第15話:休戦

 麗らかな陽気の日曜の午後。梓と紅哉は揃って大きな門の前にいた。どこの大富豪かというような門構えの奥に見えるのは、梓がお世話になっている屋敷よりも一回り大きい豪邸。梓が住んでいる屋敷も結構な大きさだが、それがまだかわいらしく思えるほどだった。

 梓の手にはケーキの箱と先日届いたお茶会の招待状。主賓は 如月陽太 となっていて、紅哉と梓の二人でぜひ来るようにと手書きで書き足しがしてあった。紅哉は嫌そうな顔をしながらも弟からの呼び出しということで了承、梓もこちらに来てから誰かの家に招待されたのは初めてだったので、とても楽しみにしていたのだ。

 そして現在、いつも通りの紅哉と違い、圧倒的な存在感の門構えに梓は固まっていた。

 恐る恐るインターフォンを押す。すると、若い女性の声がした。

『どちらさまでしょうか?』

「あの、斉藤梓です。今日は陽太君にお茶会に誘われてて」

『はい、お待ちしておりました。只今門をお開けしますので、まっすぐお進みください。その先のバラ園で陽太様はお待ちです』

 そして、ギギギと重厚な音を響かせでひとりでに門が開く。二人は指示通りにそのまま進むと、薔薇のアーチの前で一人の青年の姿を見止めた。

「待ってたよ、兄さん、斉藤さん。他の人ももう来てて、楽しそうにしてるよ」

「他の人?」

「それは行ってのお楽しみ」

 そう言ってにっこり笑った陽太はいつものように天使に見えた。しかし、その天使が実は小悪魔だと気付いたのはそれから数分後、お茶会会場に着いた時だった。


「あの時は一発でのしちゃってごめんね。僕も梓を取られて頭に血が上ってたんだ」

「今度はそう簡単にいくと思うなよ! 壱!」

「はい!」

「はいはーい。ここでの戦闘行為は僕が禁止してますので、みなさん仲良くしてくださいね。壱さんもそんなに険しい顔しないで、そんな顔も好きだけど、僕は笑ってる壱さんが好きだよ」


 その場所には、壱、昴、月玄の三人が顔を突き合わせて臨戦態勢を取っていた。それを陽太がとりなすというカオスな状況に梓は言葉を失って固まった。紅哉は無言で梓の腕を掴み自分の後ろに隠す。

「ほら、兄さんも、斉藤さんもそんなところで突っ立ってないで席ちゃんと用意してあるから座っててー。ほーら、壱さんも座ろう? 月玄も! 昴さんもついでにどうぞ」

 何気に昴の扱いがひどいのは壱への想いのためだろう。

 陽太の掛け声に三者三様の態度で席についていく。それを見守った後、梓と紅哉も席に着いた。席順は、紅哉、梓、昴、壱、陽太、月玄で、皆でぐるっと大きな円卓を囲んだ形になる。ちなみに月玄の隣は紅哉なので、ここだけで戦争が勃発しないか梓は少しハラハラした。最初は残った席を見て、梓が月玄の隣になろうとしなのだが、紅哉に無言で制されたので、しょうがない。

 重苦しい沈黙の中、最初に口を開いたのは梓だった。

「これは、どういうことなのかな、陽太?」

「みんなに仲良くなってもらおうと思って、秘密で集めちゃった。勿論、月玄にも何も言わずに集めたから、月玄が集めたわけじゃないんだよ。兄さんたち勘違いしないでね。月玄に何回話を聞いても、詳しいことは話してくれなかったんだけど、かろうじて兄さんたちと何かあったってのは察したから。とりあえず、少し話し合ってみたら何か変わるんじゃないかと思ってね。兄さんは僕に月玄には気を付けろって言うけど、僕にはどうしても月玄がそんなに悪い奴には思えないから。もし話し合って、それでも仲違いするなら正直それでもいいんだよ。でも、何もお互いの事を知らないのにいがみ合うっていうのはどうなのかなって思って」

 最後に、どうかな? という微笑を見せて陽太は全体を見渡した。陽太のその正論を固めた提案に誰も反論できないのを確認して、陽太は席を立った。

「僕に聞かせられない話もするよね? 僕は頃合いを見て戻ってくるから、好きなように過ごしてて。くれぐれも、殴り合いだけはしないでね。月玄も、あんまり挑発するようなこと言ったらだめだよ、じゃないと絶交しちゃうんだから」

「…はいはい」

 月玄のその言葉を聞いて安心したように陽太は頷く。そして、あのだだっ広そうな屋敷の方へ消えていった。

 そして円卓に静寂が訪れる。

 しばらくの間の後に響いたのは冷静を取り戻した昴の声だった。

「まぁ、こういう場を設けてもらったし、俺たちも確かに君に聞きたい事あがある。質問に答えてくれるかな、月玄クン」

「四対一とか、まるで尋問みたいだね。まぁいいよ、今回は陽太に免じて答えてあげる。なに?」

 ほおづえをついて面白くなさそうに月玄は首を傾けた。昴は一瞬何を問うか迷ったように視線を逸らせて、そして、月玄に向かって、少し身を乗り出した。

「単刀直入に聞く、君は一体何者なんだ? 真祖の体を持ってるのは本当なのか?」

「最初の質問はそれだよね。なんとなくわかってたよ。僕はそう聞いてるし、覚醒前なのにアカオニと対等に戦えるってだけで証明になると思うけど」

「聞いてるって誰にだ?」

「僕を作った研究者たち。僕はつい三か月半前まで青の地下研究所に居たんだ。生まれた時からさんざん聞かされたから間違いないと思うけど、僕自身が僕の事をそのぐらいしか知らないから、これ以上証明しろって言われても無理だね」

「じゃぁ、次だ。君はどうして梓ちゃんを狙ってる? あと、どうして最初の襲撃の時は人を使った? あの時、君自身が出てれば俺たちが梓ちゃんを確保できた確率は極めて低かった」

「知ってることをわざわざ聞くのってどうかと思うんだけど」

「君の口から実際に聞きたい」

「まぁ、いいけど。さっきも言ったとおりに、僕は真祖の体に人間の血が入ってる。このまま覚醒ってなったら、確実にF堕ちするだろう。そうならない為ってのが理由の一つ。あと、梓にも言ったけど、梓が最初に誘拐されたってやつ、アレ僕、無関係だから。あの時は研究所から逃げたばっかりで、まだ自分のことで精いっぱいだったからそんな事する暇ないし、第一、僕が梓の居場所を知ったのはシロが教えてくれたからだ。それまでは存在は知っていたけど、どこにいるかまでは掴めてなかったよ」

「あ!」

 月玄の話を聞いて声を上げたのは梓だった。そういえばその事は報告していない。いろんなことが一度にあったせいですっかり失念していたのだ。

「梓ちゃん!?」

「梓!」

「ご、ごめんなさいー」

 壱と昴に頭を下げる。何もしゃべらない紅哉にも無言で睨まれた。反省しかない。

「……つまり、青側は最初の誘拐には関与してないと?」

「青の奴らはわからないよ。僕は青とか赤とか関係なく単独で動いてる。味方が居るとしたらシロだけだ。というか、これも梓に言った気がするんだけど、……この様子だと伝わってなかった感じだね」

「ごーめーんーなーさーいー!」

 土下座する勢いで梓は謝る。机に突っ伏しているが、皆の視線が痛くて当分顔は上げられそうにない。

「というか、少し、僕の考え言ってもいい? 多分、梓の誘拐と青は関係ないと思う。僕が青の研究所にいたころ、梓の行方は依然わからないままだった。というか、そもそもあきらめてたっぽかった。見つけるより作り出した方が良いって感じで。梓を身ごもった女性を連れ出した研究員が実験に関わる資料の何もかもを破棄してたみたいで、何度も実験しては失敗するの繰り返しだったけどね。それでも、赤側が必死で探してるのに見つけられないものを見つけるよりは、最初から作り出す方がまだ勝算はあるって感じだった。それは僕が研究所にいた直前まで同じだったと思う」

「それは研究所だけの話だろ? 上層部だけは違う考えだったのかもしれない」

「んー。それなら、もうとっくに赤と青は戦争状態だと思う。何度も僕の状態を見に青の当主が来ていたけど、あれほど苛烈で冷酷な人はいないと思うよ。普段は人の良いおじさんって感じだけど、逆らった研究員は皆殺しってウワサ。目的の為なら何してもいいって感じの人だった。もし、その青の当主が今この場に梓が居る事を知ったら、それこそ強硬手段に出ること間違いなしだね。なのに梓の身の回りは比較的落ち着いてる。当主同士の会談があるわけでもなさそうだしね」

「俺は一度会ったことがあるが、そんな人だったか? 強硬派と言われてる青に似つかわしくない穏やかな人だと思ったが…」

「あー。確か、二年前に変わったんだよ。その党首を一騎打ちで殺した男が今の当主。青の当主は完全実力主義だからね、一騎打ちで勝った者が当主だ。まぁ、殺すまでに至ったのは最近の当主の中でも珍しいらしいけどね」

「……君はどこでそんな情報を入手してるんだ? 研究所にずっといたと言うが、常識も話し方もしっかりしてる」

「僕にも話し相手ぐらいは居たって事だよ」

「そうか」

「それを踏まえて、僕の推論。勿論、今の話を全部信じてもらわないと、辻褄なんて合わなくなるんだけど。多分、梓を狙ってるのは僕と君たち赤の勢力以外にもう一つ、第三勢力がある。青以外の」

 そこまで言った後、全員が息をのむ。月玄は自分の話は終わりというように、椅子に深く腰掛けて用意されている紅茶を一口飲んだ。そんな姿の月玄を紅哉はいぶかしげに見て、口を開いた。

「どうしてそんなことを話す気になった? お前にメリットはない」

「今のところ、梓がそっちにいるのは、もうしょうがないかなぁって思ってる。アカオニと契約してしまったし、梓の気持ちもそっちにあるし。まぁ、いつか僕が迎えに行く時までに大事にしててねって感じ。でも、僕が考えた第三勢力は一体何がしたいのかわからない。もし攫われたらどこに連れていかれるかわからないし、何をされるかわからない。それなら、君らを利用しようと思っただけだよ。メリットはないって言ったけど、黙ってる方がデメリットだから言ったまで」

 月玄の言葉は筋が通っていて、皆二の句が継げずに黙ってしまった。月玄だけが飄々とお菓子に手を伸ばし頬張っていた。そして、誰も話さないことを確認すると席を立つ。

「月玄?」

 梓が慌てて呼び止めると振り返ってにっこり笑った。

「もう質問はないみたいだし帰るね。また明日学校で」

「まて」

「は?」

 踵を返そうとした月玄は昴に呼び止められ、思わず剣呑な声を出す。しかし、昴は構わず続けた。

「休戦しよう」

「昴?」

 壱が慌てたように昴の服を引っ張る。それを無言でとりなして昴は月玄を見据えた。

「休戦だ。できれば情報交換も頼みたい」

「なにいってんの?」

「お前の事は気に入らないし、したことを考えたら好きになれそうもない。けどもし、君が言うように第三勢力が居るなら、戦える人数は多い方が良い」

「ふーん。僕の言葉信じるんだ?」

「君に嘘つくメリットはなさそうだしな。ということで、勝手に決めちゃったけど、みんないい?」

 壱はしょうがなくといった感じで頷き、紅哉は苦々しい顔をしながらも肩を竦めた。梓も一つ頷く。

「もちろん君に対する警戒を解くわけじゃないが、こちらから敵対行動は控える。君も考えて行動してくれると助かる」

「まぁ、いいけど」

 月玄がしぶしぶ了承したところで、陽太が戻ってくる。本当に見ていたかのようなタイミングだ。

「終わったかな?」

 もうその笑顔が天使のように見えなくなっていた。子狸め。

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