第5話(2)

「今夜はどうも、君に幸運の女神が就いている様だ」

「そんなぁ…只のまぐれよ」

「御謙遜を。今度はこれで大儲けしよう」


 微笑みながら促す市澤に、深雪は照れ臭そうに頷き、山と積まれたコインを投入口に入れて行った。

 10分後。二人の手持ちのコイン入れの箱は全て空になっていた。


「矢張り、気紛れなのね」

「腹が立つくらいに、な」


 深雪は、傍らで呆れている市澤に、照れ臭そうに苦笑いして見せた。


「……あたしって、昔から、ここぞ、って時はからっきし駄目なのよね。

 どんなに自信があっても、ちょっとでも悪い結果を連想すると、それが現実になっちゃうのよ」


 深雪がそうぼやくと、呆れていた市澤の貌が、何故か返事に窮したかの様に、少し困ったような顔を作るが、直ぐに微笑に変わった。


「そう言うのを、気の所為、と言うのさ。結果論に拘っていたのでは、人生やっていられない」


 そう言って市澤は、深雪を促してゲームセンターを出た。

 肩を並べてセンター街を歩いていると、深雪は、黒地に赤のマーブルが入ったバンダナを頭に巻き、黒の革ジャンを着た、何となく子猿を思わせる容貌を持つ若者が、道端に置いたテーブルの上に並べて売っている銀細工のアクセサリーに気を取られた。

 深雪は、沢山ある中から気にいった形の髪飾りを見つけて摘み、自分の髪に当てて、市澤に似合うかどうか訊いた。ペンギンの形をしたバレッタだった。


「馬子にも衣装」


 市澤は、業と素気なく応えてからかうと、深雪は膨れて拗ねてしまった。


「何よぉ~その言いぐさ?」

「おいおい、冗談だって」


 困ったふうに苦笑する市澤は、お詫びにそのバレッタを買って上げた。

 早速、深雪は、ペンギン型のバレッタを髪に止めようとする。

 両サイドのツイストを後ろに回し、残りの髪と合わせて一つに束ねると、市澤に、束ねた毛先にバレッタを止めてもらった。


「あたし、前々からこんなバレッタが欲しくて捜していたんだけど、なかなか思った様な物が見つからなくってね。

 イメージ通りの物が見つかるなんて、今夜は色々ついているみたい。どう、似合うかしら?」


 と、微笑んで訊く深雪に、市澤は、


「どんな物でも、君なら引き立つさ」

「『どんな物』で悪かったね、彼氏。そこの可愛い彼女とノロケるなら、余所でやってくれ」


 アクセサリー売りの若者は、自作の銀細工の品をけなされた様な気がして、つい悪意無き冷やかしをした。

 言われて、市澤は澄まし顔になる。そして若者の顔を見据え、冷やかされて照れている深雪の肩を抱き寄せて、


「羨ましいか?」


 と、自慢げに言って見せた。


「やってらんねぇや」


 アクセサリー売りの若者は、苦笑しながら零した。

 その後二人は、再度文化村通りに出て、道玄坂にある、市澤の馴染みのカラオケへ足を向けた。

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