第11話 魔人襲来!!
翌朝、村人達に別れを告げて一行は森の中を目指す。
村の旧所在地から奥に続く街道跡は石畳も剥がれ道の両脇は子供の背丈ほどもある草と、
森の奥からは聞いたことも無いような鳥や虫の声が聞こえている。
本来ならば虫除けの祈祷が必須なのだが、幸いフィオナやリアムは除虫香を持ってきていたので、それを焚いていた。また虫除けの祈祷は
「やはり紋章でも無理だったのね」
無念そうなフィオナのつぶやき。
「それは仕方が無い。いつまでも
あらゆる毒と病を癒やすライアン家の紋章でもリアムの手の痣は消えなかった。
ただし紋章が発動している間は浄化に伴う青い燐光が見受けられ、おそらく
「過去の記録からある程度の傷は再生すると書かれていたわ。いずれも
「そう聞くと不安になってきますね。第三階梯祈念といえば数十人の術者が必要になる高位正法じゃないですか」
どちらも砦一つ消し飛ばす程の恐ろしい威力を持つ術。
使えば史書に記されるような代物なのだ。
「そんな恐ろしいものが僕の中にいるのか……。フィオナ。そういえば、初代の勇者イアソンは一人で魔精霊を倒したんだよな?」
「それもそうだけど、伝承では何度倒れても蘇ったというわ。正法教会が勇者の偉業を讃えるために創作した逸話ともいわれているけど、ヘリオスは何か知ってる?」
「甦ったという表現は正しくないかもしれんな。正確には『死ななかった』だ。だが、詳しいことは今は話せない」
ヘリオスの紋章の力は人間族の秩序を護る大審問。
とても魔精霊相手に戦える戦争向きの奇跡では無い。
そもそも、それ以前に貴族に列される以前に初代のイアソンは3人の魔精霊を倒している。剣術の技能に関しては素人同然だった彼が強大な敵をどう倒したか?
それは世界辞典にも記されては居ない。勇者の誓約の起請文自体は記されているが、具体的な内容に関しては記されていない。
「もしかしてそれが秩序の神との誓約?」
「『人を護ること。帝国を護ること。勇者の秘密を護ること』それが神との誓約だ」
「だから誓約の勇者なのね。『我は願う。永遠なる世界の守護者にならんことを』だったわよね?」
「そうだな、その後は『我は願う。安寧を運ぶ導き手にならんことを』だ。まだ続きがあるが、それは世界辞典で確かめてくれ。それよりもフィオナ、多頭龍は何故巣から出てきたのだろうな?」
「それはそうよね。縄張り争いをするほど数も多くは無いだろうし、警戒した方が良いかもしれないわ」
その時である。
ガタンと音を立てて馬車が止まる。
「師匠! どうしたんですか?」
即座に窓を開けてリアムが呼びかける。
「二人とも武器の用意をするでござる!」
デメトリオスの前方には、紫青の大きな塊が横たわっていた。
それは話していた多頭龍の死体。
その体からは真っ赤な血が噴き出して血だまりを作っている。
多頭龍の体外に流れ出た血は、毒の霧になって周囲に害を与える。
数ある魔獣の中でも上位に数えられる危険な能力が発揮される範囲に知らず入り込んでいた。急いで対処しなければ!
「メディア、急いで紋章の解放の準備をして。リアムの紋章なら多頭龍の毒も大丈夫なはずよ!」
「わかりました、先生。リアムさんもお願いします」
「メディアさん。お願いします」
リアムが左手を掲げ、メディアは紋章解放のための精神の集中を開始。
「二人とも待つんだ。ヒドラの死体にしては様子がおかしい」
準備を始めた二人をヘリオスが制止する。
「どういうことですか。ヘリオス様?」
「あれだけの血が流れていれば、すでに毒の霧が発生しているはずだ。だから俺達は奴らを狩るときは火で止めを刺すようにしている。あれは……おかしい」
「ヘリオス殿、ひとまず様子を見るべきであろうか?」
牽引用の留め金を外し、鎗を構えたデメトリオスが壁面の投げ槍を手に取り馬車の前に立つ。
体外に流れ出た多頭龍の体液が毒になっていない。
普通はあり得ないことにフィオナは考える。
血は青黒くなく赤いまま。つまり他の動物と違い、多頭龍の毒は体内にある間は毒では無い可能性に思い至る。
「デメトリオスさんは下がって。ヘリオスは馬車の外に! そこにいるんでしょう? リック・ヴィオラ!!!」
「ご名答でありますね。フィオナ・グレン。ヒュドラーの血は魔法の力で毒へと変わるのです」
フィオナの問いかけにズズンと音を立てて死体が跳ね上がる。
噂に聞く象よりも重いはずのそれを片手で放り投げると、そこに居たのは漆黒の体毛に覆われた右腕を高々と天に掲げる銀髪の青年。リック・ヴィオラであった。
魔法の無効化。後からデルフォイの町を出て全力疾走の
「その様子ですともう私の正体にも気がついておられるのでしょう?」
不適な笑みを浮かべ、目の前の
「リアム、メディとフィオナを皇帝戦車の中に!」
奇襲に警戒しつつ、リアムはフィオナ達を馬車に待避させ、自らは馬車を護るように立つ。
それを見て、余裕の笑みを浮かべた相手の進路を塞ぐようにヘリオスは剣を構えた。
その様子を心底不思議そうにリックと名乗る男は見つめていた。
「やれやれ……今の人間は
「知っておるぞ。人狼は戦わぬ者の首は獲らんのでござったな」
「そちらの
丁寧な言葉のわりには語気に若干の苛つきが滲んでいる。
やけに丁寧な言い回しも、別にこちらに気を遣っているわけでは無い。
彼ら壁の向こうの住人達は昔ながらの言い回し、つまり古い共通語で話す。
幾度かの会話で感じていた違和感はそれだった。
「リックさん。それなら何が目的なんですか?」
「それは簡単なことですよ。貴方とフィオナさんを壁の向こうに連れて帰るのですよ」
リアムの問いに答えながら、人狼は更に一歩踏み出す。
「リアム、下がっておれ」
未知数の速さを警戒し、デメトリオスが槍を構える。
「師匠、彼の狙いは僕です。僕を生かして手に入れなければいけない以上、無茶はしないはずです」
「彼のいう通りです
「いいや。十分に悪い話だ」
リアムが返事をするよりも早く、ヘリオスは会話を遮った。
「つまり、それはお前はアトラスの王の地位に極めて近い人物だということだろう。それにどうして旧王都にしか居ないはずの人狼が壁のこちら側にいる?」
「簡単な話です。我らの側に
「つまり、お前はそれを覆したいと?」
「だから私は我らが
更に一歩前に進む。
足下から魔力を帯びた黒い渦が巻き起こり、両足半ばまで変化する。
相変わらずの丁寧な言葉遣いとは裏腹に、譲歩か死かを迫る容赦の無い一歩。
「断る!! 残念だが帝国ではそれは交渉とは言わない。脅迫と言うんだ」
剣を構えるヘリオスの額にも冷や汗が浮かぶ。
彼だけでは無い。剛勇を誇るデメトリオスや馬車の中に居る者まで、彼が動くたびに心臓を握られるような威圧感を感じる。
これこそが
ヘリオスが目で合図をする。フィオナとリアムはお互いに相手の意思を確認するように見つめ合う。フィオナは隣にいるメディアの手の平に指で文字を書く。
「さぁ、最後の問いかけです。二人を渡していただけませんか?」
更にもう一歩。黒い煙のような渦は全身にまとわりつき、銀髪も黒く染めあげられる。端正な顔は狼のそれになり、ただ琥珀の瞳だけが人間だった時と変わらなかった。
「そんなもの、返事は決まっておろう。そうでござるなヘリオス殿?」
「ああ、人狼相手に逃げる騎士など帝国には一人もおらぬ。ましてや恐れをなして戦わぬなど、それこそ勇者の名折れ。この私、ヘリオス・ジェイソンこそが
両側から同時に仕掛ける位置に二人も歩を進める。
その決断に
「良いでしょう。貴方がたはこの私、
その名、変化の神の生み出した亜神の名を持つ者は魔人の頂点に立つ者。
恐らく彼のいう通り魔精霊を操る技を持っているだろう。
しかしその誘惑に耐えなくては、更なる敵を生み出すことになる。
アトラスの側に既に魔精霊が居るというのは、帝国にとっては看過しがたい驚異だ。
「最悪ね。リュカオンって本物の魔人王の一人じゃない! リアムも馬車の中に!」
リュカオン。その名を名乗ることが許されるのはバシレウスと同じくその種族頂点に君臨する者のみ。しかもアトラス=アルカディアは、アトラスの直系の子孫を示す名だ。
つまり、最悪の予想を更に上回る最悪の敵ということになる。
「わかった。ここは師匠とヘリオス様に任せる」
できれば前に出て戦いたい。
しかし相手の言うとおりならば、直接魔精霊を操れるかもしれない。
そうなれば、リアムはその手で皆を傷つけてしまう。
悔しいが、今は籠城が最良の判断だろう。
『秩序の神 我が祈りに応えよ 堅牢なる護り 安らかなる揺り籠の如し 不破の奇跡よ 来たりて宿れ』
リアムを収容すると同時に、皇帝戦車内部に張り巡らされた銀の文様がメディアの祈念に応える。短時間なら
『生ぜよ。【旋律】。
願う。【響け】彼方と此方を結ぶ音。
命ずる。【調律せよ】我らが傍らにあるが如く』
さらに矢継ぎ早にメディアが魔法を唱える。
直接相手を撃っても人狼に効かないが、触れぬ限りは補助魔法は打ち消せない。
だから遠話の魔法を最初に使う。
「メディ、二人のことは任せる」
「はい。ヘリオス様!」
話しかけるとほぼ同時にヘリオスは矢のように前に踏み込む。
これまで見てきた彼の倍以上の速度で高速の突きを放つ。
その一撃は狙い通りにリュカオンの喉笛に突き刺さる!。
かに見えたが、喉元に突き刺さったと見えたその時に敵の姿が消える。
「この程度が誓約の勇者の力なのでしょうか?」
ヘリオスが飛び退き、バシュッと空気が裂ける音がする。
「その程度の斬撃。当たってからでも余裕でよけられますよ」
真っ赤に裂けた大きな口を開けてリュカオンは嬉しそうに笑う。
「でやぁぁぁ!!! その大口、これでも叩けるものかっっ!!!」
そう。ヘリオスの突きに気を取られている間にデメトリオスは十分に距離を稼いだ騎兵槍の一撃を人狼の腹部に思い切り突き立てる!。
本気になった人馬の突撃に、さしもの人狼も一瞬で身体を真っ二つにされ上半身がちぎれ飛ぶ。
「くっ!! 浅い!!」
悔しそうにデメトリオスは叫ぶ。
その場に残された下半身は瞬時に蒸発し、吹き飛ばされた上半身から即座に新しい両足が再生する。
「デメトリオス殿。散るぞ!」
「応!」
相手が着地するよりも早く左右に散る。
ようやく着地したリュカオンは大きく息を吸い込んだ。
「ああああああおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーぅ!!!」
彷徨とともに足を踏み出す。
足が触れ、そして大地が裂けた!
地面はめくれ上がり轟音とともに空に大地が舞う。
「思ったよりは楽しめるようですね。せいぜい簡単には死なないでください」
「オオオオオオッッッン!!」
跳ね上げられた岩塊は一つ一つが大人二人分ほどの大きさがあり、リュカオンは咆哮とともに目にもとまらぬ速さで何発も裏拳で打撃を加える。
粉々に砕けた巨大な石は人狼の力と速さで加速され、人間を易々と肉塊に変えるほどの速度で襲来する。
「でやぁぁっ!」
意識を集中して自分の正面に来る石の軌道だけを見極め、剣を打ち下ろすヘリオス。剣撃によって相殺されれば何とか障壁で防ぐことができる。
破砕された岩はそれでもガチガチと音を立てて容赦なく鎧の障壁を削る。
この攻撃は
いかに人狼といえども、数発の攻撃は障壁で防がれてしまう。
それだけに障壁の防御限界を上回る飽和攻撃をしかけてくる。
人間族の鎧と防御正法はそれに耐えるために進化してきたともいえる。
「リュカオンよ。小細工など無用に願おう! 『大地よ。我が意に従え!』」
最初にヘリオスを仕留めようとしたリュカオンの頭上にはデメトリオス。
飛礫の嵐もものともせず、跳ね上げられた岩を撫でるように鎗で払う。
岩石は空中でピタリと静止して魔法の力で組み替えられ中空に道を作る。
デメトリオスは一気に駆け上がり、真下に向かって頭上からの騎兵突撃を敢行する。
他の種族には不可能な三次元の騎馬突撃は、1500年帝国を守護してきた彼らの真骨頂だ。
「魔法の鎗ですか……小賢しい」
鉄槌の如く振り下ろされる頭上からの攻撃に無造作に手を伸ばし左腕を貫かせる。
「言ったでしょう。触れれば魔法は無効化できるのです」
痛みなど感じていない様子でリュカオンが拳を握ると、鎗に籠められた魔法の力が無効化される。そしてそのまま地面の岩ごと蹴り上げた!
「なんのぉぉぉ!!」
馬体を貫こうとする岩と蹴りを前足で迎え撃つ。
人狼と人馬。二人の間で火花を散らして岩が静止する。
「メディ。障壁強化の加護を!」
その硬直を見逃すはずも無く、ヘリオスは足下から人狼を斜めに切り伏せる。
「アハハハハ。すごいではないですか。二回も私を斬り倒すなど全く予想外でしたよ」
再び真っ二つになったはずの彼は、地面に落ちる頃にはすでに再生を終えていた。
「畜生。あいつは不死身なのか? やっぱり僕も出た方がいいんじゃないのか!」
「駄目よリアム。過去に倒されたと言うことは必ず弱点があるはず。それに私たちが出ても足手まといになるだけだわ」
「フィオナの言うとおりだ。君には二人を護るという役目がある」
遠話の魔法によってお互いの声は届く。
一転して攻めに転じて、何度も突きかかるヘリオスもその意見に同意する。
フィオナにも拳を握りしめたリアムの悔しさは良くわかる。
彼女だって世界辞典があっても何の打開策も見つけられないのだ。
メディアの祈念が無ければ、この馬車だってすでに粉々に破壊されているだろう。
伝承の通り不死身ともいえる再生力と、動くだけで大地が裂けるほどの破滅的な力。ヘリオスとデメトリオスの二人を相手にしても怯まぬその実力は、まさしく魔人の王と呼ぶに相応しい。
『秩序の神 我が祈りに応えよ 不可視の盾
障壁強化の加護が発動。
気休め程度だとしても防御に集中していた意識を攻撃に切り替えられるのはありがたい。
「デメトリオス殿。仕掛けるぞ!」
「承知!」
ヘリオスの頭の中にあったのは、ミダスの屋敷でデメトリオスとテオドリックが見せた連携。
自分が刺突による檻を作り出し、その隙に攻撃を待つ。
「その程度の気休め、無駄と知るべきでありましょう!」
先ほどとは逆に致命打になるほどの攻撃を捌きながらリュカオンは両手足で何度も攻撃を放つ。
攻撃が当たるたびに障壁とヘリオスの足下の地面が炸裂する。
そのたびに高速で鉄球をぶつけられるよなダメージが容赦なく蓄積していく。
城壁並みの防御力を持つはずなのに、骨が軋み筋肉が潰れる痛みに悲鳴を上げそうになる。
それでも……ヘリオスは耐えていた。
次の瞬間に勝利が到来するという確信があったからだ。
ズバァァァァァァン!!
空を切り裂き飛来した鉄塊の音。
「アオォォォォォォッ」
それまで全く痛みを感じていないように見えたリュカオンが初めて苦痛に呻く。
ズバァァァァァァン!!
更にもう一撃。
「これこそが人狼殺し。我らが
遙かな上空に駆け上がったデメトリオスは高らかに宣言する。
騎兵槍による突撃と、投石機以上の威力を持つ投げ鎗。
その攻撃が確かに人狼を串刺しにしていた。
「
ともに戦う仲間の特性を理解して瞬時に連携をくみ上げる戦術眼。
ようやく与えられた有効な攻撃に人狼は怒りの叫びを上げたのだった。
「グオォォォ」
うなり声を上げて
それは今までの攻撃では無かった変化だ。
「ヘリオス様。傷の手当てをします。下がってください」
「いや……まだだ。神門招来の加護を! デメトリオス殿は馬車を!」
「承知した!」
慌てて駆け寄るデメトリオス。メディアはまだ状況が理解できない。
神門招来のための精神集中をしながらフィオナに問う。
「先生。あのさっきの投げ槍は効いていないのですか?」
「いいえ。そんなことはないわ」
フィオナはこれから起こることを予測しながら、懸命に事態の突破口を探す。
「メディア。神門招来はこの皇帝戦車の真下に! リアムは私達の身体を支えて。ヘリオス! デメトリオスさん。上に!」
「下? 下ですね! わかりました! 『秩序の神 我が祈りに応えよ 呼ぶは神門 土塊より産まれし 不落の門 大地より来たりて我らを守れ』」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ」
黒い渦の中心に現れたは人の二倍はあろうかという巨大な黒い狼の姿。
咆哮とともに前足を振り下ろすと、周囲の大地が引きずり込まれるように沈み込み、爆ぜる!
グガァァァァァンと、大地が裂け皇帝戦車が宙に浮き上がる。
その真下に岩の塊でできた門扉が丁度台座になるように出現した。
「二人とも、僕の側に来るんだ」
それでも大地に叩きつけられる衝撃は相当のものだ。飛ばされないようにリアムが二人を抱えて護る。
「これを予見しましたか。やはりリアムとともに連れて帰りたいものですね」
バラバラと地に落ちる岩が山のように積み上がり、その上で巨大な狼と化したリュカオンは悠然とたたずんでいた。
「どうですか
「馬鹿なことを申すな。我らは人と交わり進歩を得たのでござる。魔獣化などとうの昔に捨ててきたわ!」
人狼の姿でも凄まじい破壊力だったが、今のリュカオンは本物の災厄だ。
「その軽口、いつまで続けられますかね?」
そう唸りながら、一歩前に踏み出したように見えた。
何故か外の二人は全力で防御を固め、陽光に照らされた障壁が蜘蛛の巣のように展開される。
「二人とも。僕から離れるな!」
グガァァァァァァン!!
何もわからないフィオナとメディアをリアムが抱きかかえると同時に、皇帝戦車が宙に舞い上がる。
更にもう一歩。
続く前足の一撃はヘリオスたちが盾となり何とか防いでいた。
「二人とも、大丈夫かい?」
「ええ、私は何とかね。メディアは?」
「わたしも大丈夫……だと思います。今のはどういう攻撃なんです?」
「途轍もない速さで踏み込んだ瞬間、風が産まれた。剣の達人が同じような技を使うとは聞いたことがあるけど、なぜ急に馬車を狙ったんだ」
「それはこちらに攻めさせないためでしょうね。私たちをここから引きずり出せれば、今のように防戦一方ではなくなるもの」
「つまリュカオンにも見えている程の余裕は無いのか?」
「そこはわからないわ。デメトリオスさん。ここから彼を離せますか?」
「それは無理であろうな。拙者が馬車を護る他ござらぬ!」
「その間に俺が全力で斬りかかる。何とか攻略の糸口を見つけてくれ」
ヘリオスはそのままリュカオンに斬りかかる。
それをまるで最初から知っていたとでも言うように、前足で迎え撃つリュカオン。
剣と爪が交差し、互いの切っ先から産み出された音の壁が今までの戦闘で砕けた大地を巻き上げて荒れ狂う。
「ほう。こちらの意図に気がつきましたか。誓約の勇者の名、飾りではないようです」
「当たり前だ。人間の守護者が人間を守れなくてどうする」
恵まれた才能を持つヘリオスが15年間人の何倍もの修練を経て体得した無双の剣技と同じ領域に容易にたどり着く。それこそが
「さて……これでもそういえますか?」
少し後ろに飛び退くとリュカオンが再び猛然と馬車に向けて突撃する。足下の地面が崩れたことで一瞬だけ踏み込みが遅れたヘリオスでは間に合わない。
「そうはさせん!」
立ちはだかるデメトリオスは巻き上がる土砂を壁にしてその上に駆ける。
「そうです、私はこれを待っていたのです!」
馬車を護ろうするその時、
突き出された馬上鎗をすんでのところでかわすと、隆々たる筋肉に守られた肩口に牙を突き立てる。
「ぐぅっ、うおぉぉっ!」
メディアの障壁強化のおかげで食いちぎられるのは防ぐことができたが、それでもギチギチと食い込んだ噛み傷は馬上鎗を振るうには致命的な深さに達していた。
「デメトリオス殿!」
下から突きかかるヘリオスの突きをひらりとかわすとリュカオンは、デメトリオスから離れて再び距離を取る。
「さて、これからが本当の狩りの時間ですよ」
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