第3話(2)

「お一人ですか?」


 市澤は応えず、オレンジジュースに刺さったストローを口に銜えた。

 少女は肩を竦め、傍らの美丈夫に質問する事を止めた。先程から節操無く鳴っている、自分の腹の中の生理的欲求を説得する方が先と、本能が進言したからである。


「これから塾かい?」


 ハンバーガーを口一杯頬張った途端に来た市澤の不意打ちが、少女を驚かせた。


「モグモグ――ううん、買い物帰り」

「ふぅん。友達と来たのかな?」

「あたし一人」

「いつも一人だね」


 少女は、市澤の言葉に思わず瞠った。


「この街で君と会ったのはこれで6回目。その内4回は、センター街のファーストフード店で、今日の様に食事中に遇っている」

「記憶力、良いンですね」

「商売柄、な」


 その4回共、少女は市澤と同じメニューを注文し、直ぐ隣の席で食べていたのを、市澤は憶えていた。会話したのは、今日が初めてである。


「貴方、探偵さん?」

「否。喫茶店のマスターだ」

「へえ、若そうに見えるけど」

「21だ」

「うわぁ、若いのに、お店持ってるンだ」

「玉の輿は遠慮して貰うよ」


 少女は吹き出した。噛ったハンバーガーを呑み込み終えていたのは幸いだった。


「ハハハ、変な人。――ねぇ、明後日、暇?」

「実に残念だが……」

「暇なのね」

「まぁね」


 二人は揃って苦笑した。


「……本ン当、変な人。じゃあ、明後日の土曜、夜七時にハチ公口で待っててくれる?」

「ハチ公像に跨がって待っているよ」

「罰当たるわよ。あたしの名前は花立深雪(はなたて・みゆき)。貴方の名前、何て言うの?」

「市澤未来」

「いちざわ…みらい、か。珍しい名前ね。でも良い響き。似合っているわ」

「有り難う」

「じゃあ未来、約束したわよ」


 名前を知ったばかりで、いきなり親しげに呼び捨てにされ、市澤は苦笑して頷いた。

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