第19話:通学
いつもの通学路から少し遠回りをして、人気のない公園の中を梓と紅哉の二人は歩いていた。人目を嫌う紅哉との通学時間はいつも早い。今日はそれよりも30分以上も早いので、このまままっすぐ行くと恐らく校門が開いてないだろうという事で遠回りをした。
歩いている間中紅哉は何かを言ってるようだったが、それを左から右に聞き流し梓は紅哉の顔を見てほぉっと息をついた。
(紅哉さんって、よく見ると…もしかしてよく見なくても、結構かっこいいよね。なんで今まで気づかなかったんだろう…)
「…だから、青側を警戒しつつ赤側にも十分警戒が必要だ。って聞いているか?」
「はい!?」
「割と大事な話をしたつもりだが?」
心此処にあらずな梓を覗き見て、紅哉はため息をつく。別に怒っているわけではないが、呆れてるような雰囲気に梓は大慌てで謝った。
「ごめんなさい! 大丈夫です。なんとなくは聞いてました! 赤の上層部が怪しいって話ですよね!」
「あぁ、大体はあっている。それにしても本当に大丈夫か? 体調が悪いんじゃないのか?」
「大丈夫です! 大丈夫です!」
心配そうに近づいてきた顔を赤い顔で押しのけて、梓は顔の熱の振り払うかのようにパタパタと仰いだ。その様子に紅哉は一瞬首を傾げたが、またいつものトーンに戻って話し始めた。
「今後、お前の報告は何か変わったことがあったとしても必要最低限しか上にあげる予定はない。月玄の奴が言っていた第三者が誰かわかるまでそうする予定だ」
「え? じゃぁ、丹さんとかにも報告しないんですか?」
「あぁ、当主にも必要最低限で怪しまれない報告しかするつもりはない」
梓はその言葉にびっくりした様子で紅哉の方を見る。毎週紅哉が自分の事を報告に行ってる事を梓はもちろん知っていた。彼の父である丹でさえも信用しないという紅哉の言葉に何も言葉が出すに固まった。
「お前はとりあえず俺たちだけを信用して、後は疑ってかかればいい。当主も例外じゃない」
「それって大丈夫なんですか? 後から何か言われたり、紅哉さんたちがお咎めを受けちゃったりしませんか?」
「第三者が誰かわかるまでだ。わかったら今までの報告も含めてまとめて上にあげる。そもそも、俺たちが最初にお前を襲った奴らを青だと断定していたのはそれが上の指示だったからだ。それに、お前が誘拐されかけた日の情報も上からもたらされたものなんだ。今まで何の情報も無かったのに、急にだ。上層部を疑うのは当然だろう?」
「でも何も自分のお父さんを疑わなくても! それに、この街って結構当主の意見が絶対なんですよね? 紅哉さんの立場とか大丈夫なんですか?」
「何も本気で当主を疑っているわけじゃない。どこから何が漏れるかわからないから情報を締めてるだけだ。そして、今の俺に気にするような立場はない。ただの当主の息子で、面倒なFの処理を押し付けることが出来る実力があるってだけの存在だ。居なくなってもさして問題はない」
いつものように淡々とそう言ってのける紅哉を見て、梓は言葉に詰まった。何も感じていないような態度にぐっと拳を作る。
「紅哉さん、失礼します」
そう言った瞬間、梓は思いっきり紅哉の頬をひっぱたいた。パンと乾いた音が公園に響く。
「っ!?」
「前々から思ってましたけど、紅哉さんは自分をないがしろにしすぎです! 私、紅哉さんが死んだら嫌だって前も言いましたよね? 居なくなっても嫌ですし、紅哉さんが悲しい思いや、痛い思いをするのも嫌なんです! なのに紅哉さん自身は自分を大切にしないし! 紅哉さんの事を大切に思ってる私たちの事も少しは考えてください!」
思いっきり叫んだためか、梓の呼吸は乱れた。そして一瞬にして現実に引き戻され血の気が引く。
恐る恐る見上げた紅哉の顔は驚愕に目を見開いていた。
「わぁぁああぁ!! ごめんなさい!! 痛かったですか!?」
「いや、いい。これは俺の方が悪かった」
「でも、でも! 私ぶっちゃって!」
「昴にもよく言われるんだ。そういう事を言うな、と。気を付けなかった俺が悪い。不快だったな」
そう言って苦笑いを浮かべる彼のシャツをもって梓はぐっと引き寄せた。
「そうじゃないんです! 違うんです! 私も、昴さんも自分が不快な思いをしたくないから言わないでほしいって言ってるんじゃないんです! 紅哉さんにそういうことを思ってほしくないんです! もっと自分を大切に思ってほしいって事なんです! あの…だから、えっと…」
さらに言い募ろうと言葉を探す梓を紅哉は見下ろして、ゆっくりと微笑んだ。そして彼の手は梓の頭を撫でる。
「ありがとう」
その言葉に梓も顔を上げて紅哉と目が合った。困ったように、それでいて嬉し気に目を細める紅哉が眼前にあって、梓の顔は一瞬にして真っ赤に染まる。手にしていた紅哉のシャツを離し一歩後ずさろうとするが、頭を撫でてる紅哉の手が後頭部に回りそれを制した。
「あず…」
「あずさちゃーん!」
紅哉が何か発しようとした瞬間に、後ろの方から声がかかる。その声に紅哉も梓を離し一歩離れて少し距離を取った。
声のした方を見ると、視界に映ったのは二人の女生徒だった。制服を纏った彼女たちはこちらに駆け足で近づいてくる。
「あ、やっぱり梓ちゃんだ! こんな朝早くどうしたのー?」
「ユウちゃん! きぃちゃん! 今日日直?」
「そうそう! しかも今日に限って一限に実験あるじゃない? 実験道具準備しようと思ってね」
「私は、ユウの付き添いよー。無駄に家近いからね」
「二人とも大変だねー」
紅哉はそんな三人にゆっくりと背を向けた。
「こう…」
「あとはクラスメイト達と一緒に行け。もうここまで来たら大丈夫だろうからな。何かあればまた駆けつけるから安心しろ」
紅哉の名前を呼ぼうとする梓を、人差し指を彼女の口に当てるようにして制し、紅哉はぽんぽんと梓の頭を撫でる。目の前の彼女たちは梓の隣にいる男があのアカオニだとまだ気づいていない様子だったので、気づかせて無駄に騒がれるのを危惧したのだろうという事は梓にも容易に想像がついた。
だけど、と梓は思う。どうして彼ばかりが我慢しなくてはいけないのだろうか、人目から隠れるようにして生きていかなければいけないのだろうか、と。それらの全てを誰かが紅哉にしろと言ったわけじゃない。彼が選んできたことだ。けれど、それを選ばせたのは彼の周りの環境だ。
確かにここで無駄に怯えさせることは得策じゃない。紅哉がしようとしている事はわかるが、それをそのまま許容出来るかと言われたらそれは違う話だった。
梓は去ろうとする紅哉の腕を飛びつくように捕まえて、近くで話してるクラスメイトに向き直った。
「えっと、紹介するね。私と契約してくれてる紅哉さんです!」
「おい!」
「「え?」」
「私の事心配してくれて、毎日送り迎えしてくれてるの! 優しい人なの!」
一瞬怯んだクラスメイトに梓は紅哉の腕を持ったままずずいっと詰め寄った。
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