第3話 貸し借り

 ほかの民家よりも多少大きい二階建ての宿屋の前に辿り着く。

建物全体を見ても、ただの木造には見えないのは、こちら側の世界で見たことのある技術がいくつか使われているのも理由だろう。

 所謂、基礎や建物の内部に使われていたローマン・コンクリートの技術や釘のない木造建築など妙なところで元の世界で見かけた技術がチラホラと見られる。


「おまたせ」


 外の玄関の前で座り込む宿屋の看板娘に声をかけると狐のような尖った耳を器用に動かしながら駆け寄ってくる。


「おかえりなさーい!」


「では、改めて…依頼を受けさせてもらった。えーっと…スレイだ。よろしく頼む」


 本名を名乗ると余計な迷惑をかけると判断して、strayed《はぐれた》を意味する単語をもじった偽名を名乗る。仲間たちとはぐれた男には、ちょうどいいと若干ナーバスになるが、徐々に受け入れるしかない。


 橘 流星と呼ばれた人間は、この世界にすでにいないことになっている人間だ。


「ふむふむ、スレイさんねー。私はエミリー・シェル。宿屋エル・ド・サーニの看板娘で、今回のあなたの雇い主兼お部屋の管理人だよー。改めてよろしくねー!」


 宿屋の一階で元気にキツネ耳を揺らしながら、改めて挨拶する少女。

ロングスカートもひらりひらりと揺れ動くが、おそらくスカートの中でモフモフとした尻尾も同じように揺れているのだろう。ロマンのある話を考えながら、一旦荷物を玄関に置き、バックパックの中身を詰め直して、食堂で詳しい依頼の内容を聞いていく。


「食べれそうなやつを狩ってこいって話だが、東の森のどのあたりを探索すればいいんだ?」


「んーそこまで大きくない動物を狙うと私も調理が楽かなぁ…そこでいつの間にか座ってる支部長さんも楽しみにしてるみたいだから多めにとってきてね!」


「実質、私と彼女からの依頼になる。夕食のグレードは、君にかかっているんだ。是非とも頼んだよスレイ君!」


 さっきまで、ぐうたらしていたとは思えない程に生き生きしたヴァイスにやや引き気味になりながら、ふとした疑問が浮かぶ。


「…いつ宿屋に来たんだ?」


「なーに、ギルド支部の方が少々高い場所にあるから魔術で滑ればすぐに着くさ」


 言っている理屈は分かるが、滑ると言う技術は肉体的にも魔術的にもある程度、精通した技術が必要。

 やはり、只者ではないようだが、鼻歌を歌うようにお肉お肉と連呼している姿を見ると本当に大丈夫なのかと疑ってしまう。


「あぁ、予期せぬトラブルがあったら状況に応じて対応してくれて構わないよ。森のトラップも君の判断で有効に使ってくれ」


 ヴァイスの言い方では、トラブルが起きると分かっているような口振り。どうせ、碌でもない事が起きることのだろうが、お約束と言うやつだ。


「まるで、トラブルに巻き込まれるみたいな言い方だな」


「すまない、その時は報酬に色を付けておくよ」


「ないことを祈るよ」


 2人のやり取りに首をかしげながら支部長へクリームシチューを運ぶエミリー。

彼女には、2人のやり取りが分からなかったが、今夜は温かい食べ物を用意すべきと宿屋の感が告げていた。



 冒険者の基本は、土地を知ることから始まる。

 土地を自分の足で歩き、特徴を知ることで万が一の事態が起きた場合、即座に行動に移す。


 村を大回りに歩くように東の森へ移動していた流星の目に留まる2人組も冒険者のいろはを学ばされているのだろう。流星は、ギルド支部から出てきた2人組を眺めながら、村の東部に広がる森林地帯へ足を踏み入れる。


「こっちの邪魔にならなければいいが…これもお約束というやつなんだろうな」


 そのうち起こるであろうトラブルに頭を悩ませる。

 ヴァイスが言っていたトラブルは、恐らく新人が森に入り、周囲を探索するオークを刺激する可能性がある可能性があるということだろう。


 もしも、その状況になった場合は、すぐにでも討伐に向かう必要がある。その場合は、探索に出たオークが戻らなかったことを不審に思ったオークが、総出で攻めてくる可能性が高い。大氾濫が起こったときに遭遇したオークの群れにもそのような兆候があった。


「そういえば、トラップがあるとか言っていたな」


 足元を注意深く観察するとそれなりに大きな木の根元に何かの刻印が施されている。彫られてまだ日が浅いことあり、どうやらヴァイスが仕掛けたトラップとは、これのことのようだ。


「刻印魔術…かなり、初歩的なものだが効率のいい作りをしているな」


 起動すると刻印が施された木を倒して、対象を下敷きにする単純なトラップといったところだろう。点在する刻印ポイントを調べるとそれぞれが連鎖反応を起こさないギリギリで設置してある。小さな魔力に反応して爆発させる造り、村人にでも起動することができるレベルの刻印魔術。

 これなら、万が一森の中で魔物へ襲われても、村へ逃げるだけの時間を稼ぎ、一時的に道を塞ぐ事ができるだろう。


「俺には使えないから何の意味もないな…っと、あれが目標か」


 トラップの仕掛けてある木々の周りを3匹の大ぶりな兎のような生き物が木の皮を剥ぎ、爪を研いでいる。下手に魔法使えばトラップを起動させ、獲物も失う。

 この程度の討伐依頼を新人にオーダーしなかった理由に納得した流星は、太ももに縛り付けたダガーホルダーからスローイングダガーを引き抜く。


 新人ならともかく腕のいい冒険者ならば一度に3匹を同時に正確に仕留めることは容易い。このような状況下で、もっとも重視される技術は気配絶ち。

 文字通り、環境に溶け込み存在を隠蔽する狩人や暗殺者の好んで使う技術だが、気配を絶つという技術は、生半可なことではない

 捕食者は、獲物になにかがそこにいるという痕跡を残して悟られず、同時に自身の知覚できる領域を拡大させ、環境そのものをセンサーとして利用しながら、常に移り変わる自然環境と調和する。


 そこには、使えばだれもが同じ効果を与える便利な道具は存在しない。ましてやゲームの様に覚えてしまえば、時間をおいて何度も利用できるスキルもない。

 磨かれた技術だけが、存在する。

 この世界に来て慣れ親しんだ技術だが、2ヶ月余りの期間を人間や動物相手に気配を絶ち、追跡や捕食から逃れ続けたことが、その技術に磨きをかけた。息を殺し、常に移り変わる周囲の自然環境に溶け込むように人間1人の存在を自然環境に馴染ませていく。


 刻一刻と変化する森林環境をゆっくりとした足取りで獲物に近づいていき、最小限の動きで3匹の獲物の首元にナイフを投擲する。森の中に獲物の小さな叫び声が残り、その場にウサギモドキだったものが残される。


 油断したところを他の生物に襲撃されないかと念のため警戒しながら、ゆっくりと獲物に近づいていく。索敵範囲内に反応がないことを確認すると手慣れた手つきで、ウサギモドキの手足を手持ちの縄で縛りつける。


「3匹もいれば、十分じゃないのか?どうせ、客もいないだろうし…」


 見た目はウサギだが、その大きさは、両手で抱えなければいけない程丸々としている。

(こういう、妙に見たことがある生物が、デカイ見た目をしていると自分がファンタジーない世界にいるということを嫌でも認識させられるな…)


 トラップの仕掛けられていない適当な木にぶら下げ、一気に投げナイフを引き抜く。動脈を断ち切られたウサギモドキの首からは、溢れるように血液を流している。これならば、毛皮も綺麗に剥ぎ取って換金できそうだ。


 日が落ちる前に依頼を達成できてよかったと僅かに口元を緩ませるが、無事に終わらせることは問屋が卸さないらしい。流星のいる位置から随分近くで、連続して何かを打ち付ける音とオークのうなり声。

 黒い笑みを浮かべながら、戦闘音の響く森を駆け抜ける。


 今回の借りは当分の飯代は、全部ヴァイスに負担させてやろうかと邪な考えがよぎる。保存食を使い尽くし、自給自足で食料を調達してきた流星には、長期的なタダ飯は、魅力的。それほどまでに昼に食べたシチューの味は、流星の心を躍らせていた。




 多少村から離れた場所まで駆け抜けると、オークに襲撃される2人の駆け出し冒険者たちは、劣勢に立たされていた。得意とする魔法の詠唱も即座に妨害され、ひたすら防御に徹するしかない様子。急いで張られたであろう防壁は、何度も攻撃を受け止めたことで悲鳴を上げるような音を立てて今にも破れかねない。

 ローブの留め具を外して、荷物を投げ捨てると体内の魔素を練り上げその場から加速する。


「くっ…魔法さえ使えれば!」


「後衛二人でこんな森の中に潜るからだろ」


 随分、強気な発言をしながら防御に徹する片割れの青年の前に割り込みをかけ、同時にショートブレードで、オークの太ももを切り裂き、その機動力を潰すと同時に強烈な回し蹴りを決めてオークの体勢を崩す。


「浅かったかッ!」


 すかさず、2撃、3撃と魔素で強化した肉体でブレードを振るい、青年の服を掴み、後退する。突然現れた流星に驚く青年であったが、流星の格好が冒険者ということもあり、すぐに我に返る。


「あ、ありがとうございます!」


「いいから、さっさと村まで後退しろ。こいつらの処理は俺がやる」


「僕らは、まだやれます!!」


「引き際を誤るな。こんな木の間隔が狭い視界の遮られる場所じゃ、魔法使いには分が悪い」


 指示を出しながら、胸元のナイフホルダーから大型ナイフを引き抜き、膝をついたオークの首元に突き立て止めを刺す。


「確かに…このままだと足手纏いですね」


 歯を食いしばりながらも事実を受け入れた青年は、相方に指示を出すと同時に1節詠唱で、魔素を喚起させる。


「魔を討ち抜く風、ウィンドスラスト!…サリア!後退するよ!!」


 青年が喚起させた魔素が、オーク達の襲い掛かるが分厚い肉に守られたオークの前には、対して致命傷にはならないが、その攻撃はあくまでも周囲のオークを足止めする為の魔法にすぎない。


 詠唱と同時に駆け出した流星は、周囲のオークに邪魔されることなく少女の元へ辿り着き、彼女の身を守る防壁を今にも破ろうとするオークの背後に回りこみながら刃を走らせる。突然の背後からの攻撃に動揺するオークが背後に丸太を振り落とすが、すでに攻撃を与えた者はそこにはいない。


 背後に丸太を振り落とされるのと同時にオークの正面に滑り込み、跳躍しながらオークの眉間に切り上げ、頭部を足場に少女の前へ着地する。


「リオン!?えっと、それにあなたは?」


「通りすがりの冒険者だ」


 眉間を斬られ大量に出血を始めたオークが怯んだ隙に、少女を青年の元へと放り投げ、陰部を引き裂きオークを行動を奪う。自身が作った光景に思わず下半身がぞくっとしてしまった流星は、目の前のオークに言葉を投げかける。


「ま、それだけ斬られたら止めも刺す必要もないだろ」


 血を撒き散らしながら呻く仲間の姿にオーク達は、激情しながら流星に向かって一斉に襲い掛かる。


「さぁ、行け!」


 流星の叫びに頷いた青年は、少女を抱えながら後退を始めるが、後退する彼らに目をつけたオークの一部は、執拗に彼らを狙い続ける。


「ちょっとリオン、自分で歩けるから!というか助けに来たからって、人を物みたいに投げるなんてどうかしてますーーー!」


 流石に投げるのはまずかったかと疑問を抱きながら、後退する2人に迫ろうとするオーク達を優先的に狙い、ショートブレードと時に太ももに装着したスローイングダガーでオークの足を狙って投擲することで、2人の後退する時間を稼いでいるが、状況はあまり芳しくない。


「ったく…持ってる獲物の火力が足りないし、このまま抜けられても面倒だ。東の森の入り口手前で詠唱準備!2人ともできるか?」


 2人が後退できる程度に距離を稼いだ流星だが、次第に村へ方向へジリジリ距離を詰められているのを感じ取り、すぐさま背後に控える新人達に支持を送る。


「任せてください!」


「足止め、よろしくお願いします!!」


 それぞれ返事を残すと、2人は森の入り口へと走り出した。

 彼らは、魔術学園の優等生が着る事を許されるローブを着込んでいたが、最近の学園は、死に急ぎばかりかと不謹慎なことを考えてしまい苦笑してしまう。


「あまり、人のことを言えた義理じゃないか」


 迫るオークにショートブレードで手傷を負わせながら、背後に一瞬だけ視線を向けると新人達は、無事に戦闘地帯を抜けたようだ。なら、安心して全力を出せる。


「さてと…奴らの動きを制限する、やれるな?」


 その言葉に喚起した大気中の魔素が活性化し、地が轟き、風は戦ぐ。

唸りを上げる刃を構え、全身に魔素を供給して身体能力を一時的に向上させる。

流星は、エミリーのお陰で息を吹き返した手札の一枚を切り捨て、オークに獰猛な笑みを見せて、駆け出した。


「悪いが、後輩たちの為に少し間引くぞ」


 地面に抉れる様な後を残しながら、淡く光を放つショートブレードが薄暗い森に揺らめいた。






 短杖を振りながら3節以上の詠唱を終わらせ、更なる魔素を周囲からかき集める少女。その視線の先には、全身に傷を負ったオークが機動力を落としながらも彼らを目掛けて迫ってくるのが映る。


「出てきたわね!」


 少女の右手に持つ短杖が、大気中の魔素を冷気へと変換されていく光景は、一種の芸術作品か彼女のために用意されたステージ。


「まだ撃たないでよ、サリア!」


 青年のよく知る以前の少女ならば、オークの姿が見え次第、後先考えずに魔法を発動させている。心配になった青年は、思わず少女に声をかける。


「分かってる。足止めしてくれている冒険者の姿が見えないのに無暗に発動させないわ」


 青年の心配とは、裏腹に金の髪を揺らしながら凛とした態度で困難を突破してきた少女の声が返ってくる。


「その様子だと心配はなさそうだね。学年トップの主席さん」


 その姿に妙に力の入っていた心に余裕が生まれ、青年も余裕を取り戻す。


「そこが分かってれば次第点ってところだな。さぁ、ぶっ飛ばせ!」


 自分たちの背後の離れた位置に回り込んでいた流星の声に危うく制御を乱しかけた二人だったが、そこはエリート組の制服。流星の期待通り、即座に持ち直して魔法を起動した。


「ちょっと、いきなり後ろから現れるなんて心臓に悪いことしないでくださいよ!」


「あー、もう前見て!前!アイシクル・スパイク!…さぁ、サリア決めろ!」


 青年の詠唱に答えた魔素が、オークの踏み出す足元に5cm程度の分厚く鋭い氷の針を生成していく。氷の針は、迫るオーク達の足へと次々と突き刺さり、オークの内側を徐々に凍結させていく。

 だが、それだけでは生命力の高いオークの致命傷にはならない。


「任せなさいっ!そのまま氷像にしてあげるわ」


 青年に続くように少女は、短杖を振るい、活性化した莫大な魔素を解き放つ。


「凍てつけ!!フローズン・シンフォニー!!」


 足を凍らせたオークたちは、少女の生み出した範囲凍結魔法でその姿を氷の像へと変えていく。昨夜まで降り続いた雪を利用して、氷魔法の負担を軽減し、足止め後に攻撃性のある中距離範囲凍結魔法で止めを刺す。

 教科書のお手本のような戦法ではあるが、魔法師の撤退戦では極めて有効な戦術。

 流星の唯一の誤算は、新人二人が想定以上の結果を残したくらいだ。


(1、2匹は生き残ると思ったが、存外やるじゃないか)


 心の中で賞賛を送りながら、自分たちの成果に喜ぶ彼らの元へ向かう。


「やったわリオン!それとあなたが詠唱までの時間を稼いでくれたお陰で全滅できました」


「サリアの無鉄砲な行動で一時はどうなることかと思ったよ…本当にありがとうございました!」


 自分たちよりも遥かに腕の立つであろう冒険者に感謝を告げる2人。

 だが、目の前の冒険者の纏う気配が、喜び合っていた場の空気は一転する。


 彼らに襲い掛かるものの正体、それは畏怖。

 オークと粘り強く戦っていた時に感じた命のやり取りとは、全く別物。触れられてしまえば自分の全てが、壊れると全身が訴えかける。


「さて、お前らが余計なことをしたお陰で、オークのこの警戒レベルが跳ね上がることになったわけだが…」


「あ、あの群れはちゃんと全滅させたのにどういうことですか?」


 涙声になりながらも言葉を紡ぐ少女に内心、罪悪感を抱きながらも彼女の疑問に答える。


「この周囲に偵察に出したオークが戻らないなら実力者が控えていると警戒するのも当然だろ」


「近辺にオークの巣があるってことですか!?」


 青年は、顔色を変えていく。

自分たちの今いる村のそばにオークの巣がある。顔色を変えても仕方のないことだろう。


「今回の件で確実に数で攻めてくる、間違いなく」


「オ、オークがそこまでの知能を持つなんて…」


 少女が反論するが、震えた声では反論も格好がつかない。やり過ぎたかとも思うが、これは、流星が2人に与えた選択の試練だ。


「それで人が死んだらお前はその家族になんて言うんだ?私達の軽率な行動がオークを呼び込みましたというのか」


「もしもの可能性で死んだ冒険者はいくらでもいる。だが、冒険者の失態で武器を持たぬ民が犠牲になることはあってはならない」


 流星の言葉にヴァイスの言葉を重ねながら、自分たちの軽率な行動が招いた結果に2人は、顔を伏せる。極端に言えば、学園を離れたことで彼らは浮かれていただけだ。学園の優等生としてのプライドが、彼らに必要以上の経験を求めさせ、事態を招いた。

 ならばどうするかは、決まっている。


「さて、お前ら2人。村人と息を潜めるか、今すぐ自分たちの装備を整えてギルド支部に集合しな」


 学園の生徒として事が終わるまで守られるか、それとも冒険者としての責務を果たすか。

 突然与えられた選択肢に伏せた顔を上げて、何事かと視線を交わしている。

 本来、学園の生徒が同じような状況になった場合、ギルドは生徒を保護し、正規の冒険者に引き継がせる。流星には、強烈な気を当てたとしても彼らなら、きっと折れないという勘があった。

 王国から追われている身ではあるが、彼女の自分に向けた願いやあの支部長のオーダーを無下にするつもりもない。


「状況が変わったんだ。すぐにでも東部の森へ強行軍をかけてオークの巣を見つける。どうする?終わるのを待つか、闘うかだ」


 どちらにしろ、東の森でオークと遭遇した先にオークが巣作りしそうなポイントがあることは確認済みだ。気配を絶ち、巣を襲撃する予定であったが、予定していたプランが少々変更されただけ。

 そう、やんちゃな子供のお守りをしながら、オークの巣を焼いてくる簡単なお仕事に変わっただけなのだ。


「行くわ。これは、私の軽率な言葉が招いたことです」


「サリナを止めなかった僕にも責任がある。同行させてください」


 そこには、流星のよく知る冒険者達と同じ目を持った2人の姿があった。若干、責任感のありそうな学園生徒を焚き付けた感はあるが、きっと責任感のあるこのアスタルテの支部長ヴァイスさんが残りの処理してくれるだろう。


「よし、それじゃ解散!」


 村へと駆け出す2人を見送りながら、なぜかこちらを見守っている支部長さんに視線を送ると小さく手を振り返してくる。

 足元に元の場所から運んだであろう3匹のウサギモドキがいる辺り、最初から全部見ていたのではないのだろうか。

 彼らの魔法で刻印魔術が発動しなかったのも今なら確信が持てる。恐らく、彼らに自信をつけさせるつもりで、わざと発動させなかったのだろう。

 ため息をつき手を振る胡散臭くめんどくさい男の元へ歩き出す。


「いやぁ~彼らの指導助かるよ!」


「自分で焚き付けだが、彼らの子守引き受けてしまったことに気が滅入ってる」


「なに、そのうち慣れるさ。私は、今日で15日目だ」


「下手に実力がある分、気苦労が絶えなさそうだ」


 流星は、元の世界でよく見た後輩の指導に手を焼く上司の姿に思わず苦笑いを浮かべる。

 やはり、どこの世界も後輩の指導は大変なのか変わらない。元の世界へ帰りたい気持ちは残っているが、こうして元の世界と変わらない場所を見つけるとどこか安心感を感じる。


「言葉だけじゃ理解してもらえなくて大変だねぇ」


 この世界と向き合い続ければ、きっと世界が変わっても、変わらないものも見つかる。彼女の言葉通りのようだ。

 きっと、これからも変わらないものを見つけていくことができるはずだ。


「残りのことは任せろ。それじゃ、その獲物を宿屋に運んどいてくれ!それで貸しはなしだ」


 支部長に自分の狩った獲物を託した流星は、話し込んでいたから2人の後輩が首を長くして待っているかもしれないと苦笑いをしながら駆け出した。


「これ、私が運ぶのか…。私、支部長だよね?支部長…支部長ってなんなんだろうなぁ」


 哀愁漂う男は、物言わぬ夕食の材料と一緒に取り残された。

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