔をする流星とヴァイスにケモノ耳を揺らすエミリー。
「いや、なんでもない。食堂に行こうか?夕食が楽しみだ」
「うん!スレイ君が獲ってきた獲物で今日はご馳走だよー!しかもヴァイスさんの奢りーー!」
「えっ、ちょっ!?」
突然の振りに焦った顔を見せるヴァイス。見るたびに胡散臭い顔ばかりしている彼ではあるが、焦る顔をするときがあるようだ。
「行こっか!」
流星は、後ろで財布を数えはじめたヴァイスを見ないことにしたまま、イスまで手を引いていくエミリーにまるで、妹に引っ張られる兄のような気分になる。程々で頼むよという声が聞こえたが、食に関してはもう妥協して生きていくつもりはない。
「支部長にスレイさん、お疲れ様です!」
「ふぁぁあ…お疲れ様です」
「無事に睡魔に勝てたようだな」
眠そうな顔のままの新人たちは、一応着替えて食堂までこれたようだ。サリアが纏めていた髪を下ろして、動きやすそうな部屋着に着替えている以外は、大きく変わった所もない。
そんなことよりも調理場から漂ってきた香ばしいにおいだ。
「みんな揃ってるね!まずは、スレイ君が取ってきた獲物を油で揚げたお肉の盛り合わせだよ!」
目の前に並べられていく食べやすい大きさにカットされた唐揚げの様なもの。エミリーから渡された取り皿には、すでに肉がのせられているが、一体いつ皿によそったんだろうか。
「はい、スレイ君!」
箸がないため金属製のフォークを突き刺すとサクッとした衣の音に心が躍る。
一口で口に運び、肉を噛むと五感が、細胞が訴えかけるような美味しさが口の中に広がっていく。下味を付けた肉に一度火を入れることで美味しさを閉じ込めると同時に調理時間を短縮させ、短い時間で揚げたであろう衣はサクサクと音を立てていく。
「いやぁー。エミリーちゃんはお父さんと違って料理が美味しいねぇー」
「実家でも食べたいけど、私の家じゃ出てこないだろうなぁ…」
「あはは…エミリーの実家は厳格なところだもんね」
少々あっさりとした下味だが、肉食動物とは違った草食動物の肉の旨みがしっかりと出ている。岩塩でシンプルに味を調えたその味は、元の世界で好きだった鳥の唐揚げの味そのものだ。
一端取り皿を置き、柑橘類の香りのする果実酒を味わう。
これは、実に酒が進み過ぎて危険な料理だ。世界は違えど…この味には抗えない。
一切の抵抗を許さない味がそこにはある。
「美味すぎる」
料理こそが、真の意味で元の世界との繋がりを感じさせてくれる。
ますます、オークの肉を回収できなかったことが、残念にさせる。エミリーの料理の腕があれば、オークの肉も美味しく頂ける筈だ。
「あ、あの…スレイさんこっちを見てどうしたんですか?」
「いや、なんでもない」
回収できなかった元凶を無言で見つめるが、そこまで指示を出していなかった責任もある。ならば、明日は例の獲物を整備してから遠出して別の獲物でも探すべきだろう。流石に5人で食べ進めると大皿の唐揚げはすぐに底をついてしまう。
「エミリー、おかわりを貰ってもいいか?」
「ごめんね、すぐには無理なんだ」
突然の悲報。
もう、心身をリフレッシュする時間が終わってしまったのか。獲ってきた獲物が少なかったかという考えが過ぎるが、それにしては量が合わない。骨ばかりで食べられる部位が少なかったのだろうか。
いくつかの可能性が浮かんでは消えていく。
「あー、あのね、そうじゃなくて一品だけじゃなくて他の料理も作ったの!」
調理場から鍋を手に戻ってきたエミリー。
想定外の言葉だ。
「エドバとトトの煮込みだよー!」
鍋の蓋を開けるとトマトの良い香りが鼻を刺激し、喉が鳴る。取り皿によそわれたその料理は、真っ赤に染まった煮物料理。
エドバとトトは、元の世界でいうところの豆とトマトだ。
どちらもこの世界ではよく生産されている野菜で、なぜかどんな季節でも実を付けることから家庭料理で定番。なぜ、どんな季節でも実を付けるのかは不明だが、大気中の魔素に味の影響を受けやすいが、どんな場所でもある程度の収穫が見込めるらしい。
さしずめ目の前の料理は、ウサギ肉のトマトの煮込みといったところだろう。
早速、口に運ぶと蕩けるよるな肉の触感とトトの独特の酸味と甘さが絶妙な味を演出している。
「最高だ」
良く煮込まれているが、その肉からは味が抜けきっていないところが実にいい。これは、牛肉などで作っても美味しく頂けるだろう。
「さっきからスレイさんが、全然表情を変えずに料理の感想しか喋ってないんだけど…」
「サリアちゃんあれはね、料理にしか目がいってない人の目だよ」
「いやぁーまるで、1人別の世界に行っている気がするねぇー」
しかも、この地方のトマトは独特の苦味がなくエグみもないらしい。特産品にして売り出せば、売れるんじゃないんだろうかと思ったが、どんな土地でも当たり前のように生産できるため、あまり需要がないと昼に来た行商人が語っていた。
「折角だからサリアも料理がんばってみたらどうだい?オーク以外にもモテるかもしれないよ?」
「何をー!これ貰いッ!」
「あぁ!それは取っておいたのにー」
油物からさっぱりしたものまで十分に堪能させてもらった。エミリーの料理だけでも、この村に来てよかったと思える最高のおもてなしだ。
ご馳走様でした。
昼と同様に目の前の造り手に感謝の言葉を送り、果実酒を飲み干す。
「そういえば、スレイさんって、戦い慣れてますけど冒険者のランクってどれくらいなんですか?」
食事を終えて、ゆったりくつろいでいるとリオンが声をかけてくる。さっき貰ったカードでも見せればいいのだろうかとヴァイスに視線を向けると頷き返したので、ギルドカードをリオンに投げ渡す。
危うく落としかけたようだが、なんとか受け取れたようだ。
「それ、普通のより断然高いんだから丁寧に扱ってくれないかなぁ…」
「あの、支部長!これって事実上の支部長専属のカードですよね!?」
言葉通りの意味ならアスタルテの支部専属の構成員になるということだ。
「彼の力を借りたいからうちの支部専属として、用意したカードだ。彼には、ここを拠点として活動してもらいたかったからね…その方が何かと都合がいいだろう?」
「まぁ、いずれは拠点を持たないといけなかったが…今か?」
「そうだね、このタイミングじゃないと」
流星とヴァイスのやり取りを疑問に思うサリアとリオンだが、彼らの話は新人たちに聞かせるような内容ではない。
「さてと、サリアもリオンも後、エミリーちゃんもそろそろ寝る時間だよ。ここからは大人の時間だ」
ヴァイスは、有無を言わせぬまま3人を引っ張っていく。その姿を見守りながら、手元のグラスに注がれた果実酒に視線を移す。
まさか、ここを拠点にすることになるとは思わなかった。
「いやぁー悪いね。お子様たちを寝床に送ってきたよ」
「それで、俺をアスタルテに縛ってどうするつもりだ?」
「あぁ、そのことなんだが、私はこの村を開拓したいと考えている…ここを拠点に未開拓だった西の奥地にある、魔素濃度の高いあの森へ進出したい」
「もちろん、ここの専属にならなくてもギルドカードの返却は求めないから、安心してくれ」
一度中に入ると二度と帰ることができないとまで言われている所謂、触れてはいけないエリアの一つ。魔素濃度が異常に高く、それは人も魔物にも影響し、一度方向を見失うと生存確率は大幅に下がり、未だまともな探索もできていない。
「なんだってあの場所に行くつもりなんだ」
「その森が、徐々に広がってきているんだよ」
「森が広がるのは、当たり前じゃないのか…?」
「あー…すまない、私の説明不足だ。周囲の魔素濃度も森に巻き込まれるように上昇してきているのさ」
「つまり、あの森の調査を進めないといずれ周辺の集落を巻き込んだ大規模魔素災害が起こるとでもいいたいのか?」
濃度の高い魔素の環境では、魔物も魔素に酔った状態となり、最悪の場合死に至る。この世界にいくつか存在している魔素溜まりと呼ばれる場所には、誰も近寄ることができない。
「間違いなく起きるね。今回のオークの件も無関係とはいいがたい。だからこそ、リスクを支払ってでも君をうちの支部に迎え入れた」
「この世界で唯一、外からの魔素に一切干渉されない君という存在を」
ヴァイスの言葉通りだが、環境魔素や肉体に直接影響させるような魔法に影響されないだけだ。魔素を自然現象に変換した魔法攻撃を受け付け、外からの強化や治癒促進を受け付けないということだ。
メリットは少なく、デメリットばかりが目立つ。
「魔素の高いエリアには、生半可な魔物はいない。そんな場所を1人で探索させるつもりか?」
苦笑いしながら、グラスに果実酒を注ぐ。
「森の話は、随分先の話になるだろうけど、君は案内役を頼みたいんだ。今後も起こり続けるであろう、大氾濫を止める為の手掛かりを探すため、そして現体制を破壊するための一手をギルドは求めていた」
「また、大氾濫が起きればあの王国は、今後も俺みたいな人間を召喚するのは、目に見えてるか…」
「異世界からの召喚された人間は、その魔素の保有量から1人いれば大氾濫の戦力差も覆すことができる。そして、どの国も王国に頼らなければ自国の兵を失いかねないからこそ、今の現状が続いている」
「なら俺たちを召喚するのにどれだけの犠牲を払ったのか、分かるか?」
ヴァイスは、その質問に苦い顔をしながら10本の指を全て立てる。
恐らく、10の村や集落が、召喚のために捧げられた犠牲になったということだろう。想像していた数よりもはるかに多い規模に拳に力が入る。
ギルドと各国が協力すれば、時間はかかるだろうが、元より召還は必要ないのだ。
下手をすれば、召還した方がよっぽど被害が大きい。
それでも、召還に頼るのは、召還することが都合のいい立場の者がいるからだろう。送還の儀式の後に全ての事実を知った巫女は、罪に耐えかねて幽閉されていた男の逃亡に協力した。
送還に失敗して残された男の命を狙う理由。
国の重臣達が、召還にかかる年月を短縮した方法。
青い髪の小さな
「どうして君はそれを知っているんだ?」
「巫女に教えてもらったのさ」
ヴァイスはその解答を聞きながら、手持ちの紙にペンを走らせる。お世辞にも綺麗とは言えない絵で書いているのは、恐らく召喚のシステムに関することだろう。
「納得だが、恐らく彼女も王国の全てを知る側ではなく、利用されている立場にいたんだろうね。…さて、君も知っての通りあの国の召喚は、一歩間違えればすぐに崩壊する。それが今まで崩壊しなかったのは、なぜか」
「大氾濫の起きている期間中、召喚された人間はあらゆる面で優遇され、元の世界への帰還も保障されているからだな?」
「その通り。大氾濫の際に召喚した人間を各地に派遣することで、王国の権威を守ってきた。民と土地を犠牲にしながら国を延命させ、重臣達が生き残る」
「土地というとあれか?魔素の尽きた土地か」
「あぁ、君は見たことがあるかい?あの死人が動き回るあの地獄のような光景を」
「この村にたどり着くまで何度も通ったさ。なんせ、誰も近寄らない」
魔素が枯れた大地は、生きた地獄だ。魔素が足りないため魔法は発動せず、死人や骨が動き回り、何度倒しても再び動き出す。植物ですら生えてこない不毛の大地。50年ほど前を境にして、王国の偏狭を中心にその数を少しずつ増えてきているらしい。
「見てほしい、各国の魔素溜まりと呼ばれるエリアの分布と大よその規模、そしてこれが王国内に広がる不毛の土地の位置だ」
「汚くてわからんぞ。ミミズか?」
「う、うるさいなぁ…気にしてるんだからほっといてくれ」
「関連性がありそうな配置をしているが…ミミズだな」
何度見ても、ミミズの走ったようにしか見えない地図をなんとか解読するが、これを読めるようになるには長い付き合いがあったとしても無理だろう。これは異世界の言語と説明された方が、まだ分かりやすいかもしれない。
「ということで君には、アスタルテを拠点に各地の魔素溜まりの調査を依頼する」
「目の前の森じゃなくていいのか?それと具体的に調査は、何をすればいいのか分からない」
「あの森は、まだ手の出しようがない。それよりもここ50年で数を増やした魔素溜まりを調べた方が確実になにかあるはずだ」
「確証は?」
手にしたスローイングダガーを弄りながら、ヴァイスに視線を向ける。これまでの会話から推測すると彼らが出てくる筈だ。
「記録を見ると、王国からのその地区を納める貴族に貢物が持ち込まれている形跡があるってところかな」
「決まりだな。スレイとして、その依頼を受けさせてもらう…まぁ、そっちの思い通りに動かされている感はあるが、俺も利用させてもらうさ」
これから待ち受けるであろう多くの厄介事を感じさせる白金の。
「リュウセイとして受けてくれても構わないんだよ?」
流星は、表情を緩めながら、テーブルの上に少々傷の目立つ一枚のカードを載せて、立ち上がる。それは、今まで流星が持ち歩いていた仲間たちとの思い出が詰まったギルドカード。
「いいや、そいつは時が来るまで預けておく。今の俺は、スレイ。そうだろ?」
蝋燭の炎が揺らめく中、ヴァイスの目の前に立つ流星。
彼の指先に挟まれた新たなカードは、彼と影と重なり、目の前の男を人ではない何かに変えた。ヴァイスは、一瞬だけそんな錯覚に襲われた。
「それじゃあ、部屋に戻るよ。おやすみ」
「あ、あぁ、ゆっくり休んで疲れを取ってくれ」
流星が食堂を去った後、再びグラスに果実酒を注ぎ、一気に飲み干すヴァイス。預けられたギルドカードを眺めながら、本人の前では口にしなかった最後の一言を紡ぐ。
「カードが変わっても
小さな呟き声は、夜の闇の中へと沈んでいく。
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