第10話:はじめての約束
「斉藤梓! 今度こそ覚悟はいいわよね?」
「毎度、毎度、飽きないね。もう放課後だよ! 家に帰してよ!」
「あなたは私たちのプライドに触ったわ! 死んで詫びなさい!」
「毎日、毎日、部活に入ってるわけでもないのに竹刀持ってくる私の気持ち考えたことある!? めんどくさいし、かさ張るし、最悪よ!? そっちに詫びてほしいぐらいだわ!」
あれから三日、陽太ファンクラブの皆様はあきらめが悪かった。昼休憩、放課後は呼び出しされ、一方的にリンチされそうになる。だが、大人しくボコボコにされるわけも無く、そこは梓の持ち前の運動神経と愛用の竹刀で何とかこれまで連勝を勝ち取ってきた。しかし、それが火に油を注いでいるようで、彼女たちのボルテージもぐんぐん伸びてきている。
ちなみに今日の呼び出しスポットは体育館裏だ。ベタすぎる。
「今日五人とか、多くない!? 流石に五人とかってことになると…」
「流石に怯みましたわね! 覚悟なさい!」
「手加減が難しいから、怪我しないでね」
そう言い終わる前に、一人の頭上に竹刀が振り下ろされる。パンッと響くような音がして、一人が地に沈んだ。
振り向き様に、胴。昏倒するには足りなかったようなので、慌てて拳で相手の顎を殴った。脳が揺れて、もう一人倒れ込む。残り三人。
「野蛮な女! 最悪ですわ!」
「五対一を仕掛けてくる奴には言われたくないわよ!」
「一応、あなたは普通の人間だと聞いて、手加減していたのに! もう許せません!」
リーダー格の女がそう叫ぶ。
そしてその瞬間、空気が変わった。風が彼女に向かって流れ込む。木の葉がガサガサ音を立てて、細い枝が折れそうなぐらい撓った。
なんだかまずい。もしかしなくても、まずい。この人外っぷり…。もしかしてこの人。
「例外?」
パン、パン、パン。
梓が緊張で顔をこわばらせると同時に、ゆっくりとした
「はーい。やめよう。さっきチクってきたから、すぐ先生来ると思うし。僕だって約束守りたいし」
「月玄?」
黒い髪の毛をかき上げてゆっくりとほほ笑む。その表情は、あの誘拐した時の彼そのものだった。人を小馬鹿にしたような、それでいて絡みついてくるような微笑。口元は笑っているのに目はほの暗い怒りをためているようだ。全身に鳥肌が立つと同時に、なんでここに?という思いが強くなる。
「もうほんと女同士の争いとか醜いから見たくないし、梓が圧勝ぽかったから静観する気満々だったんだけど、それはダメだよ。反則負け。それ以上やるなら僕が相手しちゃうけど、良いの?」
梓は咄嗟にさっきまで自分に攻撃をしようとしていた彼女たちを背に庇った。冷や汗が伝う。
月玄はそんな梓を見て可笑しそうにくつくつと喉の奥で笑って、片手に青白い炎を出現させた。それを見て、背後の女性達が小さく悲鳴を上げるのがわかった。
「約束があるでしょ! ちゃんと守って!」
そう思わず叫んだ。しかし彼の気持ち悪い微笑は揺るがない。
「梓は優しいなぁ」
「月玄っ!」
「…わかってるよ。冗談だって、梓。僕が君との約束やぶるわけないよ。安心して」
月玄が掌を握ると同時に炎も手の中に吸い込まれるようにして消える。梓の背後の女性たちが歯を鳴らしているのが分かった。実力の差を瞬時に感じ取って死の恐怖で顔は青くなっている。
「あなた…」
「今の事は忘れよう? あと、先生来るから早く逃げなよ。家に知られるとまずい子もいるでしょ? 今後梓にちょっかい出さないで、これは周知しといてくれると助かるな」
いつもの調子に戻ってにっこりと笑う彼は、もう殆ど別人だ。
「あ、多分、君たち知らないだろうから教えといてあげるけど、梓の契約した吸血鬼ってあのアカオニだよ。今も眷属使ってこの場面を見てるんじゃないかな。大切な契約者に手出しちゃったんだから、明日の朝日ちゃんと拝めるかな? 誰から殺されるのか楽しみだね?」
ぎゃああぁあぁぁぁぁぁあぁ!!!
断末魔のような叫びが学校中に響き渡った。
==========
「『月玄、今まで勘違いしてた。ありがとね。お礼に何でも言うこと聞くわ。手始めに私の血を飲んでくれないかしら』とか、どうかな」
「……」
月玄の似ても似つかないものまねを横目で見ながら、梓と月玄の二人はそろって校門を目指していた。いや正確には、目指しているのは梓で、月玄はそれに付きまとっている形だ。
「ねー。梓ー。聞いてるー? 一応、かまいたちから守ったつもりなんだけどな」
「かまいたち…」
(それはあれか? 風の刃ので敵を切り裂くっていう、伝説のやつ?)
梓は自分が陥っていた危機にやっと気が付いて身震いした。もしかして、一撃で頭を落とされたりとか、一生残る傷なんかを付けられていたんじゃないかと思うとぞっとする。
「まぁ、きっとたいしたことない威力で、頬に切り傷が出来る程度だったんだろうけど…」
そう小さくぼそぼそ言ってる言葉は耳に入らない。何か、よくないことを言ってるのかもしれないが、礼儀は通すべきだろうと、梓は月玄に向かい合った。
「一応、お礼は言っておくね。ありがとう月玄。助かったわ」
「どういたしまして。で、何してくれるの?」
「は?」
「僕、見返りが欲しくて助けたんだけど」
「最悪ね、あんた!」
思わず叫んだ。
「手始めに、血とか飲ませてくれると嬉しいな。定期的に」
「嫌です!」
「じゃぁ、仲良くなりたいから、デートしよう! 二人っきりで! アカオニの監視も無しで!」
「また拉致監禁されるフラグじゃないそれ!」
「どのぐらい引き離せば位置が特定できないか改めて調べてみたいよね?」
「調べたくない!」
「じゃぁ、何ならいいのー?」
「何もしません。お礼は言いました!」
「命助けといて、『ありがとう』だけじゃ物足りないなー」
「……」
「…じゃぁ、ご飯食べよう。お昼ごはん! 明日、僕と梓でお昼食べよう!」
「えー…」
大分ハードルが下がったことと、命を助けられたという引け目で梓がぐらついてると、最後の一押しがあった。
「じゃぁ、僕と梓と陽太の三人で! 僕が何かしようにも陽太が居たらできないでしょ? ね?」
「うん。まぁ、それぐらいなら…」
渋々頷くと、月玄が目を輝かせて喜んだ。
「やった! 約束だからね!」
(こうして見るとほんと普通だよなぁ)
そんな感想が浮かぶ。軽い足取りで少し前を行く彼を、前より憎めなくなっている梓がいた。
「ねぇ、月玄。そう言えばさっき、紅哉さんが眷属使って私たちの事見てるって言ってたけど、あれ本当? それともハッタリ?」
月玄の浮かれ気分が落ち着いた頃、梓はそう聞いた。
「え? 本当だよ。そこの猫」
月玄が指を指す方を見てみる。校庭の脇に立っている木の上に一匹の黒猫が居た。黒猫はこちらをじっと見つめて、身動き一つしない。
(あれはいつぞや街に出かけてた時に紅哉さんから渡された猫?)
「僕が取引を持ちかけた時から居たからもう結構になるね。梓は気づかなかった?」
「え? 全然」
「あの猫が見てる映像とか聞いてる声とか全部共有してると思うよ。今日だって僕が出て行かなかったら多分アイツが出て行ったんだろうし。まぁ、もしアカオニが出て行ったら、その時は阿鼻叫喚だよね」
「今日も割と阿鼻叫喚だったけどね」
「そうかな?」
「そうだよ」
そこではたと気づいた。これはまずい気がする。
「じゃぁさ、さっきの約束とかも、聞かれたりした…のかな?」
「約束? お昼一緒にってやつ? うん。十中八九聞かれてると思うよ」
さぁぁと一瞬にして血の気が引いた。ここのところ毎日、毎日、紅哉に口酸っぱく『月玄とは関わりを持つな、喋るな、触れるな』と言われていたのだ。梓が少しでも普通に話そうものなら『危機感が足りない!』と説教モードに入ったのも一日二日ではない。その度に何故知っているんだろうと疑問を持ったのだがそういう事だったのか。そう一瞬納得しかけて、首を振った。そこじゃない! 今大事なのはそこじゃない! 今日は説教コースだという事が大事なのだ! しかも今日のカミナリは恐らく今までと比にならないぐらい大きなものになる予感がする。
あわあわと視線が動き、手足に冷や汗がにじんだ。そうしてる間に体は校門に近づいていく。
「ずいぶん仲が良さそうだな」
辿り着いた先で梓は鬼を見た。
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