第9話:新しい日常

「あーずさ、次の授業の教科書忘れちゃった。見せてくれない?」

「柊君。どうして毎日毎日教科書忘れるのかな?」

「月玄って呼んでくれなきゃ答えないよ」

「…月玄、どうして毎日毎日教科書忘れるの?」

「んー。必然かな?」

「わざとだよね。知ってる」


 学校に行き始めて一週間、梓は月玄の構い倒しに辟易していた。毎日何かしらの教科書を忘れ、隣の席なのをいい事に、机をくっつけてみせてもらおうとしてみたり、五分、十分の休み時間の間にも否応なしに話しかけてき、お昼は一緒にしようと何度断っても誘ってくる。とにかく、もうずっと一緒だった。正直、今は月玄に対して恐怖よりもめんどくささの感情が勝っている気がする。

「お昼、梓はどうするつもりなの?」

 お昼前の定番台詞。そして、私も飽きることなくいつもと同じセリフを繰り返した。

「月玄が居ないところで食べます」

「じゃぁ、どこまでもついていっちゃおうかな? そしたら二人でお昼抜きだね」

「…めんどくさいなぁ」

 思わずそう呟いていた。聞かれたかと慌てて顔を上げるが、何事も無かったかのような笑顔の月玄が居て、ほぉっと胸をなでおろす。怒ってなくてよかった。

 月玄は当初の約束をちゃんと守ってくれていた。誰も傷つけず、殺さない。クラスメイトとの仲も良好で、楽しそうに笑う姿は梓を拉致した月玄とは別人のように感じた。学校にいる間は終始機嫌が良いようで、どこに居ても常に笑顔だった。

「月玄駄目だよ。斉藤さん困ってるみたいだから、俺と一緒に食べよう?」

「いつも陽太とばかりじゃ飽きちゃうんだけどなぁ」

「ほら、月玄行こう。お昼時間終っちゃう! 斉藤さん、またあとで!」

「じゃ、またあとでね、梓」

 そして、これも定番になりつつある二人の会話。陽太と月玄。はたから見て、彼らの中は親友といっても過言ではないと思う。陽太を紅哉の弟として認識している月玄に思惑が一つもないとは思えないが、楽しそうな二人の邪魔を、理由も無くするわけにもいかず、梓はただ見守る事しかできないでいた。


==========


 突然だが、如月陽太はモテる。


 光を受けるとうっすら黄色が透ける茶色の髪。幼さ際立たせるほどの大きな瞳に、整った目鼻立ち。女性と見まがうような容姿よりは少し低めの声。その優しい性格もさることながら、ニコリとほほ笑む様はまさに天使のよう。更に言うと、彼の母方の如月家は、歴代強い吸血鬼を輩出してきた貴族の血筋で、父親は現当主(これを知っているのは一部の人達だけらしいのだが)。身体能力は血筋によって折り紙つきな上、勉強もできるとなったら、それはモテる。どうしようもなくモテる。それこそ大きなファンクラブが出来るぐらいはモテる。

 つまり、モテて、モテて、どうしようもないぐらいモテる如月陽太が、ぽっと出のしがない普通の人間の梓と仲良くしていたら、こうなる。


「斉藤梓さんだっけ? 話があるんだけど!」

「私たちの如月君に最近色目使いすぎじゃない?」

「うわー。ベタだなぁ…」


 最初の感想がそれだった。

 梓は人目がつかない校舎裏に呼び出されていた。数は四人。その誰もが眉間に皺を寄せて梓を睨んでいる。

「あんた契約者持ちだからっていい気になってるんじゃないでしょうね!」

「なってませんけど」

(契約者持ちってなに? 一種のステータスだったりするの?)

「如月君とどういう仲なのよ! 答えなさい!」

「如月君のお兄さんと知り合いなだけです」

「如月君にお兄さんが居るなんて聞いたことないわよ! デタラメばっかり言って!」

「……」

(嘘は言っていない。嘘は。貴方たちが知らないだけで嘘はついてないです)

 はぁ。と梓は大きなため息をついた。昼休みという学生唯一の憩いの時間に何をやっているのかと泣きたくなる。そんな梓の態度に梓を取り囲む四人はますます気炎を上げた。

「余裕ぶって! 最悪!」

「あんたなんか相手にしてもらえてるわけないんだからね!」

「この淫乱アバズレ女!」

「あんたなんか、こうしてやる!」

最後の女が叫びながら懐からナイフを取り出す。その行動には流石に梓も一歩怯んだが、どうやら様子を見る限り、脅しで持ってきただけのようだった。なんというか、持ってるだけなのだ。構えたり、切っ先を向けたりするわけでなく、刃の部分をキラキラさせて威嚇している。どうやら人間の小娘なんて刃物で脅せば一発だと思ったようだ。

 梓は周りを見渡す。そして、立て掛けてあるモップを手に取って、手でくるりと回してみせた。

「よし」

「何が『よし』なのよ!」

「扱える重さか調べてただけよ」

「そんなもので何をするつもりなのか知らないけどねっ! ――っ!」

一陣、風が吹いただけのように感じた。

「ナイフは危ないから、しまっとこう?」

梓がそう言うのと同時にナイフが飛んで、女たちの背後にころりと転がる。

「――っ! あんたっ!」

「覚醒前の吸血鬼のほとんどって、実は人間と身体能力はあまり変わらないんでしょ? 友達から聞いたの」

友達とはもちろん壱の事だ。その壱から学校に行くと決まった後、雑談のように聞いた言葉を思い出す。


『吸血鬼の卵だからと言って学校で無駄に怯える必要はありませんからね。もちろん紅哉さんや月玄のクソ野郎みたいな例外はいますが、あの頃の覚醒前の吸血鬼なんて身体能力的には人間とさほど変わりません。むしろ人間の中では運動能力が秀でてる梓の方が、強いかもしれませんね?』


「一応剣道有段者だし、手加減はしてあげる! かかってきたい人はかかってきなさい!」

モップを正面に構えて、梓は男らしくそう言った。

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