第12話:体調不良の原因

「…で、なんだか紅哉さん体調悪そうなんだけど、陽太何か知らない? 本人に聞いても『関係ない』とか、『気にするな』って言われちゃってさ」

「うーん、どうなんだろう。僕も兄さんと知り合ったの一年前とかだし、あまりまだ詳しくは知らないんだよねー。病気とか持ってるわけじゃなさそうだし、ただ単に寝不足とか?」


「梓」


「寝不足って…確かに。 毎日三時ぐらいに寝るって言ってたし、この前、私より先に起きてたから、あれが六時ぐらい? だから睡眠時間三時間以下!? それは寝不足になるわぁ」

「ちょっと待って、今兄さんより早く起きたとか聞こえたんだけど、え? なに? 二人ってもうそう言う一線…」


「ねぇ、梓?」


「え!? いや、違う違う! 間違って紅哉さんの部屋で寝ちゃって、朝まで紅哉さんが放っておいてくれたってだけで!」

「あ、そうなんだー。でも、兄さんが斉藤さんと仲がいいって本当なんだねー。じゃぁ、やっぱり寝不足だったりするのかな?」


「ねぇってば!」


「もー! なに? 月玄」

「その話、僕もいるんだけどしていい話?」

「え?」

「今、陽太のお兄さんが弱ってるって話でしょ? 僕が居る時にしていい話?」

「あ」

「本当に怒られるよ、気を付けとかないと。まぁ、僕は優しいからそれに付け込んで何かしようとは思わないけど、ね?」

「わあ―――――――!!!! 忘れて! ほんと忘れて! お願いだから忘れて!」


 梓、陽太、月玄の三人は、現在屋上で約束の昼食をとっていた。通常、鍵が掛かっているそこは陽太と月玄のいつもの昼食場所らしい。鍵を壊したのは当然月玄なのだろう。鍵を新しく付け替えているので梓たち以外は誰も入れないようになっていた。それは紅哉が放った黒猫も同じで、現在その猫は木の上からじっと屋上を監視していた。さすがに遠くて声は聞こえていないだろうが、校舎自体が二階建てなので三階の屋上はよく見えるようだった。

 そこで梓は昨夜の様子を陽太に相談していたのだ。月玄の存在を見事に忘れて…

「お願い忘れて――! 昨日も二時間説教だったのに、今日も、とか死んでしまう!」

「だから、そういう情報は僕にばらさないほうがいいよ?」

「わかったもう何も言わない! だからお願い!」

「はいはい。わかった、わかった」

 月玄が苦笑いでそれに応じる。そんな年相応で、どこにでもいる普通の青年の月玄を見てると、やっぱりどこかで警戒が緩んでしまう。梓はそんな自分に少しため息をついた。これはちょっと本気で反省しないとな、と思う。

 梓もできるだけ月玄と話さないように努力をしているつもりだ。無視をして、そっけない態度をとり、存在を居ないものとして扱ったりもした。しかしその結果が、月玄の存在を忘れて紅哉が弱ってることを相手に教えてしまうという失態を犯してしまった原因だった。

(というかそもそも、無視とかそっけない態度とか、私にはハードルが高い…)

 以前のように拉致監禁されていた時だって三日目には台所で食事を作っていたのだ。自分の危機感のなさと環境適応能力はすさまじいものだと梓も思う。

「ねぇ、梓」

「ん? なに?」

 こんな風に突然呼ばれるとやっぱり普通に返事してしまう自分が情けない。

「さっきの聞いてる限りだと、アカ…、陽太のお兄さんって血が足りないだけだと思うんだけど、ちゃんと血飲ませてる?」

「え?」

「連日、長時間、眷属と同調してるんじゃぁ、相当消費も激しいと思うんだけど。多分梓が学校にいる間繋がってる感じだよ、アレ」

 そう言って月玄が指すのは木の上の黒猫だった。黒猫が睨み付けてるように見えるのは、たぶん気のせいだろう。

「眷属との同調自体はそう消耗することでもないんだけどね。時間が時間だよ、八時から、遅いときは十八時ぐらいまででしょ? 十時間、しかも連続。それがほぼ毎日とか、相当きついと思うんだけど…」

「え? そうなの? …ちなみに、なんだけど、血が足りない状態が続いたらどうなるの?」

「普通は死んじゃうよね? “吸血”鬼って言うぐらいだし」

 答えたのは陽太だった。梓はその可能性の未来に息をのんだ。もしかしたら、このままでは紅哉が死んでしまうのかもしれない、しかも自分の所為で。あの猫は梓の安全のために用意してくれたものなのだ。それが彼の負荷になっている。

 もうそう思ったらいてもたってもいられなかった。食べかけのお弁当を片付けると、いきなり立ち上がる。

「陽太、私体調悪くなっちゃったから今日はちょっと早退するね。先生に言っといてくれる?」

「うん。『斉藤さんは突然の腹痛で帰りました』って伝えとくね」

「ありがとう! あと、月玄っ!」

「なぁに、梓? 僕にもお礼言ってくれるの?」

「そうよ、助かったわ。ありがとう!」

「へ?」

 呆けたような月玄と陽太を置いて梓は屋上を駆け足で後にした。

「よかったね、月玄」

「いや、まぁ、うん」

 少し照れたような月玄をまじまじと見る陽太。そんな視線に気づいたのか、月玄は唇を尖らせて陽太を睨んだ。

「なに?」

「いや、月玄ってさ、本当に斉藤さんと仲良くなりたいだけなんだなぁって思って。恋愛感情があるのかと思って見てたけど、そんな風じゃないし。でも、お礼を言われたら喜んでるし」

「まぁ、そうだけど…」

「ねぇ、聞いてもいい? 月玄にとって斉藤さんはどんな存在なの?」

「…どんなって…」

 月玄は一瞬困ったような顔をする。そして少し暗い表情になって、陽太を見据えた。

「お兄さんに僕の事どんなふうに聞いてるの?」

「えっと『危ないから近寄るな』って、それだけ」

「じゃぁ、どうして今、陽太は俺の隣にいるの?」

「友達を選ぶのに、兄弟の許可なんて必要ないでしょ。俺は月玄と友達でいたかった、それだけだよ」

「……」

 目を剥いて固まった月玄の顔を陽太は覗き込む。月玄はさらに暗く、申しわけなさそうな顔になった。

「月玄?」

「僕が陽太のそばにいるのは…」

「知ってるよ。兄さんの情報を集めようと思ってたんだよね」

「は?」

「僕だって馬鹿じゃないんだよ。最初の兄さんと月玄の様子を見たら、それぐらいわかるよ」

「じゃぁ、なんで?」

「だって、寂しそうだなぁって思ったんだ。あ、同情じゃないよ! ただ単にほっとけないなぁって思って、最初は…」

「……」

「なんとなくなんだけどね、そんな感じがしただけ。でもそれは最初のうちだけで、今は一緒にいて楽しいから一緒にいるだけだよ。ね? だから僕に話せるところまででいいからさ、話してよ。斉藤さんと月玄たちの間に秘密があるのは知ってる。言えないのもわかってる。だから、話せるところまでだけでいいし、嘘ついてもいいよ。月玄の事教えて。んで、一緒に悩めることがあるなら悩もう。僕じゃ力になれないかもだけど、聞いて、背中を押すぐらいなら出来るからさ」

「野次馬根性丸出しかよ」

 口をとがらせてそっぽを向く月玄の耳は少し赤い。そんな月玄の様子を見て陽太は嬉しそうに顔をほころばした。

「そうそう、そんな乱暴な話し方の月玄を見たかったんだよー」

「うっさいなぁ」

そういう月玄の表情はどこか嬉しそうだった。

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