第3話:自己紹介?

「それじゃぁ、転校生を紹介するぞ。斉藤」

「はい。斉藤梓です。よろしくお願いします」

体育教師の様な担任に連れられて入ったのは、何処かで見たことあるような普通の教室だった。

そもそも人間の学校を模してるというだけあって、どこもかしこも違和感なく普通の学校。

規模的には小学校、中学校、高校とそれぞれ各学年毎に二クラスないし、一クラスしか無いような小さなものだったが、大学までの一貫校という事で敷地面積はかなりのものがあった。

それぞれのクラスに三十人前後の人がいて、現在梓は、その三十人の視線を受けながら教壇の隣に立っていた。

「斉藤は純粋の人間だ。珍しいだろうが構いすぎるなよー。質問のある奴はいるか?」

純粋の人間と表現されて、やっぱり周りは吸血鬼の卵たちばかりなんだーと実感する。窓際の席で小さく手を振るのは陽太だった。今朝知り合ったばかりだが、知り合いがいるのはやはり心強い。

「はーい。斉藤さんはあのアカオニの契約者って噂は本当なんですか―?」

少し頭の弱そうな男子が手を振り上げながらそう聞いてきた。先生が顔を真っ青にして止めているが、やんちゃ盛りのその子は聞く耳を持たないようだ。

(先生の方が怖いんだなぁ)

そんな感想が頭をもたげる。

「こ、答えなくても良いぞ! 斉藤!」

「あ、いえ、別に。本当ですよ」

そうすんなり答えると、周りがざわつく。

男子の方は親から脅し聞かされたであろう存在に興味津々。女の子の方はぶるりと体を震わす者も居れば、都市伝説だと興味なさそうにしている者と様々だった。

「はい! アカオニの弱点ってなんですかー!」

「あ、こらっ!」

別の男子が声を上げる。慌てて止めたのは先生だ。

「弱点…。弱点ね…」

むむむと梓が頭を捻ると一人の女子がその男子の頭を殴った。

「なんでそんなこと聞くのよ! 怖がってる子もいるじゃない!」

「だって、そりゃいつかは倒してみたいじゃんか! そして俺が伝説の存在に!」

「ばっかじゃないの!」

どの種族もいつの時代も、男はロマンチスト、女はリアリスト。

「弱点って感じじゃないけど、紅哉さんああ見えて甘い物が好きなので、それを茶化すと嫌な顔しますね! …あ、これ話したら怒られるやつかな、もしかして…」

「「「おぉ……」」」

どよどよ、ざわざわ。あっという間に騒然とする教室。


『信じられない。あの怖いって言われてる人でしょ?』

『でもあの子が契約者なのは間違いないみたいよ』

『怖いー。幼い時にお母様が、寝る時に夜更かししたらアカオニが来るよって言ってたのを思い出しちゃったー』

『私もそれ言われたー! 良い子にしてないと皮を剥ぎに来るよ!って』


なんだそのナマハゲ扱いは


『甘い物が好きとか、あれなのか、実はあんまり強くないのか?』

『関係ないだろ? アカオニって山とか吹き飛ばせるらしいぞ! 海とか割れるんじゃないか?』

『まじか! スゲーな! 俺も覚醒したらそんなんになれんのかな?』

『なれるかよ。ばーか。目覚ませよ。大体そんな奴本当に居んのかよ? もう何年も見かけてねぇって噂だぜ?』

『あぁ…なんか怖いけど、ぞくぞくするなー! ちょっと一回会ってみてぇ!』

『ばっか。やめとけよ。同族の血が一番好きだって噂だぜ? 殺されちまうよ』

『やっぱそうなのかなぁ』


男子の方は憧れ半分、恐怖半分、と言ったところか。


噂に尾ひれ背びれが付いた結果、とんでもない化け物に仕上がっている様子の紅哉が、なんだかとっても哀れだった。

紅哉が街に顔を出さなくなって二十年ぐらい経つと、以前、果物屋の店主に聞いたことがある。なのでここにいる子供達は実際に紅哉を見たことが無いのだ。親や祖父母からの影響で怖がっているだけ。

つまり、彼らの中でアカオニは空想上の生物に近かったのだ。まさしく都市伝説。


「あの、アカオニと一緒に居て怖くないですか?」

前の席の大人しそうな女の子がおずおずとそう聞いてくる。

「怖くないよ。まぁ、怒った時とかはそれ相応に怖いなぁって思うけど」

「やっぱり!」

「いや、でも、お母さんとかお父さんとか、怒ったら怖いでしょ? そんな感じだよ」

「そうなん…ですか?」

納得のいかない顔で頷いて、真っ青の顔のまま下を向く少女。やっぱり本気で怖がっている子もいるようだ。


アカオニの話題でざわざわする教室で一人取り残されたようにその様子を見守る梓。

なんだかこれでは梓の自己紹介ではなく、紅哉の自己紹介のようだなと思った。


「はーい! 質問です!」

「あぁっ、もうっ! じゃぁ、お前が最後だ!」

先生が半ばキレ気味にその男子を指さす。生徒より先生のが顔色が悪そうだった。

「親から『アカオニがケソウしてる』って聞いたんですけど、どういう意味ですか?」

「ケソウ?」

何だそれは? と頭を捻る。ケソウの意味がわかった者は更にざわつき始めるが、生憎、梓の頭はあまり出来がよろしくなかった。


「遅くなりました」


首を捻って答えを絞り出そうとしている時、その言葉と共に教室の後ろのドアが開いた。

何処かで聞いた声がする。

「転校初日に何してるんだ。斉藤は早くに来ていたぞ!」

「すみません。準備に手間取ってしまって」

そう言って顔を出した男に梓は青い顔をして固まった。

「もう一人の転校生だ。柊、挨拶」


「柊 月玄です。これからよろしくお願いします」

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