第4話:クラスメイト

「ここが図書室。ここから見える、あの別棟がカフェテリアだよ。簡単に言うと食堂だね。あとこの奥をずっと進んでいくと図書室。借り放題だけどちゃんと返してね。……こんなところかな? 二人とも他に行きたいところとかあるかな?」

「大丈夫。ありがとう陽太」

「……」

「斉藤さん?」

「あ、うんん! 大丈夫! ありがとう陽太君!」

「梓ってばぼーとし過ぎだよ。陽太が親切に転校生の僕ら二人を案内してくれてるんだから、ちゃんと聞いとかないと」

そう言って月玄に肩を叩かれる。その仕草にびくっと体を震わせると、耳元で「怖がる梓も可愛いね」と囁かれた。怖い。本当に怖い。今日一日生きた心地がしなかった。出来る事なら早く帰りたい。


朝、転校生だと言って現れたその男に梓は腰を抜かしそうになった。

柊 月玄。

一か月前に梓を拉致し、監禁したうえに、紅哉と壮絶な戦いを繰り広げ、梓にもナイフを突き立てた男。

思い出すだけで刺された肩が傷も無いのに疼いた。見た瞬間にそのまま教室を出て逃げ帰りたかったのだが、周りは梓と月玄の間で何が起こったのか知らない生徒たちばかり。あわてて逃げかえるのも不自然すぎると判断した梓は、時間が過ぎるのをただ待った。待ち続けた。

そしてHRも終え、帰宅する時間になった時、陽太に声をかけられた。


『月玄に学校の中を紹介しようと思うんだけど、斉藤さんも一緒にどうかな?』


と。

陽太の後ろで微笑む月玄は人差し指で自分の首を横に切る真似をする。完全に脅しだ。このまま断ると陽太がひどい目に遭うのは明らかだろう。その心中たるや壮絶なものだった。泣きたかった。いや心の中ではすでに号泣だった。

そして今に至る。


「あー、夕焼け綺麗だねぇ。もう帰ろうか。斉藤さんは僕が送るよ。同じ方向に用事があるんだ」

「うん。ありがとう」

(これは…壱に会いに来るのね。多分)

「じゃぁ、僕も帰ろうかな。CDショップ寄って帰ろうと思ってるんだ。陽太、どこにあるか知らない?」

「じゃぁ、それなら帰り道方向だから月玄も途中まで一緒に帰ろうか!」

「え――――!!!」

陽太の台詞に思わず叫んだのは勿論梓だった。

(やっと離れられると思っていたのにー!)

その叫び声にしゅんとしたのは月玄だった。

「ごめん。梓は陽太と二人っきりが良かった? 僕邪魔かな?」

「……」

「え? そうなの? 月玄が邪魔なの? 斉藤さん」

「……。ソンナコトナイヨ」

カタコトになってしまったぐらいはこの際許して欲しい。陽太と月玄を置いて一人で帰るという選択肢もあったのだが、それをしてしまった結果、陽太が無事であるとは限らない。梓が陽太を引っ張って帰るというのは、男女の体格差からいって恐らく無理だろう。

選択肢があるようで無いのだ。


大人しく三人で家路につくことになった。


梓は痛む胃を押さえながら陽太の隣を歩く。校門が見えてきた。

というかまだ校門にもついてない状態でこれだけ疲弊しているのだ。正直、無事に家に帰れる気がしない。恐怖で涙が溢れそうになる瞳を強く擦った。こんな奴の為に泣いてなんかやらない、と強く思う。

校門のところに一つの人影が見えた。壁に寄りかかり誰かを待っているようだ。

黒い髪の毛がさらりと揺れた。こちらに背を向けているが、あのシルエット、間違いない。

「紅哉さんっ!」

「あ、兄さん」

梓は思わず駆けた。梓の声に反応した様に紅哉が振り返り、飛んできた梓を抱きとめた。

「どうかしたのか?」

「こうやさぁん。こわかったぁ」

紅哉の胸元に顔を押し付けたまま梓がそう言う。若干声が鼻にかかっている事に紅哉は眉を寄せる。

「泣いたのか?」

「ないてないー」

紅哉は困ったように、顔をあげないままの梓の頭を一撫でした。

「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。梓」

その声に紅哉は梓から視線を外し、目の前からゆっくり近づいてくる男を見止めた。

瞬間、紅哉は梓を自分から引きはがし、後ろに隠す。

「久しぶりだね。アカオニ。元気そうで何よりだ」

「どうしてお前がここに居る?」

唸るようにそう言うと、月玄の隣に少し遅れて陽太がやってくる。そうして不思議そうに二人を見比べた。

「兄さん。月玄と知り合い?」

「お前は先に家に戻っていろ」

「え? 壱さんに会おうかと思ってたんだけど…」

「じゃぁ、屋敷でもいい。とにかく先に行っておけ」

「あ、うん。わかった」

渋々といった風に陽太は一人帰っていく。その後ろ姿が見えなくなってから、月玄はゆっくりと笑った。

「ふーん。陽太ってアカオニの弟だったんだね。友達になって得したなぁ」

「もう一度聞くぞ、……どうしてここにいる?」

「転校してきたんだよ。人間の方の学校からね。梓とクラスメイトになりたくて」

「何が目的だ?」

「それは勿論、梓だけど。アンタと契約しちゃったからもう勝手に連れて行ったりできないし、毒を飲ませてもばれちゃうでしょ? ならまぁとりあえず、仲良くなろうと思ってさ。梓がここに編入するってわかったから一緒の学校へ行っちゃおうと思って」

いい案でしょ、と言うように月玄は笑ってみせる。それとは対照的に紅哉の眉間の皺は一層濃くなった。

「残念だったな。お前がいるとわかった以上、もうコイツはこの学校へは通わない」

「…そうか、残念。僕もせっかく仲良くなった陽太とかクラスメイトにもうちょっと生きててもらいたかったんだけどな」

「―――っ!」

「梓が来ないんだったらこんな学校要らないよね?」

梓の腕を握る紅哉の握力が増す。

「アカオニも嫌だよね。 じゃぁ、戦う? こんな街中で? みんなを巻き込んじゃうね。何人かは死んじゃうかも」

「……」

「僕は何度も言うけど平和主義者なんだ。出来ればみんなの事を傷つけたくない。だから取引をしよう。

僕は皆に一切の危害を加えない。擦り傷だって与えない。勿論、梓にも。勝手に何処かに連れて行こうとしないし。本当に何もしない。誓うよ。心にだって体にだって一切の傷をつけないと約束しよう。

だから、梓。僕のクラスメイトになってよ。僕は君と仲良くなりたいんだ」

「断る」

「アカオニには聞いてない。決定権は梓にあるんだ」

「……」

苦虫を噛み潰したような顔になる紅哉をニヤニヤと月玄は見つめる。

梓は紅哉の背に庇われながら、声を張った。

「本当に何もしないの? ただのクラスメイト?」

「おいっ!」

「ただのクラスメイトだよ。本当に何もしない」

「断ったら?」

「知ってるくせに」

「――っ!」

「そんな奴のいう事なんて聞かなくていい。お前が通わなくなって万が一こいつが何かしようとするなら俺達で対処する。心配しなくていい」

紅哉が梓にそう強く言うが、梓は下を向いたまま考える様にしている。

「すぐに決めろとは言わないよ。明日まで待ってあげる。明日僕は普通に登校するよ。君が登校してくれば取引成立。君が登校しなかったら僕は学校を破壊する。どうかな?」

月玄はゆっくり梓と紅哉の方向へ歩いてくる。

「じゃぁ、明日また学校で」

すれ違う瞬間にそう言い残して、彼は去っていった。

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