第23話:片割れ

「斉藤梓さん。僕は貴方を歓迎するよ。ようこそ」


そう言って手を出してきたのは梓と同じ歳ぐらいの男だった。見た目はどこにでもいるかのような男子学生。黒い髪の毛に黒い瞳。身長も160後半ぐらいだろう。そんなに高いわけではない。

そんな平凡そうな、どこからどう見ても普通の人間のような見た目の彼が、この古びた教会の主らしい。



梓が連れてこられたのは、森のはずれにある捨てられたような古びた教会だった。

通されたのは百人はゆうに入れそうな礼拝堂。埃をかぶった長椅子が左右にずらりと並び、正面にはステンドグラス。所々割れたり、ひびが入ったりしてしまっているが、月の光を浴びるそれは、本当に綺麗だった。今夜は満月。礼拝堂の明かりは置かれた蝋燭数本だけだったが、ステンドグラスから降り注ぐ光で十分に視界は確保できた。


そんな中、梓はその男を見止める。

本来ならば礼拝堂の中心に掲げてあるはずの十字架は朽ちて地に落ちてしまっていた。その十字架の上にその男は座っている。学ラン姿で足を放り、割れたステンドグラスの隙間から空を見上げていた。

銀髪の男に促されその礼拝堂に足を踏み入れる。その時、学ラン男と目が合った。

そして、彼は破顔。まるで、待ちわびた人に会えたかのような笑顔を向けられて、梓は戸惑った。

そして先ほどの台詞というわけだ。



梓は差し出された手をはたき落とす。そしてキッと精一杯の力を込めて睨みつけた。

男は一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐに微笑む。

「痛いよ、梓。僕は普通の人間なんだから少しは手加減してほしいな」

そして、彼はまた再び握手を求める様に手を差し出してきた。その顔は慈愛に満ち溢れている。まるで手負いの獣を手懐けようとしてる、そんな表情だ。

「手荒な真似をしてごめん。でも、僕はどうしても君に会わなくっちゃいけなかったんだ」

「………」

梓はその手を無視するようにそっぽを向く。正直、彼が自身を人間だと言った時にはとても驚いたが、それは表情には出さなかった。たった二ヶ月の付き合いだが、壱と紅哉をあんな目に合わせた連中と話をする気にはとてもじゃないがなれない。

自分で逃げる事は、あの銀髪男がいる限り、恐らく叶わないだろう。だから梓のせめてもの抵抗がこれだった。

「あぁ、名乗ってなかったね。ごめん。僕は柊 月玄ひいらぎ つきはる。気軽に月玄って呼んでくれて構わないよ」

流石に手は引っ込めたが、気持ち悪いぐらいの優しい表情はそのままに、月玄はそう言った。

「梓、機嫌を直して。君は僕の運命なんだ。出来れば仲良くしていたい」

優しい声色に優しい表情。だが、今の梓には、そのなにもかもが気持ち悪いようにしか取れなかった。

「………」

「そうか、残念だね。君と会話をする為には、あの壱って子やアカオニの協力が必要ってわけだ」

それは明確な脅しだった。

紅哉はともかく、壱は銀髪男の毒にかかって自我を失っている状態だ。恐らく命令次第ではどうとでも動くようにされているのだろう。

梓は男の言葉に唇をかみしめた。

「………。みんなに何する気?」

「やっと話してくれた! 嬉しいな! 僕は平和主義者なんだ」

「どの口が言うの」

「あれはシロが勝手にやったことだよ。僕は何も指示してない。僕は君を連れてくるようにお願いしただけ。

ずっと探していた君が赤の連中に見つかって、捕らえられたって聞いたからさ。もう、いてもたってもいられなくて! 会いたかったよ、梓」

「…見つけたのはあなた達、青の人でしょ? ヤクザみたいな人を使って私を誘拐しようとしたじゃない」

それを聞いて、月玄はきょとんとした表情になる。

「それは僕らじゃないし、他の青の奴らでもないと思うよ。普通の人間を使って誘拐するなんて馬鹿げてる。他に頼むより僕たちが直接いった方が早いからね。

第一、僕が最初に君を見つけたなら、決して赤の奴らなんかに渡さなかった」

「じゃぁ、最初の誘拐は誰が…」

「知らないよ。僕らは深夜にあの赤の屋敷に運ばれる君を、張ってたシロがたまたま見つけたから知っているだけ」

「じゃぁ、誰が…」

悔しいが確かに筋は通っている。最初の誘拐も彼らの所業ならば今回のように力ずくで来るはずだ。彼らからしたら無力な人間を使うメリットなんて何もない。

「さぁね。青のやつらでもないと思うけど、実際に確かめたわけじゃないからなぁ。もしかしたら、青の奴らは君の存在を知らないってこともあるし」

そう月玄が呟いた言葉に梓は違和感を感じる。

「あなた達は青の人たちじゃないの?」

「青か赤かと聞かれれば、僕は人間だけどシロは青だからね。青になるのかな? でも、僕らは単独で動いてるよ。青とか赤とか関係ない」

「じゃぁ、何が目的で私を?」

「一言でいうなら、僕が君の運命で、君が僕の運命だからかな」

もったいつけたような台詞回しに梓は眉間に皺を寄せる。

そんな彼女を嘲笑うように彼は両手を広げ、大きく笑った。


「僕はもう一つの成功例だよ。梓。君の片割れだ。」

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