第5話(1)
居酒屋で空腹を満たした市澤と深雪は、センター街へ繰り出した。
スペイン坂の入口近くにあるゲームセンターに入ると、二人は様々なコインゲームで占められている二階に上がった。
市澤は、自分の財布から千円札を2枚抜き取り、コインに両替する。千円当たり57枚。両替機の傍に備えられているプラスチックの小箱に両替した半分を入れ、深雪に渡した。
「ありがと。で、これで何からやるの? スロット・マシーン? それともルーレット?」
「ちっちっちっ。いきなりそれじゃ、コイン・ゲームの醍醐味は味わえない」
市澤は、メトロノームの針の様に振っていた右人差し指を、向かいにあるガラス張りのコインゲームの筐体に、さっ、と向けた。
「まずは、あのコイン落しで3倍にする」
自信たっぷりに言う市澤だったが、結果は言葉通りにはならなかった。
「どうするのよ、このコインの量……」
3倍どころか、10倍にもなった。
初めは、箱に半分しか無かった市澤のコイン入れの箱は、10分も経たぬ内に5箱に増えてしまったのである。
箱一杯に詰まったコインの余りの量と重さに、全て市澤の足許に、御座なりに置かれていた。
「済まない。久し振りだったから、つい、調子に乗ってしまった」
苦笑する市澤であるが、コインを稼いだその姿は、果たして『調子に乗った』で済む様な、生易しいものではなかった。
回収口へ繋がっている溝の手前に積まれたコインの山と、コインの山の端を均す様に、絶え間なく左右に平行移動を繰り返す木製のバーの間にコインを落し、コインの山を崩して溝に落す事で、コインを倍にして手に入れる事が出来る、一般に『ペニーフォール』と呼ばれる、昔からあるスタンダードなコイン落しゲームの筐体に市澤は向かい、筐体から突き出ている、コイン投入器の一つを徐に左掌に収めた。
コイン一枚が精一杯の狭い投入口に、コインを一枚差し込み、人差し指の腹でコインにスピンを与え、筐体の中へ無造作に投入する。コインの山とバーの間へ転がり行くコインは、投入時に加えられたスピンの強弱によって、それぞれ異なる到達地点で倒れた。
投入された何れのコインは、まるで精密機械の如き正確さで、全く無駄なくコインの山を押し崩し、回収口へ繋がる溝に次々とコインを落として行く。
コインの山の上に乗せてある、セロファンで包んだコインの束も、勢いを増した落下の波には抗えず、溝に落ちて行った。
粗方、コインの山を崩して溝に落とし尽くし、投入した数の十倍の枚数を手に入れると今度は隣の空いている投入器を手にし、同様の光景を繰り返して行った。
筐体の投入器を一通り触り終えると、一番初めに使った投入口の傍らで唖然とする深雪が待っていた。
深雪には、今の市澤のプレイは全て計算ずくめとしか思えてならなかった。
「これぐらいで充分かな」
そう言って市澤は、稼いだ半分を深雪に分ける。貰ったコインを憮然として見る深雪には、貰ったコインの半分を返しても、手に余る量であった。
「次はあれだ」
市澤は、今度はコイン落しの筐体の陰にあるブラックジャックに移った。
ブラックジャックゲームの筐体の前に置かれたストゥールに腰を下ろした市澤は、正面の大画面モニターに映るCGのディーラー相手に、両手に抱える大量のコインに物を言わせて勝負を挑んだ。
5分後。当初、4箱持っていた市澤のコイン入れの箱が、7箱に増え、全てコインが山積みになっていた。
それから2分後。いつの間にか、コイン入れの箱は2箱だけに減っていた。片方には、コインがもう10枚程しか残っていない。
こんなハズでは、とぼやく市澤の傍らでは、深雪が、25回連続、カードの数字を21にして勝つという離れ業を成し遂げていた。
「全部21になるなんて、この機械壊れているのかしら?」
傍らに積み上げているコイン入れの箱に、一瞥をくれる深雪は、そう言って微かに小首を傾げた。
「ギャンブルの神様が、気紛れなだけなのさ」
澄まし顔で肩を竦める市澤は、手元に残ったコインを、深雪が増やした分とまとめ、今度は、フロアの中央に設置されている、コンピューター制御のルーレット台に席を移した。空席の賭け台に、市澤と深雪は肩を並べてコインを賭け始めた。
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