第6話(1)

 暗く染まった世界の日付が一つ増えた頃、カラオケで歌い疲れた二人は、円山町のランブリングストリートを、道玄坂方面へ歩いていた。

 この辺りは、昼間も車の通行量は少ない。晴れた日などは、狭い車道の上で、近所に住む子供達が、無邪気にサッカーボール蹴りやキャッチボール等で遊んでいる光景を良く見受けられる。

 しかし陽が完全に落ちた後などは、ネオンが妖しく煌めくホテル街のメインストリートとして、渋谷駅周辺の活気から隔絶された別世界であった。


「昼と夜とでは本当、この辺りは別世界よね」


 深雪は通りをぐるりと見回した。


「まるで夢でも見てるみたい。なんか笑っちゃうよね」

「……夢は永遠にそのままだからな」

「え?」

「何でも無い」


 ゆっくり頭を振った市澤の足が止まったのは、紫のネオンの看板が妖しく光るホテルの入口だった。

 驚いて瞠る深雪は、市澤の顔を見た。

 市澤は、入口の方を無表情に見つめていた。

 深雪は暫く戸惑い、やがてほのかに頬を染めると、市澤の胸に凭れた。


「……いいよ。未来なら……あたし……」


 深雪は、恐る恐る市澤の胸に手を掛け、ブルゾンの襟を、ぎゅっ、と掴んだ。その手は小刻みにわなないている。

 怖いのだが、嬉しいのだ。


 市澤は深雪の肩を抱き、ゆっくり歩き出した。

 ホテルの中へ、ではなく、通りの先へ。


「冗談だ」


 市澤は、呆けている深雪に意地悪そうに微笑んでみせた。


「……意地悪」


 深雪は複雑そうな顔をして拗ねる。ほっとした様な、残念だった様な。

 程無く、再度、市澤の歩みが止まった。

 今度はホテルの前では無く、通りを抜けた先にある、道玄坂の交差点へ出る手前のT路地であった。

 左脇に、細い路地がある。市澤はその路地の方をじっと見つめていた。

 今度は、とても哀しそうに。

 深雪が良く見掛けていた、あの哀しい貌だった。


「ここで、君は死んだ」

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