第27話:パートナー

 ざわざわとした喧噪の中、校舎中の生徒が全員屋上に集まっていた。

 いきなり非日常にわくわくする生徒もいれば、なにが起こるのだろうと不安になっている生徒もいる。そんな中、梓は校庭が一番よく見える位置に体操座りをして、これから起こるだろう陰惨な結末を思って顔を伏せた。その隣にはそんな梓の様子を気遣ったようにきぃがいる。

 いつも彼女と一緒にいるユウは、今朝登校中、紅哉に会った衝撃で卒倒してしまいそのまま早退してしまった。


「どうしたの梓、元気ないね」


 屋上から校庭の方を見渡し、きぃは隣に座る梓に向かってそう言った。

 梓はどこか落ち込んでいるようで、話しかけても一向に顔を上げる気配がない。そんな梓に溜息を一つ吐いて、きぃはそれでも変わらず隣に座って、なにも答えない梓に一人話しかけた。

「今日どうしたんだろうね、屋上に避難ってさ。梓何か知ってる?」

「……」

「何か知ってるんだー。ってことは相方がらみ? 今からなにが始まるの?」

「……」

「あーずーさー。落ち込んでないで、何か答えてよー」

 コツンときぃの頭が梓に当たる。それでも梓は何の反応も示さない。きぃは諦めたような顔になり、ぐぐーと背伸びをした。そして改めて校庭を見渡して、あ、と少し体を跳ねさせた。


「ねぇ、あれ、紅哉さんじゃない?」


 その言葉にはじかれたように梓は校庭に視線を落とす。他の人は気づいていないのだろうが、紅哉は木の陰に隠れるようにして陽太を待っていた。その姿を見止めて、梓は息を詰める。

「相方と何かあったんだ?」

「そういうわけじゃないよ」

 初めて返ってきた答えにきぃは「そっか」と短く返事をした。

「別に喧嘩した訳じゃないんなら、梓は何でここにいいるの?」

「なんでって……」

「相方、何かするつもりなんでしょ? 梓はここにいていいの?」

「私が行っても何も出来ないよ。私普通の人間だよ?」

「紅哉さんがそう言ったの?」

「……」

 ぐっと言葉に詰まった。彼には言われていないがそれが事実だ。彼と一緒に行ったって、梓には代わりに陽太を殺すような力もなければ、陽太を何とかさせる力もない。人間の少女という範囲で見れば梓は割と強い方だと自負もしているが、吸血鬼と比べるとなると話は別だ。彼らの力は自分と比較にならない。

 自分は無力だ。どうしようもなく。

 

「じゃぁさ。梓にとって私たちっていてもいなくても一緒ってこと?」

「え?」

「だってそういう事でしょう? こうやって話していることも、一緒に見守ろうとしてることも、物理的には梓は何も助かってないじゃない。梓にとってそれは居ても居なくても一緒って事になるの?」

「それは……」

「そうじゃないよね。わかってるよ」

 年齢的には梓のがきぃより歳上なのだが、彼女はまるで妹にするみたいに梓の頭をゆっくりとなでた。

「人の街で生きてきた梓にはよくわかんないかもしれないけどさ、私たちにとっての“契約者”っていうのは“パートナー”って意味なんだよ。その関係に男女の情が絡んでいても、絡んでいなくても関係なくて、一蓮托生っていうのかな? だからお互いに気が合わない人とはどうやっても契約は成立しないし、もししても形だけになっちゃう」

「……」

「本当はさ、パートナーの契約者がFに墜ちたら、それを処分するのはその片割れの役割なんだ。でも、男女の仲になってる人たちも多いし、そんな関係になってなくてもある種の情がある。だからどうしても殺せない人が出てくるの。それを肩代わりするのがアカオニ……紅哉さんなんだ。だからさ梓が紅哉さんの契約者って聞いて、最初は本当にすごいって思ったんだ。別に彼自身が望んだ訳じゃないけど、背負わされた業だけど、それでもそれを梓は隣で一緒に背負えるんだって思ったら、本当にすごいと思った。私じゃ重くて苦しくて、きっと潰されてしまうから」

「……」

「でもさ。梓は何も知らなかっただけなんだよね? 契約者になる重みも、苦しみも。……それならもうやめときな。契約は続けても、もう契約者だと名乗らない方がいい。梓は紅哉さんの隣には立てないよ」


 その言葉に梓は息をのんだ。ぐっと握り拳を作って、梓は唇をかみしめた。

 悔しかった。何も言い返せない自分が、気遣われたように言われた言葉が。でも彼女が言っていることは正論だ。今のままでは彼の側に立つなんて無理なのだ。


 変わらなくては、無力な自分から。


「まだ間に合うかな?」

「……大急ぎなら、間に合うんじゃない?」

 梓の上げた顔と決意を込めたような瞳にきぃは苦笑する。そこまで焚きつける気はなかったのだが、どうやら想像以上に煽ってしまったようだ。

「きぃちゃん、ありがと。私行ってくる!」

「うん。……ってえぇ!? 何してるの梓!?」

「一番早い方法で行かなくっちゃ!」

 立ち上がった梓は屋上のフェンスを上り始める。教師たちの慌てたような声を聞きながら、梓はフェンスの外側に立った。

 まさか。まさか、それはないだろう。そこに居る誰もがそう思った。

 しかし梓はいつも通りの笑みを浮かべて、校庭に隠れるようにしている紅哉に叫んだ。


「紅哉さんーー!! 行きます! 受け止めてくださいね!!!」


 とんでもなく驚いた顔の紅哉を見止めて、梓は屋上の縁を思いっきり蹴った。


◆◇◆


「馬鹿かおまえは!!」


 久々に本気で怒られた。いや久々じゃないか。だけどこんなに必死な顔で怒られるのは初めてで、梓は紅哉の腕の中でへへへと笑った。

「ごめんなさい」

「顔と台詞が合ってない! だいたい何でこんな、沢山の奴が見てるところで……。人にはあまり俺との繋がりを晒すなと言ってたはずだろう? 明日からどうするんだ。白い目で見られるぞ?」

 怒っているような、気遣っているような視線を浴びて、梓はにっこり笑った。

「そんなこと心配しなくても多分大丈夫ですよ! みんな紅哉さんのことわかってくれますよ! それに、白い目で見られてしまうならそれならそれで構わないかなぁって。紅哉さんか皆か、一つだけしか選べないんなら、私は紅哉さんを選びますよ。だって、ほら、私紅哉さんの契約者だし!」

「……俺はお前にそこまで望んでない」

 苦しそうな、泣きそうな顔でそう言われて、梓は初めて紅哉の深い部分に触れた気がした。

「私がしたいだけなんです。勝手にしてごめんなさい。あと、今更なんですが、今日は一緒にいてもいいですか?」

「何も面白いものはないぞ。それに、お前が見ても辛いだけだ」

「わかってます。あと、私からのお願いなんですけど、陽太君は殺すんじゃなくて捕らえませんか? やっぱり紅哉さんには陽太君を殺してほしくないんです」

「なら、目を瞑っていろ」

「見たくないんじゃなくて、殺してほしくないんです! 陽太君は殺さず捕らえましょう。もしかしたら助ける方法だってあるかもしれない。もし本当に何も手立てがないってわかったら、それはその時に考えればいいじゃないですか」

「何度も言うが、親類縁者だけ特別視は出来な……」


「そうだね。弟君は捕らえよう」


 割り込むように会話に入ってきたのは昴だった。傍らには壱が居て、その手には刀が握られていた。

「いい雰囲気の所ごめんね? 丹様から話を聞いてとんできたんだけど、お邪魔だったかな?」

 その言葉で紅哉と梓は互いに抱き合いながら話をしていたことに気づき、慌てて距離をとった。昴はそんな二人の事を微笑ましく見ながらも、本題に入ろうか、と話を元に戻した。

「少しだけ聞こえてたんだけど、俺も弟君を捕らえるって案には賛成かな?」

「しかし……」

「コウが言いたい事もわかるけどね。ここで弟君を殺して、その陰惨な現場をあの屋上の子供たちに見せるの? 俺としてはそれは賛成できかねるかなぁ」

「それはさぞかしトラウマものでしょうね」

 壱が昴を援護するようにそう言って、紅哉の眉間には皺が寄った。

「じゃぁ、どうやって捕らえるつもりだ? 言っておくが陽太は当主の息子で、名家である如月家の血も入ってるんだぞ。絶対に手強い。逃げ回られたら生徒に危害を及ぼしてしまう可能性もある。被害を出さないようにするなら殺すのが一番だ」

「それは紅哉さん単体で挑めばって話でしょう? 流石に私たち三人で挑めば捕らえることは出来るでしょう? 私がわざわざコレを持ってきたのに使わせない気ですか?」

 壱が手にある刀を紅哉に差し出して見せる。

「コウ。そういうことだから弟君は捕らえる方面で行くよ。殺すのは後でも出来る。流石にこの三人で捕らえられない相手って居ないと思うしね。まぁ念のために、梓ちゃん、コウに血あげといてくれる?」

 そうにっこり笑われて梓は固まった。

(血……確か今日飲まれたよね。しかもその前に、何かあったような……)

 いつの間にか忘れていた昼休憩の記憶が蘇ってくる。

(何故か知らないけど紅哉さんが学校にいて、怒ってて、血が欲しいって話になって……それで、顔が近づいてきて……………んん!?)

 柔らかい唇の感触がやけにリアルに思い出されて、梓は一瞬にして茹で蛸のようになる。その様子を見て、紅哉は頭を抱えた。

 そんな二人の様子を見て昴は首を傾げた。

「え? 俺、何かダメなこと言った?」

「……いや、気にするな。あと、血はもう貰ったから大丈夫だ。もうこの話題に触れるな。頼むから」

 そう懇願されて、後からこの話題は何が何でも聞き出そうと、昴は思うのであった。

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