第6話(2)
市澤は、ぽつり、呟いた。
「……うん」
深雪が無表情に頷くと、突然、その路地の奥の闇で、閃光が炸裂した。
間を置かず、二つに分かれた光は、二人の居るT路地へ向かって来る乗用車のヘッドライトであった。
運転している若者の顔が判るくらいの距離になっても、市澤と深雪は避けようとはせず、その場に立ち尽くしていた。
乗用車は猛スピードで、乗用車が一台抜けるので精一杯の狭い路地を走り抜ける。
速度制限を全く無視したそのスピードでは、限々曲がれるとして、とても直ぐに止まれないだろう。
不意に、市澤達が歩いて来た方角の路上から、人影が一つ飛び出した。
人影は、猛スピードでやって来る暴走車に気付いていなかった。通りの先に、誰か知り合いでも見付けて、慌てて駆け寄っていた途中だったのだろう。
人影は撥ねられた。
実に飽気無く、それは宙に舞い、通りの壁に激突した。
脳挫傷、内臓破裂、即死であった。
人影を撥ねた暴走車は停らず、右のフロントミラーで右向かいの壁を削りながら左折し、道玄坂方面に逃走していった。
血に染まった両目を、かっ、と見開き、セーラー服姿の深雪は路上で生き絶えていた。
市澤は、その無惨な亡骸の傍で、パーカーを着た深雪の肩を抱いて見下ろしていた。
「……全部、知ってたの?」
市澤の胸に寄り添う深雪は、不思議そうな顔をして問う。
「あたし、この時、この通りの先で貴方を見かけたのよ」
「僕はあの日、あの『世界』には居なかった。他の『世界』へ、仕事に行っていた」
「……闘いに行っていたのね」
深雪は知っていた。市澤のもう一つの顔を。
だが、市澤は驚かなかった。
「任務を終えて『時次元監理局』の二十世紀支部に戻って来た時、僕が所属するこの現代が、強大な未知の意志が作り出した、短期間の時間連鎖を繰り返す閉鎖時空に取り込まれている事を知った。
支部は、亜空間に設置されていたお陰で、その影響を受けていなかった。
この閉鎖時空を支配している、強大な意志がもたらす力場の流動状況を観測した結果、その強大な未知の意志が、閉鎖時空に取り込まれている『時代界』のある一点の時空座標に、力場を集中させている事が判明した。
その一点が、今から6時間程前の、午後7時のJR渋谷駅ハチ公口だと知った時、僕にある憶測が生じた。
観測された力場のデータ値を元に、より詳細に調査した結果、僕はそれを確信した」
そう言って市澤は深雪の顔を見つめた。
「超能力者の中には、稀に、『世界』を創り上げる強大な『力』を持った者が存在する。
但し、『世界』構築に消費される精神力は、膨大な量を必要とする。過去に、『力』の発動で精神力を根刮ぎ持って行かれ、廃人になったケースも少なく無い。
たとえ精神力を聖人レベルにまで高められたとしても、局地的な『疑似空間』をこしらえるのが関の山だ。
生存本能がどうしても、精神を破壊し兼ねない『力』の発動をセーブしようと、無意識に働いてしまうからだ。
ところが今回の場合は、非常に珍しいケースとなった。
君が車に撥ねられた刹那、死亡するまで気付かずに眠っていた君の『力』が、事故のショックで発動した。
肉体が死に至るのと同時に『力』が発動した事で、『力』をセーブする生存本能が全く働かず、枷が無い為に、精神力は無限に増殖を重ねながら昇華されてしまったのだ。
その為、『世界』を構築する『力』は、昇華された無尽蔵の精神力を消費し、この『時代界』を全て飲み込んでしまった。
果たして、僕がハチ公前に現れるまで、199×年10月2日の土曜午後7時から8時を繰り返す『世界』を構築してしまったのだ。――君が生きていれば叶えられたであろう、僕とデート出来るこの土曜日の夜を」
「浮かれていたのね」
深雪はクスッ、と微笑み、未来の身体から踊る様に離れた。
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