第4話 牙を折る

「悪い、またせたな」


 東の森からギルド支部までの道程を駆け抜けた流星は、すでに支部の前で装備の確認をしていた2人に謝罪する。元々彼らは、学園生として保護される側の人間だ。

 それを焚き付けて連れて行くのだから当然、謝罪もする。


「装備の確認をしていたので大丈夫です」


「僕もサリアも必要な物だけバックパックに詰め込んで急いで出てきたんで、まだ準備ができてるって言えないんですよね…」


 思わず口元を緩めながら、彼らの装備に目を向ける。随分慌てていたのか、幾つか明らかに要らないものが混じっている。空き瓶ならともかく空っぽのフラスコなんてものをいつ使うのだろうか。


「こういう招集が稀にあるから、予備で短期間の行動向けに荷物を纏めたバックパックの用意を勧めるぞ」


「サリア、メモ取るなら後からにしなよ…」


 青年の呆れた声に我に返り頬を赤く染める少女。癖なのか動きやすい服装をしていても、手が届く位置に筆記具と紙は用意しているようだ。


「記録を付けることで、依頼人とのトラブルを回避できることもある。周囲に敵がいない時にメモを握るくらいで、咎めたりはしないさ。」


 もっとも、いつまで学園気分で浮かれてやがると気性の荒い冒険者には、呼ばれるかもしれないがと心の中で付け加える。


「なるほど…」


 感心する青年を他所にまた、メモとにらみあいをはじめる少女の行動に思わず、メモを取る場所なんてあったかと疑問に感じてしまう。そんな変わった2人組を連れ、東の森の先にあると思わしき今回の狩場のあるポイントへ移動を始める。


「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は…あー…そう、スレイだ。スレイ」


 まるで、自分の名前を今まで忘れていたかのような妙な自己紹介に学園生は顔を見合わせる。さっきまで、畏怖を感じていた男と比べると隣を歩く男には、ちぐはぐとした違和感しかない。そんな2人の顔を見ないように流星は、何食わぬ顔をして歩き続け、エミリーに名乗った偽名を忘れていた事実を誤魔化した。


「え、えっと、スレイさんですね。私はサリア・クロスフォード。サリアとお呼びください」


 ブレザータイプの魔術学園の制服を身に纏い、優秀な生徒に贈られる魔術礼装をかねた黒いローブの厚着をしていても、自己主張をするボディーライン。元の世界ならば、アイドルと言われれば信じてしまう容姿。腰まで届きそうな明るい金の髪を真紅の紐でポニーテールに纏めた蒼い瞳を持つ少女。


 クロスフォードといえば、共和国でも知名度の高い魔法使いを輩出してる名門である。焚き付けなかった方がよかったのでは、と流星はどんよりとした気分になりながら、隣の青年に視線を向ける。


「僕は、リオン・クゥエル。サリアとは、魔術学園の実地勉強の一環でアスタルテへ来ています」


 少女に対して、どこか大人しめだが、彼女の手綱を握っているしたたかさも備えているような青年。少女と同様に魔術学園の制服に魔術礼装をかねた黒いローブを身に纏い、端正な顔立ちと肩口で揃えた深い蒼い髪とスカイブルーの瞳からは、一般人とはかけ離れた気品さを伺わせる。例えるならば、王国にいた頃に何度か謁見した王族のような身分を隠していても、隠し切れない品のよさだろう。

 どうやら、とんだ貧乏くじをヴァイスに引かされたようだ。


 思わず表情を曇らせながら、今後のことを考え始める。彼らを連れて、オークの巣へと向かわなくてはならないが、特に名案は浮かばない。現地に近づいてから臨機応変に的確な判断を下していくしかないようだ。

 流星は、未来の自分へ丸投げした。


「地形効果と連携を利用して、確実に魔物を仕留めきる能力。そして、制服も成績優秀者が着ることが許された特別なローブ…優等生ってところか」


「学園で、そう呼ばれても現場じゃ上手くいかないことばかりです…」


「最初の戦闘を見る限り、突然攻撃を受けて防御魔法を組めたが、攻撃の決め手が欠けていたところか?」


 彼らが、襲撃されたポイントを見て回りながら、簡単に状況を整理する。いくら優秀と言えど、命のやり取りをしながら防御魔法を組んだ状態で攻撃魔法を展開する器用なことは、学園で教えられていないはずだ。


 魔法使いは、遠距離の花形職、前衛をこなせる人材を用意しなければ本来の力は、発揮することは難しい。近接戦闘をこなしながら、術式を組み魔法を振るう魔法剣士などという器用な人材は、冒険者や各国の騎士団を探しても滅多にいないだろう。

 なにより、思考を割く都合上、瞬間的な判断が必要となる近接戦闘と魔術の相性は悪い。


 では、2つの違いは何か。

それは、放出するか体内で循環させるかの違いだ。


 放出した体内の魔素と大気中の魔素を組み合わせることで、さまざまな現象を引き出す魔法使いは、大気中の魔素や自然環境に影響されやすく、少しのコントロールのミスが全て自分へと跳ね返ってくる。

 逆に体内の循環や武器に魔素を流し込む強化がメインの近接職などは、大気中の魔素へ影響されにくい為、維持するだけの集中力と豊富な魔素があれば、肉体強化したまま長時間の戦闘を行うことができる。

 

 当然、欠点もある。

 肉体の強化は、体内の魔素の消費が馬鹿にならないため強化したままの長時間の戦闘などもっての外だ。その代償は、意識の混濁、全身筋肉痛、尋常じゃない付加に骨が耐え切れず骨折など軽度のものから重度のものまで多岐に渡る。

 さらに一度体内の魔素を使い切ってしまうとその回復まで身体機能が低下し、病気や怪我の治りも遅くなる。

 種族によっては、環境による魔素の恩恵を受け取れる亜人もいるが、彼らにしても環境が変わってしまうと魔素の回復に支障を来たしてしまう。


 ならば、魔法使いになれる素養がある者がどちらも極めればいいという簡単な話になるが、放出、循環が得意というケースは、非常に稀だ。

 この世界の住人の殆どは、どちらかに偏った放出と循環の適性を持っている。いずれか一方しか使うことができない一方通行なケースは、存在しない。

 それは、異世界から来た人間も同様である。

 ただ一人を除いては…。


「その通りです。突然襲われたんで、とっさに魔術防壁で受け止めたんですが…」


 オークと言えど、ゲームのような序盤の町に出てくるような魔物なんて優しくはない。人間のよりも体格が良く、発達した筋肉は身を守る鎧も兼ね、毒や病に対しての免疫力と繁殖力の高さから、あらゆる環境でその姿が確認されている。

 武器を扱うだけの知能を持ち、時に冒険者との交渉にすら応じる個体がいるため、そのランク付けは難しい。ランクの低い冒険者が遭遇したならば、地形を利用しながら逃げることが推奨されている相手だ。


「並の学園生ならその一撃で死んでいた。生き残って、倒したんだ。学生としてみるなら、お前らの戦果は上出来だよ」


 彼らは、利用できるものを上手く利用して、流星も想定していなかった結果を残した。優秀な学園生徒といえど、何度かの魔法で全滅させるのが定石。手傷を負わせたオークの群れを一度に仕留めるなんて芸当を未熟な身でありながらもやってのけた。

 確かに結果としては、あらゆる要素が絡み起きた偶然かもしれないが、その偶然を引き当てたのは紛れもない彼らだ。


「なんかこう、モヤモヤするんですけど…ありがとうございます」


「そのサリナの気持ち、僕もよくわかるよ…」


 彼らは、冒険者であると同時に学園の生徒だ。

 だからこそ、無事に生き延びた彼らにはそれを受け取る資格がある。


失敗それは、これから取り返せばいい。そうだろ?」


 将来有望の彼らの肩を軽く叩き、ゆっくりと身を屈めさせる。

 流星の様子の変化に戸惑う二人。辺りに変わったものがないのに突然身を屈めさせられたのだから当然の反応だろう。

 

 経験の浅い2人が疑問に感じる中、流星は生物が残したであろう痕跡に目をつける。生き物が狩場に潜む時、それは僅かにだが痕跡を残すものだ。

 それが雪の積もった森の中ならば、たとえ隠蔽しようと違和感というものは残る。


「スレイさん、これって何かを引きづった痕ですか…?」


「正解だ。どうやら、地面を慣らしながら移動した痕跡だな」


「なるほど…移動の痕跡を隠すということは、この先に目的地があるってことですね」


 流星達は、木の陰に身を潜めながらゆっくりと移動を始める。奥へと進むたびに何かが通った痕跡が少しずつ数を増やしていく。


「雪を慣らすって、そんな知恵が…」


 サリアの疑問に流星は、思わず口元を緩める。

 学園といえど、冒険者の一部が知る知識は教えていないようだ。


「サリア、変異体が生まれた時の影響力は、学園じゃ教えてないのか?」


「えっと、変異体が通常の個体よりも特別な力をもって危険なことくらいしか」


 これから先、流星と言えど知識の有無で、2人は簡単に命を落とすかもしれない。彼らは、変異体という魔物がどういうものか教えておく必要がありそうだ。


「特別な力を持ったというのは、間違っていないかもしれない正しい表現じゃないな。俺たちが受け継いできたものを彼らは身に付けているって、戦ってきた奴らは言ってる」


「受け継いだ…?」


 リオンは、遠回しの言葉に首を捻る。最初から答えを出しても彼らの成長には繋がらないことは、元の世界とも変わらない。


「リオン、変異体が現れるとそこに住むコミュニティー全部に影響を及ぼす。何故かわかるか?」


「コミュニティー全部…となると変異体の統制能力ですか?」


「一応、正解。奴らは、戦った場数が多い程、変異体が指揮するグループは強さを増す。これには理由があるが…まぁ、今はいいだろう。それだけおぼえておけば大丈夫だ。」


 優秀な彼らならいずれ、その真実にたどり着くはずだ。変異体が秘めた最悪の可能性に至る可能性とそれがもたらす結末の全て。


「さてと…一端休憩を挟もう。流石にお前らの体力が持たないだろ?」


 オークとの戦闘後に休みなしで歩いてきたことも響いているのだろう。

 彼らの顔には、少しずつ疲労が見え隠れしている。オークの巣があると思わしきポイントには、かなり近づいてきてはいる筈だが、この辺りで、一度休ませておくべきだろう。


「流石に…雪の積もった足元を気にしながら歩くのは疲れますね…」


「下に岩でも転がって、足を滑らせて怪我なんてしたら笑いの種にはなりそうだけどね…」


 倒木を椅子代わりにしながら、それぞれが思い思いに体を休め始める。

 流星は、警戒しながらも入念に武器のチェックを続け、サリアは乾燥したフルーツを口にしながら水分を補給し、リオンは考え事を続けながら僅かに表情に曇らせる。


「統制能力…戦術への対応…学園の情報規制……まさか?」


 気が緩んだのか、零れた言葉に慌てて口を紡ぐリオン。


「やけにさっきの話題が気になるようだな」


「い、いえ!そんなことはないですよ」


 リオンは、浮ついた声でなんとか誤魔化しているようだが、その反応は触れてはいけないものが何を比喩しているのか悟っている。

 そんなリオンに一言囁く。


『踏み込みすぎると後戻りできなくなる』


 流星がと深く関わったことがあるからこそ言える忠告。リオンは、流星の言葉を肝に銘じながらバックパックから取り出した水筒の水を口に含み、記憶の奥底へ沈めていった。彼とて、触れなければよかった真実を触れて、消えるつもりはない。


「っと、こっちにオークが近づいてきているな」


 流星の実戦に裏打ちされた豊富な勘が、まだ姿の見えない脅威に警鐘を鳴らす。気配絶ちの技術は、索敵と密接な関係にある以上、敵意や悪意に対する索敵警戒距離は、並の冒険者の比ではない。


「ここで迎え撃ちますか?」


 杖を構えるサリアだが、流星は彼女の杖をそっと下ろさせる。待ち伏せして迎え撃つには、悪くない場所ではある。

 だが、数も分からない状況で攻勢に出るのは得策ではない。

 一旦、身を隠して迫る脅威に不意打ちを仕掛けてもいいだろう。


「よし、身を潜めて不意打ちで歓迎してやるか」


 そのためにもすぐさま行動に映る。


「リオンとサリアは、その倒木の下でなるべく見えないように身を隠せ。」


 着ていたローブを2人預けて、彼らの隠れる倒木から少し離れた場所で、気配を絶つ。近づいてくる脅威に息を潜めていると、すぐに"ソレ"は、数匹のオークを引き連れて現れた。

 

 通常の個体と比べるとアスリートの様により洗練された肉体。

 手にした武器は、オークがよく使っている丸太をくり抜いた棍棒に刃物を突き刺して、殺傷能力を強化している。方向を変えて突き刺された刃物は、触れると抉るように肉体に食い込み、致命傷を残すだろう。


「うわぁ…当たったら痛いどころじゃすまなさそう…」


「サリアに同感だね…あれが当たったら真っ二つにさせられそうだ」


 さしずめ、オークリーダーといったところか。倒木に隠れる2人に近づき、次の支持を伝える。


「あいつには、俺が行こう。オークリーダーと交戦に入ってたら、残りのオークを頼む。魔法で巻き込んでくれるなよ?」


 小さく頷く彼らを確認してから、最も距離の近いオークの陰に張り付くように移動する。体格の良いオークの身体を利用して、他のオークたちの視線から外れる離れ業。引き離した後輩たちが息を飲む中、流星はショートブレードを引き抜く。

 

 強靭な肉体を持つオークと言えど、その身体が生物。

 世界は違えど、骨格や筋肉といった肉体の構造は殆ど変わることはない。アキレス腱、足首の後ろに存在する体を支える上で、重要な役割を担う最大の腱を容赦なく刃を走らせる。

 

 オークの巨体を支える強靭な腱、だからこそ弱点になりやすい。

 叫び声をあげながら倒れるオークを足場に軽やかに宙を舞った流星は、後輩達へ合図を送り、次の獲物の眉間を遠心力と落下を利用して切り裂く。元の世界にはない"魔素"が可能にした軽業に翻弄され、戦闘可能なオークの数は1匹、2匹と戦闘不能になるオークを増やしていく。


「ねぇ、あの動きマネできる?」


「騎士を目指してた友人ならできそうかも」


 倒木から場所を移し、詠唱を始める彼らの目の前で繰り広げられる、オークリーダーとの激しい交戦。一見、普通のオークよりも一回り体格が小さいように感じるが、その動きは彼らが仕留めたオークよりも素早く、攻撃に無駄がない。

 だが、そんなオークの攻撃も確実に躱し、反撃を加えていく目の前の存在は何者なのだろうか。伸びきったオークの腕の関節に投げナイフを突き立てていくその姿は、今までリオンとサリアが見たことのある冒険者には当てはまらない。


「僕に出来る範囲で足止めはするから、止めは頼んだよ」


 リオンは、アイシクス・スパイクで複数のオークの進行を遅らせながら、術式を組むサリアに視線を向けた。術式を組み終えた彼女が喚起させた魔素が、宙を浮かぶ魔法陣に収束していく。月明かりが差し込む森の中で、強き光を放つ"ソレ"は、彼女が制御できる最大の魔術。


「我らが掲げし光の槍は、黄昏と静寂の元、仇なし者を無へ還す」


 サリアは、短杖を持つ手を掲げ最後の言葉を紡ぐ。


「マルチプル・フォトン・ランス…!」


 放たれた光の玉は、空高く舞い上がる。

 術の失敗と見たオークたちは、足元で邪魔をする氷の針を蹴り飛ばしながら、我先にとサリアの元へと殺到していく。


「頼むのはいいけど、今だけ立ち位置変わらない?」


 サリアは、殺到するオークにげんなりしながら、リオンに返事を返す。


「それは、遠慮しておくよ。オークは、サリアに夢中みたいだからね。頑張って!」


「オークにモテても全然嬉しくない!」


 サリアは、オークリーダーを膝をついたと同時に短杖を持つ右手を振り下ろした。彼女が右手を振り下ろすと同時に上空で、静止したままの光の玉はゆっくりと回転し、落下を始める。

 

「踊りなさい!」


 彼女の声に反応するかのように光の玉から無数の光の槍が飛び出していく。

 差し込んだ月明かりに照らされ、少女は戦場を舞台に変える。

 

 短杖を片手に光の槍を指揮する少女へ迫るオークは、叫び声をあげることも肉片を残すことも許されず、光の槍が灰に変えていく。幻想的な光景が終わる頃には。静寂だけが残された。


「ご清聴ありがとうございました…」


 口元に短杖を軽く当て、その戦果にどこか満足げになる。

 だからこそ彼女は、油断していた。背後に迫る新たな脅威の存在とそれを見ながら苦笑いするリオンの姿に。


「あいたっ…!」


「やりすぎだ。こんだけ灰の海を作ったら、まったく素材回収出来ないだろ」


 サリアの頭にデコピンしながら周囲の光景に呆れる流星。

 オークだけを狙ってばら撒かれた高密度の光の槍は、肉片すら灰に変えてしまっている。わざと流星が生かしていたオークと変異体と思われるオークリーダーも今では、ただの灰だ。


「そういえばオークって、どこ回収できるんですか?解体しても素材取れる場所がなさそうですけど…」


 流星は、リオンの疑問ももっともだと思いながらも宙に舞うオークだったものを名残惜し気に見つめる。オークの肉、久々に食べたかったのだがまた次の機会になりそうだ。薬味をふんだんに使えば、猪肉の様な感覚で食べられる。


「まずは、肉だな」


「丁寧に処理して臭みを抜いた肉は、猪肉のような感覚で食べることができるぞ」


「あ、あれを食べるんですか!?」


「あの見た目からは、全然想像つかないんですけど…」


「城塞都市のある最前線なんかでは、香辛料をガンガンに振った串焼きにして、エール片手に好まれてるポピュラーな料理だ」


 流星は、顔を蒼くしながら身体を引くサリアの姿にこの世界に来た当初の仲間たちとの反応を思い出して、苦笑する。オークの巣にオークが残っているなら、串焼きにして食べたい気持ちはあるが、先ほどの戦闘に参加していたオークの数を考えるとあまり期待はできそうにない。

 多少、落ち込みながらも残りの素材についての講義を続ける。


「骨や内蔵などは、効果の高い回復薬や滋養強壮剤が生成できる。後は…とある部位を使って、夜の方に効果を高めた薬とかだな」


「夜…?」


 頭を捻るサリアを温かく見守る。純粋さの残る彼女はまだ、知らなくていい世界だ。


「まぁ、先を急ぐか…今ので残りのオークが、全滅してるとは思うが」


「素材の使い道を知ってるってことは、薬の生成方法などの知識もあるんですか?」


「基本的な薬の精製ぐらいならできるぞ」


 幾つかのレシピを思い浮かべながら、リオンへ返事を返す。

 この村に来るまでに使っていた薬は、流星が自分で調達したものを使って精製したものだ。バックパックに仕舞っていたガラス製の試験管をリオンに投げ渡す。


「スレイさん、これは?」


「消費した魔素を回復を促進させる薬の原液だ。一応それ、アルコールだから村に帰ったら水で割って飲めばいいぞ」


「魔素の回復を促進させる薬って貴重な物なのにいいんですか?」


 申し訳ない顔をしたサリアの肩を叩き、相方はむしろ貰う気満々だと視線を送り頷く。


「余った材料で作ったのはいいが、使う必要なかったから気にすることはない。それに魔素を補充する薬に比べたら原材料も値段も安いもんだぞ」


「では、ありがたく頂きます!」


 キラキラとさせた目をしながら試験管を空にかざす姿が様になっている。年相応の幼さを感じさせる姿をやれやれと見守るサリア。


「さて、ついたぞー。オークの巣入り口だな」


 辺鄙な穴倉の入り口の前にたどり着いた一行は、早速穴倉の中へと足を踏み入れる。


「に、においがー…!」


「臭いがきついなら一人で外で待ってるか?」


「いきまひゅ!いきまひゅからおいてかないでください!!」


 涙目になりながら、ローブで顔を覆うサリアと顔をしかめながらも慣れようとするリオン。対照的な2人の姿に苦笑しながら、流星は先導する。

 索敵には、天井にぶら下がる蝙蝠が僅かに引っかかる程度だ。


「肉の塊と人骨とあーこれは、クマの頭か…?」


 テーブルらしきものに置かれたオークの芸術的オブジェを眺めながら巣の中を荒らすように物色する流星。


「うう…鼻がおかしくなる」


「サリア、わざわざ中に入らずに外で見張ってればよかったのにー」


 すっかり日が落ちた夜の森の中に取り残されるのを嫌がり、臭いのキツい巣に嫌々付いてくるアリアの姿は、微笑ましい。リオンは、オークが回収したであろうガラクタの中から幾つかの品を回収して、サリアの元へ戻っていく。


「なにそれ…?」


「所謂、臨時収入ってところだね。精霊石を使ってた代物だね」


「オークの巣に何でそんなアイテムが転がってるのよ…」


 対応する魔術の展開に必要な魔力を減らす事が出来る精霊石は、魔術師なら1つは欲しい貴重なアイテム。ましてや、学園生の2人の懐事情では、まず手に入らない高価な品だ。オークの巣に転がっているようなアイテムではない。


「元は盗賊団のアジトだったんだろうな。奥の無事な金庫に色々眠っていたぞ」


 手にしたロックピックを器用に廻しながら、合流した流星の腕には、十分使用可能な武器やいくつもの宝石の類が抱えられている。


「金庫ってそんな短時間で破れるものなんですか?…すごいなぁ」


「盗賊が使ってるようなカギならロックピックとナイフで十分開けることができるから、覚えておくといいぞ」


「それ、すれひさんだけじゃないんですかー…」


 予備のバッグに戦利品を詰め終わるとバックパックから取り出した瓶をあちこちに投げ入れて液体をまき散らすと逃げるように洞穴から離脱する。投げ込んだ液体は、流星がアスタルテの村につくまで着火に使っていた液体燃料。この世界では魔素の次にポピュラーで安価で入手できる燃料だ。


「さてと…焼いていいぞ、サリア」


 我先にと飛び出したサリアは、すでに杖を構え洞穴ごと臭いの元を焼き尽くす為に術式を展開を始めている。その姿によっぽど、臭いがきつかったんだなとリオンと流星は苦笑いを見せる。


「彼方より来たれ、明けの明星、劫火を纏いて大罪を焼き払え…」


 彼女の詠唱に喚起され、周囲の魔素が熱を帯びながら収束する。


「イグニッション・ヴォルケーノ!」


 彼女の放つ強力な炎の魔法は、内部にばら撒いた液体燃料に引火して、洞穴の内部を一気に焼き払っていく。下手に放置すれば、不衛生な環境がここら一帯の感染症の元にもなりかねない。

 忌々しい臭いの元を絶ったサリナは、炎をバックに短杖を口元に当て、金の髪を揺らしながらどこか妖艶な雰囲気を醸し出すが、


「さぁ、早く村に戻りましょうか」


 流星もリオンもそんな彼女に目もくれず戦利品の確認に始めている。

 

 頬を膨らませながら、不満げな表情を浮かべる。完全な日が落ちた中、村までの暗い道のりは年頃の少女には、隣に人がいても心細い。


「高価な代物もありますね。換金したらそれなりの額になると思います」


「いい目利きしてるな。いい金額になるが分け前はどうする?」


「ちょっと、スレイさんもリオンも聞いてるの?」


 冒険者としては、パーティの取り分を決めることも大切な要素である。

 だが、炎上するオークの巣を明かりにしながら、報酬を決めるような冒険者は滅多にいないだろう。


「今回はスレイさんと村に迷惑もかけましたし、8:2辺りでどうでしょう?うちのお転婆娘がご迷惑をおかけしましたし…」


「謙虚だな7:3ってところでどうだ?3あれば1人頭の取り分もそこそこだし、ついでにこの腕輪に目をつけてたんだろう?」


 流星は、リオンの見つけた腕輪をくるくると指で廻しながら、口元を緩めてリオンに視線を向ける。


「あちゃー…バレました?」


「精霊石が埋め込まれた腕輪なんてそれなりの値段がするからな。せっかく見つけたものなんだし、持って行っていいぞ。俺も武具の中にほしい物があったからな」


「では、遠慮なくいただきますね」


 リオンは、自分で見つけた精霊石の腕輪二つ分を報酬に受け取り、満足げに空に掲げる。学園生徒である2人は、報酬として多額の金銭を受け取っても、その報酬の一部は学園に還元されてしまう為、貴重な精霊石が埋め込まれた腕輪の方が魅力的だ。


「うぅ…ふたりとも全然聞いてない…」


 放置にされるサリアの目には徐々に涙が溜まり始める。


「あー聞いてる聞いてる」


「サリア、どうしたの?お腹痛いの??」


「なんなのよー!もー!もー!!」


 流星は、機嫌悪く唸り続けるサリアとそれを宥めるリオンにかつての仲間たちの姿を重ねて、思わず噴出してしまう。さっきまで命をやり取りをしていたとは思えない静かな夜の森に穏やかな時間が流れていく。


「ちょっとスレイさん!なに笑ってるんですかー!!」


 ポニーテールを揺らしながら、迫るサリア。

 戻れない過去にはなってしまったが、変わらないものは、やっぱりどこにでもあるようだ。これからも、彼女に託された願いを無駄にしないために今を生きていけば、こんな変わったやつらとも会えることだろう。


「聞いてるんですか!」


「聞こえてるさ」


 それは、目の前で頬を膨らませる少女ではなく、遠いどこかで希望に祈り続ける彼女に向けての返事。ベルトに下げたショートブレードの鞘に触れながら、遠い空を見上げる。

 彼女がどんな思いでこれを渡したのかは、分からなかったが、寂しそうな顔をしながら、手を振っていた彼女の姿が瞼の裏に焼き付いたままだ。


「もー!絶対聞いてないですよね!」


「まぁまぁ、サリアもそんなにモーモー鳴くと牛になるよ?」


「なるわけないでしょ!」


 再開したら、この賑やかな出会いやこれからの出会いを面白おかしく語ってやろう。隣で賑やかに雪を投げ合う後輩2人を置いて、軽く駆け出した流星。

 周辺には、彼らの脅威になりそうな魔物はいない。元よりここ辺鄙な村の周辺には、魔物より普通の動植物の方が多い。


「2人ともいつまで遊んでるんだー。宿屋に戻るぞー!」


 どうせ、あの支部長は、宿屋で帰りを待っているに違いない。維持の悪い笑顔を浮かべながら、討伐報酬を吹っかけてやろうと決意する。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよー!」


「ほらー。サリア―置いていくよー」


「待たないと絶対許さないんだからねーーーー!」


「よし、だったら村まで運んでやるよ」


 慣れない雪道に未だ苦戦しているサリアの身体を抱えて、そのまま走り出す。言うなれば、時間の節約。


「わーーーー降ろして!降ろしてくださいってー!!あぶないですからーー!!」


 顔を真っ赤にしながらジタバタと手足を揺らして暴れているが、身体強化している以上、あまり効果はない。暴れた方が余計に危ないんじゃないんだろうかという疑問は、あえて言わないほうがいいだろう。


「あ、折角だしリオンも持つ?訓練になるよ!多分」


「後が怖いんで遠慮しておきますー。サリアの事お任せしました!」


 どちらにしろ未だに雪道に慣れていない彼女のスピードに合わせていたら、晩御飯の時間が遅くなってしまう。サリアは、晩御飯の尊い犠牲となったのだ。


「恥ずかしくて死にそうなんで早く降ろしてくださいいいーー!」

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