第10話 新生・聖セバスティアヌス教会

「聖セバスティアヌス教会へようこそ。懺悔ですか、お祈りですか」

 ステンドグラスから差し込む色とりどりの光を横顔に受けながら、黒い法衣を翻した若い男が祭壇の後ろから出てきて、にこやかに語りかけた。

「お祈りと喜捨に参りました」

 パリスは恭しい口調で答えると、金色の祭壇の前に跪き、深々と金髪の頭を垂れる。

 その長いマントを踏まないように少し離れたところで、ウィレムもそれに倣った。

 パリスの金髪の上に斜めに冠られた天鵞絨の帽子と揃いのマント、そして彼の胸元のエスカラス家の紋章をかたどったブローチを見て、黒衣の男はあからさまに慇懃な口調へと変わった。

「これはこれは、公爵継息閣下でいらっしゃいましたか。わざわざお運び頂き恐縮次第です」

「先触れもせず押し掛けて失礼致しました、マティアス神父様」

 答えるパリスの態度も、実に堂々としたものだ。仮にも聖職者、それも教皇派の神父を相手にいささかも臆するところのない態度を見せるのは、宮廷での茶番劇で鍛え上げられた結果とはいえ見事なものだ。たった一言、『破門』と口にするだけで相手の全権を剥奪するだけの相手だというのに。

「お義父上の大公殿下には、たいそう良くして頂きました。私からもお礼をお伝え下さい」

「ええ、そのように」

 マティアスの言葉に、エスカラス公爵継息パリスは小さく頷いた。

 そうとも。マティアス神父が教皇庁の権威を背負っているのと同じく、パリスの薄い両肩には、ヴェローナ大公エスカラス公爵家の資産と政治力が、天秤のように絶妙のバランスで乗っている。

「全く、見違えました。これがあの教会とはね」

 権力者同士の間に張りつめた緊張感を和らげるために、ウィレム・ロザルドは感心した様子を偽って笑う。

 実際、今のこの聖セバスティアヌス教会は、花崗岩と大理石、それに最高級のタイルとガラスを組み合わせて作られた、見事な建築だった。

 もともとはヴェローナの街外れに打ち捨てられていた、ぼろぼろですきま風だらけの、お世辞にも祈りにふさわしいとは言えない寂れた教会だった。日干しレンガの祭壇に、塗装が剥げて石膏が剥き出しになっている磔刑のイエス像くらいしか、教会らしいものは無かった。ただ棺桶に入れられた死者に最後の聖水を浴びせるだけが用向きの、無様な廃墟当然の建物。

 それを、新しくローマ教皇庁から神父が派遣されてくるのに合わせてエスカラス公爵が大金を投じて改修し、今の壮麗できらびやかな姿へと変貌させたのだ。たったの一年半で、廃墟のあばら屋はこの世で最も美しい教会のひとつへと生まれ変わった。

 十世紀以前を思わせる昔ながらの様式の、鋭い傾斜のある屋根の形はそのままに、南イタリアから色合いの美しい軽石を取り寄せて瓦を全て葺き替え、新しく建設された聖堂の奥殿の三角屋根の上には、銀の十字架を取り付けた。十字の一片それぞれに花びらのような装飾のあるロマネスコ用式の美麗な十字架だ。朝日や夕陽に光り輝くそれを仰ぎ見るだけで、民衆は神の恩寵を感じることだろう。

 内部にも凝りに凝った。壁を牡蠣柄と漆喰で塗り直させて、内壁にはフレスコ画の天使まで描かせた。エジプシャン・ブルー、この世で最も高価なラピスラズリから作られる青い顔料が、天使の顔色の下地に使われたのだ。ビンチ村のレオナルドとか言う画家を呼ぼうとしたが、彼はローマの大聖堂の天井画から手が放せないというので、その一番弟子のリオネル・ダ・マヨルカという男とその工房に描かせた。このフレスコ画を仕上げるためだけに、三百個もの卵の黄身だけが使われた。

 聖堂奥の祭壇は金塗りで、複雑な唐草模様が彫刻されている。壁際の聖母子像は、やはりこのリオネル工房が古き良きローマの伝統に従って作った彩色大理石彫刻だった。聖母マリアの青い衣は清らかに美しく、その慈愛に満ちた表情は幼子イエスと見つめ合っている。

 大公は、マリアと幼子イエスの金の光輪を鮮やかに引き立てるために、正面だけでなく左右の壁にもステンドグラスを入れさせた。正面には光輪を表す円形の色ガラスの組み合わせ、左右には悪魔を駆逐するラッパを吹き鳴らす天使ラファエルの姿と、処女受胎を伝えるために雄しべのない白百合の花を手にした天使ガブリエルの姿だ。

 天井は全て瑠璃色と黄金色のガラスモザイクで張り巡らされ、光り輝く無数の星々と十字が描かれている。見上げるだけで、天上の世界にいるような気になれる。

 教会の中央を突き抜ける通路には緋色の絨毯、その両脇に配置された信者のための椅子は磨き上げられた樫。そこかしこに置かれた法具の数々も銀細工の、最高級のものを取り寄せた。燭台には、昼でも蜜蝋の蝋燭が惜しげもなく灯されている。

 みすぼらしく朽ち果てていた前庭の楡の木は新しく植え替えられ、崩れかけ、既に鐘も失われていた鐘楼は、桃色の花崗岩で建て直された。そこに純銀の鐘を入れ、明けと正午と宵に鳴らす習慣を復活させた。

 それを短期間にこなすには、どれほどの金貨が必要だっただろう。おそらく、イタリアどころか近隣諸国から腕のいい職人が集められ、突貫工事で新しい神父を迎えたのだ。

 おかげさまでうちはさぞかし儲かったんだろうなあ、金貨でざっと二万枚かなあ、いや、三万はいったかもなあ、と、ウィレムは下を向いたまま笑いを堪えていたものだが。

「マティアス様、こちらとは初めてでしょう。ご紹介します。僕の友人で、ロザルド水運商会の三男、外洋航路第一船舶船長のウィレム・ロザルドです」

「初めてお目にかかります、神父のマティアスです。お噂はかねがねお聞きしていますよ、ロザルド船長様」

「お目にかかれて光栄です、マティアス神父様」

 おかげで、水を向けられて頭を上げたときには、我ながらさぞやいい笑顔が作れていたことだろう。

「こちらは我が商会から、教会へのご喜捨です」

「ご信仰篤いことです。神のお恵みを」

 兄から預けられた革袋を差し出すと、神父は恭しい態度でそれを額に押し頂いてから、中身を確認もせずに懐にしまった。重さで大体の金貨の多寡は分かるというところだろう。慎み深いというより、金を扱い慣れている人間の仕草に見えた。

 マティアス神父は細面の品のいい男だったが、南イタリアの訛りが少しある。

「ところで船長様。エスカラス殿下から拝領したあの素晴らしい黄金伝説の写本は、貴方様がお手に入れられたものとお伺いしておりますが」

「ええ、然様です」

「あれほどのものをどちらで?」

「生憎と、それは企業秘密ですよ、神父様」

「おやおや。神の御前で秘密とは、よくありませんねえ」

 マティアス神父の立ち居振る舞いは聖職者らしい堂々としたもので、広く真四角の額からは高い知性と教養とを感じさせる。だが、その語尾をほんの少し上げるような話し方は、妙に癇に障った。

 そのために、ウィレムは皮肉だけを答えにした。モナコ公国の大公御用達の高級祭具専門店というまともな筋から、相応の代価を支払って購入した正規の品だから、正直に答えても全く構わなかったが。

「俺が口にしようとしまいと、神様はご照覧になっておいでだ。ご安心ください、神の教えに背くようなことはしておりません。それに大抵のところは、神父様もお見通しでしょう」

「それはまったく、仰るとおりですねえ」

 マティアス神父の笑顔は、作り笑いというより、いつでもそうあれるように訓練されたものだった。常に笑顔の仮面を貼り付けている種類の人間だ。

 だが、その手の輩の扱い方は、ウィレムもまた兄たちによって訓練されてきた。こちらが相手を満足させるだけの金を払っている間は、いい関係が持続する。相手をつけあがらせつつ、しかし相手の野心を完全に満たしてやりもせず、お互いの損得勘定が釣り合っていると信じさせておくのが秘訣だ。

「ではお二人と、お二人のご家族のためにお祈りを」

 マティアス神父が厳かな口調で言うと、パリスは小さく首を横に振った。

「いえ。今日は、我がヴェローナの全ての教皇派の人々のためにお祈りいただきたいな」

「貴方は慈悲深いお方ですねえ、公爵継息閣下」

 神父は心から感銘を受けたようにため息をつき、それからヴェローナ大公の息子へのへつらいを自然に付け加える。

「それに実に聡明でいらっしゃる」

「光栄です」

 まったく、これでは狐と狸の化かし合いだ。

 教会が迷える子羊の道しるべだったのは、神の無条件の愛を分かち合う場だったのは、いったいいつの話だろう。どれほど時代を遡らねばならないのか見当もつかない。今では、こんな教会など、堕落と陰謀の巣窟と化している。しかもこうしてその中心にいる神父とやらいう種族が、権力と黄金の魅力に取り憑かれ、自らの教養と才能をそのために使い切ろうとしているとは。

 神聖ローマ皇帝を支持する連中がローマ教会と教皇庁を公然と批判してきたのは、こういうどうしようもない聖職者が教会という教会に配置され、信者から金を搾り取れるだけ搾り取ってきたからだ。その上の上、最高権力者であり、また『神の代理人』であるローマ法王が政権にまで触手を伸ばしてきたのだから、反発を買うのも無理はない。

 ウィレムは立場上、当然教皇派だった。だが、自身はそれほど信心深い人間ではないから、皇帝派の言い分が一理あることも理解はしている。もちろん、理解しているのと支持するのは全く別の問題だが。

 ウィレムの冷たい視線など分かっていて無視しているのだろう。神父は祭壇の方へ身を翻し、聖母子像に恭しく一礼してから、再びこちらへと向き直って祈りの儀式を始めた。

「イエス・キリストは御自らを子羊と仰いました。そしてまた、我らも等しく神の子羊とお呼びになられました。子羊は幸福です。その身に神の愛というあたたかく柔らかな毛皮をまとい、その愛によって強く守られ、その舌では神への愛の言葉を述べるように、神は子羊をお作りになられたのですから」

 それを聞いたウィレムは、実に冷静に……まるで兄のジルベルトが隣にいるかのように判断できた。

 実際、この新しい神父の教養の高さと神学の知識は確かなもののようだ。話し方は気に入らないが、説法が巧いのは認める。要するに、説法なんてものは、相手にどう理解させるかが問題ではない。分かりやすい言葉と優しい態度で安心させてやればいい、そして相手の心の中に巧妙に入り込み、弱みを握ってそこだけを満足させ、一瞬だけ陶酔させればそれでいいのだ。特に無知な民衆相手ならば。

「無垢なる者こそ幸福です。無垢なる者は悪を知らず、柔らかな愛に守られて、ただ信仰と幸福の光の中でのみ生きることができます」

 だがもちろん、ここにいる二人は無知な民衆でも、善良な子羊でもない。

「そうお信じになられるでしょう、公爵継息閣下?」

「ええ、もちろん」

 パリスは当たり前のように天使のような笑顔で答えたが、ウィレムは無論、当のマティアス神父ですら内心では彼が蔑笑を浮かべているのを察したかもしれない。

「では、天なる神の愛の御印を」

「ありがとうございます」

 神父は慣れた手つきで聖杯から聖水を手に取って二人の頭上に振りまき、聖餅を口に含ませた。

 略式ではあるが真っ当な聖儀だ。これを有り難がって感激の涙をこぼす者もいるのだろう。ウィレムは口中のぱさぱさの麦粉の破片が喉に突っかかるのが忌々しくて、この儀式が子供の頃から大嫌いだったが。

 我ながらなんて不信心者だ。

 敬虔な教皇派のカトリックのふりをするのも楽ではないと思いながら、ウィレムはかすかな苦笑いを浮かべた。

「愛は結構なものだと存じますが、いささかパリス殿は、奥方様を愛しすぎている気はしますがね」

「愛のない者に、神は分かりません。なぜなら神は愛だからです」

 マティアス神父は涼しい顔で即答してきた。

 聖書の一文ですっぱりと返されてはらわたが煮えくりかえったが、ウィレムも満面の作り笑顔で、無学ではないところを披露してやった。

「マタイによる福音書ですね」

「さすが船長様ですねえ、すぐにお分かりになるとは」

 この糞坊主が。こちとら阿呆の船乗りだが、字くらい読めるし聖書も暗唱できるんだよ。信じちゃいねえがな。そう言ってやりたかったが、今はまだ控えておくことにしよう。

「愛する者の顔の上に、我々は聖なるお方の姿を見ることが出来ます。奥方様を愛しておられる公爵継息閣下もまた、神と同じ名を持つ子羊であらせられます」

「素晴らしい。イザヤ書、足すことの、マティアス神父様の有難いお言葉として心に留めておきますよ」

 こちらが苛立っているであろうことは気づかれているかもしれないが、それを教えてやるのも悪いことばかりではない。敵に自分の方が有利だと錯覚させることができる。

「愛情が深い方は、それだけ信仰も深い。公爵継息閣下と奥方様に、神のご加護がございますように」

 マティアス神父がしたり顔で言うのを聞きながら、ウィレムは今噛み潰しているのが苦虫ではなくウズラの卵黄か何かだと、何とか自分を言いくるめた。

 と、神父は不意に思い出したように装いながら……要するにいかにもわざとらしくぱんと両手を打ち鳴らして訊ねた。

「そう言えばロザルド船長様。つかぬ事をお伺いするようで恐縮ではございますがねえ。先日、我が教会に、そちらの商会からたくさんの荷物が届いたのですが、あれはどのような品だったのでしょうかねえ?」

「ああ、あれは薬品の類です。神父様もご存じ置きの通り、こちらにお仕えしているフランチェスコは、たいへん優秀な医師ですから」

 ウィレムは今度こそ本物の笑顔で、なおかつ商人らしい態度で答えた。なにしろこちらとしては、この件に関しては何の嘘もついていない。

「医薬品なのはフランチェスコから聞き及びましたが、その代価はどうなっているのですかねえ? 先代のロレンス神父から、私は何も伺っていないのですよ。何しろ、こちらに参ったのも急なお話でしたのでねえ」

 マティアスがいささか困ったように眉をしかめるのを見て、ようやくウィレムは気が晴れたような気がしたものだ。

「ああ、それは急だったことで、さぞやお困りだったことでしょう。代わってお詫びを申し上げねばなりますまい。前任のロレンス様は、俺の船が二日後に北海航路に出るのをお知りになって、すぐさま教皇庁にその旨をしたためた書類をお送りになり、大急ぎで出航なさいましたから。布教先は確か、デンマーク王国より先の、シュヴァーヴァル島だったように記憶しています。近くまで、俺の船でお送りしたんですよ。あなた様も、もう少しローマか、ティボリやグイドーニア・モンテチェーリオあたりでご勉学に打ち込んでいらしたかったかもしれませんが、まあここヴェローナは退屈な場所とはいえ、今や教皇派には出世の一番の筋道ですし、しばらく港町の田舎暮らしを楽しまれてはいかがですかい?」

 ウィレムが名を挙げた都市は、すべて流行と遊びの最先端を行く、南イタリアの素晴らしい都会だった。そんなところで神父の地異を傘に着た男が大人しくしていたはずはないが、やはりそれ以上の皮肉を続けさせてまずいと思ったのだろう。パリスが遮るようにして話を本筋に戻した。

「先代のロレンス神父様は、神への祈りだけでは取り除けない肉体の苦しみを少しでも和らげたいと、医学の心得のあるフランチェスコを召し抱えて、医者にかかるほどの財のない者たちに薬を与えたり、簡単な治療をさせたりなさっておいででした。たいそうお慈悲のお心に溢れた方でしたよ。私と義父はそのお考えに深く共感して、フランチェスコを支援し、またこうして信頼しているのです」

 と、パリスは、普段なら滅多に……いや、絶対にそんなことはしないのに。

 実に親しげに、ウィレムの肩を抱いた。

「この信心深い友人と、彼のご家族もみな賛同してくれましてね、彼のロザルド商会でも、医薬品の類は一部はご寄付、それ以外は我が公爵家が代価を支払う、という形を取らせていただいております。ご納得いただけましたか」

 さりげなくウィレムの非礼をなかったことのように話すあたりは、パリスの話術もなかなかのものだ。

「なるほど、結構です。さすがヴェローナで最も由緒ある聖セバスティアヌス教会ですねえ。私も、そのロレンス神父の尊い志を継ぐことにしましょう。ですが」

 こちらをちらりと見ると、マティアス神父はまだ腑に落ちないという風を装って言葉を続けた。

「それにしては、いささか値の張る薬が多いような気も致しますが……そもそも、医者として身を立てているわけでもないフランチェスコに、あれほど立派な竃や蒸留器が必要だとは、私にはとても思えないのですがねえ」

「そのあたりは、何しろこの友人が……ウィレム・ロザルドという男は、船乗りの性というものでしょうか、生まれながらの新しい物好きでしてね。特に機械だの道具だのという類は、何でも最新式の、一番上等なものでないと気が済まない性質なのです。そうだよね、ビル?」

 ここは、パリスの努力を無駄にするわけにはいかない。二人は一瞬にして視線を交わし、ウィレムは船乗りとして思いつくかぎりの専門用語を立て板に水でまくしたてて、相手を煙に撒く作戦に出た。

「ああ、そうなんですよ。よかったらマティアス神父様、俺の船をご覧になりにいらっしゃいませんか? ぜひとも、俺の自慢の船の羅針盤と星座盤をご覧に入れたいものです。もちろん方位磁針も、鏡を使った投光器もありますよ、どれも明国からの輸入品で、イタリアで見られるのは俺の船だけのはずですよ。三角測量計と天秤も……ああ、天秤は下に吊るすのより、英国で作ってる上皿式って新しいのが、これが使い勝手がいい。地図と海図は次兄が月に二度も書き換えることがありますしね、操舵輪と錨も今度新しくするので……錨は二股じゃなくて四つ股の、岩礁にも停泊できる奴が手に入りそうなんですよ。北海航路だとそっちの方が便利そうなもんでね。どうぞ神父様、是非遊びにいらしてください」

「そういう次第だったのですか。よおく分かりました」

 マティアスがもういいとでも言いたげに片手を振ったのを見て、悪友二人は再び短く目配せし合ったものだ。

 このいかにも都会生まれの都会育ち、生粋のローマっ子らしい神父が、船乗りの無駄話など興味を持つはずがない。

「それで、今日はフランチェスコにお会いになられますか?」

「ええ、一応、頼まれた薬品の類が滞りなく届いたか、確認しなきゃあなりませんのでね。そこんとこはこちとらも商売ですんで、ご理解いただければ有難いんですが。えーと、こちらに目録と伝票をお持ちしたんですが、神父様がご確認なさいますか、それともフラ……」

「フランチェスコで結構ですとも。どうぞ、ごゆっくり」

 ウィレムが今度は商人らしい長台詞を吐きはじめたので、ついに神父は彼の言葉を途中で切った。

 長期戦になったが作戦勝ち、というところか。

「さっきはありがとよ、パリス」

「どういたしまして」

 この時代、大貴族の子息、それも公爵継息ともあろうものが、いかに大富豪の御曹司とはいえ一介の庶民に過ぎない男を対等に友人として扱い、しかも肩まで抱いてみせるとは異例も異例だ。さすがのマティアス神父も予想していなかったに違いない。あれはかなり念の入った援護射撃だった。切り札の切り時としては早すぎたかもしれないが、切り札を持ち腐れて負けるよりはずっといい。

 それにしても、と、ウィレムは頬に残った聖餅の残り滓を壁際の痰壷に吐き捨てながら言った。

「悪徳神父め。あの糞坊主、枢機卿狙いか。納得だな」

「いい神父様じゃないか。少なくとも、僕たちにとっては」

 これにはパリスは悠然と笑い、そして、悪友の真似をして唾を吐いた。

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