第24話:血と体

「実験の成功例が君一人だと思ったかい? 僕も真祖の研究で生まれた人間なんだ」

「………」

あまりの衝撃に梓は言葉を失った。そんな梓を見て月玄は満足そうに微笑む。

「僕は君とは少し仕様が違ってね。君が見つかり次第捕らえられるのに対して、僕は命を狙われてるんだ」

「…どうして?」


「それは、僕が真祖の体と人間の血を持っているからだよ、梓。真祖の血を持つ君とは逆なんだ」


「…うそ」

「ホントだよ。僕はまだ17歳で君と一緒だ。覚醒するまであと3年といったところかな? そして、覚醒すると同時に自我を失う事になる。Fに落ちるんだ。

まぁ、それはそうだよね。真祖の体に人間の血が入っているんだもん。血が薄いどころの騒ぎじゃない」

月玄は淡々と言葉を紡ぐ。まるで近所であったしょうもない出来事を話すような口調で。しかし、その言葉に色はなかった。

「僕はこのままだと真祖の体を持つ最凶の化け物になってしまう。だから僕は命を狙われているんだ。

僕だって殺されたくない。自我だって失いたくない。だから君の持つ真祖の血が必要なんだ。わかってくれるかい、梓。何度でも言うよ、君は僕の運命なんだ」

「…その言葉が本当だという保証は無いわ」

やっと絞り出した言葉がそれだった。彼の言葉が本当なら大変な事実だが、その言葉が真実だという確証はない。

「証拠がいるのなら見せようか」

そう言いながら月玄が右手を掲げる。するとそこに青白い炎が生まれた。それは野球ボールほどの球体になり、その場に浮かぶ。

「まだ吸血鬼として覚醒したわけじゃないけどね。もう17歳だ。このぐらいの事は出来る。人間の成長がそうであるように、20歳の誕生日を迎えたから大人になりました、吸血鬼として目覚めました、というわけじゃないんだ。変化は徐々に訪れてる。たまに喉が乾いたりもするんだ。嫌になるよ」

そう言えば、と梓は以前に聞いた紅哉の話を思い出す。


『まだ13歳だった俺は吸血鬼として目覚めてはいなかったが、俺の右手は兄の心臓を貫いていた』


紅哉も13歳の時にはすでに素手で人の体を貫けるぐらいにはなっていたのだ。

月玄の話がすべて本当かどうかはわからないが、とりあえず彼が吸血鬼になる前の人間というのは確かなようだ。

「それで、あなたの話が本当だとして、私に何をしてもらいたいの? 血が欲しいとか言われても、具体的には何をさせるつもりなの?」

「簡単だよ。君の血を定期的に供給してくれればいい」

「それだけ?」

「いいや。あと、君の体を研究させてほしい。吸血鬼として覚醒した僕の体が、外部からの提供される君の血だけで満足できるとは思えないからね。いずれ僕の体でも真祖の血が造られるようにしないと」

「………」

つまりは彼は梓を自分の自我を保持する道具として欲しているのだ。その事実に梓は眉間の皺を深くした。

「嫌? でも、赤のところに居た君の状況とさほど変わらないじゃないか。軟禁状態の研究対象だったんでしょ? 僕は誰よりも、何よりも君を大切にするよ。モルモットとして扱ったりなんかしない。その点だけでも大きな利点だと思うな」

にっこりとほほ笑み月玄は梓の手を取る。


「いきなり色々言って混乱したよね。食事にしよう、梓。君が好きそうなものを用意したんだ。食事をしながらでもゆっくり話は出来るだろう?」

「触らないで」

「君は僕に従順であるべきだよ。その方が無駄な血が流れない」

振り払おうとした梓の手を月玄はこれでもかと強く握る。掌の骨がミシリと音を立てて撓った。苦痛にゆがむ梓の顔を月玄は愛おしそうに撫でる。

「君は従順であるべきだし、従順にしかなれないんだよ。だって、君はもう僕の元から離れることは叶わないからね。赤の奴らが君の事を取り返しに来ることは無い。ここの場所だってわからないだろうし、あのアカオニがあんな状態なんだ。場所がわかっても恐らく攻めては来ないだろうね」

「紅哉さんが今どうなってるかわかるの!? 大丈夫なの!?」

梓は身を乗り出す様に月玄に詰め寄る。

あれからどうなったのか知りたかった。最後に見た彼の姿は大勢の獣の中で壱を守って闘う姿。全身血だらけなのは返り血だとわかったが、腹部から流れるそれだけは、まさしく彼の血液だった。

あんなに強い彼が簡単に死ぬとは思えないが、それでも安否が気になった。

月玄は梓の青白い顔から掌を離し、自分の片目を覆う。

「今、眷属を飛ばしてるんだ。まだ僕自身の力が不十分だからね、視界しか共有できてないんだけど、状況は掴めてる」

「教えてっ!」

必死でそう訴える梓を少し眺めて、月玄は可笑しそうに唇をゆがめた。

「一緒に食事をしよう、梓。それが条件だよ」

梓はその提案に渋々頷くしかなかった。

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