第二部 覚醒
第1話:登校
紺よりも黒に近いブレザー。スカートと胸元のリボンは真紅。
コルセットを模した装飾が特徴的な制服を着て、梓は立ち鏡の前でくるりと回った。
「よし! どこも変なところは無し、と」
その独り言はどこか嬉々とした響きを持っていた。
それもそのはず。梓は今日から学校に編入する事になったのだ。
月玄を撃退した事件から早一ヵ月。紅哉との契約を済ませた梓を待っていたのは、途方もなく暇な日々だった。
契約を済ませたことにより、常に場所を把握できる紅哉は勿論の事、壱や昴とも会う機会が激減していた。前に約束した夕食も壱は毎日のように来てくれるが、紅哉は一週間に一度程度。忙しいらしい昴とはまだ一度ぐらいしか共に摂れていなかった。毎日のようにあったティータイムも今はもう殆ど一人っきりの寂しいものになっている。
契約と引き換えに得た自由。梓は完璧にそれを持て余していた。
それを零したのは一週間前、壱と一緒に摂っていた夕食時だった。
『それなら梓。学校に行きませんか? 昴や紅哉さんとも話してたんです。以前、学校に行きたいと言ってましたよね?』
その言葉に心が浮足立つのを確かに感じた。話を聞いてみると、赤と青と黄の村の真ん中に人間の学校を模した吸血鬼の学校があるそうだ。そこで学ぶ義務があるわけではないそうなのだが、大体の村の子供が種族関係なくそこに通うらしい。人間の世界に紛れ込ませる人材を作る為に人間と同じことを学ぶ学校なのだそうだ。
『小学校から大学までの一貫校でこの村に一つしかないのですが、それでもよければ。あと、高二のクラスはもう三か月もブランクがあるので、高一からの編入を予定してるのですがそれでもいいですか?』
その時梓は確かに女神を見た。
それからあれよあれよと話が進んで、一週間後のこの日、梓は学校に通う事になったのだ。
「入るぞ」
物思いに耽っていると、控えめに扉が叩かれる音と聞き慣れた声が聞こえた。
「あ、紅哉さん。どうぞ」
扉が開かれると共に入ってきたのは紅哉と、それともう一人。紅哉の黒檀のような黒色の髪とは違い、光を受けるとうっすら黄色が透ける茶色の髪。幼さ際立たせるほどの大きな瞳に、整った目鼻立ち。紅哉の顔も整ってはいるのだが、鋭利な刃物のような印象を受ける彼とは違い、紅哉の隣に立つその青年に梓は太陽の様な柔らかな印象を受けた。
「
女性と見まがうような容姿よりは少し低めの声。ニコリとほほ笑む様はまさに天使だ。
ぼーと見惚れていた梓は彼の言葉に首を傾げる。
「兄?」
「弟だ。腹違いのな。今日からお前のクラスメイトになる。何かあったらこいつに頼ればいい」
「よろしくお願いします。僕は十六歳なので一つ下なのですが、仲良くしていただけると嬉しいです」
なんというか笑顔がまぶしい青年だ。普段笑わない紅哉と見比べて心底そう思う。本当に兄弟か怪しいレベルで似ていない。
「不束者ですがよろしくお願いします!」
深々と頭を下げる梓の頭を紅哉が小突いた。
「今日は学校側に挨拶に行くぞ。陽太はこのまま学校へ行くか? あれなら送るぞ」
「んー。兄さんの申し出は嬉しいけど、僕は壱さんに挨拶してから行くよ。この屋敷に居るんだよね?」
陽太の頬がほんのり上気している。その様子に紅哉がどこか呆れた様子で溜息をついた。
「いると思うが昴に見つからないようにしろよ」
「うん。じゃぁまたね兄さん。これからよろしく斉藤さん」
手を振ってウキウキと去っていく彼の後姿を見て、梓は思わず言葉を漏らした。
「恋か。青春だなぁ」
「よくわかったな」
「あの反応で分からない方がどうかしてますよ」
「壱は気づいてないみたいだがな」
「あー。壱ってそういう事に疎そうですよね」
苦笑いで紅哉の方を見ると、ちょうど紅哉も梓の方を見たようで、ばちりと視線が合う。
梓が少し息をのむと、紅哉も同じように息をのんだ。
「あ…。お久しぶりです」
「あぁ」
急にたどたどしい会話になる。思い返せば一週間ぶりに会ったのだ。
しかも、その一週間前の夕食時には会話のかの字も無かった。梓が話しかけても「あぁ」「そうだな」のどちらかでしか返ってこない。壱が思わず助け船を出すほど、あの日の雰囲気は悪かった。
あの契約を祝ったパーティーをした日から紅哉はなんだか梓を避けているようだった。
一度理由を聞いてみたのだが、返ってきたのは『気にするな』の一言。二人っきりの時はそうでもないのだが、人目があるところでは殊更梓を避けているようだった。
なので今のようなまともな会話は、実は約一か月ぶりだったりする。
「行くぞ」
そっけないその言葉に梓は我に返る。
扉の外にもう出てしまっている紅哉の後姿を慌てて追いかけながら、このまま避けられる前に戻ればいいな。と、そう願った。
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