第25話:二人だけの奪還作戦
「おいっ! コウ待てって! どこに行くつもりなんだ! 二日も眠ってたのにいきなり起きて動いたらまずいだろう!」
「昴、どいてくれ」
屋敷の廊下で言い合うのは紅哉と昴の二人。対する二人の眉間には深い皺が刻まれている。
睨み、向かい合う二人の姿を使用人達ががハラハラした様子で見つめていた。
「丹様がそう決めたんだ! いくら息子のお前でも決定した事実は変えられない! 梓ちゃんは諦める、そういう事なんだ!」
「別にあいつのところに行くとは言ってない」
「じゃぁ、どこに行くつもりだったんだ? こんな夜中に」
「…散歩だ」
「俺が何年お前と友達やってると思ってる? そんな見え透いた嘘でここを通すと思ってるのか?」
「………」
「お前が壱を連れて屋敷に帰ってきた時、その姿に肝が冷えたんだ。お前をあんなふうにするぐらいの奴が敵なら、彼女一人取り返すのにとんでもない犠牲が出る算段になる。真祖の研究は斉藤信二が梓ちゃんを身籠った弥生と共に姿を消してから、全く進んでなかった研究なんだ。言うなれば諦めてもいい研究だったんだよ。
梓ちゃんがいれば確かに研究は進んでいたかもしれない。けど、進んでなかったかもしれない。
彼女はただの可能性だったんだ。可能性の為にみんなの命は犠牲にできない。それが丹様の判断だよ」
「わかっている」
「わかってないっ! みんなの中にはお前も含まれているんだ、紅哉っ!」
「犠牲になるつもりはない」
紅哉は昴の肩を掴んで横に退ける。隣を通る紅哉の腕を昴は精一杯の力で引き寄せた。
昴の瞳は興奮しているためか、血を飲んでいるわけでもないのにほんのり赤く染まっている。
「わからずやめ! そんなフラフラの血が足りない状態でどうしようって言うんだ! 生きて帰るつもりなら今すぐ誰かと契約してから向かえ!」
「じゃぁ、壱とでもいいのか?」
同じ屋敷で未だに目覚めない彼女のことを言われて、昴の瞳は完全に赤く染まる。紅哉の胸ぐらをつかんで頭突きを食らわせた。その不意打ちに紅哉の体もぐらりと揺らいだが、倒れる前に何とか踏みとどまる。
「冗談だろうが、本気でキレるぞ紅哉!」
「既にキレてるだろうが」
「大体! どこに梓ちゃんが居るかわからないのに、どこに行くつもりなんだ? こんな事なら本当に梓ちゃんと契約しておけばよかったんだ! それなら彼女の場所だってわかったのに」
“契約”というシステムは、血を吸った相手を眷属にできるという吸血鬼の特性を生かしたものだった。お互いの血を飲むことで、互いに互いを眷属とし、同等の存在として監視しコントロールするシステム。
どのぐらいの事ができるのかはその吸血鬼の力によるのだが、基本的には相手の場所を掴み、状況を把握する事が出来る。
昴の言葉にはっとしたように紅哉は足を止めた。そして、くるりと向きを変える。
「どうしたんだ?」
「研究所に行く」
「研究所って…お前まさか」
一つの予想が頭をよぎり昴の顔が青ざめる。そして、次の言葉で予想は確信へと変わった。
「まさか、だ」
「正気か? 梓ちゃんから血抜き取ったの二か月も前だぞ!? あの誘拐事件があった日にちょっと抜き取っただけだ! 絶対腹が痛くなる!」
「試したことがあるのか?」
「あるわけないだろう!? 二か月も前の血を飲むなんて、考えただけで吐き気がするわ!」
「なんとかなるだろう」
「なるか!? なるのか!? 大体お前、血が飲めるのか?」
「………」
ぐっと押し黙る。そんな紅哉の肩を昴は、ほらな。と叩いた。
「無理するなよ」
「…いや、ちょうど喉が渇いたと思っていたところだ」
「コウ…」
テコでも譲らない自分の友人を見て、昴は肺の空気を全部出すかのような溜息をつく。
もうこうなってしまったら、どうしようもない事は重々承知していた。止めたいがどうやっても止まらない。目の前の彼がクールそうに見えて、実は熱い事を昴はよく知っていた。
「久々の血だろう? 倒れるなよ。壱に続いてお前の看病とかごめんだからな、コウ」
「…ついてくるのか?」
隣に並んで歩く昴を紅哉は少し驚いたような目で見る。そんな彼を昴はキッと睨みつけた。
「この流れでお前を普通に見送ったら、俺、人でなしすぎるだろう?」
「それでもかまわないが?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ。流石にそれは矜持に反する。まぁ、ちょうど俺もお前と壱をこんな目に遭わした奴を一発殴りたいと思ってたところだ」
「そうか」
「もうこうなったら、絶対梓ちゃん取り戻すぞ!」
「あぁ」
そこで昴は、はたと何かに気が付いたように歩みを止めた。紅哉もそれにならって止まる。
「ところで、コウは何でそんなに梓ちゃんに固執するんだ? あくまで彼女は普通の人間だろう? 同族じゃない。たった二ヶ月一緒に居ただけの、血の事さえなければ普通の人間だ。自分の事を危険に晒してまで助けるような間柄じゃない」
「それは…」
梓の事を4歳のころから知っているとは昴にも言ってなかった。言ってしまったら、昴から丹に漏れるかも…、と思っていたわけじゃない。ただ単に必要性を感じなかったのだ。
大体、間者として彼女の傍に紛れ込ませた者から半年に一回届く手紙に目を通す。それだけの事なのだ。このまま再会できない方がお互いの為だと思っていたし、再会した時も言う必要は無いと思っていた。
だが、もう潮時かもしれない。
そう思い、紅哉が口を開きかけたその時、
「恋。か?」
「は?」
唐突な問いかけに思わず剣呑な声が漏れた。
「そうか! そうか! 青い春だね! 青春だね!」
さっきとは打って変わって、楽しそうにそう言う昴の頭を、死なない程度に殴りつける。
「痛い!」
「そうしたんだ。馬鹿なこと言ってないで、行くなら行くぞ」
呆れ顔でそう言いながら、彼を置いていくように紅哉が歩くと、昴もそれについてくる。
「はいはい。あー、死にませんように」
「死ぬ前に逃げろよ」
「言われなくても、そうするつもりだよ」
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