第20話:ティータイム
「昨日は丹さんに呼び出されてただけなんですか?」
紅哉の話を聞いて、梓はそう驚きの声をあげた。一方の紅哉はさも当然といった雰囲気で、梓を見下ろしている。
「あぁ。壱にもそう伝えていたはずだが?」
「え? 昨日は何にも…」
梓は昨日の会話を思い出す。
『おはようございます。梓。今日は私が梓の護衛しますね!』
『明日にでも梓が自分で渡しに行かれたらいいんじゃないですか?』
確かに交代したなら『今日から』だろうし、あんな当然のように『明日自分で渡したらいい』とは口にしないだろうけど、それだけで判断しろなんて無理すぎる。なんせその前日に、紅哉から壱に護衛をもどす、という話をしたばかりなのだ。勘違いしても自分のせいじゃない。梓はそっと壱を恨んだ。
しかし、その恨めしい気持ちとは裏腹に、梓の表情は自然と笑みを作っていた。
「…どうかしたのか?」
「な、何でもないです!」
その梓の表情が気になったのか紅哉は顔を覗いてくるが、素直に、紅哉がこのまま護衛を続けてくれるのが嬉しい、と伝えられるわけも無く、梓は一つ咳ばらいをした。
「で、この袋はなんなんですか?」
気持ちを切り替えようと、紅哉に渡されたビニール袋を覗き見る。
中には、いちご、白桃の缶詰、オレンジ、リンゴ。それ以外にもいくつか果物が入っていた。
「これ、一昨日買わなかったやつ」
「あぁ。昨日別のところで買ってきたやつだ。要らなかったら捨てろ」
「捨てるなんて、そんなもったいないこと出来ないですよ! というか、なんでまた?」
そう聞くと、紅哉はとたんに難しい表情になる。なんと答えたら良いのか迷ってる、というのがありありと伝わってくる表情だ。
「一昨日買えなかっただろう? 悪かった」
「えぇ!? あれは紅哉さんのせいじゃないですよ! あれは私が勝手に買わなかっただけで! コレいくらでしたか? お金払いますよ!」
「いい。大丈夫だ」
「いいえ!だめです! こうゆうことはキチッとしときましょう!」
梓は紅哉に詰め寄る。
お金の事に関しては自分にも他人にも厳しくしておくにかぎる。そうすれば無駄な争いは起きないものなのだ。お金は怖い。お金に関する争いはもっと怖い。
「…じゃぁ、昨日の菓子の礼だ」
「だめです! 昨日のは私のお詫びの品です! せめて、一昨日買おうとしてたぶんのお金は受け取ってください!」
「………」
「………」
受けとる気は無いようだ。暫く睨み合う。そして、先に折れたのは梓だった。
「じゃぁ、こうしましょう?」
「?」
==========
「どうぞ。食べてください」
そう言って紅哉の前に差し出されたのは、先程の果物をふんだんに使ったフルーツタルト。
梓がお金の代わりに提案したのが、コレだった。フルーツ以外の材料代は梓が出したが、それでも明らかにフルーツの方が高い。しかし、それは作る手間賃で帳消しという話になったのだ。
「2ホールぐらい作っちゃったんで、おかわりいっぱいありますよ」
「あぁ」
半ば押し切られるような形でそれを受けた紅哉は不服そうだったが、作り終えた梓は上機嫌だった。
「ほら、じゃんじゃん食べちゃってください!」
その言葉に、紅哉はフォークでタルトを口に運ぶ。梓も自分の分を取り分けて、同じように口に運んだ。
新鮮で甘い果実の味が口いっぱいに広がる。さっくりと焼き上げたクッキー生地はほろりと口の中で溶けてなくなった。添えたイチゴジャムのソースもいい具合だ。
「美味しいですか?」
自信満々にそう聞くと、紅哉もその出来に少し驚いたような表情になっている。
「…お前は料理が上手だな。昨日のケーキもクッキーも美味しかった」
そう紅哉がたどたどしく褒めてくれるのが本当にそう思ってくれていると伝わってきて、梓は少し照れたような笑みをこぼす。
「お口にあったのならよかったです。紅哉さん甘い物好きですもんね?」
「…別に、嫌いじゃないだけだ」
「もぉ、かっこつけちゃってー! 好きなくせにー」
「………」
「はい。ごめんなさい」
すごい勢いで睨まれて、この事で紅哉をからかうのは鬼門なのだと知る。
「…お前は、タケルのところで働けばいいパティシエになると思う」
そう言われて梓は思い出す。タケルというのはスミダ珈琲店のあの金髪おねぇ男の事だ。
「タケルさんのところ確かパフェありましたよね?」
「あそこはあれしかないからな」
その声が少し不服そうに聞こえる。
「じゃぁ、今度から私が紅哉さんにお菓子作りましょうか?」
「は?」
「というか、ほぼ毎日作ってるので、一緒にお茶しましょう! 紅哉さんも一緒に!」
いつもは壱と梓の二人か、壱の用事がある時は梓一人だけでお茶していたのだ。
父の信二は無罪放免になった後、一旦屋敷に戻ってきたのだが、その他もろもろの処理でそれ以来あまり会えていない。ただ、元気にはしているようで、時間が空いたら一日に一回は顔を見せてくれていた。しかし、それがお茶の時間にはなかなかならないので、いつも父の分だけ一緒に作り、後で渡すという形になっている。
なので、お茶の時間はいつも二人か一人。いつもそばに居るだけの紅哉が形だけでも一緒にお茶してくれればと梓は常々思っていたのだ。
「私は寂しくないし、紅哉さんは甘い物が食べられるし、一石二鳥じゃないですか? 我ながらいい案! 明日からより一層頑張って作らないと!」
「おい。勝手に話を進めるな」
「え? 駄目なんですか?」
「そういう訳じゃないが…」
「じゃぁ、決まりで! 壱にも伝えておきますね!」
「………」
その報告を聞いた壱が最高に嫌そうな顔をしたのは、また別のお話。
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