第32話:自由を得る代償
「契約者となった者同士が婚姻と同じような関係になることは確かに多いのですが、そういう関係にならない契約者同士も多いんですよ!」
「………」
「契約者となると、お互いに位置を把握できたり、回復力を増したり、身体的に干渉する事が出来るので、どうしても一緒に居る時間が増えてしまうんです! だからそのまま男女の仲になってしまう者が多いってだけなんです! 私と昴もそういった男女の関係になっているわけではありませんし、別に紅哉さんとそういう関係になれと言ってるわけじゃないんです!」
「………」
「だからここを開けてください! 梓!」
壱の悲痛な叫びは屋敷中に木霊した。
梓はあの事件の後、部屋に閉じこもってしまった。事の発端は昴の何気ない一言。
『まぁ、分かりやすく言うと、『これからも“契約者”としてコウをよろしくね』ってことかな』
突然突きつけられた契約者という単語に、その時の梓は何も返さず帰宅。そして、そのまま一言も言葉を発することなく、フラフラと自室として用意されている部屋に閉じこもり出てこなくなった。それが昨晩。昼になっても出てこない梓にに壱が気付き、この騒動となったのだ。
それから壱があの手この手で出てくるように促していいるのだが、天岩戸は一向に開く気配を見せない。
「別に契約しろって意味じゃないんですよ! ただ、そうしてもらえると紅哉さんがいつだって貴女の位置を把握できますし、今回のようなことがあってもいつでも駆けつける事が出来るんです。それに、梓だってもっと自由にしたい事が出来るのではないかと思っただけなので!」
「………」
「嫌なら無理にとは言いません! だから出てきてください!」
「………」
「………」
「………」
「…梓、扉の前に居るなら離れてください。今から壊しますので」
そういつもより低い声で壱が告げると、やっと少し扉が開いた。どうやら扉を壊されるのは嫌らしい。
その隙間に足を突っ込み、閉じられないようにしてから、壱が一気に扉を開けた。
「あっ!」
「こんにちは。梓」
「こ、こんにちは…」
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「別に嫌とかじゃなかったんだけど、なんだか『結婚と同義』とか前に聞かされてたから、混乱しちゃって…。ごめんなさい」
「こうして出てきてくれたので、それで良しとします。『結婚と同義』ですか。まぁ、男女の関係になる人も多いので、否定はしませんが。…それでどうするつもりですか?」
「うーん…。紅哉さんはなんて言ってる?」
「『好きにしろ』って感じでしたよ。紅哉さんは元々血をあまり必要としてるわけではないので、梓が契約者になろうとなるまいと関係ないんでしょうね」
「そっか…」
梓の部屋に二人閉じこもって考える。
ちなみに、今日紅哉と昴は研究所を半壊にした件について、丹に呼び出されていた。なので今日の護衛は壱である。ちなみに、あんなことがあった後なのだが、壱は昴が掛け合ってくれたおかげで御咎め無しだそうだ。
「自由か…」
そう梓は一人呟く。話を聞いたところ、契約者となればこんな風にぴったりと護衛をつける必要は無くなり、町にも自由に降りて行ってもいいそうだ。今までと同じように屋敷に紅哉と壱は控えているが、どこへ行くときも一緒、というわけではなくなるらしい。
梓にとってもそれは随分魅力的な提案だった。
しかし、梓は素直に首を振る事が出来ない。
「ただ、契約者になるのなら、一応血を吸われる覚悟だけはしといてくださいね。今回みたいなこともありますし」
「それは別にいいんだけど」
「…いいんですか?」
あまりの即答に壱は思わず確認する。
「え、うん。なんだか寂しくなっちゃうなぁって、思って…。お父さんなんかまたこっちで研究始めるらしいから二日に一度ぐらいしか一緒に夕食囲めないし」
「あぁ、私も聞きました。丹様に信二さんが直談判しに行ったみたいですね。吸血鬼を人間にする研究を手伝わせてくれって。貴女の血を何とかして人間のそれに戻そうとしての事だと…」
「そうなの。そんなの良いって言ったんだけど、聞いてくれなくて。『お前が平穏に暮らす為だ。わかってくれ』って言われちゃって。まぁ、その気持ちは嬉しいんだけど」
手を握り締める優しい父の笑顔が頭に浮かび、思わず梓の顔は綻ろんだ。
しかし、次の瞬間には少し寂しそうな顔になる。
「なのに、壱も紅哉さんも昴さんも、あんまり会えなくなったら、私本当に一人になっちゃうなぁって。こっちに知り合いいるわけじゃないし」
「梓…」
「…でも、こんなわがまま言っちゃダメよね」
しゅんと項垂れる梓の頭に犬の耳が見える。壱は微笑みながら梓の手をそっと握り締めた。
「梓が良いのならこれからも夕食一緒に摂りましょう! 望むなら、昴は…毎日は無理かもしれませんが、紅哉さんなら私が引っ張ってきますので! すごく癪ですが!」
「すごく癪なのね。…でもいいの? 大丈夫?」
「ちょうど私も寂しいと思っていたところなんです。何より梓の料理はおいしいですから」
「壱…! ありがとう!」
今にも抱きつきそうな勢いで梓は身を乗り出してお礼を言う。その顔は満面の笑みだ。
「じゃぁ、紅哉さんとは…」
「うん。紅哉さんが良いなら契約ってやつしてもらおうかな」
「じゃぁ、これを」
壱が懐から出したのは一枚の紙。そこに書かれていた内容に梓の顔は再び青ざめる事となった。
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