第4話 大公家の夜会(後編)

「これでも僕は、親友として心配しているつもりなんだけれどね。本当に、カイル兄者もジル兄者も、そっちをお説教すべきだよ」

 パリスは困ったとき、眉を八の字にする癖がある。滅多に見せる表情ではないが、今は明らかに、端正な両眉が下がっていた。

「大丈夫大丈夫、心配すんなって。最近、いい武器を手に入れたんでな。まあ、ひとつこいつを見てくれよ。こいつのおかげで、俺ゃあもう白兵戦が楽しくて楽しくて」

 と、ウィレムは商人らしさの欠片もない、明らかに無法者そのものの不敵な笑みを浮かべて、腰の剣吊り革から、ぶら下げていた鞘ごと刃物を取り外す。

 鞘は薄いなめし革を交互に織り合わせたところに、切っ先のあたる場所と切り口の部分には金と銀の象眼細工が施されて、飾りを兼ねて補強されている。手甲の覆いがないかわりに、鍔の部分がやけに大きくて重厚な作りだ。

「ビル。その剣は何? 見たことが無いが、明国の様式かい? 美しい細工だ」

「ああ、こいつもポルトガル船からのりゃくだ……交易品でね。ジパングのものだ。螺鈿は明国が見事だが、彫金の技術は極東の方が上だ」

 彼は言いながら、鞘から刃物をゆっくりと抜き放った。すらり、と、澄んだ音が冴え渡って響く。

 相当に長い刃物だ。それに、いくらか反りがある。

「ああ、剣じゃあないんだな。サーベルか」

「実によく切れる。突くんじゃあない。斬るためのものさ」

「聖アヌンツィアータ騎士団の連中も長竿のサーベルを使う。そう違うようには見えないが」

 パリスはヴェローナ大公の養子となってから、いくつもの教会付きの騎士団の謁見式に立ち会ってきた。特に、聖アヌンツィアータ騎士団は全員が貴族階級出身で、馬術、槍術、剣術は幼少から身につけている熟練の者揃いの精鋭だ。近年においては新興の武器であるフリントロック式やマスケット式の銃も揃えている。彼らは修道士や神父ではなく、あくまで神のために最後の一兵まで戦う心構えの騎士なのだ。そんな男どもだから、サーベルの扱いにかけても、全イタリアはおろか、ヨーロッパ中で一目置かれている。

 そのサーベルと、何が違うのか。パリスの不審げなまなざしを、ウィレムは口元をゆがめるように笑って言い放つ。

「まあ、見てろって」

 彼は暖炉の前の揺り椅子に腰掛けて東洋の皿に見ほれているヴェローナ大公に、失礼にならない程度に、それでも繰り返し呼びかけた。

「大公殿下、大公殿下、ちょっとしたお願いがあるのですが、お聞き入れいただけますか」

 ヴェローナ大公エスカラス公爵は、愛玩する大皿を大事そうに両手で抱えながら訪ねる。

「何かね、ウィレム」

「いえ、大したことではございません。そこの階段のところの飾りの甲冑、私めに売っていただけませんか」

「構わぬとも。そんなものでよければくれてやろう。どうしたかね、どこぞの姫君でもめぐって、騎馬決闘でも申し込まれたのかね?」

「いえ」

 笑顔で否定しながら、ウィレムは末広がりの階段の両脇に、衛兵のように突っ立って飾られている、中世の騎士の正装の甲冑を見た。

 銀細工に金象眼で家紋の彫られた兜に、目元以外をすっかり覆う面鎧。肩幅を広く見せるための貝殻のような肩当てに、胴回り全体を包んだ金属の筒。太ももあたりは、乗馬を考えて鞍の形にはじめから合わせて作られており、馬上で最も目につくすね当てには銀や銅の装飾が惜しげもなく使われている。徴兵された農民どもが親戚や知り合いじゅう必死になってかき集めたブーツ一足の、数千倍の価値のある品物だ。

「では、ひとつ余興を。どうぞ大公殿下、公爵継息閣下、とくとご覧じろ」

 ウィレムはそれだけ言うと、裸身のままのサーベルを甲冑に向かって振り下ろした。

 がらん。がらがしゃん。

 情けない悲鳴にも似た騒音をまき散らして、金銀細工の騎士甲冑はまっ二つにされていた。兜こそ原型を保っているが、肩から下腹にかけては完全に斜めに切断されていて、そのまま空っぽの甲冑は大公家の階段下にばらばらに粉砕された。

「なんだこれは……」

 パリスはそれきり言葉を失った。美しい空色の瞳は、ただじっと、薄っぺらい金属の積み重ねとなった鎧の残骸に釘付けになっている。

 それも無理はない。ウィレム自身、初めてこのサーベルを手にしたときには、その切れ味に心を奪われた。そして今でも、これで物質を切断する快楽に逆らえないでいる。

 実際、床に積み重なり、また散らばっているのは無惨な金属の破片にすぎない。

「俺は、サーベルの技は海賊ども仕込みの見真似刀法でね。まともに学んだこたあない。その俺でこの切れ味だ。巧い奴になると、中身の入ってる鎧でもぶった斬るらしいぜ」

「中の騎士ごとということか?」

 バリスは驚愕した表情でこちらを振り返った。金属の鎧で身を堅め、右手には剣を、左手には盾を備えた騎士を、このサーベルは一撃で分断するというのか。そんなことは、容易く信じられるはずはない。

 しかし、ウィレムは自信に満ちた笑顔で頷いた。

「そう。それも簡単に」

 と、彼は長いサーベルを、いささか芝居がかった動作で鞘へと収めてから、ばらばらになった鎧を靴先で一カ所に集め、まるで余裕たっぷりの様子で壁際の長椅子にどかりと腰を下ろした。

 あっけにとられているパリスの目を見つめ直し、彼は不意に真顔になって言った。

「これは、うちの執事に調べさせたんだがな。ジパングってのは、黄金の国なんかじゃねえぞ」

 マルコ・ポーロが『東方見聞録』を出版してから後、ジパングは全てのヨーロッパ人の憧れの国となった。美しい風景、穏やかで勤勉な住民、統制の取れた支配社階級と労働従事者には「忠義と恩賞」という利害関係が成立しており、なおかつ土民と呼ぶにふさわしい小作農風情にまで、最も簡単な文字の認識は出来る程度の知性を持っている。アフリカや新大陸などの、全くの無知蒙昧の地とは、素地となる環境に天と地との差がある。

 それゆえに、ヨーロッパの列強王族や貴族を魅了する芸術品の数々を生み出しえたのだと言えなくもない。ただ宣教師を派遣してキリスト教化してしまえば植民地にできるほど、ジパングは後進国ではない。布教に熱心なあまり時として残酷にすらなるイエズス会の連中でさえ、あの島国からは叩き出された。

「だが、だからこそだな。あいつら、こんなものを作る」

 ヨーロッパの人間から見たら、ただの反りの強いロングサーベルにすぎないそれが、手入れさえ怠らなければ四百年の切れ味を保つなどとは、流石のロザルド商会でも見極めてはいない。しかし、両親が中華の国の生まれであるロザルド家の執事には、この一本の鉄の塊がヨーロッパの常識を超えていることは理解できたはずだ。

 古く漢代から伝わる青龍刀でも、これほどの切れ味のものは存在しないと、アイン・シャンは保証した。

「ジパングは鋼の国だ。あいつら、あの小汚い土民ども、あんな綺麗な皿も作るが、本当のところじゃあ鉄を鍛えることしか頭にねえ気違いだぜ。武器はもちろん、農奴の女房の使う針や鋏から餓鬼の持ってるナイフの類まで、みんな鋼で作っていやがる」

 鉄の板を炎にくべて焼いては叩き、叩いては冷やし、また焼く。気の遠くなりそうな無限の作業の果てに、ようやく刃物一本が出来上がるのだとアインは言った。

 吊るし上げたポルトガル人から聞いた話では、それでもジパングの人間は、大人しくて穏やかで礼儀正しいそうな。どうも、極東というのはよく分からない国だ。これだけの武器と、あんな美しい陶芸品とを同時に生み出すジパングとやらに、ウィレムはいつか行ってみたいと思っていた。

 しかし、そんな船長の心の内など、今のパリスには思いもつかなかったに違いない。空のように青い目をきらきらと輝かせて、食い入るようにウィレムの手にしたサーベルを見ている。まるで、珍しくて新しいおもちゃを目の前にぶら下げられた子供そのものだ。

「いいなあ、それ、欲しい!」

「そう言うだろうと思ったよ。そう焦んなさんな、ちゃんとお前の分もある」

「ビル、やっぱりそうだと思った!」

 今にも首に飛びついてきそうなくらいの勢いで、パリスはウィレムへと駆け寄った。

 何しろ、子供の頃からの付き合いだ。彼の扱い方など分かっている。もちろん、それはお互い様なのだが。

「俺がお前の分をとっとかないわけないだろ。ほら、こいつだ」

 と、ウィレムはトランクの片側に止めつけられていた毛布の筒を外し、芝居がかった仕草で灰色の毛皮を大理石の床の上に広げた。

「すごい!」

 パリスは公爵継息という立場などすっかり忘れた様子で、歓喜の声を上げる。

 毛足の長い生皮に丁重に包まれていたのは、一振りのサーベルだった。漆塗りの鞘は金箔で草花の文様が象眼され、それだけでも芸術品そのものだった。鍔は大きく、黒鉄に複雑な模様の抜きが施してあり、ここにも金の飾りが施されている。束は鹿革を複雑に組み合わせて作られており、両手で握るためなのか、ウィレムのものよりも太くて長かった。

「君のより立派じゃあないか。いいのか、こんなもの」

「褒めるのは抜いてからにしろ。抜きたいんだろ」

 と、ウィレムは暖炉の前の揺り椅子で飽きることなく伊万里の皿を眺めているヴェローナ大公に向かって声をかけた。

「大公殿下、そっちの鎧も頂戴したいんですが」

「はっはっは、好きにしたまえ。若者というものはこれじゃから」

 義父であるエスカラス公爵の美麗なバリトンなど、パリスの耳には届いていなかったことだろう。

 彼はしばらく目の前の刀を見つめ、ゆっくりと手を伸ばして、その鞘をつかんだ。

「不思議だ……」

「だろう?」

 ウィレムには、彼の困惑がよく分かった。

 この極東のサーベルは、一種独特の重量感を持っている。薄くて軽い、まるで何かの繭のような鞘の中に、筋肉や骨が痺れるほどの重さの鋼の塊が入っているのが、持ち上げてみて初めて分かるのだ。

 パリスは無言で剣束を握り、ゆっくりとサーベルを鞘から引き抜いた。

 その後には、ただわずかなため息しか漏れなかった。

 サーベルの分厚い刃には、波のような文様が浮かび上がっている。わざとそのように飾ったのではない。自然と産まれた曲線だ。そして、その刃の色。

 青い。

 今まで、こんな色の鉄は見たことがなかった。鉄と言えば、赤錆色か、手入れの行き届いた銀色かしか知らない。だが、これは何だ。いや、これは色ではない。

 光だ。

 呆然と刀を見つめるパリスに、ウィレムは愉快そうな笑みを浮かべて言った。

「さあ、どうぞ。ぶった斬りたいだろう?」

 その日焼けした手の指し示す先に、飾り物の甲冑があるのに気づいて、パリスは思わず生唾を飲み込んだ。

「できるかな?」

「俺よりお前の方が腕が立つ。いつも言ってるだろ」

 ウィレムの笑みは、いささか皮肉を含んでいたかもしれないが、もちろんパリスが気づくことはなかった。

「やれよ。やっちまえ」

 そして、言われるままに。

 彼は、手にしたサーベルを振りかざし、自らが学んできた剣術……傍流の騎士の家柄に生まれたにしては熟練しすぎている技を、真っ向から空の鎧に振り下ろした。

「お見事」

 パン、パン、パン。三度、ウィレムはその手並みに拍手した。

 ウィレムの時には形が残った騎士の兜が、パリスの一撃でまっ二つに両断されたのだ。

 いや、それどころか、飾りとは言え正式な形状の金属鎧が、頭部から股までまっすぐに切り裂かれていた。ウィレムの時にはばらばらになったものが、今はただ、綺麗に二つに割れて、片方は階段の手すりに寄りかかり、もう片方は床に寝そべっている。

 これには、傍観者を気取っていた執事も、用命に忙しく立ち働いていた召し使いたちも、そして新しく手に入れた美術品に夢中だったはずのエスカラス公爵でさえ目を奪われた。

 確かに、見事という以外に言葉は見つからなかった。

 広間全体が、呼吸すら忘れたような静けさに包まれる。

 その静寂を破ったのは、当のパリス自身だった。

「すっごい! すごいよ、これ!」

 はしゃぎきった子供の声だ。そうしていると、美しい顔が、いっそう幼く見える。

「気に入っただろ?」

「もちろんだよ!」

 パリスは実に嬉しそうに、何度もそのサーベルを握り直したり、立てて眺めたり、軽く振ったりしてみていた。

「鞘に納める時は気をつけろよ。うっかりしてると、自分の指を切るからな」

「分かった、ありがとう!」

 ウィレムは、こういう無邪気そのもののパリスの顔を見るのが好きだった。本当に小さな子供のようで、何故だか、この顔を見るためなら何だってできるような気がしてしまう。そういう、何とも言えない可愛げと、何とも言えない魅力のある男なのだ。

 もしかしたら、執事や使用人たちも、エスカラス公爵でさえもそうだったのかもしれない。誰一人として、パリスが新しいおもちゃで遊ぶのを止めようとするものはいなかった。

「これ、いくらなの?」

 しばらくしてようやく現実に戻ったパリスの問いに、ウィレムはごく当たり前のように答えた。

「代金はお前の気が済む額でいい。うちの屋敷に届けといてくれ。じっさい、こんだけいい品になるてえと、俺みてえな外道の白兵戦要員より、パリス・エスカラス公爵継息閣下がぶら下げてる方がよっぽど様になる。それに、さっきも見た通り、サーベルの扱いは俺よりお前の方がずっと巧いしな。俺に使われるより、こいつもお前が持ち主の方が嬉しいだろう」

 言ったことは全て本音だったし、同時に事実でもあった。

 これだけの武器・兼・美術品を渡されて、エスカラス公爵家がそれに見合うだけの代金を出し惜しみしてくるとは思えない。フローリン金貨が百枚届いたところで驚きはしない。

 それに実際、そのサーベルの装飾は華奢かつ豪華で、パリスの端正な姿にはよく似合った。

「ただし重いぞ、それ。しばらくぶら下げて歩く練習をしろ。なんだかな、ぶら下げてる方に体が傾くんだよ」

「ああ、うん、そうする」

 何の疑いもなく答えるパリスに、ウィレムは笑顔を向けた。

「ついでに、ひとつだけ言っておく。お前は剣が立つ。だが、どれだけ剣が巧かろうが、いいサーベルを使っていようが、マスケット銃でドカンと腹を吹っ飛ばされたら終わりだ。それだけは覚えとけ」

「本当に君はいい友人だ」

 パリスは優しげな表情で頷いた。血なまぐさい話題も、精巧な武器もなかったことのように。

「ねえ、そう思いませんか、義父上」

「ああ、もちろんだとも。この皿はいい。そのサーベルもいい。実にいい」

 水を向けられたヴェローナ大公エスカラス公爵は、再び視線を手元の皿に戻す。この美しい献上品に、すっかり心を奪われているようだった。

 確かに、これほどの品々になると、イタリアのみならず他国の領主たちにも十分自慢するに足るだろう。それはすなわち、これほどまでに美しい陶芸品を献上されるだけの価値が自分にはあるのだと喧伝する材料にも、これほど貴重な武器を購入する資産がある一家だということを証明する材料にもなる。

「義父上はご機嫌だよ。よかったね、ビル」

 大公の様子を横目で見ながら、ウィレムとパリスは階段近くを離れ、出入り口近くの長椅子に並んで座っていた。ここからなら、広間全体が見渡せる。ウィレムが粉砕した鎧とパリスが切断した鎧……いや、大量の金属の屑を、使用人たちが大急ぎで片付けているのが見えた。

 だが、二人にはそんなことはもはやどうでもよかった。

「そりゃあ有難い。これで、ちょいとばかり小麦の値段を上げてもお咎めはねえだろうな。ここんところ、ちいとばかし儲けが少なくて兄貴たちが困ってるんだ」

「というと?」

「モンタギュー家とキャピュレット家が血で血を洗う戦争をしていてくれなさった頃には、毎日のようにマホガニーの棺桶が売れたんだぞ。クレタ島の大理石の墓石もな。それがなくなっちまったおかげで、こちとら商売がちょぼちょぼでねえ。あれがもうちょいとばかり続いてくれていたら助かったんだがな」

 ウィレムは皮肉めいたを浮かべる。マホガニーやクレタの大理石の価格を知っている者なら、彼の言い分にも納得がいっただろう。

 だが、パリスは冷淡な印象を与える例の微笑で答えた。

「まあ、そう言わないでよ。おかげで我が家がヴェローナの利権を総取りだ。そのおこぼれはちゃんとそっちにも手配するよ。小麦のついでにワインの相場も上げちゃえば?」

「助かるぜ」

「まあ、心配はいらないんじゃない? カイル兄者とジル兄者ならうまく立ち回るでしょ」

「ああ。それに、うちにはいざとなったらスペイン船やポルトガル船って仕入れ先があるからな」

「それはほどほどに、って、さっき義父上に釘を刺されたばっかりだろ。大概にしておいてよね」

「分かってるよ。ほどほどならいいんだろ」

 ウィレムは底意地悪そうに笑ってから、ぽんとパリスの腰を叩いた。

「その、ほどほどをうまくやらねえと、お前にこういう土産を持って来れねえんだよ」

「本当にありがとう。とても気に入ったよ。大事にするね。でも」

 と、パリスは不意に、不思議そうに小首をかしげて訊ねた。

「そう言えば、君は英国船は襲わないんだね? あいつら金持ってそうなのに」

 それには、ウィレムはわざとらしく肩をすくめ、震え上がったような仕草でおどけて見せた。

「バーカ。イングランド人は全員、ありゃあ本職の海賊と本職の傭兵だぞ。こっちはしょせん海賊もどき、贋物だ。まともにやったらこっちが鴨にされるだけだぜ。いっぺんイングランドのサー・アーサーの船とすれ違ったことがあるが、必死で病人船のふりをしたぜ。若い連中全員に顔に靴墨で斑点描かせてよ。そしたら向こうから避けてくれたわ、助かった。ついでにお恵みで百ペンス投げてくれた。で、その百ペンスを沈めたポルトガル船に置いてきた」

 ウィレムの言葉に、パリスはとうとう我慢しきれずに笑い出した。

「ひっどい。君って本当に悪党だね」

「悪党に悪党と呼ばれるのは気分がいいな。勝ったような気がするぞ、パリス」

「ふん。人生の最期で勝てれば、僕はそれでいいんだよ」

 二人は恐ろしく邪悪に、同時にひどく無邪気に笑い合った。

 繰り返される略奪と虐殺の連鎖も、そうして失われる命の重さも、何もかも理解した上で、彼らは子供の頃と同じように笑っていたのだ。


 そのとき、公爵家の執事が、厳かな口調で言った。

「晩餐のお支度が整いました。どうぞ、晩餐室においで下さい」

「そうか。ならば晩餐としよう。いい鴨が焼けているはずだぞ、ロザルド商会から仕入れた最高の鴨じゃ」

 ヴェローナ大公エスカラス公爵の言葉に、二人は思わず悪戯げな眼差しを交わした。

「そういやカイル兄貴が、さっきでっかい鴨が売れたって言ってた。フランスのルーアンの鴨だぜ」

「じゃあ、そいつを焼くのに時間がかかったんだね。ルーアンの鴨なんてすごい珍味じゃない、楽しみだな」

「俺も楽しみだ」

 長椅子から立ち上がりながら、ウィレムとパリスは少しだけ声を出して笑った。


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