第22話:襲撃

「おいっ! こいつらどこから湧いてきたっ!」

「なんでここにっ! 丹様をお守りしろっ!」


丹の屋敷で怒号が飛び交う中、紅哉は必死にその屋敷から離れる様に移動していた。左右から飛び出してくる獣を薙ぎ払い、その体は返り血で赤く染まっている。


それは丹に呼び出され、いつものように報告をしている最中の出来事だった。

狂ったような獣の群れが突然、何の前触れもなく丹の屋敷に乗り込んできたのだ。

見渡す限りの野犬の群れ。止めようとした使用人の一人は獣たちに食い殺され骨も残らなかった。

見た目はたいした力もないただの野良犬だが、奴らは何らかの方法でリミッターを外され、体の本来持つ潜在能力を極限にまで引き出された状態になっていた。

しかし、その状態であっても通常、吸血鬼には取るに足らない存在なのだが、いかんせん数が段違いだった。蟻がバッタを食らいつくす様に、一人に何十匹も野犬が群がり食らいつくす様は、彼らをたやすく恐怖に陥れた。

そして、その獣はたった一人を標的にしていた。


百目鬼紅哉。


その事に気づいた紅哉はすぐさま屋敷を後にした。これ以上無駄な被害者を増やさない為に。



紅哉はどこまでも追ってくる獣たちに辟易していた。そしてどうしたものかと考える。

上空に飛んで逃げるという手も考えたのだが、上空は上空で同じように潜在能力を引き出されたカラスや鷹が上空を旋回していた。飛んで戦う場合、左右だけでなく、上下も警戒しないといけない。そして、何らかの拍子に落とされた場合、獣の群れの餌食になる事は目に見えていた。それならまだ地上で獣の相手をしている方が幾分かましだった。

それに地上で獣の相手をしている時には上空の敵は見守っているだけのようだ。旋回している猛禽類たちが降りてくる気配はない。


冷静な頭でそう分析をしながら、紅哉は森の中を駆け抜けていた。

その時、急に頭が重りを乗せられたかのように重く感じた。ふらりと体が揺らいで、木に背中を打ちつけてしまう。それは激しい眩暈だった。

咄嗟に体勢を立て直し、再び走り出したが、獣との距離は先ほどより近づいてしまっている。

「―――っ…」

紅哉の顔は真っ青になり、頬に汗が伝った。疲れたわけではない。

確かに獣たちとの追いかけっこは体力を消耗するが、それ以上に深刻な問題がそこにあった。

いや、理由はそこに帰結するのだが。


「喉が渇いた」


それは紅哉が久々に感じる吸血への衝動だった。

ここのところ立て続けに吸血鬼としての能力を使いすぎていた。空を飛ぶのもそうだが、眷属を作ったり、その視界を共有してみたりしたことが祟った様だ。そしてこの騒動。

紅哉の本能は必要なものを求めはじめていた。


頭が上手く動かない。動かない頭で必死にこれからの事を考える。


これからどうするのか。

どうやって退けるのか。

どうしてこうなったのか。

これを仕掛けた人物はいったい何が目的なのか。


そして、はっとした。どうして今までこの可能性に気づかなかったのだろうと。

この獣たちは誘導であり、足止めだ。

今なら梓が居る屋敷で何があっても、他の吸血鬼達の関心はこちらに向いている。そして、梓の護衛をする紅哉は獣たちによって足止めを食らっているのだ。

「くそっ!」

その可能性に行きつき、紅哉は即座に方向を変えて屋敷に向かった。

喉の渇きがじわじわと自分を追いつめる。体力を、思考力を、削っていく。しかし、今の紅哉にそんなことを気にしている余裕はなかった。


==========


「残念。王子サマはいくら待っても来ませんよ」


心を読まれたようなその言葉に梓は戦慄した。それと同時に紅哉の身が心配になる。

あれほど強い吸血鬼なのだ。そう簡単に倒れるわけがないと心の中で分かっているが、それでも目の前の男の余裕ぶりが梓の心を焦らせた。

その感情が見て取れたのか、銀髪の彼は更にニヤリと唇を歪ませる。

「他人の心配をしている余裕がおありですか? 凄いですね」

「心配はしていません。紅哉さんは無事ですよ」

心の底からそう思っている。しかし、もしかしたら、という想像が頭をもたげるのも事実。白くなるほどに握り締められた拳がその心情を物語っていた。

「本来の彼なら、ね」

強がりにも似た彼女の言葉を嘲笑うかのように彼は冷静にそう述べる

「どういう事ですか?」

「百目鬼紅哉が何年血を飲んでないと思っていますか? 人間ならば本来取らなくてはならない栄養素の一つを取らずにずっと過ごすようなものです。本来の彼の力を百パーセント引き出して戦われたら、それこそ一騎当千。手も足も出ませんが、今の彼は本来の三十パーセントも力を出せていない。これなら私の作品が勝つ可能性もありますね」

「そんなっ!」


「そんな可能性はない」


梓が悲鳴のような声を漏らすのと同時にその声がした。そして銀髪の男は即座に梓の手を引く。

後ろ手に捕らえられる形になった梓が目にしたのは、全身返り血だらけの紅哉の姿だった。


「素晴らしいです! 百目鬼紅哉。しかし、無傷というわけにはいかなかったようですね」


その言葉に紅哉は舌打ちをする。返り血が多くてわからなかったが、よく見てみると腹部の肉が抉られている。梓はその光景に息をのんだ。

「紅哉さんっ! 大丈夫ですかっ!」

「問題ない」

しかし、その声色は固い。苦しそうに肩で息をしているのも見えた。しかし彼は平然を装う。

「そいつを置いていけ」

「すみません。それは出来かねます。なんなら力づくでどうぞ」

銀髪の男が指を鳴らす。その音と共に彼の後ろに控えていた獣の群れが一斉に飛び出す。

しかし、先ほど紅哉が一掃してきた数には程遠いものだ。紅哉が腕を構えると、銀髪男は可笑しそうにニヤリとほほ笑んだ。

「襲うのは貴方ではありませんよ」

「壱っ!」

梓がそう叫んだ時にはもう野犬が壱の喉元に喰いつかんとするところだった。

その野犬の尻尾を掴んで紅哉は即座に投げ飛ばす。きれいな弧を描いて、野犬は茂みの中に消えた。

安心したのもつかの間、次々と獣が棒立ちになっている壱に向かって攻撃を開始した。それを紅哉は全て叩き落とす。しかし、湧いて出るようなその数に、紅哉はだんだん押され始める。

「くそっ!」

「紅哉さんっ! 壱っ!」

「じゃぁ、行きましょうか梓サン」

銀髪男が拳を振り上げる。そして、それが梓のみぞおちにめり込むと同時に、梓の意識は暗転した。

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